第17話怒りとか悲しみで覚醒する主人公的な演出って燃えるよね


 王都イチを出た俺達は草原を進んでいた。

 ソーニャは一週間分の荷物を背負っている。

 しかし涼しい顔をしている。

 ようやくわかった。

 ソーニャは馬鹿力なんだな!

 腕力半端ない系の勇者なんだな!

 どうりで素手で大男を吹っ飛ばすはずだ。

 おお、怖い。

 もしかして勇者村の男衆ってものすごく防御力が高いんじゃ。

 ソーニャの攻撃に耐えていたわけだしな……。

 俺とソーニャの後方、丁度五メートルあたりをムラマサが歩いている。

 街中では裏路地や家屋の屋根を伝って付いて来たみたいだ。

 鬼族って力も強いらしいけど、かなり俊敏とのこと。

 ムラマサは野外では一定距離を取りながら行動を共にしているのだ。

 なんだ、これ。

 なんかやりにくいわ。


「……なんだか、やっぱり気になるわね」

『だよなぁ』


 これで仲間と言えるのだろうか。

 しかし近づくと例の発作がまた起きるしな。

 仲間なのに仲間外れにしているみたいで可哀想になってくる。

 それなりに離れているとはいえ、話せなくもないだろう。

 周りに誰かいるわけでもないし。

 そう思った俺は広めのテレパシーの有効範囲を広げて声をかけた。


『ムラマサちゃん大丈夫か?』

「……っ……い!」


 お、おお……何言ってるかわかんねぇ。

 屋内と違って、外は風とか木々の擦れる音とか、動物の囀りとかのせいで聞こえにくい。

 そのせいで、ムラマサちゃんの声が届かないようだ。


「……あんた聞こえる?」

『いんや、全然聞こえん』

「彼女、大きな声出すの苦手っぽいものね。

 部屋の中だったらなんとか聞こえたけれど。

 でも、追って来てた時は奇声を発してたわね……お、思い出しちゃった」


 ソーニャに軽いトラウマを植え付けてしまったらしい。

 やはり恐ろしい、女子だ……。

 ふとした拍子に殺人狂に変貌するということを忘れてはならない。

 なんか、ちょっと後悔しつつある俺がいる。

 大丈夫か不安でしょうがない。


「ねえ、あんたムラマサちゃんと一緒にいなさいよ。

 あの娘、あんたには普通に接することができるんでしょ?」

『まあ、そうだけど』

「私はあんたを扱えないし、素手の方が戦えるわけだし。

 ムラマサちゃんが持ってた方がコミュニケーションとれていいんじゃない?」


 俺の存在意義はどこへ行ったのだ。

 俺は聖剣。

 聖剣は勇者が持つ者。

 なのに、俺をいらないと言うこの娘。

 なんなのよ!?

 おまえ、いらね、って言われたら傷つくじゃんよ!

 ってか俺がいないと魔王も倒せないわけだし、その内、剣を扱えるようにしないとまずいよなぁ。

 まずは試験を合格しないとだけど、その後はやっぱり剣技は覚えて貰わないと。

 とにかく、今は我慢するしかないか。

 なんか、剣に転生したからか上手く扱われたいっていう欲求があるんだよなぁ。


「じゃ、ここに刺すわ」


 ソーニャは突然、俺を鞘ごと持ち上げると、そのまま地面に突き刺した。


『新感覚の刺激ぃぃいっ!』


 何だろう、この感触は。

 頭だけ地面に突き刺さった感じというか。

 先に声をかけてくれっての!

 乱暴者め!

 少しは優しい部分もあるかと思ったらこれだもんな。

 やっぱり根っからのわがまま乱暴お嬢様だわ、こいつ。

 やれやれ困ったもんだぜ。

 ソーニャは俺に何を言うでもなくさっさと先に行ってしまった。

 自分で話せと言うことらしい。

 ……俺の扱い、まったく変わってねぇ。

 気を取り直し、俺は近づいてきたムラマサに声をかける。


『ムラマサちゃん、悪いんだけど俺を運んでくれるかね?』

「え、う、うん、いいけど、け、喧嘩でもし、したの?」

『いやいや、離れてるとムラマサちゃんと話せないからさ。

 俺がこっち側に来た方がいいんじゃないかってソーニャがね』

「あ……ごめんなさい、き、気を遣わせちゃって」

『ええんやで?

 それと、こういう場合はありがとって言うとお互いに気分がいいと思うよ、

 おいちゃんはそう思うんだよ』

「……あ、ありがと」

『どういたしまして、悪いけど、抜いてくれる?』


 抜いて! 今すぐ、抜いて!

 このネタ、前にしたような。

 まあ、いいよね!


「う、うん、いいよ」

『違う違う。そこはね、うん、抜いてあげるって言うんだ。はい!』

「え? あ、う、うん、抜いてあげる」

『そこは、もうちょっと恥ずかしがりながら!』

「ど、どうして?」

『お願いします! お願いします!』

「う、うーん、わ、わかった。え、と……うん……抜いてあげる、ね?」

『ちょっと吐息を吐いて、気だるげな感じで!』

「ん、ふぅ……うん、抜いて、あげるね……んっ」


 はあああああああん、いいよおお、すごくいいよぉ!

 この純真な感じ!

 無垢な感じ!

 ソーニャに言ったら絶対ぼこぼこにされるのに、ムラマサちゃんは気づいていないの!

 エッチなことはまだ知らないの!

 真っ白な少女を少しずつ俺色に染めたい。

 ふ、ふへへ、おじさん、興奮してきちゃったぞ。


「何してんの! さっさと行くわよ!」


 ちぃぃぃっ! うるさいのがいたか!

 あんまり時間をかけると疑われてしまう。

 ここはあっさり、言うことを聞いておくのが好手か。

 大丈夫。

 これからじっくりムラマサちゃんに色々と、そりゃもう色々と教えればいいのさ。

 くっくっく、あんなことやこんなことをさりげなく染みこませてやろう。


「あ、あの、じゃあ、抜くね」

『おう、存分に抜いてくれ、何度も、何度でも!』

「い、一回しか抜けないよ?」


 首を傾げつつも、素直に俺を抜く、いや俺自身を抜くムラマサ。

 はあ……これからのことを考えるとワクワクしてしょうがないわ。

 ムラマサは俺を地面から抜くと空へと掲げる。


「んむぅ、け、結構、お、おお、重いね」


 ま、まさか、人間の時、肥満体だったからそれが反映されて体重が人間時と同じなのか!?

 って、んなこたないわ、さすがに。

 ソーニャは俺を軽々持ってたし。

 いや、あいつ馬鹿力だからな……。

 もしかして本当に重いんだろうか。


『えと、大丈夫?』

「う、うん、これくらいなら全然、だ、大丈夫だけど、人間の人だと、も、持てないかも。

 ソーニャさんは……ち、力持ち、なんだね」


 馬鹿だからね!

 俺と同じくらいのね!

 しかし、そうなるとソーニャは元々勇者としての素質があったんだろうか。

 ってか、俺ってもしかして重すぎて誰も持てなかったのでは。 

 だから抜けなかったとかだったりして。

 は、はは、ま、まさかね。

 ムラマサはソーニャに遅れないように歩きながら、俺をどうやって運ぼうか悩んだようだった。


「ご、ごめん、ちょっと布巻くね」


 ムラマサは懐から手拭いを出すと刀身に巻いた。

 おかげで視界が塞がれてしまう。

 見えない。

 見えないよぉ……。


「んしょっ」


 俺を持ち上げたようだ。

 見えないが、音は聞こえる。

 これは……心音!?

 そして吐息の位置を鑑みるに。

 両手で抱くように俺を抱えたようだ。

 抱くように抱えたのだ。

 抱くように。

 抱いた!

 抱いて!

 もっと強く!

 ホーミタイト!

 ふわああ、小振りな胸が、適度な弾力が……伝わらない、だと!?

 そうか、鞘と布のせいか!

 なんでだよおおおおおおおおおおおおおおお、この無機物がああああああああ!

 邪魔なんだよ! どけよそこ!

 おっぱいが、俺のおっぱいが!!

 ムラマサちゃんはね、小柄なの。

 でもね、成長中の女性らしさがあるの。

 魅力的なの。

 丸みがあって、柔らかそうなの。

 胸も大きくはないけど、発展途上って感じですんばらしいの。

 ちょっとおかしいところもあるけど、それと容姿の良し悪しは関係ない!

 この千載一遇の機会を、鞘ごときに奪われるなんて!

 なんで邪魔すんだよ!

 俺は神を呪った。

 以前もこんなことがあった。

 なんでこんなに不便なんだ!

 いい加減にして欲しい。

 俺は激昂した、激怒した、赫怒を抑えきれない、もう許せない!

 こんな理不尽、受け入れられるか!

 もう限界だ!

 俺は。

 俺は!

 俺はただの剣に甘んじていられるような男じゃねえんだよ!

 その時、俺の身体に強い力の奔流を感じる。

 ふわああああああああああい!


「な、なに!? オレさんが、ひ、光ってる!?」

「どうしたの……ちょっと、オレ!? ど、どうなって」

「ひゃああ!?」


 ムラマサちゃんの手を離れ、俺は自然に地面に突き刺さる。

 あっつぅいぃ。

 身体があっつい。

 半身浴しながら転寝して死にかけた時みたいだ。

 あふう、気持ちいいよ。

 俺は確信する。

 そう、ついに俺は聖剣として。

 進化したのだ!


『うおおおおぉぉぉっっ、燃えるぜえええええぇぇぇぇ!

 聖剣、進化あああああぁぁぁぁ!』


 力が、弾ける!

 これは、この力は!

 来た来た来たああああ!

 そう、お待たせしました。

 あの時間です。

 間違いない。

 ぎ・じ・ん・か!

 超絶聖剣進化、ここに成る!

 いっけえええ、弾けろおぉっ、俺のリビドォォォ!

 今こそ呼応しろおおおっっ!

 眩く光る俺だったが、やがて光は収束し、俺の身体だけが発光している。

 ぶっちゃけ光の加減であまり見えないが、なんとか周囲が確認できた。

 そう『確認できた』のだ。

 これは!

 ついに、俺は……!

 剣から、鞘から解放されたのか。

 明滅は終わり、やがて平常に戻った。

 ぽかんとしている二人を前に、俺は全身に伝わるある種の達成感を抱いていた。

 どうやら二人とも俺の姿を見て驚いているようだ。

 俺は、二人に向かって、できるだけ声を渋くして言った。


『俺、カムバックアゲイン……ッ!』

「い、一体何が」

「と、突然現れて」


 狼狽する二人。

 それもそうだろう。

 人の姿をした俺が現れたに違いない。

 なんせ、鞘や布に覆われていたはずの視界が完全に見えるようになっているのだ。

 つまり、俺は解き放たれたのだ。

 剣から進化し、人型へ!

 え? なんでそう思うかって?

 ははは、普通さ、人外に転生したら人間になるもんなのよ。

 それがテンプレ、それが神の摂理。

 アンダスタン?

 んん? でも普通、人間の視界って鼻が見えるんだよなぁ。

 なのに見えない。

 これはいかに?

 ま、いっか!

 さて、じゃあ、久しぶりに身体を動かそうか。

 腕、動かず。

 足、動かず。

 首、動かず。

 体、動かず。

 あっれっぅぅえぇっ!?

 おっかしいな、身体が動かないぞぉ?

 でも視界は動くようになってる。

 うん、剣の時は動かなかったのに視界を動かせる。

 間違いないな、目がある。

 ……でも何かおかしい。

 やっぱり動けんぞ。

 どうしたんだ、俺は!?

 俺は必死で自分の身体を見下ろした。

 そしてようやく現状を把握した。

 俺、変わってない。

 変わってないの!

 剣のままなの!

 変化はあった。

 さっきまで粗雑な鞘と布に覆われていたのに、今はきちんとした鞘が俺を覆っている。

 ムラマサが『突然現れて』と言ったのは、つまり『鞘が出現した』という意味だったのだ。

 それに加えて、視界が動くようになっている。

 外部からは何も変化がないようで、俺の目線には二人は気づいていない様子だ。

 つまり目が出来たわけじゃない。

 剣のままです。

 なんだよ、それ。

 意味ないじゃん!

 何の意味があんの? これに!

 はああ、萎えたわ。

 なんか目隠し状態じゃなくなってるってことは、この鞘は俺の身体の一部みたいな感じなのかもしれない。

 でもさ、それだけ。

 別に大した力はないだろう。

 まあ?

 二人からしたら持ち運びができやすいだろう。

 俺も視界が確保できているから便利だけど?

 そんなのさ、長距離を徒歩からママチャリで走れるようになった程度の便利さなわけ。

 車とか飛行機とか瞬間移動とか、そういうレベルを俺は望んでるのよ。

 つまりチートよ、チート。

 そういうの、わかる?

 神様、聞いてるなら、いい加減にして?

 人間から聖剣にされて、結構、無茶苦茶じゃん?

 ちょっとは優遇してくれてもいいんじゃね?

 はあ、やってらんねぇよ、ほんと。


「あ、あの大丈夫、な、なの?」

『え? ああ、うん、大丈夫。なんかこの鞘、俺の身体の一部みたいだから。

 気にせず、持ち運んで。多分、さっきよりは運びやすいと思うし』

「う、うん、わかった」


 ムラマサは俺を抱えた。

 と、不思議そうに首を傾げる。


「なんか、か、軽く、な、なってるみたい?」

『……そ、そうか。そういう聖剣の力なのかもしれん』


 軽くなったって、そりゃムラマサちゃんに負担をかけないようになって嬉しいとは思うけどなあ……。

 まあ、愚痴愚痴言っても始まらないか。

 俺は諦めを抱いたまま、大きな違和感に気づいた。

 ふに。

 …………?

 ふにゅ。

 おい?

 ふにふに。

 おいおい?

 ふにふにふに。

 きゃあああああああああああ!

 おっぱい当たってるぅうぅぅうっ!

 そ、そうか、鞘は俺が生み出したもの。

 つまり俺の肉体そのもの。

 つまり俺の感覚も共有している。

 つまりおっぱいおっぱいおっぱあああいぃ!

 着物越しに伝わるこの柔らかな感触。

 微細にしかわからないが間違いない。

 程よい弾力。

 低反発のごとき、最高の触り心地。

 細やかながらも主張してくる、異性の象徴。

 神様、ごめんなさい。

 生意気言いました。

 ありがとう! 

 ありがとおおおお!

 よくわからないが、どうやら俺の願いが届いたようだ。

 そう、俺は直前で願っていたことを思いだした。

 もしかして俺の強い思いが具現化したのか!?

 いや、でも今までそういうのはなかったけどなぁ。

 むぅ、よくわからん。

 だが、今はどうでもいいじゃない。

 この感触に浸ろう。

 ありがとう。

 本当に、ありがとう。

 ありがてぇ……ありがてぇ、俺は一生今日という日を忘れない。


「ねえ! 大丈夫なの!? 何があったの!?」

『うへ、うへへ……はっ!? あ、だ、大丈夫だ!

 なんかよくわからないけど、多分俺の力みたいで、鞘が出現した!』

「よ、よくわかんないけど、問題ないのね!?」

『問題なし! ヨ―ソロー!』

「ったく、心配しちゃったじゃないの……」


 ふ、聞こえたよ、今、心配したっての聞こえたよ。

 ソーニャ、おまえは俺のこと結構好きなのね?

 ふふふ、愛い奴。

 次の機会があったら、俺を抱かせてやろうじゃない。

 鞘ごとなら奴も警戒心が薄いだろう。

 しかし、今は、ムラマサの感触を楽しもう。


『う、うへへ、ふっふ、くふふ』

「あ、あの、オレさん、だ、大丈夫?」


 ムラマサが真剣な様子で俺を見ている。

 正直心が痛む!

 でも、ごめん、これだけは譲れないんだ!

 許してくれ、情けない俺を、どうか許して欲しい。

 ふに。

 むに。

 うひっ!

 俺は言葉に出さないように、ひたすらに感触を貪る。

 これほどの至福の時間、人間の時もなかった。

 やばい、マジでやばい。

 幸せすぎて死にそう。


『だ、大丈夫。ふ、ふひ、うひひひっ』

「ほ、本当に大丈夫、なの、かな?」


 ムラマサが心配しながら、ソーニャの後に続いた。

 ちょっとだけムラマサの俺への好感度が下がったような気がした。

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