第22話なんか気まずいよね、そうだよね


 一時間が経過。

 依然として誰も起きない。

 眺めるのも飽きてしまった。

 だって同じアングルなんだもの。

 やっぱりさ、静止画じゃなくて動画がいいのよ。

 動かない女の子眺めてもさ、あんまり楽しくない。


『おーい、みんな起きろ―』


 起きない。

 微動だにしない。

 何度声をかけても反応がないのだ。

 死んでるんじゃ……いや、まさかな。

 だって胸は上下しているからな。


『そこの』


 そこの?

 そこの……ふむ、知らない単語ですね。

 聞きなれない言葉だ、ということだったが、俺ははたと気づく。

 あれ、なんか聞こえたぞ。


『あなたに言っているのです』


 可愛らしいながらもどこか厳粛さを漂わせるような声音だった。

 ふむ。これはまさか。

 俺はふと思いつき、遠くに見える精霊らしき姿を視認した。

 瞬間、その精霊が目の前に現れる。

 はい、びっくりした! 俺、びっくりした!

 目の前で見ると、双眸は特殊な色合いをしている以外は人間に近い風貌だ。

 ちょっと幼児体型だが、ふわふわした服装でファンシーな感じだ。

 これはこれで、イイネ!


『私は大精霊リィネ。すべての精霊の長です』

『あ、どうも、へへ』


 なんか偉そうな感じなんでへりくだっておこう。

 長い物に巻かれるって、大事なことなんだよ?

 それが大人になるってことなの!


『どうやら意識がある剣のようですね』

『え? あ、ああ、まあそうっすね』

『色々と混じっている様子ですが……なるほど、あなたが聖剣、のようです』

『ん? それは一体、どういう意味で』


 リィネは小首を傾げ、俺を見た。


『今回の試験を行った本当の理由です』

『本当の理由?』


 思えば、王と側近の言動は一国家の代表としては些か不用意な内容があったような気が。

 どうにも違和感があった試験概要でもあった気がする。

 勇者候補を絞る、という理由はとりあえずは筋は通っていたが。

 もしかして違った目的があった、とか?


『それは街へ帰ればわかるでしょう。一先ずは、あなたに呪印を施しましょう』


 リィネの指先がキィィと甲高い音を発していた。

 同時になんかめっちゃ光ってる。

 そりゃもう滅茶苦茶に光ってる。

 眩しいよりも熱そうなイメージが強い。

 イヤな予感がしてきた。


『あの、何をしようと?』

『加護を与えます』

『加護という名の責め苦の間違いでは?』

『……少しは痛いかもしれません』

『ただ痛いのはイヤ! 快楽を促す痛みを下さい!』

『抵抗しても無駄です。あなたは動けませんので』


 無慈悲な言動と共に、彼女の指先が俺に触れた。

 あっつういいいぃぃぃ!

 何この痛み!

 新感覚ぅぅ!

 俺が快感と苦痛を同時に感じていると、刀身に紋様が刻まれていった。

 見たことがない文字だ。

 文字がいくつか並び終えると発光し、そして消失した。

 元通り、綺麗な刀身に戻ってしまう。


『これでいいでしょう。あなたに加護のあらんことを』

『ふうふう、なんて熱いんでしょ! こんな感覚は初めて!

 もっとやって!』

『それはよかったですね。しかし残念ながら一度きりです』


 冷静に返されてしまった。

 この方、下ネタが通じない、だと!?

 ……殴られたり、恥ずかしがられたりするのが楽しいのに、リアクションがないと寂しい。

 俺は寂寞感を噛みしめつつ、無言になった。

 だって何か話しづらいっていうか、やんごとなき雰囲気があるんだもの。

 でも相手もなんか困ってる風だしなあ。

 なんか目がちょっと泳いでるし。

 ふと思ったんだけどさ、ファンタジー世界とかで王族とか貴族とか、まあ別世界の人間と会話するのって大変じゃね?

 共通点皆無なんだしさ。

 なのに、創作の中の主人公とかはすらすら話すじゃん?

 どんだけコミュ能力高いんだよ、とか思ってたわけ。

 それが、今までソーニャとかムラマサちゃんとかと話してて、俺って案外コミュニケーション能力あるんじゃね? とか自惚れてたんですわ。

 ところがどっこい、これだよ!

 やっぱ、地位の高い相手だと無理、マジで無理。

 話せるのはね、相当な人よ、マジで。

 俺はそこまでの人間じゃないの。

 だから下ネタに逃げるの。

 怒るなり、馬鹿にするなり、逃げるなり、恥ずかしがるなり、何かしらの反応はするからね。

 下ネタは世界共通なのだよ。

 つまりだ。

 下ネタが通じないならもうどうしようもないの。

 淡泊に返されるのが一番困るの。

 ということで、俺はどうしようか悩むことしかできない。 

 対して大精霊ちゃんも困ってるわけ。

 なんせ喋る剣、男、異世界の元人間とかもうユニーク以外の何者でもない属性の存在だからね、俺。

 そりゃ会話に困るよね。

 ってことで、誰か起きて!


「……ん? あ、あれ、ここは」


 ソーニャ!


「ふあ? ま、魔族は?」


 ムラマサちゃん!


「いてて、ありゃ? 敵はどこいったんだい?」


 え、えーと、姉御!

 全員が起きた!

 俺は助かった。

 この重苦しく、どうしようか迷うような空気感の中で俺は耐えたのだ。

 よくやった、俺。

 え? リィネさんが嫌いなのかって?

 いや、嫌いじゃないよ、ただちょっと苦手だってだけだから。

 ほら初対面での印象が大事って言うじゃん?

 それだよね。

 お互いに苦手な感じだもんな。

 まあ、それはそれとして。


『ソーニャこっちだ!』

「あれ? あ、オレ。そこにいたのね」


 ムラマサちゃんから少し離れた場所にいるオレに向かい、ソーニャが駆け足で近寄る。

 はあ、やっとか。

 もう帰りたいよ、色々と疲れたし。


「えと? その人? じゃなくて精霊? は?」

『私は大精霊リィネです。そこの聖剣には加護を与えておきました』

「あ、それはどうもご丁寧に。えと、私は勇者……候補のソーニャ」

『なるほど、あなたが聖剣の持ち主ですか』 

「あ、うん、そうです」

『そうですか』

「そうです?」

『……そうですか』


 おい、おい、何この空気!

 わかるよ? きっと大精霊さんは何か知っていることとかあるんでしょ?

 でも話せないか、話したくないかなんだよね?

 でさ、結局俺達の共通点って勇者とかそういう部分だけじゃん?

 この会話からさ、どこ出身? 何歳? とか聞けないじゃん?

 そんな空気じゃないじゃん?

 でも関連する会話なんてもうないじゃん?

 だったら無言になるよね、なってしまうよね!

 ソーニャは気まずそうに俺を見ていたが、俺は無言を貫く。

 リィネも居心地が悪そうだった。

 いや、そりゃそうよ。

 だってここ、彼女の住処なんだもの。

 周囲に別の精霊達がいるけど近づいてこない。

 この空気を察したか?

 まあ、それはそれとして。

 俺達は部外者で、話題もなく、何となく気まずい状態だ。

 そしてリィネはここから立ち去ることはできない。

 ここが自分の家だからね。 

 つまり俺達が去るしかないんだが、ムラマサちゃんとか姉御に事情を話さないといけないわけで。

 そうなるとリィネさんには説明をしてもらわないといけないわけで。

 つまりこの気まずさは継続なわけで。

 気が重いわけで……。


「と、とにかく、その事情を」

『私から話さずとも、街へと帰ればわかるでしょう。

 今、話しても混乱するだけでしょうから』

「え、と、そ、そう」


 これである。

 いや、理由はあるんだろうけど。

 なんか、俺達からしたら喉の奥に骨が突き刺さったような状態というか。

 モヤモヤするというか。

 そもそも加護って何?

 何で俺にしたの?

 普通、勇者にするんじゃ?

 ってかあなたは何を知ってるの?

 ルファたん達はなぜ敢えてここに来たの?

 王様は何か知っているの?

 みたいな疑問が続々と颯爽と登場するわけだ。

 ちなみに聞いてみたけど、全部同じ返答だった。

 この大精霊、もしかして会話が下手なのだろうか。

 人間嫌いという雰囲気はないけど。


「あ、あの! 大丈夫!?」

「一体、何があったんだい?」


 遠くにはムラマサが、近くには姉御がいた。

 互いに困惑しているが俺とソーニャも同じだった。

 なんだろ、このグダグダ感。

 そうだ! あれだ!

 なんかの目的で集まったはいいけど、案内役とか事情を理解した人間がいなくて戸惑いながら理由もわからず待っている感じ!

 あるある、なんだろうね、あれ。

 結局、仕切る連中が無能だとこうなるんだよな。

 って、まあ、今回はその仕切る人がいないわけで。

 俺達もよくわかっていないわけで。

 しかもリィネさんは事情を説明する気はないらしく。

 ということは、だ。


『…………帰ろうか』

「……そ、そうね」


 それしか手段はなかったわけで。

 なんか気まずいまま、あ、それじゃ、とか言いつつ俺達は琥珀の樹海を後にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る