第10話「妖怪はどこに?」
御子内さんが使えないSNSによる情報収集はすぐに終わってしまったので、僕は待ち合わせ場所のマックで他のことを調べていた。
さっき話に出た〈ぬりかべ〉についてだ。
……〈ぬりかべ〉というのは、九州の福岡県あたりの妖怪であるらしい。
田舎の夜道に現れる、人の進行を妨げる目に見えない壁のようなもので、左右にどこまでも広がっていて避けることもできない。
蹴りとばしても効かず、上を飛び越すこともできないという、まさに通せんぼされる状態になってしまうそうだ。
棒で下を払えば消えるという説もあるが、あくまで説でしかない。
無理に押し通そうとする通行人を身体に塗り込めてしまうことから、意外と危険な妖怪とされている。
塗り壁と書く事から、漆喰の壁が妖怪化したものだと推測されている。
また、〈ぬりかべ〉に出会うと目が失明するという話もあった。
おそらくは漆喰関係の左官職人が、漆喰の材料である石灰のせいで視力が落ちる現象を〈ぬりかべ〉という妖怪に当てはめたものだと言われているが。
だが、これは要注意の記述だと思うのでメモしておいた。
何度も御子内さんに付き合った経験から、この手の妖怪の特性は実際に攻撃手段として用いられることがあるということがわかっているからだ。
御子内さんの安全のためにも、この手の情報を僕が知っておいた方がいい。
退魔の仕事は、いつも命懸けだ。
その命懸けの彼女のためにも僕はできることをしておきたい。
しばらくすると、三人の女の子がマックに入ってきた。
一人は御子内さんで、あとの二人は高校の制服を着た女の子たちだった。
この時になって初めて僕は失策を悟った。
巫女装束のまま、彼女を単独行動させてしまったことについてだ。
よく考えると、それは不味すぎる行動だったよね。
彼女が連れてきた二人が、意外に普通の様子なのが不思議なぐらいだ。
「京一、話を聞けそうな子を連れてきたよ」
「こんにちはッス」
「どうも」
「ちょうど小腹も空いていたから、一緒にハンバーガーでも食べないかと連れてきたんだ」
一人はもじゃもじゃ頭の活発そうなタイプ、もう一人は後ろに二つでまとめたお団子と短めのおかっぱだった。
二人共見目の整った中々の美少女だった。
まあ、御子内さんほどじゃないけどね。
「えっと、僕は御子内さんの助手で京一といいます。君たちは?」
「自分は
「私、
意外と礼儀正しく挨拶された。
よくよく見ると、制服の着こなしもきちんとしているし、真面目な子たちみたいだ。
「いやあ、巫女さんに逆ナンされるなんて初めての体験で、驚いたッスよ。で、巫女さんは自分たちに何が聞きたいんスか?」
「蒼たちにはね、このあたりで学生の行方不明事件がなかったかを聞きたいんだ」
「行方不明……?」
いきなりの突飛な質問に目を白黒させた二人だったが、すぐに真顔に戻って、
「事件ってこと?」
「まあ、そうなるかな」
「巫女さんたちが何を調べてるかわからないッスけど、行方不明といっても色々あるッスよ。例えば、プチ家出とかもそうだし、学校には病欠ということで届けが出ているかもしれないし。自分たち普通の学生が把握しきれるものじゃないッス」
「まあ、そうだよね」
「もう少し具体的なもの、ないの?」
「……御子内さん、むしろ行方不明者云々よりももっとはっきりとした切り口の方がいいと思う」
「どういうこと?」
「つまり……二人共、最近、噂になった怖い話とかを知らないかな。例えば、へんてこりんな怪物が出たとか……」
僕が言うと、切子という無表情でクール少女が口を開いた。
あまり長めの話はしないタイプの無口な子だ。
「うちの学校で、教室に閉じ込められた子の話がある」
「教室に?」
「うん。部活で遅くなった吹奏楽部員が、音楽室から出られなくなって、警察が来た」
「あれ、鍵が壊れていただけじゃないんスか?」
「ううん。扉は普通に開いたんだけど、どうやっても外にでることができなかったらしい。吹奏楽部の子に直に聞いたから嘘じゃない」
「といっても、その子の勘違いじゃ……」
「五人も同時に白昼夢を見たりしない」
「まあ、切子がそういうのなら、真実なのかもしれないッスね」
扉から出られない?
夜道の通せんぼとはちょっと違うが、「前に行かせない」という本質は〈ぬりかべ〉と変わらない。
もしかしてビンゴかもしれない。
その思いは御子内さんにとっても同じであったらしく、彼女はもう少し詳しくと二人を促した。
「……その吹奏楽部の閉じ込めはいつの話なのかな?」
「一週間前。運動系の部活の応援のための練習している時だって言ってた」
「ねえ、御子内さん。一週間前と言ったら」
「うん、あの交通事故のときだね」
「偶然の一致?」
「まさか。世の中には偶然に起きることはたくさんあるけど、それらを線で繋いでみればたいていのことはわかるらしいよ。線を引いて綺麗に形ができたら必然、できなかったら蓋然。今回の話は、見事に綺麗な線ができるからね。おそらく、京一の考えている通りだと思う」
そうだ。
僕はこの二人の話を聞いて考えた。
例の〈ぬりかべ〉かもしれない妖怪はこの子達の学校にいるのだろうと。
だけど、田舎の夜道に現れる妖怪がどうして学校に?
もしかして似ているけど違うものなのか。
「もっとキミたちの話を聞かせてもらえないか。ボクたちの探しているものはそれかもしれない」
「巫女さんたちは何を探しているの?」
「妖怪だよ。ボクは退魔巫女なんだ」
あっけらかんと御子内さんは正体をバラす。
とは言っても二人はあまり驚かない。
彼女の着ている巫女装束と、どう見ても浮世離れした言動には、「退魔巫女」なる厨二病的名称を納得させてしまうものがあったからだろう。
それどころか派手に食いついてきた。
「じゃあ、妖怪退治に来たんスか?」
「そうだよ」
「おお、凄い……」
「じゃあ、こっちのお兄さんは神主さんスか?」
「京一は結界張りの名人なんだ。いつも助けてもらっている。ボクの相棒だ」
すごく尊敬の目でみられてしまった。
僕の本当の仕事は、結界という名の「白いマットのジャングル」を作る事なんだけどね。
今ではあのリングを三時間あれば一人で作れるようになってしまった。
このまま専門のイベント会社に就職できるんじゃないかというほどに馴染んでいるし。
「うちの学校に妖怪がいるの?」
「まだ、確定じゃない。けれど、可能性は高いな」
「……それで思い出したッス。うちの学校のバスケ部がこないだの試合で大負けしたんスが、その原因はエースの不在だったらしいんスよ」
「それが?」
「で、そのエース、自分が試合にでなくて負けたショックで寝込んでいるって。それがもう一週間ぐらい」
「寝込むにしては長すぎるな。蒼はそれがボクたちの訊いた行方不明にあたるかもって考えたんだね」
「そうッス」
「一週間前だし、ちょうど同じ時期だしな。あてはまるかもしれない」
それだけ聞くと、もう御子内さんの中で結論は出たようだ。
「……京一、妖怪はきっとこの子達の学校にいるよ」
「そうだね。急いで機材を運んでもらうよ」
「連絡は頼んだ。それで、キミらの学校はどこにあるんだい?」
「すぐそこ。ここから見えるよ」
立ち上がってガラス越しに外を見て、はじめて僕たちはすぐそこに高校の建物があることに気がついた。
こんな駅前の立地条件のいいところに、かなり大きな校舎と広い校庭がある。
規模からすると、おそらく中高一貫教育の私学だろう。
すぐそばを新青梅街道が通り、交通量も異常に多い町にあるとは思えない施設だった。
都会のオアシスといっていいかもしれない。
あそこになら、妖怪が逃げ込んでもおかしくないな。
ふと、そんなことを思った。
「……なるほどね。今日の試合はあそこで行われることになるわけだ。京一、腕が鳴るねえ」
「他人様の私有地にリングを作る僕の苦労を少しは理解してよ……」
「とにかく、まだ一週間なら、捕まっている人を助けることが出来るかもしれない。急がないとね」
御子内さんの鋭い鷹のような目が爛々と輝いた。
ついに戦うべき相手を射程距離にいれたという戦士の眼だった。
いつもの、そして変わることのない巫女としての使命感が彼女を駆り立てているのだろう。
……まあ、やっぱり巫女というよりはレスラーっぽいんだけどね。
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