第9話「道を塞ぐ妖怪」
『変な壁の中に閉じ込められてしまいました。助けてください』
慌てて書いた様子で、ミミズがのたくったような読みづらい文字だった。
破りとったノートの切れ端に、机の上で書いたものではないのは確かだ。
裏にも何か書かれている。
ただし、なんとなく筆跡は学生のものであるような気がした。
「……監禁されているってことだよね、これ」
「生きていればね」
物騒なことを言う。
だけど、僕としてはこういうものは警察に届けたほうがいいのではと提案すると、
「こんな紙切れだけで警察が動くと思うかい? イタズラだと思われるのが関の山だよ。それに手紙からわずかだけど妖気が残留しているみたいだからね。ま、十中八九、差出人は妖怪にとっ捕まっている」
御子内さんは冷静だった。
さすがにこういう警察との兼ね合いという問題は今までも起きていて、それに対処したこともあるのだろう。
妹を助けてもらった事件から、何度も彼女のお手伝いをしてきたが、警察沙汰になった経験はない。
これもいい経験といえるのだろうか。
そこで、僕は警察に通報ということに固執しないように頭を切り替えた。
もし相手が妖怪だとしたら、警察の介入によって救出が遅れるかもしれないと思い直したからだ。
少なくとも〈高女〉事件の時に警察に駆け込んだとしても、妹は原因不明の衰弱あたりで死んでしまっただけだ。
この手の事件で当てになるのは御子内さんたちしかいないのは、厳然たる事実であった。
「ただ、これだけだと決め手にかけるんだよね。普段の手紙には依頼者の住所と名前ぐらいは書いてあるけど、八咫烏が運んできたのは本文だけだ。ここから監禁場所もしくは監禁している妖怪を見つけるのは難しいね」
「……この交通事故現場の写真を撮ろうとしたのは、どうしてなの? 関係あると踏んだからカメラを持って来いと言ったんだよね」
「うーん、これだけはボクの勘なんだが、この交通事故現場と手紙には関係があるような気がするんだ。八咫烏が手紙を受け取ったのがこの辺みたいだしね」
「なるほど。同じ町内で二つ妙な事件があって、それの関係性を疑っているということなんだ。御子内さんでなくても疑ってかかるのは当然か」
「うん、他に手がかりもないしね」
僕は改めて手紙を見せてもらった。
この手紙の持ち主は助けを求めている。
手紙に妖気が付着しているということは、間違いなく御子内さんたちの退魔巫女の管轄の問題で、犯人は妖怪だろう。
そして、同じ町内で道の中央で何もないのに壁にぶつかった不可解な交通事故が起きていた。
関連を疑わない方が変な話だ。
八咫烏が喋れればそれでいいのだが、所詮、あいつは鳥なので期待できないし。
「写真を撮ったのは報告以外にも理由があるの?」
「うん。うちの巫女に写真に写った妖気を読み取れる傑物がいてね。そいつに相談しようかと思ってさ」
「その人、ここに来られない?」
「鎌倉の人間だからね、すぐには無理だ。あっちはちょっと早い期末テストらしいし」
また、女子高生なのか。
御子内さんの同僚のことがちょっと気になったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
監禁された人を助けないと。
「人手不足はいつものことだけど、妖怪の正体当てとかしなければならないのはボク向きじゃないんだよね。ボクはあくまで巫女だから。現場に出るまでに見当がついていないと大変だよ」
「そういう部署はないんですか?」
「ムリムリ、巫女って結構忙しいけど割に合わない仕事だし、事務職の連中が役に立たない奴らばかりでさあ。現場の苦労をまったくわかっていないんだよ」
巫女に対する神聖さとかありがたみが薄れる話ばかりだ。
御子内さんはとてつもない美少女だけど、話す内容はがさつで酷いものばかり。
普通ならば、百年の恋だって醒めるだろう。
……いや、僕は妹を助けてもらった恩義があるから、御子内さんのためになら幾らでも頑張れるけどね。
「仕方ない……。少ない情報から推理していきますか。このノート、多分、学生の持ち物ですよね。そこからヒントが得られないかな」
「なんで学生だと思うんだい?」
「裏に書かれている文字ですよ。これ、古典の活用ですよね。多分、大学受験用の」
「あ、そうだね。く、けり、かれ……。確かに」
「古典のノートに活用系を使うのはやっぱり受験ぐらいだと思うから、このノートに書いた人はともかく持ち主は中学生か高校生だろうね。そうすると、学生の行方不明者を探してみるのがいいと思う」
「なるほど……。京一、他にはない?」
僕は少し思案する。
この事件が妖怪の引き起こしたものだとしても、僕にはそれ関連の知識がない。
つまり、僕が考えたことを御子内さんに伝えて、御子内さん自身が推理してくれなければ答えはでてこないということになる。
「ところで、御子内さんはこの手紙の人を監禁した妖怪について覚えがあるの?」
「ん、一応はね。有名どころだよ」
「有名?」
「〈ぬりかべ〉さ」
「……聞いたことある」
「うん、ゲゲゲの息子の仲間ということで知られているね。作中では善玉扱いだけど実際には怖い妖怪だよ。通りすがった人間を通せんぼして、手にした道具で身体の中に塗り込めてしまうんだ。道祖神の一種といわれているけど、ま、はっきりいって性質の悪い妖怪だね」
なるほど、「変な壁の中に閉じ込められてしまいました」という文言から予測できるのは、〈ぬりかべ〉ということか。
ああ、ここの交通事故も何か壁にぶつかってとあるから、〈ぬりかべ〉の仕業かもしれないのか。
色々とつながってくるな。
そうすると、御子内さんの勘というのもあながち裏付けのないものでもないようだ。
「〈ぬりかべ〉ってどういう妖怪なの?」
「田舎の夜道とかを歩いている人間を通せんぼして、先に行かせないようにするのが特徴。無理して進もうとすると、手にした左官屋のコテでその人間を体の中に塗り込めて閉じ込めてしまうことから、ついた名前が〈ぬりかべ〉。昔の田舎の神隠しは結構な割合でこいつが犯人だったと言われているんだ」
「塗り込められた人はどうなるのかな」
「……どうなるのかは知らないよ。最近、目撃例の少ない妖怪だからね。〈社務所〉に報告が上がったこともないし」
「それはどうして? 有名なのに目撃例がないのは変じゃないかな」
「有名といってもゲゲゲの息子の話だけだからね。もともと田舎の暗い夜道に頻繁に現れる妖怪だから、街灯やネオンが増えて暗がりが減った現代では少なくなってしまったのかもしれない」
「いや、明るくなったからといって、別に通せんぼするだけでしょ。〈ぬりかべ〉がいなくなった理由にはならないんじゃないかな」
「……それはそうだ」
御子内さんは腕組みをした。
あまり考えたことのない話なのだろう。
こういう考え事をする彼女も綺麗だ。
黙っているとホントに素敵な美少女なのだ。
「まあ、考えても仕方ないか! ちょっとSNSとかで調べ物してよ、京一。ここらあたりで最近行方不明の学生がいないかって。ボクは歩いているJKを捕まえて聞き込みをしてくるからさ」
彼女の沈思黙考がせめて一分は続いて欲しいところだけど。
「そうだね。建設的な提案だと思うよ。じゃあ、二時間後ぐらいに駅前のマックで待ち合わせしよう。どうせ妖怪は暗くなるまで動かないしね」
「よし、行動開始!」
そうして、僕と御子内さんは二手に分かれて情報収集を開始した。
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