第3節 豹変
弟子入りはダメだけど一泊だけなら、と母親の許可がおりたので一行は改めて刃月の家に向かっていた。
家についてからじっくり話そうとしてるためか、先程とは打って変わっておとなしい刃月は母親の荷物を持っている。ロイドもせめてこの位はと買い物袋を持っている。月子の両手は蒸し暑い夏の風を切っている。
街の騒音が頭に入っては抜けていく。
「ところで、魔術と魔法はどれだけ扱える?」
気まずくなったのか、沈黙に耐えかねたロイドが問いかけた。
「基本五大属性は全部いけるよ。あと
「
「カンペキ!」
「肝心の威力はどうなんだ」
「そっちはカンペキじゃない……」
基本五大属性とは、火、水、土、風、空のことで、世界を形成する元素。それらを利用するのが魔術。ちなみに空は真空のこと。
魔術は魔力にこの五つの元素を足したり引いたりして加工することで魔力を別のものに組み替える術である。
魔術には同じ術でも個人の実力に応じて威力が変わってくる。刃月はゲームに憧れて色々な魔法を扱いたいという願望から、学校で習う魔術の大半を扱うことができる。その反面、術一つあたりの力が弱い。広く浅く、器用貧乏といったところ。
「あ、でも魔法は三つ契約できてるよ」
「ほぅ、運がいいな、誰だ?」
「アグニ、イフリート、愛宕」
「見事に全部火属性か」
「運わるいねー」
魔法とは超常の存在(いわゆる、精霊、妖精、悪魔、魔族、ドラゴン、神など)から詠唱により呼びかけをおこない、対価を払うことで一時的に力を借りるものである。
そのためには事前に契約しておく必要があるのだが、契約するための媒体が希少で見つけづらい上にあちらが提示する条件を満たしてないと断られたりする。
アグニは崇拝してれば気をよくして契約を交わしてくれる扱いやすい神なので魔法学校では教材として採用されている。
なので契約してる人は比較的多いがアグニに対して気を遣うことも多い。
それを差し引いても学生が三つも契約成功している例は滅多にない。
「さて、そろそろ使っておくとしよう」
そう言うとロイドは剣を引き抜いて、それに話しかける。
「五代目、
この剣は血筋などに関わらず選ばれた者が継承していくもので、現在は歴代勇者十人の魂が宿っている。
そして、魂たちは力、知識、経験を所有者に与えてくれる。ただし、簡単に力を貸さない魂もいるという。
五代目と呼ばれた魂は、内気で極度の人見知りで人嫌いだったために、仲間を一切連れずにたった一人で魔王を倒したという。
その方法は背後から忍び寄り暗殺するという斬新かつ卑劣なもので、周囲の冷たい目をまるで気にしないその出で立ちは、そっちの意味でもまさに勇者であった。
気配希釈と人海混合という聞いたこともない魔術に刃月は首をかしげる。
「気配希釈は気配や姿を消すもの、人海混合は違和感なく人混みに紛れられるものだ。風と空の属性を上手く練り合わせた魔術で、五代目の創作魔術……いや、使い方を誰にも教えてないから固有魔術になる」
もしかしたら敵が近くにいるかもしれない。一般市民を戦闘に巻き込まないため、何より泊めてもらう九頭切家を危険にさらしたくはなかった。
「……だめ」
「えー?なんでさー」
五代目は確かに内気で極度の人見知りで人嫌いだったが、唯一気兼ねなく話せるロイドのいうことに反対したことはない。となると理由はひとつ。
「オレらを監視してる奴が近くにいるのか」
「……あっちの路地裏」
「まっかせなぁ!」
発砲音はなかった、ロイドがすんでのところで止めていたのだ。
「なんでさー、ロイドのいけずぅ」
「人が多いところで撃つなといつもいってるだろう」
路地裏の辺りを見ると、撃たれると思ってあわてて飛び出しててきたのだろうウィークリザードマンのアルベルトが歩道の真ん中で頭を守りながら伏せている。
「アッブネー!死ぬかと思っ……あれ撃たれてない?怪我してない?オレ」
ロイドはアルベルトの兜についている巨人の手の紋章におぼえがあった。
「オマエ、魔王軍の残党かッ!」
「違うッ!」
「嘘をつくなぁぁぁぁッ!」
「分かってるなら聞くんじゃねええええッ!」
「魔王軍はブッ殺ぉぉぉぉす!」
「やめろぉぉぉぉ!」
魔王軍と知って
戦わずして観念したのだろうか、手を上げて無抵抗のポーズをとる。
「いや、逃さねーから」
月子の手にしたS&W M29(リボルバー)から.44マグナム弾がアルベルトの足元に数発撃ち込まれる。弾丸は着弾したアスファルトに
暴力的な銃声がビル群に響きわたると同時に、周りの人間は生存本能にしたがって逃げていく者と恐怖心が好奇心に敗れて写真を撮る者に別れる。
「うごくなよつぎは当てるぞー」
相変わらずのんびりした口調であったが、声のトーンは普段より二オクターブは低い。
「殺すなよ? いくつか聞きたいことがある」
アルベルトはびびっていた、威嚇射撃にではない。目の前に立つ男の勇者に。それもそのはずである。
ファンツには珍しい黒い髪、あらゆる攻撃を遮断するであろう深い海の色をした鎧兜、いかなる脅威からも仲間を守りきるアダマンタイト鉱の盾、極光の如く輝きを放つ白銀の剣は何代にもわたり受け継がれてきたとは思えないほどに美しく見る者の心を奪う。
そして、それらの武具を扱うに相応しい肉体は同量の純金に等しいと比喩されるこの男こそ、自分たちの王である魔王ラーヴァナを倒したパーティーのリーダー、ロイド・トーカーだったのだ。
魔王軍残党にロイドを倒せる戦力など残ってはいない。しかし、先ほどアルベルトに命令していた意思には何かしらの策があるようだった。生き延びるにはそれに賭けるしかない。
「聞きたいことがあるんだろう?知ってることはなんでも話す。だから殺さないでくれよ、な?」
馴れ馴れしく話しかけてくるアルベルトに対し無言のロイド。
アルベルトは両手を拝むように合わせたまま近づいてくる。すると辺りが真夏に起きる陽炎のようにゆらめいた。その瞬間。
「うごいたら当てるっていったよね〜」
ガァンという音がなる。アルベルトが反射的に左肩に触れると鎧が砕かれ肉が抉られているのが分かった。
調理の終わった直後のフライパンなんか目じゃないほどに熱をおびた傷口は徐々に痛みを鮮明にする。
「ガァァァァァァァッ!ガァァァァァァァッ!」
痛みに耐えきれず思わず声を張り上げる
「なぜだァァァァッ!?なぜ銃弾が当たるんだァァァァッ!?おかしいだろォォォォォォッ!?」
わめき声をあげて悶え苦しむアルベルトをよそに恍惚の表情を浮かべる月子。
「この反動の強さ……クセになるわ~」
表情の変化に乏しい彼女だが、この瞬間だけは違った。口角を上弦の月のようにつり上げて、笑った。
……コロス、絶対コロス。目的は白装束のガキをさらうことだが知ったことか、あのクソ野郎どもを全員まとめてひき肉にしてやる。その後じっくりハンバーグに調理して放置してやる……!
もはや正常な思考をすることも叶わないアルベルトは、監視に徹するため圧し殺していた魔物の本能を解放する。
たとえ獲物が格上だろうと人間相手には理不尽に死を撒き散らす種としての性。
アルベルトは殺意の牙ををむき出しにして立ち上がる。痛みは消えているようで、その顔は苦痛ではなく憤怒で歪んでいた。
呆気にとられた刃月はただ見てることしかできなかった。
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