第18話客観的に見れば明らかに間違っていても、戻れない道もあるものさ


 俺は驚きのあまり言葉を失っていた。

 琥珀色に輝く『建物』の前に俺達はいる。

 ムラマサが俺を持っているため、ソーニャとは離れている。

 ただし入口が広いため、俺達は距離をとりつつも『門前』にいた。

 見上げる程の高さを誇る『琥珀の樹海』は、琥珀色の塔のようだった。


『これのどこが樹海なんだ……?』


 どう見ても自然にできた場所じゃない。

 なんか神々しいっていうか?

 明らかに人工物的な?

 琥珀色の施設前は人の手が入っているのは確実で、舗装されている。

 門も同様で、石材によって作られているようだ。

 近くには看板で『この先、魔物が生息しています。危険』と書かれていた。


「い、入口付近は人が、は、入らないように、舗装されている、から」

『……いやいや、中も自然物とは思えないんだけど』


 形は歪だが、琥珀で作られた建造物という形容以外に思い浮かばない。

 幻想的ではあるけど。

 ザ・ファンタジーって感じ?


「一説では、だ、大精霊が、強大な、ま、魔力で作り上げたって、い、言われてもいるから」

『ほーん……大精霊ってのはすごいんだな。

 で? 性別は?』

「え? お、女、だよ?」


 俺は思わず歓喜に打ち震えそうになった。

 しかし、ムラマサはきょとんとしている。

 これは、勘違いしている、間違いない。


『いやいや、その大精霊ってのの性別なんだけど』

「え? あ……」


 自分の間違いに気づいたのか、ムラマサはほのかに頬を染める。

 うへへ、かあいいじゃないの。


「え、と、わ、わかんない……多分、女性?

 でも、精霊に、せ、性別が、あるのかな」

『ん? ムラマサちゃんは精霊のことを知らないのか?』

「た、多分、他の人も知らないと、お、思う。

 実際に、見たって、人は、す、少ない、みたい、だから」


 おいおい、遭遇するのも稀有なのか?

 だったら、数日で大精霊とやらに会うのは難しいんじゃ。

 しかも加護を受ける、とかもよくわからん。

 これは思った以上に骨が折れそうだな。

 面倒だなぁ、もう。

 ちゃっちゃと認めてくれよ。

 やれやれ、主人公は楽には生きられないものなんだな。

 仕方がない、聖剣様が力を貸してやろうじゃないの。

 当の勇者は俺から離れてさっさと琥珀の樹海に入って行った。

 おい、そこの!

 俺達を置いて行くな!


「い、行こうか」

『お、おう』


 この二人で本当に大丈夫なんだろうか。

 一抹の不安は、消え去ることはなかった。

 ムラマサちゃんの胸の感触も消え去ることはなかった。

 ふえええ、気持ちいいよぉ。

 俺はポーカーフェイス? のままでムラマサちゃんと共に、樹海に入った。


   ●▽●▽●▽


 中は歪な塔だった。

 階段まであり、塔とは言ってもそこから入り組んでおり、幾つもの道がある。

 塔が連なり、城のような構造に変化し、無駄に長い廊下が伸びていたりする。

 最早、これは迷宮じゃないか。


『なんだ、ここ』

「中はかなり、い、入り組んでいて、ま、迷いやすいみたい」

『そういう意味でも危険なのか』

「う、うん、魔物も、つ、強いし」


 壁は全部琥珀色。斑だし、光の反射で色合いが違う。

 綺麗だとは思うけど、目が痛い。

 それにかなり頑強そうだ。

 ……整備して観光地とかにしたら人でごった返しそうだな、この場所。

 さて、先をさっさと歩く凶暴娘をどうするか。

 あいつ、ああ見えて、結構寂しがり屋だからな。

 あんまり放っておくと拗ねそうだ。

 自分で言ったのに、俺が何もしないと多分、少しずつイライラするタイプ。

 面倒なんだよな、ああいう性格の奴。

 まあ、でも一応あれでも勇者だし、無視はできない。

 仲間外れとか、やっちゃだめじゃん?

 人として、剣として。

 本当、最低な行為なわけ。

 だから、俺も仲間に入れてください! お願いします!

 冗談はこれくらいにして。

 俺は全神経を集中して『遠くのソーニャだけに聞こえるように』声をかけた。

 声はちょっと変えておいた。


『勇者ソーニャ。私の声が聞こえますか?』

「え? だ、誰?」


 オレだ、とは言わない。

 俺は女性的な声音のままに、ソーニャに語りかける。


『私は女神オリエント。勇者であるあなたにだけ私の声は聞こえます』


 名前は適当である。

 俺の調整によって、ソーニャにしか聞こえていないから、間違ってはないよ?

 ふふふ、こんなこともあろうかとテレパシーの練習をしていたのだ。

 限定的に、一人の相手と話すことができるのだ!

 その上、相手の声も俺に伝わるのだ!

 ただしソーニャ限定だけどね!

 ……まあ、かなりぶっつけ本番だったけどな。

 ムラマサちゃんが侵入してきた時、やろうかと思ったけどその機会はなかったし。

 俺でもやればできるんだ!

 ソーニャは俺の心情なんて知らずに、息を飲んでいた、気がする。

 ふふ、かなり驚いているな。

 その証拠に俺達に視線を向けて、不安そうな顔をしている。

 何か言おうとしているが、結局、自分で処理することにしたらしい。

 ソーニャは正面に向き直り、ゆっくりを歩き始めた。

 おいおい、大丈夫なのか、あれ。

 魔物とかいるんでしょ、ここ。

 やれやれ、いざとなれば、俺が警告するしかないか。

 今はこの状態を楽しんじゃうけどね!


「め、女神様、ですか?」


 さすがの傍若無人娘も、女神には敬語か。

 だが、女神なんていない。

 俺しかいない。

 くくく、愚かな女だ。

 こんなことに騙されるとは。


「あ、あの、オレ、さん?」

『む、どうした、ムラマサちゃん』

「う、ううん、突然、黙っちゃったから、そ、その、あたしが何か言っちゃったかな、って……」

『ははは、そんなことはない。

 ムラマサちゃんが何を言おうと、俺は決して怒らない。

 むしろありがたい、ありがたいんだ、だから何でも言っていいんだよ。

 気を遣わなくていいんだからね!』

「う、うん、あ、ありがと」


 気恥ずかしそうに笑うムラマサちゃん。

 うわあああああああああ、かあああああいいいいいい。

 俺はその無垢笑みに心が揺さぶられた。

 はあああん、もうムラマサちゃん可愛いよ。

 ウラマサがいなければいいのに。

 いや、それでも可愛いんだからいいじゃない。

 うへへ、幸せだ。


「あ、あの女神様?」


 くっ、ソーニャが戸惑っている。

 これはタイミングが悪かったみたいだな。

 だが、ここまで楽しそうな展開は早々ない。

 ネタバラシはまだ先にしようじゃないの。

 俺は、声音を変えて、ソーニャに再び語りかける。


『申し訳ありません、少し、電波が悪いようで』

「で、でんぱ? とは一体」


 ちぃぃい! 反射的に現代用語を使っちまったじゃないの!

 落ち着け、俺。

 誤魔化すんだ。


『電波ではありません。デ・ンパです。

 神界における、エネルギー伝播物質の発生率のことです』

「そ、そうですか、よくわかりませんが」


 俺もわかりません。

 とにかく疑ってはいないようだ。

 くくく、馬鹿な奴め。


「だ、誰もいないね。もう、さ、先に行っちゃったのかな?」

『…………え?』

「え? あ、あの誰もいないね、って」

『あ、ああ、ごめん、そうだね、いないね』


 あ、やっべ、ソーニャに夢中で、ムラマサちゃんの言葉が聞こえなかった。

 聞き返したのがちょっと寂しかったのか、ムラマサちゃんの笑顔に陰りが!

 くっそおおおお、こんな顔をさせていいのかよ!

 俺は、この娘を悲しませるようなクソ野郎だったのか。

 これじゃいけない。

 完璧にこなすんだ!


『俺達は出発が遅れたからね。しょうがないな。

 でも、大丈夫だ。ムラマサちゃんが仲間になってくれたから、すぐに追いつくさ』

「そ、そんな……あ、あたし、そんなに役に、た、立たないと、思う」

『ムラマサちゃんがいてくれて、俺達は助かっているんだから』

「そ、そんなこと」

『ある、そんなことあるんだよ、ムラマサちゃん。だから胸を張って欲しい』


 その薄い胸を張って、俺に押し付けてむにむにして!


「う、うぅ、そ、そんなこと、な、ない、もん……」


 照れて俯いちゃうムラマサちゃん、マジ天使だわ。

 可愛いわ。

 抱いて欲しいわ。

 もう、抱かれてたわ。

 人気のない場所で背徳的な行為に勤しみたいわ。

 理性とかどうでもよくなるわ。

 はあはあ、ム、ムラマサちゃん、最高だよぉ。

 そろそろ限界が近い。

 もしかしたら衝動的に声に出してしまうかも。


「――様? 女神様?」

『どうしました、勇者ソーニャ』

「どうしたもこうしたも、一体、なんのために話しかけて来たのか聞いているんですが」


 おっと、これはかなりお冠モードだ。

 くっそ! ムラマサちゃんの可愛さについつい我を失ってしまった。

 ここからは、俺の全力全開集中、オレモードを発動する!

 説明しよう。

 オレモードとは、普段何も考えていない脳をフル稼働させ、無理やり集中力を上昇させる。

 そして何となく色んなことができるような気がする技なのだ!


 ※ここからしばらくはそれぞれの台詞がごちゃ混ぜになります。

  声色も変えています。

  ソーニャに語りかけている場合は【】を、ムラマサと話している場合は『』となります。

  


【失礼しました。デン・パが安定していないようです。ですが、もう大丈夫】

「……そうですか?」

【ええ、話を戻しましょう。今日、あなたに語りかけたのは他でもありません。

 実は、あなた達に危険が迫っているのです】


 オーライ。いい感じだぜ。


「な、なんか、さ、寒いね、こ、ここ」

『そ、そうかな、お、俺にはわからないからな』

「さ、寒くないの?」

『寒くないよ、体温がないからね!』


 でも、ムラマサちゃんの心音が伝わって、なんとなくあったかいよ!

 心も体も、下半身もあったかいよ! 気のせいだけどね!


「危険、ですか?」

【そう危険です、体温が】


 い、いや、違う。

 くっ、引きずってしまったか。


「体温が?」

【い、いえ、今のは言い間違いです、ええ、間違いました。

 とにかく危険が迫っています。その危険を回避する方法をお教えしようと思いまして】

「……何をすれば?」

【まず、パンツを脱ぎます】


 俺は淀みなく、恥ずかしげもなく、むしろ当然でしょう、という感じで言った。

 自信満々で言われると「もしかしてそうなのかな?」と思ってしまう現象である。

 しかしさすがにここまで色々とヘマしすぎたらしい。


「……意味がわかりません」


 これは俺を半日叩き続けた時と同じくらいに声が低い。

 俺ぁ、キレちまったよ、状態の一歩手前である。

 やばいな、結構ソーニャの疑念が膨らみつつある。

 フラストレーションも限界間近まで溜まっている。

 完全に訝しがってんじゃん、こいつ。

 だが、まだ、まだ! いけるはず!

 だってソーニャはおバカだから!

 もう何のためにこんなことをしているのかもわからないが、やったからには突き抜けるしかないのだ!


「た、体温がないんだ……で、でも、その、オレさんはあったかい、と、お、思うよ」

『あったかい?』

「だ、だって優しいし、そ、その……あ、あたしのことも見てくれるから」

【ふえええぇ、可愛いいいよおおおおお】

『ふえええぇ、可愛いいいよおおおおお】


 やっちまったああああああああ!

 興奮しすぎて、テレパシーの範囲間違ったじゃないの!

 落ち着け、俺。

 まだ挽回できる。


「……今のは?」

「え、ふぇぇええぇ!? しょ、しょんなこと、な、ない、よぉ」


 二人の真反対の反応に、俺の胸中は混濁中です。


『ま、間違いです』

「え? あ、そ、そうだよ……ね……ごめん、は、はは、なんか聞き間違っちゃったかな?」


 間違っちゃったあああああ! 

 ムラマサちゃんに間違ったって言っちゃった!


【い、いや違うくて】

「何が違うんです? なんか言ってること滅茶苦茶じゃないですか?

 というか声が段々変わっているような、この声。どこかで聞いたことが」


 ま、またやっちまった! 今度はソーニャに話しかけてしまった。


『か、勘違いです』

「……わ、わかってるよぉ、何度も言わなくても……あ、あたしなんて可愛くなんてないし……そ、そんな風にお、思ってないから」


 まああああぁぁたああぁもおおおおおおぉ!


『そ、そうじゃなくて、今のは言い間違いであって、本心は最初に言ったことであって』

「う、ううん、いいの、わ、わかってるから、気を遣わせて、ご、ごめんね」

『だあああ、違うってのおおおっ!』

「何が、違うのかしら?」

『だから、全部勘違いで、思わず言った言葉は本心じゃなくて!


 ……ん? なんか、声が妙に近くなったような』

 気のせいか?

 俺はオレモード中のため、視野が狭くなっていた。

 そのため視界内の情景すら理解出来ていなかったのだ。

 ソーニャがこっちを見ていた。

 きっちり一定の距離はとっているが、確実に俺の近くへと戻って来ていた。

 眼が合った。

 そしてニィっと笑ったのだ。

 元祖鬼がそこにいた。

 ひぃぃぃぃ、ばれたああああ!?


「あんたの仕業ね?」

『ナンノコトダカ ワカラヌ ゾンゼヌ』

「ムラマサちゃん、ちょっとそのバカ剣、そこに置いて下がってくれる?」

「へ? は、はい……」

『ま、待って! ムラマサちゃん、俺を離さないで!

 抱き続けて! お願いだから!』

「ご、ごめんなさい……」


 ムラマサちゃんは俺へ僅かに蔑視を向けた。

 そして俺を地面に置いてしまう。

 幼い彼女も、何となく俺の所業を感じとったらしい。

 なんということ、なんということなのだ!

 やばい、やばいって、マジで。

 ソーニャを見ると、愉しそうに笑っている。

 お、おぉ……殺される……殺されちゃう……。

 ああ、神様、女神様。

 反省してます、ごめんなさい。

 だから、この残虐な少女をお許しください。

 俺が悪いんです。

 俺が……だから、助けて!

 もうしないから、許して!


「ふふふ、もう許さないから」


 魔物が跋扈するこの地で。

 魔物以上に恐ろしい生物に俺は遭遇していたのだ。

 俺は身震いしそうになりながら、見上げる。

 ……ふっ、悪くない、剣生だったぜ。

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