ー第4試合 ザ・カーズー
第22話「鉄の付喪神」
「たあ!!」
ガードレールの上から跳びあがり、目標のボディにベコリと大きな凹みをつけるキックを放つ。
自分が空中にいる間に、もう一度足を入れ替えて、逆脚で踏みつける。
それから、
やったか、などと残心はしない。
自分でも手応えがないことはわかりきっているからだ。
「
思わず汚い言葉で罵ってしまう。
清浄・可憐な巫女としては相応しくない下品な言葉だった。
(やっぱりあたしの力じゃあ、あいつを行動不能にすることはできないか~。でもしょうがないじゃん、ルチャドーラなんだから。パワーはないんだよ、パワーは。まったくこんなことなら引き受けなければよかった。〈護摩台〉の必要のない退魔仕事だというからひょいひょい引き受けちゃったけど、もおサイテー。あたしってバカ!! ……)
音子は喋るのがとても苦手だが、何も考えていない訳ではない。
むしろ、人の十倍は色々と物事を思考して、いらないことまでくどくどと辿ってしまうほどだ。
しかし、それを声として外に出すのが得意ではないから、SNSやメールでは途端に饒舌になる。
ツイッターでも140文字すべて使い切るぐらいに書きこんでしまう。
フォロワーはその彼女の長文が好きというものが多いぐらいだ。
それに一度デジタルを介しての関係ならば、多少折り合いの悪いライバルとでも普通以上に接することができるぐらいだ。
『ドゴゴゴゴォォ!!』
彼女の標的である妖怪変化が爆音を発した。
人型を保っている妖怪種ではないことから、まともな知性は持っていないことはわかっている。
ただし、人間が相手をすることは通常なら不可能な相手であることは間違いない。
なんといっても、奴の同種は年間四千人以上を死に至らしめているのだから、ある意味では人間の天敵ともいえる存在なのだ。
しかも、その外皮は先ほどの音子の飛び蹴りと二段蹴りをもってしても凹ませることが精いっぱいという硬さだ。
(でも、あの外皮を破ることはできない。少なくともあたしの力では。だいたい、いくら力があったとしてもあんなの金属の塊なんだからどうにかできる訳ないじゃない。もお、社務所は何考えてんのよ……! って立候補したのはあたしかよ……。八咫烏も少しぐらいは忠告してくれてもよかったのに……)
内心でグダグタと愚痴りながらも、音子は敵との距離を冷静に測り、射程距離の中には踏み込まないように注意をする。
彼女とて、社務所に所属する退魔巫女。
経験豊富な闘士であるのだ。
『ブオオオオンン!!』
再び、爆音とともに唸りをあげて突っ込んできた。
その際にビオオオオオという甲高いクラクションの音も鳴り響かせながら。
あまりに大きな騒音なので耳を塞ぎたくなったが、それよりも回避に専念する方が先だ。
横っ飛びで突進を避けると、急旋回して獰猛な目つきの顔を振り回し、もう一度男目掛けて走りこんでくる。
もろに食らうどころか、かすっただけでも
例え身軽な彼女とはいえ、この執拗なアタックを逃げずに躱しきるのは困難だ。
「しかも、傷を負っても四十秒後には再生を開始するとか。……厄介な化け物だあ」
社務所からもらった情報によると、退治すること自体にはさほどの難しさはない。
腰につけた白木の棒で作った
これは神道の祭祀において修祓に使う道具であり、白木でできた棒の先に
今回の退魔のために用意された品だ。
これを奴の腹の中に突き立てれば、ほとんど消滅させることができる。
ただし、問題がない訳ではない。
敵の妖怪の腹に潜り込むためには、激しく動き回る相手の脚を止めなければならない。
しかも、さっきの音子の蹴りがほとんど効いていないことからわかるダメージを防ぐ分厚い外皮を破り、大打撃を与える必要がある。
にもかかわらず、音子にはその力がない。
あえてカテゴリー分けするとしたら、テクニシャンに含まれる彼女にとっては不得手な部分であった。
さらにまずいことに、あの敵は……
「四十秒たった」
彼女が内心でカウントしていた数字が四十を越えた時に、ギュンギュンと壊れやすいものを締め付けるような擬音が轟き始めたかと思うと、やや凹んでいた外皮が元の様子に戻っていく。
凹みが平らになるのは、回復ではなくて再生であった。
ほんの数秒でせっかくつけたダメージが無意味にさせられていくという光景はさすがにショックだった。
これほどまでの高い再生能力を持つ敵は初めてだった。
再生能力を持つ妖怪がいない訳ではない。
それでもたいていは一昼夜かかる再生をまばたきしている間に行うなど、見たことも聞いたこともなかった。
これでは例え〈護摩台〉に引きずり込んだとしても、まともに勝負になりはしない。
そもそも乗せられるサイズではないとしても。
『パラリラパラリラ!!』
独特のクラクション音が響き渡る。
敵の後ろ肢―――ゴムでできたタイヤだった―――が、猛烈に回転して地面を擦りあげ、土煙と摩擦で燃焼する臭いで満たされていった。
妖怪の金属のボディに換装された鉄の
二つの鋭い眼のようなヘッドライトが音子を照らし出す。
「……」
音子は腰の位置を落とす。
いつでも身体を捻るられるようにだ。
あの妖怪の巨体から繰り出される体当たりを受けることは絶対にできない。
ただ、これ以上、音子には策はない。
何度もすれ違いざまに、上方から、蹴りを放ってきたが、完全に手詰まりになっていた。
(もう駄目かな。少なくとも、あたしじゃどうにもならない。もっと強い打撃技をもっているパワーの持ち主でないと……。となると、アルっちか、ミョイちゃんのどちらかを呼んでくるしかないかも。でも、ここから逃げられるかなあ~)
数本の電信柱についた外灯から零れる光だけしかない、薄暗い駐車場の一画で音子は決意する。
この妖怪をここまで引きずり込んだのは失敗だったと認め、捲土重来を期して、ここから逃げだすことを。
妖怪は、音子の動きに合わせて後退し、前肢を駆動させて正面に向いていくる。
走らせれば一気に時速60キロの加速を弾きだし、わずかな距離で100キロまで上げてくることはわかっていた。
黒い金属のボディを持ち、四つの肢のようなタイヤを回転させ、路上の人を刎ねる鉄の怪物。
それは、どこかの荒れ地に打ち捨てられていたスクラップ同然の廃車が、月日の経過とともに変化し、妖怪となった存在だった。
ゆえに、音子はなんの装備も整えずに退魔の仕事に就いたというのに、このざまというところだった。
まさか、廃車にとりついた付喪神がこれほどまでに手強い相手になるとは……。
「
またも悪態を吐くと、音子は走り出した。
行く手には小規模ながら墓場が広がっている。
あそこまで辿り着けば、所詮は車。
追ってくることはできまい。
つまり、あそこまでの道のり、100メートルを全力で踏破できれば逃げ延びられる。
ダッ!!
背中からは妖怪の殺気がビンビンに伝わってくる。
同時に激しすぎるエンジン音までが。
巫女姿の覆面少女は、命懸けの徒競走を開始したのであった……。
◇◆◇
「うーん、やっぱりランチャ・ストラトスはカッコよかったなあ。いつか、お金持ちになったら絶対に買いたいなあ」
僕は個人の所蔵するスーパーカーを展示するイベントを観に行った帰りで、とてもご満悦であった。
グッズ販売ブースで買ってきたカタログをチラ見しながら、一ページめくるたびに舐めるように読んでいた。
ついでに自分で撮ったデジカメの写真の出来を確かめたり、映像を再確認したり、まったくもって楽しすぎる。
黄色いストラトスのハイスペックに心を震わせながら、僕は隣にいる御子内さんのことを忘れつつ、最高の体験を反芻していた。
「―――何がそんなにいいんだい?」
「すべてさ」
「ボクにはさっぱりだよ。男の子が車を好きなのはわからなくはないけれど、所詮は機械じゃないか」
「ふーん」
「なんだい、その気のない返事は? 京一は、ボクの憤りをまったく理解していないんだね」
「そうですねー」
だって、僕にとっては初めての生ランチャ・ストラトスとの対面だったというのに、車に理解のない女子の苦言なんか聞きたくもないからね。
だいたい、今日は僕独りで来る予定だったのに、強引についてきたのは御子内さんなのだから、勝手にむくれて機嫌が悪くなるなんてわがままには付き合っていられない。
最初に「君向きじゃないから楽しくないよ」と釘を刺したのに、「ボクはどんな催しでも楽しめる女さ」とか言ってついてきたのに、案の定、僕が写真を撮りまくっている間はイベント会場の入口で仏頂面の仁王立ちをしていた。
他のお客さんにもいい迷惑だったろう。
せめてニコニコしていてくれればいいのに、弁慶のように仁王立ちなんだから。
「京一が好きだというその車だけど、座席が二つしかないじゃないか。そんなんじゃ、家族が乗れないと思うよ。非効率的だ」
「スーパーカーに効率とか期待しないでよ。大切なのは、カッコいいか、熱くなれるかどうかだけさ」
「無意味だね。なんていうか、もし君がそれを買えたとしても、隣には誰を座らせるつもりなんだい?」
「それは決まっているよ。友達とかさ。でも、誤解させる気はないから、女の子は一人だけだね」
「む。……聞き捨てならないな。どんな女を乗せる気なんだい?」
どういう訳か眉間にしわを寄せて食いついてきた御子内さんに危険を感じたが、別にどういうこともない質問なので簡単に応えた。
「
「……君は一回ぐらいは僕のコブラツイストを受けてみたほうがいい」
「やだよ。痛いから」
「その痛みこそが君には必要だ」
さっき以上に不機嫌になった御子内さんの相手に面倒くささを感じていたら、ボクらの頭上でカアとカラスの鳴き声がした。
見上げると、そこには一羽のカラスが旋回していた。
記憶にある黒い艶のある羽根をしたカラス―――八咫烏だった。
「御子内さん、あれ!」
「ああ、どうやらボクたちに用事があるようだね」
「また、妖怪退治かな」
「それ以外に何があるんだい?」
確かにその通りだ。
巫女―――レスラーとその助手のリング設営人。
その二人のところに来る理由なんてそれ以外にあろうはずがない。
これはいつもの依頼なんだなと断定しかけたとき、今までにはないことが起きた。
空を舞う八咫烏がなんと僕たちのすぐ目の前に降りてきて、話しかけてきたのだった。
カアという鳴き声ではなく、人の言葉で。
『
と。
とりあえず僕が抱いた感想はただ一つだ。
―――おまえ、喋れたのか!?
である。
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