第14話「後日談」



「結局、どうしてあの〈ぬりかべ〉は学校にいたのかな?」


 後日、僕と御子内さんが珈琲ショップでお茶をしているときに、気になっていたことを聞いてみた。

 そこのところだけがよくわからなかった。

 学校内にいなければ、もう少し探すのに手間取っただろうし、もしかしたら別の被害者が出たかもしれないからだ。


「……例のバイクのタイヤ跡を覚えているかい?」

「うん。くっきりついていたね」

「原因はアレだよ」

「アレ?」


 アレじゃあ、よくわからないよ。


「あいつの腹についていたキズをおぼえているだろ? アレは〈ぬりかべ〉がバイクと衝突したときにできたもので、あいつは酷い怪我をしていたんだ。それを癒すために、自動車やオートバイの通らない広い場所―――つまりあの辺では唯一といていい、学校の校舎の中に潜り込んだ。建物とはいえ、多くの人の通る通路もあるからね。おそらく居心地も悪くはなかったんだろうね。で、エネルギーの回復のために人を捕食しようとした」

「要するに、轢かれて逃げ出したってことか。でも、バイクに轢かれる妖怪ってのも変な話だね」

「ところがね、そうでもないんだ」

「どういうこと?」

「前に、〈ぬりかべ〉は意外と多く存在していたけど、今は少なくなったって話をしたよね。それは、路上を塞ぐ〈ぬりかべ〉が車なんかに轢かれたりして数が減っていったせいらしいんだよ」

「……まさかぁ」

「そのまさかさ。かつては何もない道で人を通せんぼしていた妖怪は、交通機械の発達によって危険すぎて路上に立てなくなり、無理にたったとしても猛スピードの車にぶつかられた挙げ句消滅して、ついには人のいる地域には住めなくなってしまったんだよ。ボクが倒したあの〈ぬりかべ〉もそういう経緯で、人里に現れて、でも長くはいられなかった可哀想な妖怪だったというわけさ。そう考えると、なんかちょっと凹むよね」


 まるで、沖縄のイリオモテヤマネコみたいだと思った。

 妖怪にとって住みづらいのはなにも都会に限ったことだけではなく、要するに人間の住む場所全てであったということだろうか。

 そうなると、生息している地域を脅かされた妖怪が人に牙をむくのもまた当然のことかもしれない。

 だから御子内さんは落ち込んでいるのだろう。

 住処を追われた野生動物を一方的に退治してしまった気分なのかもしれない。

 でも、御子内さんが〈ぬりかべ〉の餌にされようとしていた二人を救い出し、あいつに捕まろうとしていた池田と大地を命がけで助けたのも事実なのだ。

 その誇り高い戦いが無駄だったなんてことはないんだよ。

 せっかく人を助けたのに元気のない御子内さんを励ますために、僕は用意していたチケットを見せた。

 そういうつもりで手に入れたものではなかったが、もしかして天の配剤という奴だったのかもしれない。


「なんだい、これ?」


 御子内さんは、手渡されたチケットを驚いた顔で見つめていた。


「今夜のWBAのバンタム級の試合のチケットだよ。たまにはボクシングなんか観てみたら新鮮だろうと思って手に入れたんだ。どう、一緒に行こうよ」

「―――ボクシングかあ、いいねえ、興味はあったけど生の試合は観たことなかったんだ」

「じゃあ、行こう。さ、元気出して、出発、出発!」


 僕はちょっと笑顔になった御子内さんの手を引いて、珈琲ショップを出た。

 女の子の手を握るのは、これで四人目だけど、今度は照れくさくはなかった。

 なんといっても可愛い御子内さんの手なんだから。 

 今日もいい天気だ。

 妖怪や巫女なんて関係のない楽しい時間を過ごすにはもってこいの。


「さあ、行こうよ、巫女レスラー」



 ―――落ち込んでいる姿は君には似合わないよ。


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