第23話「Nevermore!」
『
鳥類の分際で人と同じ発声をすれば、こんなしゃがれた声になるのだろうというぐらいに酷く聞き取りにかった。
なんでも人間が直立不動で立つのは、発声しやすくするためであり、それの副次効果として脳の発達が促されたという説もあるらしい。
ならば、この八咫烏もすっくと二本足で立ち上がれば、もう少し聞き取りやすくなったりしないものだろうか。
「……〈付喪神〉だって? そんなありふれたものにあの音子が苦戦しているなんて信じられないな」
『歴然タル事実ダ、巫女ヨ!』
「いや、信じるよ。ただ、どうしてそうなったのかということに疑問が湧いているだけだ」
御子内さんは腕を組んで、首をひねった。
おとがいに立てた人さし指をあてる仕草が可愛らしい。
「御子内さん。付喪神ってなにかな?」
「ああ、京一は知らなかったのか。まあ、当然だね。〈付喪神〉と戦う時は君の助けは借りずに済んでしまうから、呼ぶことがなかったんだ」
「僕の助けがいらない? リングがいらないってこと?」
「そうさ。〈付喪神〉相手だと〈護摩台〉を使うほどのことはないんだ。ありふれた妖怪―――というほどでもないか―――どちらかというと軽めの怪異程度の扱いで、普通に修行した退魔巫女なら御幣やお
「結界を用意するほどではないんだ?」
「まあ、多少の危険はあるけど、道端でじっと睨んでくる地縛霊とたいした変わりはないよ」
それはそれで怖いんだけど。
……一度だけ西武鉄道のホームの隅っこにぽつんと佇んだ人ならぬものを見たことがある。
黒い喪服のようなものを着こんだだけの長い黒髪の中年女性だった。
いや、中年女性のようなものだったのだろう。
あの頃はまだ御子内さんと出会う前だったけど、すぐに善くないものだと見抜けた。
こちらが気づいていることを悟られてはいけない、という直観で頭が一杯になり、必死に知らないふりをしたものだ。
実際、あとでオカルトマニアの妹に確認を取ったら、そういう場合の対処としては正しい選択だったらしい。
御子内さんたちみたいに特別な力をもたない一般人が関わるべきではないことというのは、往々にして存在する。
「……〈付喪神〉というのは、人が使っていた道具などが捨てられたり使われなくなって放置されたりしたことで、変化したものなんだ。大きな括りでいえば妖怪だけど、個々の存在に名前がある訳ではなくて、たいていは〈付喪神〉とだけ呼ばれているね」
「どういうものなの?」
「元の道具がどういうものかに左右されるけど、たいていは手や足が生えてきて人型になるかな。だから、叩いて殴って蹴れば倒せるよ」
「うん。そういう人間業じゃない真似は置いておいて。―――じゃあ、どうして音子さんが危険なんだろうね。ねえ、八咫烏?」
僕としては友好的にものを訊ねたつもりだったのに、とうのカラスは、
『ダマレ、馴レ馴レシク、我ニ話シカケンナ、牡メ』
「……ちょっと」
『ソモソモ我ラノ巫女ニ用モナイノニ近ヅクナ、げすメ』
「こらまて、鳥類。どうしてそんなに攻撃的なんだ!」
『ハアアア、退魔ノ仕事中トイウ訳ジャナイクセニ巫女ヲ侍ラセテイル間男ガ何ヲ言ウカ? 貴様ガ巫女ニトッテノ害虫デナイトイイキレルノカ! アアアン?』
なんて口の悪い鳥類だろうか。
いや、そもそも鳥が喋るはずもないし、巫女さんたちとの連絡役になるはずもないから、おそらくはこいつも神性をもつ何かなのだろうが、それにしたって腹が立つ。
ゲスだの、間男だの、害虫だのと僕をなんだと思っているんだ。
それに今日、御子内さんと一緒なのは別にデートをしているとかいうわけではなく、彼女が断ったのに勝手についてきたのだ。
侍らせている訳じゃない。
「だいたい、僕はおまえとは初めて話をするのに失礼じゃないのか?」
『貴様ノ妹ヲ助ケテヤッタ恩モ忘レヤガッテ』
「うるさい! 妹のときのことは本当に心の底から感謝しているが、それとこれとは話が別だ! 唐揚げにしてソバにぶち込むぞ!」
「ナンダト、コノ色魔メ!」
「……二人ともいい加減にしろ。あと、京一。ソバに唐揚げは合わないと思うぞ」
「そこは別にいいでしょ。問題なのは、この始祖鳥の子孫であって……」
僕らのしょうもない口喧嘩は御子内さんが割って入ったことで終息したが、この黒い鳥類に対する敵愾心だけは消しようがなかった。
巫女に対して下心丸出しで接近したというのなら、身内が警戒したとしてもおかしくはないが、僕と御子内さんはそんな関係じゃないのだから、邪推されると迷惑だ。
とはいえ、この一件のおかげで僕はカラスが喋るという、人間社会における一大事を簡単に受け入れてしまうことになるのだが。
「この八咫烏はね、ボストンの有名な小説家のもとにやってきたという大烏もモデルにしている使い魔なんだ。最近はうちのギョーカイもハイカラだろ?」
「ポーのこと? ああ、Nevermoreとか? えっと直訳だと『二度とない』だったかな」
『月夜ノ晩バカリジャナイゾ!』
「脅しか!」
ったく、鳥相手にムキになってしまった。
「それで八咫烏。音子はどういう状況なんだい?」
『神宮女音子ハ川越ノハズレニアル廃寺ニタテコモッテイル。外ニ出ヨウトシテモ出レヌ状況ダ』
「出られない? いったい、どうしてだい?」
『寺ノ入口ヲ〈付喪神〉ガ見張ッテイルノダ、彼女ヲ逃ガサナイヨウニ』
「なるほどね。音子は自分を囮にしてその〈付喪神〉を引きつけているということもあるのか。あいつが倒せないということは相当手強い相手だからね……。野放しにはできないし。―――ちなみに一つ聞きたいが、どんな道具の〈付喪神〉なんだい?」
確かに話だけ聞くと、〈天狗〉相手にあれだけ余裕の戦いができる音子さんが追い詰められる敵というのは思いつかない。
しかも、〈付喪神〉というのはたいして強い妖怪ではないようだし。
その程度の疑問は解消しておかないと、現場で対応できないだろう。
ただ、〈付喪神〉相手にリングはいらないということなので、僕の出番はないはずだ。
御子内さんの手助けができないというのは心配だけど、彼女のような戦闘力のない僕なんかただの足手まといにしかならない。
『自動車ダ』
「……車だって? それはおかしくないかい。〈付喪神〉になるような道具はそれなりに年月を経たものに限定されるはずだろ。いくらなんでも最近のものすぎる」
「いや、そうでもないよ。映画の『ALWAYS』に出た有名なスバル360だって販売したのは1958年だからね。ものによっては五十年、六十年たっていてもおかしくはない。車は旧くなっても供養したりする風習もないから」
「言われてみるとそうだね。だったら車の〈付喪神〉が出てもおかしくないということか」
「それに、自動車が妖怪になったというのなら、音子さんが苦戦するのもわからなくはないよ。だって、ある程度のグレードの車なら重さが1.5t以上というのは普通にある。ウェイトの差があるから、音子さんのルチャリブレだと相性が悪いかもしれない」
巫女と妖怪たちの相性については、前回の〈天狗〉との戦いで目の当たりにしていたこともある。
今回の〈付喪神〉が車だというのならば、空中戦と極め技、足での投げ技を得意とする音子さんでは相当難しい戦いであったかもしれない。
その点、彼女をマッチメイクさせた八咫烏の失敗だろう。
車のような重いものを相手にするというのならば、御子内さんのような立ち技打撃系かもっと直截的なパワー系が向いているはずだ。
「なるほど。だから、慌てて御子内さんを呼びに来たという訳かな。マッチメイクのミスを誤魔化すために」
僕は八咫烏が妙に攻撃的な理由の一端を理解した気がした。
自分の失敗を糊塗したいという意識が先立っているのかもしれない。
『―――ソンナコトハナイ』
「図星か」
『ダマレ、若僧』
「じゃあ、そろそろ行こうか。二人ともバカをやっていないで音子を助けにいくよ」
睨みあっている僕らの間にまた御子内さんが入った。
「……え、僕がいってもリングを設営する必要はないんでしょ?」
すると、御子内さんは真剣な顔をした。
「悔しいことに、車についてボクは不勉強でね。それは音子も一緒だろうし、八咫烏もわかっていないはずだ。だから、車に詳しい男の子の助けが必要なんだ。だから、京一、一緒に来てくれ」
「わかった。君の頼みだったら、断れないね。―――おい、鳥類。文句はないな」
『……二度ハナイゾ』
「ふん、だ」
こうして、僕らはもう一人の巫女レスラー救出に出発することになった。
ただ、問題は……
「なあ、京一。今日のボクは巫女装束を着ていないので今一つ、見栄えが良くないんだが……」
白いブラウスと亜麻色のカーディガン、そしてフレアスカート姿の御子内さんはとてもお嬢様っぽくていいのだけれど、まったく妖怪退治用ではないという点にあった。
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