第23話二転三転四転からの着地を試みたら転んだ


 それからまた同じ道を通り、イチの王都へ戻った。

 何だか姉御とソーニャは仲良くなっていたが、それはまあどうでもいいとして。

 なんだろうな、この微妙な達成感。 

 喜べないし、なんか俺は身体に細工された感があるし。

 むしろプラスマイナスで考えるとマイナスだった気が。

 街へ戻ると俺達は一目散に城へと向かった。

 王へ話をするために。


「あたしはやめておくよ、今回の一件でわかった。自分が勇者じゃないってことがね」


 折れた剣を手に苦笑する姉御は一人宿へと戻って行った。

 ……あの人、自分が勇者だと思っていたんだな。

 詐欺師連中の中で、本気で勇者として戦おうとしていたわけだ。

 中々、真面目な人らしい。


「あ、あの、あたしも、も、戻るね、その、あたしがいると話しできないし」


 悲しげな言葉と共にムラマサちゃんは宿へと戻って行った。

 俺達は城の謁見の間……ではなく、先日訪れた会議室らしき部屋に通されていた。


「っべ、マジ、待たせちゃった?」


 チャラい言葉遣いのまま、王が現れた。

 あ、側近も一緒だ。


「あー、やっぱ君らが残ったかぁ、いや、マジ、っぽかったしな」


 っべぇな、とか言いつつ、王は後頭部を何度もたたいていた。

 俺達は冷めた視線を送り続ける。

 最初の印象と違い、どうにもその行動が嘘くさく感じていたからだ。


「それで。事情を説明してくれるんですよね?」


 そう言ったのはソーニャだ。

 明らかに苛立っている。

 リィネから満足に説明も受けられず、よくわからない加護とやらを受けて戻って来たのだ。

 ストレスが溜まって当然で、俺も同様だ。

 王は飄々とした態度だったが、一瞬硬直する。

 そして、別人のように表情を変えた。


「ま、しなきゃならんよなぁ」


 ポリポリと頬を掻く王。

 やはりというか何か裏があったようだ。

 何がとはわからないが、少なくとも俺達に知らされていた、勇者の試験内容とは別の意図があったということだ。


「入って貰って」


 王は後方にいた近衛兵に一言告げる。

 兵は奥の扉を開いた。

 するとそこから現れたのは。


「……魔族?」


 そう、魔族だった。

 人型で、角が生えており、肌の色が灰色以外は人間に近い見目だ。

 ルファのような風貌だが、服装や纏う空気が別次元だった。

 一目でわかる。

 彼が、彼こそが魔王であると。

 俺の刀身はびりびりと震えていた。

 これは武者震いではない、怯えだ。

 ソーニャも感じとったらしく、突然立ち上がり、身構えてしまう。

 自国の王の前であることさえ忘れ、自衛心に身体を動かされてしまった。

 しかし魔王は気にした風もなく、王の隣に座る。

 一体、何事かと俺達は戦々恐々とした。

 確信めいた天啓だったが、もしかしたら魔王じゃないのか?

 そう思った時、王が口を開いた。


「この人は魔族の長、魔王だ」


 やはり間違ってはいなかったらしい。

 ソーニャも同じ心境であることは明々白々だった。


「事情を説明するか……そうだな、結論から言うとだな、俺達人間は魔族と共存をする」


 思ってもみなかった発言に俺達は言葉を失った。

 は? 魔族と共存?

 え? じゃあ、戦争は終わり?

 ってか、勇者は?

 勇者の存在価値は?

 そんなつもりなら、なんで勇者の候補者を募ったんだ?


「疑問は色々あるのはわかってるんだわ。

 本来は一国の王が説明する義理はないんだけどよ。

 ま、俺から無理言ってこういう場を持ったってわけだ。

 おまえたちだけは特別だからな」

『それは、勇者と聖剣だから?』

「そういうことだな。

 おまえたちは大精霊からのお墨付きをもらった、正真正銘の勇者と聖剣だ。

 ま、今回の勇者候補試験は真の勇者を見つけるために行ったってわけだ。

 事前に説明した内容とはちょっと違うのはそこだ。

 実際は、試験を合格した人間すべてが勇者と認めるわけじゃない。

 合格者は勇者だけになるように行程を組んでたんだわ」

「そ、それは一体どういうこと?」

「つまり、この試験はおまえ達しかクリアできない内容だったってわけ。

 どういう経緯で残ったのかは問題じゃない。

 結局、どの道を辿ろうともおまえ達は残っていた、そういう風に出来ているんだわ。

 魔族達に協力を仰いだ結果、イチの国の、あんたらしか残っていない。

 ってことはあんたらが勇者ってこと。

 まあ、インテリジェンスソードなんて超希少だからさ。

 まず聖剣か魔剣かってなるし、可能性はあんたらが一番高かったんだけどな」

「魔族とは最初から……?」

「ああ、まあかなり前から、そういう話は出ていたんだわ。

 でも戦争は起こってるって思うだろうけどな。

 今も各地で戦争が起こってるけど、死人はできるだけ出ないように何とかしてる感じだ。

 ぶっちゃけ魔族も人間も互いに色々な思いがあるからな、そこら辺の下準備が大変でね。

 魔族も人間も互いに殺し合ってた過去があるからな。

 で、だ。俺達が仲違いをやめるのに一番簡単な方法は何だと思う?」

「何って……」


 ソーニャは悩んでいる様子だった。

 魔族と共存するという言葉を聞き、困惑はしていたが、強い拒絶感は感じられない。

 彼女自身、魔物や魔族に強い憤りはないからだろう。

 それにソーニャは勇者に思い入れが薄い。

 だからか、忌避感は薄いようだが。

 しかし、王の問いに対する答えは浮かばない様子だった。

 俺は何となく思いついた言葉を出した。


『どっちかが、相手の傘下に入る。

 つまり無条件か、それに近い条件で植民地化か吸収合併されること、か』

「へえ……で? 俺達の状況を考慮すれば、それにはどういう条件が必要だ?」


 どうやら正解だったらしい。

 そして正解だった場合の返答は考えてある。

 俺は一拍置き、答える。


『勇者の存在。もっと言えば、聖剣の存在でしょ』


 ソーニャは、え? と小さく呟くと、俺を見降ろした。


「それはどういう意味なの? オレ」

『人間と魔族の力関係は一目瞭然だろ。魔族の方が軍力も国力も上なんだから。

 で、人間が抗える可能性があるのは勇者だけだ。

 魔王を倒せる存在は勇者だけ。倒せる武器は聖剣だけ。

 だったらどっちかを魔族に譲渡するか破壊するかしないと、共存は謳えない。

 共に剣を握りながら握手はできないからな。

 妥協するのは人間の方になるだろ。魔族の数を減らすのは難しいし。

 劣勢なのは人間なんだから』

「そ、それって」


 ルファが聖剣を折る、という方法をとったのは偶然かもしれない。

 だが、それは王や魔王も考えていたことだろう。

 彼等は勇者と聖剣を探し求めていた。

 だが、それは希望を託してということではなかったのだ。

 同盟の条件として、俺達が邪魔だったにすぎない。

 その事実がわかると、俺はある種の覚悟を決めるしかなかった。

 あーあ、こういう真面目な展開は嫌いなんだけどな。

 ぶっちゃけ、エロいことだけ考えて生きられればよかったんだけど。

 ま、しょうがないか。

 剣として生まれて初めて、出会った少女のためなんだから。

 嫌いじゃない。

 彼女との時間は別にイヤじゃなかった。

 多分……好きだったと思う。

 色々あったけど、ソーニャという少女を俺は結構気に入っていた。

 さてと、そうしますかね。


『じゃあ、俺を破壊するか魔族に譲渡してくれ。

 ソーニャには手を出さない。これでいいよな?』


 ソーニャは俺の言動を予想もしていなかったらしく、何も反応できていない。


「殊勝な態度だな。物分りもいい。剣にしておくにはもったいない」


 魔王が初めて話した。

 思ったより普通の声だった。

 見た目はちょっと老けているが、思いのほか若年なのか。

 なんかどこかで聞いたような気がするけど……気のせいか?

 魔王は俺に憐憫と賞賛を送っているように見えた。

 王はそのどちらも抱いてはいない。ただそれが必要だと事務的に考えているようだった。

 やれやれ、こういう結果か。

 うーん、ちょっと予想外だったけど、人間の時よりはいいか。

 それなりに楽しい時間を過ごせたし。

 自分の選択で一人の少女を救えるのだから。

 いや、違うか。

 人間全部を救う結果になるかもしれないのだから。

 仮に、だ。

 魔王が謀り、人間を滅ぼそうとしていたとしても、王たる男が決断しているのだ。

 俺達が何をしようとも覆らない。

 むしろ反抗すれば国家反逆罪か転覆罪かよくわからんが、罪人扱いされるだろう。

 今まで関わった人達を巻き込んでしまうだろうし。

 選択の余地はない。

 あー、剣でよかった。

 人間だったら足が震えてただろうからな。

 俺の決意とは裏腹にソーニャはわなわなと肩を震わせていた。

 彼女のこんな顔は始めて見た。

 これではまるで、何かに怯えた子供だ。


「ま、待って! 待ってよ! 何を言ってるの!? 

 何でオレがそんな目に合わないといけないの!?」

「その剣の犠牲ですべてが助かる。このままだと人間は魔族に滅ぼされる。

 魔王であろうとも、自国民全てを抑えるのも限界があるからな」

「ソーニャちゃん、我慢してくれ。その剣を渡せばそれで終わりなんだ。

 それでいいじゃないか、たかが意識を持った剣、一本で人間すべてを救えるんだ」


 魔王と王の言葉に、ソーニャは明らかに激昂した。


「なにそれ、なんなのよ、それ! それじゃオレはどうでもいいっていうの!?」


 今にも食って掛かりそうな勢いだったが、彼女は自制したようだった。

 ここで暴れても誰のためにもならないことは理解しているらしい。

 怒っている。

 俺のために。

 その想いを俺は嬉しく思った。

 けど、その喜びは一瞬だけにしないといけない。

 だって、決意が揺らいでしまいそうになっていたから。

 それに彼女を巻き込みたくはないから。


「まあまあ、ソーニャさん、そんな怒らないで。

 いつも怒ってるけど、今日は特別怒ってるよ、怖いよ、小じわができるよ!」

「はああ? あんたのことでしょうが! なんでそんな風に茶化して……」

『まあまあ、いいんだって、これで。俺は満足。ね? 

 ほら、元々俺は一度死んでるしさ、前は最悪な人生だったけどさ。

 今は結構満足してるんだって。ソーニャやムラマサちゃんとも会えたし。

 短かったけど、楽しんだしさ。それで十分、ネクストライフはボーナスステージなんだ。

 本来はないのに、俺は貰った。運が良かっただけなんだから。

 だから、いいんだって、な?』 

「あ、あんたは、それで、本当にいいの?」

「いいさ、好きな女の子のために死ねるんだからさ」


 んん?

 あ、勢いで言っちゃった。

 あれ? あれえええ?

 俺、もしかしてソーニャのこと好きだったのか?

 ふむ、思えば、なんか妙にソーニャにちょっかいだしてたし。

 付き合いは短かったけど、気は合ったような気もする。

 見た目はドストライクだし。

 あれ?

 これ、好きじゃん。

 めっちゃ好っきやね!

 ま、今まで何度も身の程を知らずに告白した経験がある俺だ。

 一度もオッケーを貰ったことがない俺だ。

 どうなるか結果はわかって。

 ソーニャは顔を赤くして、口をパクパクしている。

 あれ? あっれええええ!?

 ちょ、何その反応。

 マジで? うそ、マジですかソーニャさん。

 俺、剣ですけど。

 俺、元ブサイク人間ですけど。

 俺、下ネタ大好きですけど。

 それでもそんな反応してくれるんですか。

 なんか嬉しくて泣けて来た。

 それはそれとして。

 こんなかわいい子が少しは俺のことを気に入ってくれていたことがわかった。

 それだけでもう幸せだ。

 俺は恥ずかしさも相まって、ソーニャに何を言うでもなく、魔王を見た。

 ま、視線は相手には見えないけどね。


『じゃ、連れて行ってくれ』

「……いいだろう」


 魔王は隣にいた側近らしき魔族の男を一瞥した。

 側近は俺を持ち上げる。


「ま、待って! オレを連れて行かないで!」


 ソーニャは感情のままに立ち上がり、側近の腕を掴んだ。

 魔族の男は不快そうにしながらも困ったように魔王を見る。


「勇者、そなたの行動はその剣の……いや、その男の想いを無駄にする行為だ。

 感情に従い行動すれば今後どうなるかわかっているのだろうな?」


 ソーニャは、今にも泣くそうな顔をしていた。

 それでも理性は働いているのか、渋面を浮かべて力を緩めた。

 簡単なことじゃない。

 もし俺と共に逃げれば彼女だけじゃない、周りも、人間全員も巻き込むのだ。

 その事実を知り、ソーニャは何もできなくなってしまったようだ。

 それでいい。

 それが正解だ。


『ソーニャ、さよなら。元気でな』

「……あ」


 ソーニャはまだ何か言いたげだったが、結局何も言わなかった。

 魔族の側近は魔王の下に戻った。

 王と魔王は同時に立ち上がると、固く握手をする。


「これで約束は果たした」

「うむ、こちらもすでに退却を始めている。

 上級魔族連中にも裏から手をまわしている。

 これからは人間との共存派が活動をしていく。安心するがよい」

「ああ、頼むぜ……はー、マッジ、疲れたわ」


 またしても飄々とした態度に戻った王を見て、魔王は苦笑する。


「その姿、国民に見せぬ方がよいと思うが」

「しゃーねーっしょ、こういう性格だしよ」

「お互い心労は重なるが、健康には気を付けよう。それではな」

「ああ、またな」


 友人のような会話を終えると、魔王は俺と共に部屋を出る。

 扉を閉める瞬間、俺は一瞬だけソーニャを見た。

 彼女はまた泣いていた。

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