第4節 戦闘、量産型殺戮装甲尖兵ペインター

 どうしていいか分からず呆然と立ち尽くしている刃月をよそに、二車線道路のど真ん中で対峙する二人の勇者とウィークリザードマン。人も車も月子の銃声を逃げていった。今この場ににいるのは勇者と魔物と一般人の母子、あとは恐怖心の麻痺した好奇心の奴隷共だけだった。

 誰かしら通報してもいいものだが警察が来る気配は微塵もない、世界が重なっても人間に対する抑止力であることに変わりはないのだ。

 魔物に対する抑止力はあくまで勇者。第一、魔物退治の仕事まで警察に取られてしまったらとうとうやることがなくなってしまう。

 二人と一匹はただ向かい合っているだけなのに、その戦力差が決定的であることが刃月のシロウト目を通してもよく伝わってくる。

 劣勢のアルベルトは腰につけた巾着袋から五つの薬莢のようなものを取り出すとそれを乱暴にばらまく。

 薬莢が路面に沈む。するとアスファルト色をした茶筒のようなものが這い上がってくる。這い出てきた場所は茶筒と同じ大きさの穴があいているのでアスファルトを抉りとって装甲にしたことが分かる。


 バスケットボールが縦に二つ入りそうな筒からは、アスファルトを無理やり固めた腕が人のように生えていて固体でありながら流体のようにしなっており、二本の手はそれぞれ剣と盾を型どっている。

 先がとがっている四脚の脚はまるで蜘蛛のようだ。これもアスファルトを固めたものだろう。

 蜘蛛の力を持つ赤い色したヒーローが活躍する映画の冒頭で、主人公が蜘蛛にかまれるシーンを見て吐き気を催したという刃月は無意識に目をそむける。筒についてるメインカメラまでもが蜘蛛の目に見えてしまうほどだ。


「奴らをブッ殺せ! ペインター共ぉ!」

「ウィーン ガシャ」

「ウィーン ガシャ」

「ウィーン ガシャ」

「ウィーン ガシャ」

「ウィーン ガシャ」

 と呼ばれるのは魔王軍の軍事力を支える量産型歩兵。またの名を量産型殺戮装甲尖兵。コストパフォーマンスの良い優秀な戦士だ。優秀なのはコスト面だけではない。どのような戦場でも運用可能な凡庸性に加え、生み出した環境により性能が上下するものの、並みの魔物などとは一線を画す高い戦闘能力を持つこの無機質な軍隊は人々の恐怖の対象にして、分かりやすい死の具現。力なき者を心無く蹂躙じゅうりんするその出で立ちはまさにの名に恥じな……

「せつめーがなげー」

 ズドォォンという耳をつんざく重い音が鳴ると同時にペインターが崩れ落ちる。

 いつの間にか組み上げていたバレットM82A1(アンチマテリアルライフル)をあろうことか立ちながら発砲する。普通なら反動で吹き飛んでしまうのだが月子の体は深紅に染まっている、長い銀髪までもが赤く染まっていることからそうとうに強力なエンチャントが付与されていることが分かる。

「そんなのよりこの子の声を聞く方が絶対たのしーって。ほーらアンコール」

 自己満足以外の何ものでもない騒音がここら一帯に居る人たちの肌を震わせる。

 なんということだ、魔王軍の誇る主戦力を一瞬のうちに再起不能にするとは。コスパ最優先の制圧型だからだろうか? いや、性能重視の決戦型でも同じ結果であっただろう。残り二体となった。

「ウィーン ガッチャン」

 一体の心を持たぬ戦闘マシーンが無謀にもロイドに襲いかかる。

 ロイドは白刃を閃かせこれを切り伏せる。

「ウィー……ン」

 力ない断末魔とともに、装甲されていたアスファルトがはがれ落ちる。

 すると、両断された機体の後ろからアルベルトが飛びかかり、剣を振り下ろす。

 ロイドは不意打ちを受け止めるが、狂乱したアルベルトの凄まじい筋力から繰り出された斬撃をいなせずに鍔迫り合いに持ち込まれる。

 ちらと刃月の方に目をやると、残り一体のペインターと対峙しているではないか!

 月子に声をかける。

「刃月のフォローを頼む!」

「あいさー、この子におまかせあれー」

 気の抜けた返事とは裏腹に素早いリロードと卓越したエイミング技術で狙いをさだめる。

「大丈夫だって!こんなやつ倒せないで勇者になんかなれるかっての!一人でやってやるよ!」

 刃月は自信満々で学校で支給される剣と杖が一体となった武器「舶来」を構え、世界一恐ろしい茶筒と対面していた。後ろには母親が居る。逃げ場はない。逃げる気もないが。

 その顔に恐怖の色はなく、むしろ本物の勇者に実力を見せるチャンスと捉え不適に笑う。

 手にしている「舶来」は工業製品のように形が整っていて、大量生産特有の安っぽさを醸し出している仗剣であった。刀身は普通のショートソード、その柄頭に魔法の杖についてるような丸い石がはめ込まれている。

 ペインターは四脚の長い脚を逆V字に曲げて一つ目のメインカメラを刃月の視線にあわせる。

 普段エンカウントする魔物を何気なく倒している刃月だが、そいつらとはレベルが格段に違うことが分かる。お調子者の刃月の体にところせましと緊張が駆けずり回る。

 互いの距離は五メートルほど、エンチャントを使えば一足で詰められる距離だが刃月は、この舶来がゲガをしないようにと言う学校側の意向で切れ味が低く作られている事実を知っていたため、魔法を選択する。手首を内側に返し剣先を下に向けて柄頭の丸石を敵の位置にあわせる。

流水擊ストリーム!」

 狙いをつけた丸石から野球のボールと同じくらいの太さの水が射出される。

 熟練者ならば胴体に風穴を空けられたかもしれないが、未熟な刃月にそれを望むのは酷というもの。ペインターの体を押し出すので精一杯である。しかし刃月には別の狙いがあった。

 アスファルトは地面っぽい、機械は水が苦手。だから水が効くはずという自分の知識の棚から掘り当てた情報にしたがい水属性魔術を使用したのだが、こうかはいまひとつのようだ。

 当然だ、コンクリートと地面は全く性質が違うし、ペインターは機械っぽいが機械でなく、金属人工生命体である。コンクリでいうセラミックの様な鉱石でつくられている。

 撃ち出される流水をものともせず、押し返しながらペインターが近づいてくる。刃月は術を止め、慌てて前転回避をすることで敵の一撃をかわす。

 回避の際に路面に接触した後頭部と背中がズキッと痛む。

 今度は電気魔術でショートさせてやろうと舶来を構えるが、すでにペインターの剣が刃月の胴体を輪切りにしようと水平に襲いかかってきていた。

「順番くらいまもれよぉぉ!」

 とっさに発動しかけてた電撃波エレクトロ防御障壁バリアに切り替える。

「防御障壁!」

 キイィィンと甲高い衝撃音が響く。

 うっすら青い半透明な魔力の防壁が丹田(へその下あたりにあるという部位)を中心として円形に展開されている。

 長くは持たないだろう、地の元素で魔力を物理的に触れられるように加工した防御障壁といっても、結局のところ魔力でできているのだ。

 「コンクリ世界の物質であるアスファルトから造られた剣の攻撃=魔力を含まない純物質による攻撃」であるので魔力のみでつくられた防御障壁の効果は半減以下。案の定防壁を突破されてしまう。

 とはいえ、一撃の威力を削ぐことには成功しており、すんでのところで舶来にて受け止めることができた。

「全力でエンチャントしてるのにこのザマかよぉっ!」

 ペインターは受け止められている右手をそのままに、盾の形をした左手で刃月を殴りぬける。

「がぁっ!?」

 体が宙に投げ出された後、アスファルトの路面にたたきつけられる。その際、舶来がどこかへとんでいってしまった。

 魔法学校の制服には申し訳程度の防護機能がついているため深いダメージこそ負わなかったものの痛いことには変わりない。実際に、うまく息ができずに悶えている。

「ぐぅぅ……あ、あぅ……いってぇ」

  ペインターが刃月に詰めよる、その足取りはとても機械的、とどめも事務的かつ速やかにおこなうことだろう。

 やばい、やばいやばいやばい! 杖がない! 立てない! 足も動かない! 

 一歩、また一歩。変わらぬ歩幅で死の茶筒が迫ってくる。

 杖がなければ魔術が弱まる。杖がなくても魔術は使えるが威力はお察しだ!

 後ろから母親が叫ぶように声をかけているがパニックに陥っている刃月の耳にはとても届かない。

 目の前についたペインターは最小限の動きで刃月を仕留めようとする。

「いやだ…死にたくないっ!たすけてくれぇぇぇぇぇぇ!」



 その時、背中に何かがあたった。何かは分からない。ただ分かることといえば、月子の銃弾が茶筒を貫き、その衝撃で勢いよく飛び散ったアスファルトの破片が刃月の左頬に深く傷をつけたことくらいだ。

「ふー、やっと伏せたか。ぼっちゃん」

 月子が狙いを定めて陣取っていたのはペインターの後方、そしてペインターは体の高さを刃月にあわせていた。そのまま撃てば貫通した弾が刃月にもあたっていただろう。

 鍔迫り合いをしていたロイドはエンチャントをかけず、ただ両腕に力を込めてアルベルトを強引に振り払う。そして、よろけたアルベルトの右手首を素早く切断する。

「ウギャァァァ!」

 痛みではなく怒りによる叫び声をあげる。柄に握った右手がついたままの剣が路面で跳ねる。

 するとロイドは、すかさずアルベルトの右手首のきれいな断面を回復魔術キューラでふさいだ。

 リザード系の魔物はとにかく再生力が強い、右手だけなら一呼吸おくだけで新しいのが生えてくる。

 生えてくる前に傷を治すことで手が治ったと脳に誤認させて再生を防いだのだ。

 これも剣に受け継がれてる知識のひとつ。

 次に対人拘束バインドで動きを止める。続けて状態解除ウェーキングを使用しアルベルトを正気に戻す。

 アルベルトをそのまま放置して刃月の元に駆け寄る。

 刃月は腕で顔を覆い仰向けのまま動かない。

「おい、だいじょうぶか! 痛むか!? いま回復魔術をかける、それまでがんばれ!」

 痛くて泣いているのではない。勇者の前なのに手も足も出なかったからでもない。

 あんなに大口を叩いておきながら情けない声で助けを求めてしまったことが何よりも悔しくて、悔しくて、顔を見せられなかった。

 傷ついた頬に触れてみる。まるで自分の醜態が深く刻まれているようだった。

 

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