第2節 不穏な影

 夜の闇を人工的な光が明るく照らす街中。

 魔法学校の生徒である刃月と、勇者ロイド、とても勇者に見えない勇者月子の三人は、喋りながら、ゆっくりとした足取りで刃月の家に向かったいた。

「宿を借りることになってしまって本当にすまない」

「こういう時はお互い様ですよ」

「敬語は止めてくれ、変な感じがする」

 ファンツに敬語の文化は無い。王族とか貴族の前でしか使われない。

「そーいえば刃月は勇者になりたいんだっけ?あんまおすすめしないよー」

 口調こそふざけているが刃月を思っての忠告だ。多分。

 勇者とは言ってしまえば自営業だ。ちょっとばかし複雑な手続きさえ済ませれば誰でもなれる。しかし……

「あれを見てみろ」

 ロイドが指さした先には建物の高い位置についている巨大なモニター、その中でファンツのニュースキャスターが淡々と文章を読みあげている。

「ファルメルク王国が雇った勇者一行により討伐された魔王ラーヴァナ軍ですが、その残党と思われる集団による不審な動きが相次いでいます。専門家の調べによりますと、魔王を復活させる儀式を執り行っている可能性があるとのことで、ファルメルク王国国王はアメリカなどの各先進国と連携をとりつつ再度討伐隊を編成し……」

 ロイドが向き直り、諭すように言う。

「危険ってだけじゃない、あのニュースみたいに国に雇われて安定した収入を得られる勇者なんて一割に満たない」

「あたしらみたいにねー」

 安定してる方なのか仕事のない方なのか分からない発言をする。

 実際、勇者で食べていくのは難しい。常に成果をあげ続けなければならないし、そのためには危険なことだってやらなくてはいけない。それだけやっても他の勇者に埋もれて、仕事がなくなり辞めていく人が多いのだ。大きな仕事を貰えない勇者は自分で仕事を見つけなくてはならない。盗賊団の討伐なんてまだいいほうで、人探しからネコ探し、ひどい時なんて家事手伝いをさせられるもんだからたまったもんじゃない。死亡率より退職率の方が高いくらいである。まさしく選ばれた者しかなれない職業だ。

 だからといって刃月が夢を諦める理由にはならない。そして、自分の隣に勇者がいるという絶好のチャンスを逃すほど悠長でもなかった。

 刃月は少し緊張したが、勇気を出して切り出した。

「オレを弟子にしてくれ!強い勇者になることが昔からの夢なんだ!おねがいします!」

 腰を軸に九十度の角度になるように頭を下げる、背中はピンと伸びている。魔法学校の面接試験のために生活態度が変わるくらい猛練習して身につけたもので自信がある。

「うー……ん」

 刃月からロイドの顔は見えなかったが、露骨に嫌そうな顔をしている。キッパリと断る気だったが、宿を貸してもらう相手のお願いをそんざいに扱いたくなかった。

 それを察した月子がロイドに耳打ちをする。

 (こーゆー奴は何いっても聞かないよ、弱っちいまま勇者になって死なれるよりさ、稽古つけて強くしてあげた方がいーんじゃない?)

 もしくは諦めさせるかと、月子はそこで言葉を切った。

 ロイドが口ごもっていると、その後ろから不安げな声がかかる。

「すいません、もしかしてウチの息子が何か失礼なことをしてしまいましたか?」

 二十代後半にしか見えないその女性は、頭から足の先まで暖色を基調としたやわらかい印象を受ける衣類でまとめてはいるものの、楕円形をしたメガネの奥の鋭いツリ目は人付き合いを極力避けようとする冷ややかなものであることが分かる。

 声の主は刃月の母であった。刃月は驚き顔を上げる。

 重そうなマイバックを腕から提げているので買い物の帰りだったのだろう。街中で自分の子が深々と頭を下げてたもんだから慌てて来たのだという。

「いや、彼は悪いことをしていない、ちょっと頼まれごとを断ろうと……」

 ロイドはつい本音がでてしまった。

「えっ!?ダメなの!?」

 刃月からも心からの声があがる。

 この方たちは?と尋ねられたので刃月はこれまでのいきさつを大雑把に説明する。

 この二人は勇者で、お金がなくて宿に泊まれないのでウチに泊めさせようとしたこと、頭を下げていたのは弟子にしてもらおうとしていたからであること。

 勇者という単語に眉をひそめた母はひと呼吸おいてから言った。

「そういうことだったの。でもダメよ、勇者の弟子だなんて、危ないし、刃月が死んだらお母さん悲しいわ」

 親だったら当然の判断だろう。愛する息子を思っての発言だろうがその物言いはどこかドライだった。

 ショーウィンドーに陳列されているコーチのバックの隣に飾られている兵隊さんの木製人形が持っているマスケットを凝視し、「パーカッション・ロック式か……」などと呟いている月子を尻目に、ロイドは刃月の母親に対してちょっとした違和感を感じていた。



 その様子を建物の影から監視しているのは、天をつかもうとする巨人の腕の紋章がついている黒みがかった灰色の甲冑を身にまとう、赤いウロコの二足歩行トカゲ、ウィークリザードマンである。

 彼は気弱そうな顔でスマートフォンほどの大きさをしている半透明な碧色へきしょくの水晶板にむかって話しかけていた。

「こちら東京渋谷地区D地点担当のアルベルト、目標を発見いたしました。やったぜ!指示をください」

「よくやった、今そちらにが向かっている。監視をつづけよ、逐次ちくじ報告をおこたるな」

「了解!ところで……」

 言い切る前に通信が途切れる。

「ちゃんと魔王サマにオレの手柄って報告してくれんのかなぁ」

 魔王軍残党の下っ端のアルベルトはコンビニで買ったかじりかけのアンパンを片手に、ぬるくなってしまった缶コーヒーをストローですすりながら監視を続けた。


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