一章 継承の勇者と重火器の勇者

第1節 重なった世界

 昼下がりの魔術学校、五時限目の基礎魔術の授業。年老いた先生の詠唱の様な授業は既に何人かを微睡みへ送っている。

 前から二番目の窓際の席に座っている九頭切刃月くずきりはづきはノートをとりながら今朝のことを思い返していた。

 恐ろしく強い剣士と、今時珍しい銃使い。そして称賛の嵐…………正直うらやましい。

「ではこの問いを……九頭切くん、答えて」

 いきなり名指しで呼ばれたのでビクッとして立ち上がる。

「すいません、聞いてなかったです」

 取り繕わずに答える。魔法を学べれば先生の評価はわりかしどうでも良いと思っているからだ。

「残念、今まで私の授業を一から十まで聞いていたのは君だけだったのに」

 刃月は何だか急に勿体無い気がしてきた。

 先生はコホンと咳払いをして質問しなおす。

「魔物に攻撃する際、なぜエンチャントする必要があるのか、という問いです」

「魔物の体は半分魔力で構成されてるので、武器に魔力を流すことで魔力体を捉えて固定し、物理的ダメージを与えるためです」 

 さっきの失態を返上するかのように間髪入れずに答えた。

 より詳しく説明するならば、魔物の体は物体であり気体でもある、そして体には人間と同じように様々な液体が流れているのだ。

 触れるが手応えが薄いので、エンチャントが無くても一応ダメージは与えられるものの、威力は二分の一以下。なのに向こうは問題なくこちらに触れられる。

「まぁいいでしょう」

 先生は座るようにと手で制したが、せっかくなので刃月は今朝の疑問をぶつけてみた。

「銃で魔物は倒せます?」

「エンチャントを付与したモノは体からはなれると力が弱まります。何より銃弾は小さい、エンチャントが十分に付与できません。更に面積が小さいから撃った瞬間にエンチャント剥がれます。せいぜい弱い魔物を倒すことが関の山でしょう」

 銃のような小質量の打撃ではエンチャントをかけなければ魔物の体に傷をつけることなく透過してしまう。突きによる攻撃も似たようなものだ。

「遠距離なら魔法か魔術、近距離なら剣。銃の居場所はありません。さて、話を戻します。エンチャントとは魔力を身体に流すこと、物質の表面に貼り付けることであります。生体に流せば赤くなり、各種能力を強くしてくれます。物質に流すと白くなり、魔物の体を捉えることができ……」

 詠唱が続く、刃月の頭は今朝の出来事でいっぱいだった。

 


 刃月は小さい頃からゲームが大好きだった。特にRPG。お気に入りのモノは七周くらいはプレイした記憶がある。

 勇者に憧れていた。強くて、かっこよくて、剣持って、魔法使って、魔王をやっつけて、みんなから認められる。そんな勇者になりたかった。

 普通、そんな夢からは遅くても小学三、四年生くらいには醒めるものだが、高校二年生の刃月は未だに諦めていなかった。

 理由がある、刃月が中学三年生になる頃、そろそろ夢の沼から上がろうかと片足をあげた時だった。幻想ファンタジーの世界と、この世界が重なった。この世界に、魔法とモンスターが現れた。

 そんなわけだから、折角あげた片足を沼に戻すところか、そのままと潜ってしまったのだ。

 進学するなら魔法の学校だ。担任の先生に流されるままに決めていた、名前すら覚えてない志望校から、渋谷に現れた魔法の学校に進路を変えた。

 先生はなぜ魔法の学校に行くんだと嘆いていたが仕方ない、勇者の学校がなかったのだから。

 こんなにも強く決心できたのは初めてのことだった。

 足りない偏差値を夢見る心で補い、翌年、見事に合格できた刃月は合格通知書をまっさきに先生に見せに行った、よく見えるように先生の顔面に貼り付けた。怒られた。

 

 

 いつの間にか詠唱はやんでいた。刃月の頭は今朝の出来事でいっぱいだった。

 


「まだいるかな?」

 刃月は至る所を探した。スクランブル交差点、商店街、神社に劇場、ハチ公像前……。日が沈みかけて空が朱色に染まる頃、公園のベンチでうなだれている、今朝の二人組を見つけた。何か話している。

「参ったな、情報を集めようにも居酒屋とかいう酒場には情報屋がいないなんて!」

「周りの人に話しかけても邪険にされるだけっていうね〜」

「あと、って言われたな、一体何ができんのだろうか」

「さぁ」

  出禁ではないかと心中しんちゅうでツッコミを入れつつ、会話がひと段落したタイミングを見計らって刃月が割って入ろうとすると、あちらから声がかかる。

「やぁ、君はこの辺りの地理に詳しいか?宿を探してるんだが」

 ベンチから立ち上がり話しかけてきたのは、青い鎧兜を身に纏った体格の良い、それでいて誰もが好印象を抱くであろう爽やかな顔つきをした黒い短髪の男だった。美丈夫という表現がこれほどしっくりくるのも珍しい。背中には斜めに掛けた片手剣と金属製の盾を収納している。

「ビジネスホテルならあそこら辺にあるけど」

 向こうの方を指差して、大雑把に説明する。

「一泊いくらだ?」

「二人で八千円くらいかな」

 安くてだけど、と付け加える。

「八千円かぁ……」

 多分、足りてないのだろう。

「漫画喫茶ならどう?二人で三千円しないんじゃないかな」

 ピンキリだけど、と付け加える。

「三千円かぁ……」

 これでも、足りてないのだろう。

「いきなりこっちの世界に飛ばされちゃったから何が何だかわからないんだよねー」

 足を広げ、両腕を背もたれに投げ出してだらしなく座っている相方の女が平らな声で話しかける。

 月のように白い肌と腰まである長い銀髪。今にも眠ってしまいそうな、それでいてクリっとした大きい眼が幼さを醸し出している。それに反抗するかのように、海賊の船長が着てそうな黒いコートを羽織ったその下から覗く、白黒ボーダーのタンクトップとデニム生地のホットパンツは、この女性のスタイルの良さを浮き彫りにしている。何よりも目を引いたのは、いかにも魔女が被ってそうな大きなトンガリ帽子。明らかに服と合っていない。

 あちらから飛ばされてきたという説明の通り、刃月と同じファンツだ。最も、刃月はファンツではあるが物心が付き始める頃に移住してきたコンクリ育ちである。


 およそ三年前、二つの世界は確かに重なった。しかし、まだ完全ではない。

 だからふたつの世界はまだ存在している。現代社会には魔法と魔力とモンスターが、幻想世界には科学と電気とコンクリートが現れたのだという。刃月は授業でそう習った。一般教養は嫌いだが、こと魔法関連の授業に対してだけはとても熱心にとりくんでいる。

「そーいえば十年後くらいにはひとつになるって偉い人がいってたねー。たしか」

 てきとーな補足を加えられる。しかも授業で聞いたことがある。

「ふたつの世界が重なろうとしているから、空間が歪んで突然飛ばされるなんて珍しいことじゃない、年々頻度が増している。ひとつになろうとしているから世界が辻褄あわせをしているのかもな」

 学校で教わってない補足を加えつつ、「こんなふうにな」と言い薄い財布から、なけなしの野口を一枚とりだして見せる。元々は十ゴールドでいつの間にかこうなっていたという。そういえば自然に意思疎通ができている。魔法の詠唱が日本語でもいいことに、今まで何ら疑問に思わなかった。上手い具合に、世界にいいようにされていたわけだ。


 刃月はもっと話したかったので、喫茶店かファミレスに行かないかと言おうとしたが、やめた。恐らくたかられるだろう。

 そこで「宿が決まってないならウチに泊まったら?」と提案してみた。これなら、減るのは冷蔵庫の中身と寝る場所だけだ。

 財布の薄い鎧兜は遠慮した、他人に迷惑をかけたくない様子だった。財布すら持ってないトンガリ帽子が野宿はイヤとワガママを言った。結局金が無いので提案を受け入れることになったが、鎧兜は本当に申し訳なさそうな顔をしている。


「そうだ、自己紹介がまだだった。オレはロイド・トーカー。そんでこっちのアホが……」

「黒上 月子。アホじゃねーし」

 アホっぽい。

「ふたりとも勇者をやっている」

 勇者という言葉に過剰に反応する、ああ、やっぱり!ロイドの格好は画面の向こう側で平和のために世界を旅する、まさに勇者そのものだ!両手で手を握り、羨望のまなざしでロイドを見る。

 だが感激もつかの間、すぐに疑問符が浮かぶ。

「ふたり……?」

「あたしも勇者だよー」

 剣も盾も持っていない月子は、コートの内側に分解されて格納されているスナイパーライフル、RemingtonM700をチラつかせながら得意げに言い切る。

 幻想が少し欠けた気がして、つい大声を張ってしまう。

「あんたみたいな勇者が居るもんかぁぁぁ!」

「いるじゃん」

 アホだった。

「まーまー、こっちにも色々あるんだよー。ところで君の名前は?」

 ハッとなる。つい興奮して名乗り忘れていた。

「オレは九頭切刃月。この近くに在る魔法魔術学校の学生。こう見えて成績は学年トップです!」

 相手が憧れの存在(月子は除く)と知った途端、言葉に敬語が混じる。そして、さも自慢げに語っているが、その他は壊滅的だ。

「おー、なかまじゃーん。よろしくねー」

 ちょっと嬉しそうに刃月の頭を撫でまわす月子と、口では抗いながらも満更でない様子の刃月。その後ろでロイドは少しいぶかしげな顔をした。

 薄暗い公園の林から一匹のアブラゼミが真夏の訪れを告げるかのように鳴いていた。





  

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