第6節 魔王の意思
刃月たちは魔王の意思と名乗る男と対峙していた。
「名前はなんだ」
ロイドがぶっきらぼうに問いかける。
「偉大なる魔王様の意思である」
スーツの男は真面目に答える。
「なまえをきいてんだよぉぉぉぉ!」
「偉大なる魔王様の意思であぁぁぁぁる!」
「なまえぇぇぇぇ!」
「だから偉大なる魔王様の意思が名前だって言ってるでしょうがぁぁぁぁ!」
称号でも二つ名でもなく、どうやら偉大なる魔王様の意思というのがそのまま名前であるらしい。不便そうだから刃月は少し同情してやる。
魔王軍を見ると見境なく冷静さを欠くのはロイドの悪い癖だ。ロイドを手で制して月子が話を進めた。
「結局さー、あんたなにしにきたの? 魔王が敵わなかった相手を不意打ちで殺せるとでもおもったの? たしかにやばかったけど失敗してんじゃん」
「ふ…ん 厄介なその剣を破壊しておこうと思っただけのことですよ。それさえなければ勇者ロイドなぞ取るに足らないそんざいですからね」
「失敗してるじゃん」
「いえいえ、これから成功させるのですよ」
意思がパチンと指を鳴らすとアルベルトがアスファルトを装甲したペインターを召喚し刃月を人質に取る。喉笛にアスファルト製の刃物が突きつけられる。
「よくできました、アルバイト」
「アルベルトだ! 本当にオレの活躍は魔王様に伝わってるんでしょうね?」
「無論」
伝わっているのかいないのかどっちだろうか。アルベルトは首を傾げる。
「今は死んでるんだろ?伝わってるわけないじゃん」
刃月が言う。力が目覚めたせいだろうか、ついさっき自分をぼこぼこにしてくれたペインターに捕らわれていても心に余裕ができていた。
「え? なに? 魔王様死んでんの?」
「ニュースで言ってたから間違いないよ」
「まじか」
知らなかったようだ。魔王軍といっても所詮は残党。足りない兵隊は野盗とかならず者とかをいいように騙して補っていたのだろう。
憤るアルベルトを、「復活した時にまとめて報告するから」といって魔王の意思はあしらった。
「魔王を復活って、ちゃんと本人に了解えたのー?」
「はい? 得れるわけないでしょう。死んでるのですから。しかし私には分かるのです、魔王様は復活の時を今か今かと待ち望んでいるのです」
「……ふーん、へんなの」
月子は誰にも聞き取れない声で呟いた。
「さて、おしゃべりはここまで。勇者ロイドよ、交換条件です。先ほどペインターにぼこぼこにされていたその少年を開放して欲しくば継承の剣をこちらに寄越してください」
あれを見られていたと思うと顔から火が出そうだ。
すると、母がロイドと意思のあいだに割って入る。
「刃月の母です。人質なら私を使ってください」
「それには及びませんよ、あの勇者がちゃあんと条件を守れば無事に開放しますから……おや? ところであなた、どこかでお会いしたことがありますかね」
「……いいえ」
「まあ、条件になってないからな。今の刃月ならペインターの一体や二体じゃ話にならんぞ」
自信ありげに発言するロイドの期待に応えたいところだが、実はさっきから白い腕でペインターを振りほどこうとしているのだ。しかし動かない。完全に力負けしている。
「……おかしいな。ごめんロイドさん、
もしくはこの腕には強い腕力は備わっていないのかもしれない。なんかぷるぷるしてるし。
「なにい!……仕方ない、剣を渡す。受け取れ」
「待った」
ロイドは野球の投手の様に大きく剣を振りかぶったままの状態で体を止める。
「直線的に
ロイドは舌打ちし、再び剣を渡そうとする。
「知ってるかも知れんがこの剣は選ばれたやつ以外には触れるとこすらできないぞ」
「文句つけて人質は解放しませんなんて言いませんよ。貴方はただ山なりに投げ渡してくれれば良いのです。ペインターにも命令しておきましょうか」
そう言うとペインターに対して。
「勇者が剣を投げ渡し、私が受け取ると同時に人質を解放なさい。勇者が投げる以外の行動に出たら即刻殺しなさい。あと女の方が動いても人質殺しなさい」
と命令した。
「ウィーン ガシャ(了解しました)」
「了解したのか分かりづらいんだが」
「コスト削減のため音声パターンは一種類のみにしてあるんですよ」
「あ、そう。じゃあ投げるぞ」
刃月どうにかしたかった。自分のせいで代々受け継がれてきた剣を失ってしまうということだけはあってはならない。
「どうしたらこいつを倒せる? いや、倒さなくてもいい。解放されれば、一瞬の隙さえ作れれば……!」
何も思いつかない。今は夜だが七月の下旬、夏真っ盛り。アスファルトも溶けてしまいそうなくらいに暑くて、腕が出てる背中も熱い。こんな状態で思考もままならないというのに名案なんて思いつくはずもない。
「あ、そうだ」
何か思いついたようだ。深呼吸をしてから、皆に聞こえるような大きな声で、聞き取りやすいで、しかしなるべく早口で言葉を紡ぐ。
「
七つの舌は
祭火の供物は仇なすものぞ!」
「なっ!?魔法だと!」
魔王の意思は止めようとするが距離が空いていたうえにロイドが構えをとり牽制していたため、間に合わずペインターは火に包まれた。
それは火の神アグニの灼熱の炎を借りる魔法の詠唱であった。
呼び出すための詠唱というよりはアグニの威光を知らしめるための讃歌みたいであまり好きにはなれないが仕方ない。他に契約してるイフリートは範囲攻撃で周りを巻き込んでしまう上にアグニより火力が低いし、愛宕は何よりも熱い炎を出してくれるが色々と面倒なので使いたくなかった。
五節以上詠唱し、
ペインターは何もしなかった。口を動かしたのは、
アスファルトの溶解温度は大体140℃~150℃。五節詠唱したアグニの炎で溶けないはずがない。できたなら二節でも十分だったかもしれない。
炎が消えた時、ペインターの体はどろどろに溶けて動かなくなっていた。
「思ったとおり! こっちは大丈夫だ! 剣をわたす必要なんてない!」
人質から解放された刃月は勝利を宣言するかのように高らかに言い放つ。
「よくやったー! ぼっちゃん!」
月子は刃月の無事を確認すると、安心と信頼のAK-47を魔王の意思にぶっぱなす。いくつか弾が体にめり込む。出血はなかったが効いているようだった。
ロイドはすでに剣を構えて臨戦体勢に入っていた。魔力が尽きかけとはいえ勇者は勇者。侮れない。
実は魔王の意思も、あれだけの魔術を二連発したため魔力が底をついていた。
「おのれ……!……撤退しますよアルベルト」
「だから、アルベ……いや、合ってたわ」
二人は空間の彼方へ溶けるように消えていく。
魔王の意思は消えていくまでの間、ロイドでも月子でもなく一般人の刃月をずっと
かすかに聞こえてくる夏の虫の鳴き声だけが、魔王軍を撃退した勇者たちの功績を讃えているかのようだった。
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