第7節 旅立ち前夜

「おお、意思どの。戻られたか」

 薄暗い大広間に老人のこもった声が響く。

「偉大なる魔王様の智慧ちえですか」

「そんな堅苦しい。智慧だけで結構」

  暗闇の中から現れたのは、灰色のダブルスーツの上から魔術師のローブを羽織った男だ。

 彼は魔王の智慧。電球が無造作につき、赤とか青とかのコードが銅線むき出しではみ出てる、近代アートじみたフルフェイスヘルメットを被っていて素顔は見えない。

「ふ……ん 少し馴れ馴れしい気がしますが。ところで智慧よ」

 彼の身長は1mと小柄だが、ヘルメットの大きさが自分の背丈と同じなので自然と目線は上を向く。

「ペインターのことなのですが、あれ、どうにかなりませんか? に居たときより更に劣化してますよ」

「仕方ありますまいよ。魔王軍に残った資材は微々たるもの。ではステフライフ合金が製造できんからのお。似たような金属にステンレス鋼というものがあるにはあるが、ちと高くての」

 刃月も戦った最初の五体は正規品だが、不意打ちと人質に使ったのは粗悪なものだった。

「今は何を使っているのです?」

「鉄……細かくいうと鋼ですな」

 参謀にして技術開発担当の智慧は渋い顔をする。見えないが。

「金もない、材料もない、魔物の兵隊は……」

 ウィークリザードのアルベルトに気づき目をやる。

「……まだいたんですか?」

「居ましたよ! 解散の指示が出てなかったもんですからね」

「よろしい、解散。次の指示を待ちなさい、他の者にもそう伝えてください」

 アルベルトは不機嫌そうにずかずかと帰ってった。

「あの男をずいぶんと買っていますな」

「そうではありませんよ。アルベルト以外の魔物は会話すらまともにできないものですから、しかたなく」

 魔王軍残党の主な兵力はペインターとならず者集団、弱小戦闘部族である。

 ならず者集団は、職のない者や犯罪者、それらの予備軍を上手く騙して魔王軍に引き込こんだ魔物と人間の混成部隊だ。最低限の生活の保証と死の恐怖で縛りつけて使っているため士気が低く、戦闘力も低い、ついでにいうと腰も低い。

 弱小部隊集団がウィークリザードの一団である。

 好戦的ではあるのだがそこまで戦闘力が高くない部族であり、ハイエナの真似事か強大な他の部族の傘下に入っておこぼれを貰って生きている。

 部族ごとに独自の言語を話すためアルベルトのように標準語が話せるのは珍しく、また扱いやすい性格をしているので意思は重宝してる。

「兵力増強もそうだが、を探すことも、ゆめゆめお忘れになられるでないぞ」

「いえいえ、そちらの方は目星をつけてあります」

 意思は刃月の白い腕のことを思い出していた。智慧はやっぱこいつ堅苦しいなあと思っていた。



 九時を回っている夜の九頭切家、普段なら母は家事を終わらせてリビングでくつろぎ、刃月は自室でゲームをしている。静かな時間だ。

 しかし今夜に限っては違う。ロイドと月子の二人組が客人として招かれており旅の話や武勇伝なんかの談話でいつもの三倍増しで盛り上がっている。

「でね、あたし他にもたーっくさん持ってんのよー、Ingram M11(スモールマシンガン)でしょー、AT4(使い捨て無反動砲)でしょー、.950JDJ(95口径ライフル)でしょー、それと……」

 ついつい持ってる重火器のことを聞いてしまったのは運の尽きである。彼女は中々のガンマニア。この手の話になると二時間はしゃべりっぱなしになる。ロイドは同情したような顔をしてる。助け舟は出してくれなさそうだったので、そうなんだ、と穏当にあいづちをうちながら、少し強引に話題を変えた。

「そういえば、なんで魔物に銃弾を当てられたんだ?」

「ん? あー、単純なことだよ。タネも仕掛けもあるけどね。遠隔エンチャント。あたしは離れたとこに魔力を発生させられる。空間一帯を魔力で包む、その空間に弾や爆風が入るとそれに補足エンチャントがかかるから当たってるってわけ」

「遠隔って、そんな無茶な」

「昔お世話になった地の国で魔女やってんのに女王な人から教わった秘伝技よー」

 滅んじゃったけど、そう呟く月子の顔はめずらしく悲しんでる様子が伺えた。

 少し罪悪感のある刃月は話題を銃に戻した。月子の口が嬉しそうに動く。しばらく止まりそうになかった。

 


 トイレに行こうとロイドは席を立つ。リビングからの喧騒がドア越しに伝わるほどに静かな廊下はどこか寂しげだった。

「すいません、少しお時間いいですか?」

 トイレから出ると刃月の母から声をかけられる。はい、と頷くと彼女は刃月たちに聞こえないように話し始めた。

「刃月を旅に連れて行ってもらえないでしょうか?」

 予想外の発言に大声を出してしまいそうになるが、なんとかこらえた。

「もちろん、理由があるのです」

 ひと呼吸おいてから。

「刃月の……いえ、の眠っていたおちからが目覚めてしまいました」

 実の息子を様づけで呼ぶ豹変ぶりに驚く。

「さま? あなたの子ではないのか?」

「そんな、恐れ多い。刃月様は…………魔王ラーヴァナ様の御子息です」

「はあ!?」

 流石に声が出た。そのことを予測していた母の手で、即座に口を塞がれたので向こうに聞かれた様子はなかった。

「勇者の到来を感じ取った魔王様は、当時生まれたばかりだった刃月様を戦いに巻き込まぬように、侍女の私に預け、異空間の扉を開きコンクリの世界へと送ったのです。生きていたら迎えに行くと言い残して……」

「そしてオレが魔王を倒してしまった、と。刃月の苗字を聞いたときに感じた違和感はこれだったか」

 十の頭と二十の腕を持つ巨人である魔王ラーヴァナはかつて、大群を率いて神々に戦いを挑むも敗北した。その時、自分の腕と頭を一つずつ自分の手で切り落とし火にくべることで生き残った部下たちの命をの保証を乞うた。

 最後に残った右腕で最後の頭を切り落とそうとした時に、ラーヴァナ共々、その命を許され、絶大な力を授かった。その戒めとして自分の名に「九頭切」の字を刻んだという逸話がある。

「しかし、話が見えてこないな、お前たちからしたらオレは王の仇だぞ? なんでそんな奴に王の子を預けようとする」

「先ほどの残党。やつらは魔王の復活のカギとして刃月様に目をつけたことでしょう」

「……それも引っかかる。確かに

「存じています。一度ボロボロの姿で会いに来てくださいましたから。しかし、魔王様は息子に合わせる顔がないと言ってまたどこかに消えてしまいました」

 穏やかな顔でその時の様子に想いを馳せていたが、すぐに厳しい顔つきになる。

「今日出てきた魔王の意思と名乗る男は城で何度か見たことがあります。すべての行動は魔王さまのため、手段は選ばない過激なやつです。彼の忠誠心は狂気の域に達していて、魔王さまも少し困惑するぐらいでした」

 呼吸を整えてから続ける。

「意思がいるならば智慧もいることでしょう。軍略から兵器開発まで、自慢の頭脳を余すとこなく活用して魔王軍を支える側近で、一番の古株です。なにを考えているのか分からないので魔王様はよくお困りになっておりました」

「魔王も苦労してるな……」

「やつらは魔王様が死んだと思っています。準備を整えたら魔王様を復活させるために再びここにいる刃月様を狙ってくるでしょう。そうなったら私の力では防ぎきれません」

「なるほど、それで実力ある者に任せようと。それが例えかつて敵だった男であっても」

「刃月様の幸せだけが私、ひいては魔王様の唯一の望みでございます。どうか頼まれてくださいませんか……!」

 長い間、静かな廊下が更に静まり返る。

「ふたりとも何してんの?」

 刃月が声が沈黙を破った。

「お客さんに今晩どこに寝てもらうか話してたのよ、すぐに戻るから」

 動揺もせず、いつもの話し方に戻る母にロイドは内心関心してた。

「空き部屋はひとつしかないんです、うち」

「リビングのソファーを貸していただければそれでいいですよ」

 空き部屋を月子に譲ってロイドはリビングに戻っていく。

「返事は明日聞かせてください」

 刃月に見られないように頭を下げたあと、ロイドに続いて行った。

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