第5節 ばくだんゲーム

 刃月の治療が終わった。「ありがとう」とそっけなく礼をいうと背を向けて少し距離をとる。

「あれー? ロイド、顔の左っかわ傷残ってるよー?」

 回り込んできた月子が言う。

 刃月は治療中ずっと顔を覆ってたから気付かなかったのだろう。

「あぁ、わるい。今治す」

 回復魔術キューラ。傷をふさぐ魔術だが、完全に治るわけではない。傷が深すぎたり傷ができてから時間が経ちすぎると傷跡が残ることもある。案の定、刃月の左頬にくっきりと傷跡が残ってしまった。

 


「さて、命が惜しければ質問に答えてもらうぞ」

 右手を失い、対人拘束バインドにより身動きできないアルベルトに詰めよる。

「今まで隠れてた残党どもが今さら出てきて何をするつもりだ?」

「さぁな! オレ下っ端ですしぃ! なにも知らないっすよぉ!」

 ヤケクソじみて反論する。怪我をしてるとは思えない。よく見ると左肩の傷はすでに塞がっていた。

「どーするー?処理かたす?」

「まて、その前にゴールドあされゴールド。金がないからな」

 盗賊たちが財布を探していると、なすがままにされていたアルベルトがいきなり驚いたように叫ぶ。

「アーッ!魔王様!なぜここにー!」

 ロイドと月子は振り返り辺りを見回すーー!

アルベルトは残っている左手でばれないように巾着袋からペインターのコアを取り出して、背にしたコンクリートの建物に埋めこ

 つぶされた。

 ロイドがコンクリートごとコアを握りつぶしていた。

「ばれないと思ったか」

「おもいっきり振り返ったじゃん……」

 アルベルトが震え声で返すと月子が四十五口径のデリンジャーを突きつける。

「振り返っただけだし、だまされてねーし」

 この女は一体いくつの銃を所持しているのだろうか。

 舗装されたばかりの路面のようにまっ平らなその声は普段より二オクターブは低かった。



 二人の勇者が弱者を脅してるのを遠目で眺めながら刃月はうつむく。

 先ほどの出来事が頭のなかでリピートしてる。

 魔術の勉強はかなりしてる、自信もあった。四日前に新発売したRPGだって三週目に差し掛かるところまで進めていたから戦闘のイメトレだってできていた。なのに。

「無事で良かった。ホントに心配したんだから。あなたに何かあったら私は……」

 母の顔さえまともに見れなかった。

 母が刃月の肩に手を置き心配そうな声で話しかける。

「でも、分かったでしょ?普通の人は勇者になんてなれない。あんなバケモノと、あれ以上のバケモノたちとずうっと戦い続けなければいけないのよ?刃月にはそうなってほしくないの」

 それでも勇者になりたい。そう言おうとしたが、今の刃月にはその言葉が喉につまって出てこなかった。



 刃月は呆然と空を見上げる。街の灯りで照らされた薄暗い夜の空に人のようなものが浮いていた。

 そして、その手にはパープルな色した魔力砲シェルが形成されていた。

「……は?」

 魔術を学ぶ刃月には一瞬で分かった。

 サイズ、フォルム共にソフトボールそっくりなは超高密度に圧縮された強力な魔力の塊だ。

 ただの魔力砲は魔力含有率の高いエレメント系と呼ばれる魔物に特大ダメージを与える特性をもつ攻撃魔術である反面、それ以外には効果が薄い。いくら高密度にしようともその特性は変わらない。

 しかし刃月は見た、あの男が火と風の元素を加えたところを。

 どうなるのか考えるまでもない、あれは爆弾だ。学校では習っていないが、あれを爆発させてしまったら地図屋の仕事が捗るだろうことは目に見えていた。

 勇者はただいま絶賛尋問中、愉しそうなのがかんに触る。スマホをいじりながら歩いてる人々も気づくはずがない。

 どうするか、魔術で迎撃するか。いやあれは何かに触れただけで大爆発を起こすだろう。

 考えがまとまらないうちに、無情にもBB弾ほどの大きさになったそれはついに放たれた。音もなく落ちてくる死の種火はゆっくりだからこそ恐怖を際立たせる。

「ロイドさん!上だーッ!」

 男を発見してから放たれるまで約三秒、刃月が出した答えは、妙な手出しはせずに勇者たちに任せるというものだった。情けないが適正解と言えよう。

「バカなッ!?いつの間に!?」

 剣に宿る知識から、あれが 濃縮された魔力の爆弾であることを見抜いたロイドは、数十メートル垂直に飛び上がると盾を構える。

 この盾は魔力を流すと盾の側面から魔力が吹き出し、巨大な防御障壁バリアを展開することのできるマジックアイテムだ。

 ロイドはありったけの魔力を流す。着地する時に足に付与するエンチャントのことは考えない。

 吹き出した魔力を大きなおわんの形に整えて固めた。

「ほほう……考えたましたね。そうすれば爆発はお椀の口からしか漏れない、街に被害は出ないでしょうねえ。もっとも壊れなければの話ですが」

 なんとも余裕そうな声であざける。

「耐えろぉぉぉぉぉぉッ!!」

 爆弾を受け止める。爆発が起きる。

「ついでに巻き添えだぁぁぁぁ!」

 お椀の口を躊躇ちゅうちょなく男に向ける。

「なにいっ!? 普通なにかしら情報持ってそうな相手を殺しにかかりますかあ!?」

「知ったことかぁぁぁぁ! 魔王軍はチリ一つ残さぁぁぁぁん!」

「こんなはずではぁぁぁぁっ!」

 大きな爆発がおこる。強烈な衝撃が体中に叩きつけられ、聞いたこともないよなおおきな音が頭の中を突き抜けていく。それでも空は街の灯りで薄暗いままだった。



 ロイドは見事に受け止めた。渋谷一帯を更地にするであろう一撃を防いだのだ。被害はない。

 勇者を含めた誰もが思わず口角をつり上げる。しかしそれは、死を免れた喜びの笑みではない、どうしようもなく免れない死を前した絶望の笑みだった。

「なーんて、冗談ですが」

 丁寧な言葉遣いで人を小馬鹿にするこの男は、あろうことか先ほどとを落下するロイドに向けて放っていたのだ。

 これがロイドに当たれば街はただではすまない。

 先ほどの爆発を防いだ盾は衝撃で腕に固定する部分が破壊され、ロイドの腕から離れて宙を漂っている。

 真っ先に盾を使ったことから分かる通り、剣には皆を守る力は宿っていない、それでも自身だけなら何とかなる力はある。

 しかし、民を守れなければ死んだも同じだ。ロイドもそのことは重々承知している。

 残存する魔力は少ない、盾があっても防げるかわからなかった。

 守れるならばこの身を犠牲にしても構わない、その気持ちはある。

 だが現実は実に無惨だ、捨て身になっても無理なものは無理なのだ。守るならばそれ相応の力がなければならない。

 騒ぎに気づいた人々により、地上はパニックになっていた。

「あきらめてんじゃねーぞ!」

 ビルを利用した角跳びでロイドの近くまでたどり着いた月子がロイドの首根っこをつかみ、そのまま地上にほおり投げた。

 間一髪で魔力の爆弾から距離をとれたがしょせん一時しのぎだ。破壊のカウントダウンは止まらない。

 しかし、月子だって腐っても勇者。希望は捨てない。もう一発くるならもう一回防げばいいのだから。

「盾はっ!?……みつけた!」

 月子は即興で魔力の踏み台をつくり出して盾に飛びつく!

「させるものかっ!」

 男は五本の指先から細いレーザーを撃ちだしてそれを遮る。

「クソッ! あせったか!」

 身体をかすめただけで大したダメージはなかったが月子は盾に触れることなく落ちてしまった。

 間髪入れずに男は空いてる手でレーザーを放ち、盾を遠くへ飛ばしてしまった。

 顔前に紫色の殺意が迫る。それは分かりやすい死の形。見たこともない黄泉の世界を想像させるには十二分の代物だ。刃月は理解する。もう駄目だと。



 背中が熱い。背中から何かが突き破って出てきそうな気さえした。

 恐怖に縛られた刃月の意識を破り、頭の中にしわがれた声が響く。

「おまえには力がある。人が持つには過ぎた力だ」

 いつの間にか辺りから街灯の明かりが消えていた。真っ暗だ。音もしない。現実とは別の空間にいるみたいだった。

「だれだ!死ぬか死なないかの瀬戸際にのんきな声で話しかけてきやがって!」

 頭の中の男の声は。

「答える義理はない」

 一蹴すると続けて語りかける。

「その力は想像以上に強大だ。その力をもってすれば神にも魔王にもなれるぞ?」

「どっちにもなりたくない! オレは勇者になりたいんだ! 借り物の力でじゃない、自分の力でっ!」

「あの様でほざくか。それにその力は我が貸したものではない、お前自身の力だ。言ってしまえば才能だ」

「才能……」 

 刃月は渋い顔をする。最近ありがちな、なんの努力もなしに才能やオンリーワンの能力を得て、それに頼って戦う展開の娯楽物が好きではなかった。

「選民思想めいて嫌気がさすか? 普通の人間が努力し、仲間と共に力を合わせ世界を救う方が好みか? 甘えるな、綺麗事を通せるのは実力あるものだけだ。才能に頼ってでも強くなってから己を通せ」

 刃月の反応を待たずに続ける。

「よくよく考えてもみろ。真の勇者とは常に選ばれし者だ、才能をもつものだ。あのロイドとか言う男も、何億人もの中から剣に選ばれた。あの女が銃弾を魔物に当てられるのもある種の才能だ」

 アーサー王然り、ゲームの主人公然りだ。ともつけ足した。

「お前は選ばれたんだ、その力を使わないのはむしろ選ばれなかった者に対して失礼というものだろう?」

「だけど……」

「迷ってる場合か? こんなところで死にたくはないだろう? もっとも、私がなにを言おうとも決定権はお前にあるのだが。使うかどうかはお前が選ぶのだ。さあ、時間を戻すぞ」

「……っ! 使い方を教えろ!」

「渇望せよ! 今もっとも望むことを! そして成し遂げてみせよ!」

 ……ただし…………。そこで言葉が切れ、夜の明かりが戻ってくる。

 爆発音は聞こえない、そのかわり、奇異なものを見てしまったかのようなざわめきが耳に入ってくる。



「頼り過ぎるなよ? 力に飲まれるぞ」

 


 腕だ。白くて軟体的な大きな腕が一本、背中から出てきている。服にさわるが破れてはいないようだ。生え際を見ることは叶わないが生えてきた感じもしない。左手よりも動かしづらいけど思ったままに動く、まるで最初からついていたかのようだ。

 ロイドも月子も何がおきたのか理解が追いついていないようだったが、母だけが複雑な顔を見せていた。

 


「バカな……爆発はどうしたぁぁぁぁっ!」

 男の叫び声でふと我に返る、その白い腕は爆弾を握り込んでいる。感覚でわかる。

「乗せられてるみたいでシャクだけど使わせてもらうぜ!」

 刃月は腕を真上に伸ばす、男を越えビルを越え、限界まで。そして手をひらく。

 小さな星が一瞬だけ光ると爆発したような音が夜の街に微かに届いた。

 戻ってきた白い腕には傷どころか汚れ一つないし痛みもない。

 真っ白な腕は巨人の腕を連想させる。指先は平らで、どことなくコミカルだ。



 男が降りてくる。真っ先に食ってかかったのは拘束されていたアルベルトだった。

「てめぇ! 今オレごと巻き込むつもりだっただろぉ!?」

「ああ、いたのですかアルバイト」

「ア ル ベ ル ト !」

 怒り心頭に達しているアルバイトとは裏腹に、男はせせら笑った。

 てかてか光沢のあるオールバックにフォーマルスーツに身を包み、ヒゲの生えてたにやけ面のヴェネチアンマスクにモノクルという紳士然とした佇まいの男は勇者に向きなおる。

「どうでしたか? 私の創作魔術である魔力爆弾グランドシェルの威力は」 

「二回とも防がれてたけどな。で、何者だ?」

 男はいらっとしたが確かにその通りなので我慢して話を続けた。

「ふ…ん 分からないのか?選ばれた勇者ロイドよ」

 男は少しためてから誇らしげに言い放つ。


「私は、偉大なる魔王様の意思である」

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