第38話「スーパーミコミコ大戦」
びしょ濡れになった黒い服と髪を翻して、江戸川の河岸に殺到する〈口裂け女〉たちの群れ。
どこからともなく聞こえてくる呻き声は、おそらくは彼女たちの発するものが見通しの良い河川敷に響き渡ったことによるものだろう。
夢魔の光景そのままに、耳まで裂けた口と鮫のものに類似した牙を持った怪女たちが゛上陸する。
迎え撃つは、両手の掌を突き出すように構えた不動明王の化身のごとき退魔巫女。
その名を
「来やがれ、この妖怪ども!」
御子内さんの同期の中でも一、二を争う攻撃力の持ち主であり、〈神腕〉と呼ばれる神通力のこもった腕で主に戦う退魔巫女だ。
その戦い方は圧巻の一言である。
岸に上がるやいなや、両手で掴みかかろうと迫ってくる〈口裂け女〉たちを強烈なビンタと突っ張りで吹き飛ばしまくるのだ。
あの大型の鬼である〈うわん〉を楽々と轟沈させるほどの威力を誇る掌打が、まともにあたればたいていの化け物も無事では済まないだろう。
平均的な成人女性程度の体格しかない〈口裂け女〉も例外ではなく、それどころかむしろ軽すぎるのか、なんと一張りで十メートル以上、人間型のものが縦回転しながら飛んでいくという恐ろしい光景を見ることになった。
もっと軽いマネキン人形ですらあんなに派手には回らない。
ハリウッド映画もかくやというぐらいの吹き飛び方だ。
アクション用のワイヤーでもついてるのか、という感想しか浮かばないほどであった。
「ふんが!」
女の子の気合いとは思えない声とともに、何体もの〈口裂け女〉が文字通りに転がっていく。
そして、レイさんにふっ飛ばされた妖怪はそのまま塵になって消えていった。
リングで妖怪が巫女たちに退治された時も、同様の塵となることが多い。
つまり、退治できたということなのか?
ただ、レイさんに殺到する〈口裂け女〉の数は、消えていくものよりもはるかに多い。
叩いても、はっ倒しても、ぶん殴っても、数は一向に減る気配がなかった。
最初は数十体としか思えなかった〈口裂け女〉は、すでに何百体にまで増殖しているようだった。
とても、正視出来るような状態ではなかった。
ここにいるのは狂暴そうな〈口裂け女〉の群れなのだから。
これだけの妖怪を直視するのは僕にとっても初めての経験だった。
どれだけの力が合っても多勢に無勢というが、レイさんがこのまま押し切られるということは決してない。
なぜなら、すでにこの場には別の退魔巫女が推参しているからである。
「アレ!!」
ド派手な側転とバク転を繰り返しながら、〈口裂け女〉の群れに躍り込んでいったのは、ルチャ・リブレの達人である〈
群れの中心目掛けて、フライング・クロスチョップで飛びかかる。
飛び蹴りで一体を地に這わせると、そのまま大地に横になり、起き上がる力の反動を利用して、もう一体の首を両足で挟んで投げ飛ばす。
腕を回転させて立ち上がると、そのまま目の前の一体を小手投げで転がして顔を踏みつけて仕留めた。
変幻自在、まさに舞うように戦い続けるルチャドーラだった。
〈天狗〉戦のようにリングがない以上、トップロープもコーナーポストも欠けている状況にも関わらず、次々と上陸する〈口裂け女〉たちを倒していく。
彼女の攻撃も的確に妖怪女を塵に戻していき、その速度はレイさんにも負けずとも劣らない。
さすがは御子内さんの好敵手だ。
こんな乱戦においても、退魔巫女としての力を存分に発揮している。
豊富な空中殺法と、足による投げ技、関節を取る極め技、どれも選択の判断が早くわずかな間違いすらもない機械のようだった。
普通に道端で見かければただの痛い格好でしかない覆面も、戦いが始まってしまえばまるで美しい化粧のように思えるから不思議だ。
しなやかなボディから放たれる技の華麗さに、いつでも僕は目を奪われる。
「どっしゃああああ!!」
そして、何よりも聞き慣れた、誰よりも僕を震わす雄たけびが天を衝いた。
最期に参戦したのは、我らが巫女レスラーだった。
漆黒の髪がまるで漫画の効果線のようになびいて、必殺のパンチで怪異なる陣を突き崩す。
くるりと一回転し、その際に回し蹴りと裏拳と肘がきらめいて、三体の〈口裂け女〉を打ち倒した。
四方を完全に妖怪たちに取り囲まれようと(まあ、自分で突っ込んだんだけど)、すっくと立った巫女レスラー、心に星を持つ
まだ戦いは始まったばかりだというのに、勝利を確信したかのようなドヤ顔を浮かべ、指でちょいちょいと挑発する。
「いいかい、迷わず行くよ、行けばわかるからね! やり抜くんだ!」
言いも言ったり、御子内さん。
多勢に無勢などという言い訳は決して口にしない。
戦うと決めたのならばその決意に殉じるだけ。
道はどんなに険しくても、彼女ならば笑いながら歩いていくだろう。
夥しく増殖を続ける〈口裂け女〉がどれだけいようとも、彼女ならば言い放つだろう。
「出る前に負けることを考えるバカがいるか!」
と。
地震のようなレイさん、暴風のごとき音子さんとともに御子内さんは力の限り戦い始めた。
拳を握り、蹴りを放ち、頭突きをかまし、邪魔する輩を駆逐する。
リングの上であろうとなかろうと巫女レスラーは決して輝きを見失ったりはしないのだ。
次第に勢力を増していく〈口裂け女〉たちに怯みもせずに真っ向から勝負を挑む三人を、僕は尊敬の念をもって応援していた。
だけど、ふと気がつく。
河原の端に、誰かが横になっていることに。
横になっているというか、倒れているのだ。
もしかして、巻き込まれた怪我人でもいるのか。
戦いの渦のすぐ傍でもあるので、もしかしたら〈口裂け女〉に狙われるかもしれない場所であったが、怪我人がいるというのならば助けなければならない。
御子内さんたちを煩わせないように、僕が行くしかないのだろう。
そそくさと音を立てずに目立たないように、土手を下り、乱闘から視線を逸らさないようにして駆け寄った。
懐中電灯で顔を照らすと、まだ十代ぐらいの女の子だった。
制服を着ていることから、たぶん、高校生。
スカートがめくれていたので、気づかれないうちに直しておいた。
上から覗き込むとどうやら気絶しているようだ。
瞼をこじ開けて瞳孔を確認すると、完全に開いている。
何か怖いものでも見てしまい、結果として気絶してしまったというところか。
「まあ、怖いものっていうとアレしかないけど」
今も御子内さんたちと死闘を繰り広げているアレのことだ。
「こんなところで何をしていたんだろう」
時計を見ると、そろそろ深夜に近い。
東京を流れる江戸川といっても、所詮は河原、制服姿の女子高生が夜遊びをするには適さない場所だ。
何か理由があるのか。
周囲を懐中電灯のライトで照らしてみると、ピカと点滅するものがあった。
スマホだ。
軽くデコってあり、きっとこの女子高生のものに違いない。
助かることにロックはかけられていなかった。
待ち受けは、この子と彼氏らしい男とのツーショット写真。恥ずかしくて口にも出せないフォトショップ加工がなされている。
よく見るとアプリが起動している。
ツイッターをやっていたようで、何やら書き込みがあり、
『くちさけおんながでたああああああああああああああああ』
とあり、送信前の状態になっていた。
写真も貼ってあったが、これには何の変哲もないこの河原の景色が映っているだけだ。
さっきの御子内さんの話を思い出すと、この子は〈口裂け女〉を確認したので写真にとってツイッターに上げようとしていた。
けれど、妖怪は写真には撮られないので変哲もない風景にしかなっていなかった。
こんなところか。
でも、妖怪を肉眼で確認できたというだけ、この女の子も霊力とかがあるのかもしれない。
ただ、まずいことは今の御子内さんたちの戦いが拡散されると厄介な面倒事にしかならないということだ。
そのままツイッターのホーム画面に戻し、この子のアカウントを見ると『♡あきこ×シンジ♡@akikooooooo』とある。プロフィールからすると、足立区の高校生だ。
江戸川の一歩先にある荒川を越えたあたりにある高校の生徒らしい。
ツイート数はえらく多いが、フォロワーは百人、フォローも十人ぐらいしかいない。
普通の一般人ならこんなものか。
〔つながり〕を見ると、どうも直前まで一人とやりとりをしていたようだ。
これ以上はプライバシーの侵害かなと思って止めようとした時、僕はタイムライン上に一つのツイートを発見する。
それは、
『ショーミん@little_apple_tea1011 : @akikooooooo @aibakun_love @mikazon マジヨマジマジ!! 口裂け女が松戸に出たんよ 超ショーゲキスーパーニュースだんべ!!!』
というものだった。
流れを確認すると、どうやらこの女の子がこんな夜中に一人でここに来たのは、口裂け女を見物に来たためらしいとわかった。
ショーミんというツイ主がこの子の友達だからだろう。
「ヤバいなあ。こんなに拡散しているよ……」
他人のツイートを引用して自分のタイムラインに流すという、リツイートがされている数はすでに一万以上。
異常なほど注目を浴びてしまっている。
このまま行くと、いくらなんでも秘密裏に退魔巫女が〈口裂け女〉を退治できることはないかもしれない。
なんといっても〈口裂け女〉そのものはともかく、巫女さんたちは写真にも撮られる実体があるのだから。
さて、どうする?
しかし、少し変だよね。
なんでこの〈口裂け女〉たちはこんなにも増殖しているんだ。
ニューヨークの地下で育ったハリウッド版のニセゴジラじゃあるまいし……
ただ、僕の勘が、その謎さえ解ければ意外とあっけなく解決しそうな気がすると告げているんだけど……。
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