第16話雨降って地固まったと思いきや、泥でした

「はあはあはあはあはあはあ、んっく、はあ!」

「ひ、ひひひぃ、ふぅ、ひぃ、ふぅ、ひっひっふぅ」


 場は、こう着状態だった。

 ムラマサちゃん、その呼吸方法やめなさい!

 ソーニャとムラマサは互いに距離をとって、獲物を構えている。

 ソーニャに握られている俺は、内心冷や汗を掻いていた。

 この状況を打破できるのは俺だけだ。


『お、落ち着け、二人とも! 刀と俺を納めるんだ!』


 狼狽えすぎて、俺は自分が何を言っているのかよくわからなかった。

 ってか、ムラマサちゃんは何で殺意むき出しにしちゃってんの!?

 ああ、あれか、あんな状況じゃいつも以上に緊張するよな。

 そりゃ、おかしくも……いやいや、あれはおかしいだろ!

 ふうふう、と息を吐き、猛獣さながらの眼光をソーニャに向けている。

 対してソーニャは殺されてたまるかと、興奮している様子だ。


「お、落ち着けるわけないでしょ!?」

『ムラマサちゃんは悪い娘じゃないって!

 今は興奮してるというか、我を失っているだけだ!』

「我を失って相手を殺そうとするとか、あったまおかしいでしょ!?」

『そ、そうだけど、あの娘は極度のコミュ障なんだよ!

 悪気はないんだ! ただちょっと狂ってるだけなの!』

「余計悪いでしょ!?」


 あれ? 言われてみれば余計悪いかも。

 いやいや、ムラマサちゃんをフォローしないと下手したら本当に殺し合いになるぞ。

 ここはなんとか互いに冷静にさせないと。


『と、とにかく距離をとって、構えを解いてくれ。

 ムラマサちゃんも本気でおまえを殺そうとは思わないって!』


 俺の助言を聞き、ソーニャはムラマサを見た。


「こ、こここ、ころ、殺すぅ、ひっひっひひひ、一杯血を流させてぇ、ふっひ」


 はあはあと激しく息を荒げ、ムラマサはカタカタと身体を痙攣している。 

 眼窩には赤い三白眼が揺れていた。

 汗を滲ませている様子はどうみても、ちょっとイッちゃってる人が殺人衝動に駆られて、今まさに殺そうとしている姿だった。

 もう無理だね。


「あ。あれのどこが殺そうと思ってないのよ!?」

『と、とにかく、下がれ! 距離をとれ!』


 離れれば少しはマシになるはずだ。

 ソーニャは、ああ、もう! と言いながらも俺の言う通りに後方に下がる。

 ムラマサは扉近くに立っている。

 そのため扉からは遠ざかってしまうが、殺人狂? からは逃げられたという安堵感が少しだけソーニャを平静に戻したらしい。

 ムラマサはムラマサでソーニャから離れたことで息遣いが柔らかくなった。

 大体五メートル近く離れている。


『どうどう! そ、そのまま近づくなよ!』

「な、なんなのよぉ、もう、ヤダぁ」


 ソーニャが泣きそうになっている。

 そりゃ、そうなるわな……自分に置き換えると恐怖で失神すると思うわ。

 それから数分。

 やっと落ち着いたのか、ムラマサはハッと我に返る。

 自分の両手を見下ろし、さあっと顔を青ざめさせた。

 あ、うん、二重人格みたいな感じなのね。

 今度から裏のムラマサのことをウラマサと呼ぼう。

 慌てて、刀を鞘に戻し、ムラマサはソーニャに頭を下げる。


「ご、ごめ、ごめめえ、め、めええ、な、なしゃい!」


 もう完全に言えてないが、謝っていることはわかる。

 ソーニャは戸惑いながらも、受け入れられない様子だった。

 そりゃそうなるわ。

 誰だってそうなるわ。


「な、なんなの……もう、意味わかんないわよ」


 それでも一応は距離をとれば安全ということは理解できたらしい。

 ソーニャは俺を降ろすと、壁に体重を預けてそのままずるずるとへたり込む。

 俺も同じ心境だ。

 同時に、こうも思った。 

 本当にごめんなさい、ソーニャさん、と。

 俺が何かしたわけじゃないが、俺が上手く立ち回れなかったのが大きな原因だ。

 その後、ひたすら謝ったのは言うまでもない。


   ●▽●▽●▽


 離れたまま、床に座り、俺を介して会話するというよくわからない状況のまま時間は過ぎた。

 今、俺が事情を説明し終えたところだ。


「――つまり、お礼を言いに部屋に侵入したのね」

『ま、まあ、そういうことだな』


 納得できるわけないよな……。

 多分、ムラマサも悪気があるわけじゃないんだ。

 ただ、ちょっと抜けているというか、人との関わりに疎いというか。

 もっとこうしたらとは思うが、それができないからこその行動だろうからな……。

 俺も中々に底辺な生活をしていたが、こいつらも生きにくそうだよなぁ。

 ムラマサは委縮して視線を落としている。

 こう見ると普通の女の子なんだけど。

 ソーニャもそう思ったのか、複雑そうな顔をしている。


「それにしたって、いきなりあんなことする?」

『パニックになったらよくわからなくなるんだろ。

 他人にはわからんと思うぜ。そういう感覚は』


 俺はどちらかというとそういうのはない。

 まあ? エロ暴走はしょっちゅうだけどな。

 すぐにテンパってしまう奴ってのはいるし、本人も自覚はあるだろう。

 そういうのを甘えというほど、俺は凝り固まった考えは持っていない。

 ……ムラマサの変貌ぶりはちょっと常識から逸脱し過ぎだとは思うけど。

 本人はかなり申し訳なさそうにしている。


「……怒るに怒れないわね、これじゃ」

『悪いのは俺だ。すまん、もっと上手く説明できれば』

「別にあんたのせいじゃないでしょ。謝られても困るわ」


 なんでも自分の責任だ、なんて思わないけど。

 なんだろうな、やっぱりちょっと考えてしまう。

 ムラマサの事情を聞いて、すぐに外に出て貰えばよかったわけだしな。

 そこら辺、上手く立ち回れていなかったと自覚している。

 ふええ、もうやだよう、この空気。

 こういう、どうしよう、みたいな感じやだよお。


「あ、あにょ!」


 ムラマサがゆっくりと手を上げた。

 はい、ムラマサちゃん!


『どした?』

「こ、この、間は、あ、ありゅ、ありぃ……ありが、と、ごじゃいました……」


 もう噛み噛みだ。

 ここまで噛む人初めて見たわ。

 それでも頑張って話したんだろう。

 顔を真っ赤にしながらもなんとか最後まで言い切った。


「……別に大したことはしてないわ。お礼はいらない。結局助けてないし」


 まあた、この娘は。

 怒ってるの?

 素直になれないの?

 生意気娘のままなの?

 ソーニャはそっぽを向いてしまう。

 いや、違うわ。

 これ照れてるパターンだわ。

 俺と出会った時も、最初はこんな感じでかなり冷たかったしな。

 今も根本は変わっていないし。

 もしかして、結構人見知りなのかもな、ソーニャも。

 しかしムラマサはそんなソーニャの心境なんてわからない。

 互いに人づきあいが苦手だからか経験が少ないんだろうと思う。

 なので、しゅんとしてしまった。

 やれやれ、ここでソーニャは実はこういう風に思って、なんて説明はできない。

 プライドを傷つけてしまうからな。多分尾を引く。

 しかしムラマサにフォローを入れないのも、彼女を傷つけたままにしてしまう。

 後で、こっそり教えるしかないか。

 もう! なんで俺がこんな仲介しないといけないの!

 こんな立場になったことないから、ちょっとドキドキしちゃうじゃない!

 やれやれ、こまった連中だぜ。


『とにかく、事情は説明したぞ。んで、だ。二人に提案なんだけど。

 ムラマサちゃん、俺達のパーティーに入って貰えないかな?』

「はあ!?」

「ふぇ!?」


 ソーニャとムラマサが同時に俺を見た。

 片や俺に馬鹿じゃないの、みたいな視線を向け。

 片やおろおろとしながらも俺に縋るような目を向ける。

 うん、なんとなく言いたいことはわかるけどね。


「ちょ、待ってよ! いきなり何言ってんのよ!?」

「え、ええ、あ、あた、あたし、が、ぱーぱーてぃー、に?

 で、でも、そ、そそそそ、そんなの、ご、ごご、ご迷惑に、な、なるので」

『二人とも落ち着けって。とりあえずさ、俺達の状況はムラマサちゃんにも話したよね?

 仲間が必要なんだ。ムラマサちゃんなら強いし頼りになる、そうだろソーニャ』

「それは……そうだけど。

 でも、さっきみたいなことがあったら、むしろ仲間に殺されそう、だし」


 言い難そうにしながらもはっきり言った。

 うーん、正直だし、言わないといけない事かもしれんが、本人を前に言わない方がいいと思うけどな。

 こういうところ、ソーニャは気づけないというか。

 いや、それだけ怖かったのかもしれない。

 というかもっと怒ってもいいような気もする。

 ……あんな状況に襲われたらなぁ。

 何とも言えないから、俺は何も口にはしなかった。

 ムラマサは更に委縮して、泣きそうになっている。

 涙もろい同士だなああ、もおおお!


『いいか? 俺達には他に手はないんじゃないか?

 それに、ムラマサちゃんとは距離をとれば大丈夫だろ。

 後方を歩いてもらうだけでも、後ろからの襲撃に備えられる。

 いざという時は、戦闘を交代できるんじゃねえの?

 もちろん、俺が勝手に言ってるだけだから、おまえが断るならそれでいい』

「……う、うーん」


 心情的には先ほどの恐怖心が残っているため、気が進まないのはわかる。

 だけど、こうしている間も他の勇者達は琥珀の樹海に向けて進んでいるはずだ。

 俺達は出遅れている。

 確かに、ソーニャには合格したいという意思が弱い。

 だけど、村の人達に迷惑をかけたくないという思いもあるだろう。

 それに一応は本人も勇者に憧れていた面もあったわけだし。

 完全にイヤがっているわけじゃなさそうだ。

 ここはできるだけ努力すべきだと思う。後のことを考えても。

 それに、だ。

 ムラマサを放っておくこともできない。

 話した限りではいい娘なんだ。

 ソーニャには悪いとは思うけど、人と接する機会を与えてあげたい。

 ただ、俺も抵抗はある。

 俺自身で責任を被るならいいけど、ソーニャに負担を強いるわけだしな。

 ……俺なら美少女に斬られてもいいんだけどな。

 それで死ねるなら本望、みたいな?

 あ、やっぱり死ぬのはイヤだわ。


『ムラマサちゃんはどうしたい? イヤなら断ってくれていい。

 正直に言ってくれれば、それでいいから』


 多分、ムラマサはソーニャと仲良くしたいと思っている。

 けれど上手くいかなくて、現状に陥ったんだろう。

 彼女はたった一人。

 この街の出身ではないらしいし、遠方の生まれらしい。

 どういう経緯でこの街にいるのかはまだ聞いていない。

 しかし、寂しそうに見えた。

 二人に対して多少強引だが、こうでもしないと状況は変わりそうにないと思った。

 ソーニャは仲間を集めるのに向いている性格じゃないし、お金もない。

 ムラマサは優しいのに発作のせいで人と付き合いがない。そして人と交流したいと思っている。だからわざわざお礼を言いに来たのだ。

 互いに有益だと思うんだけどな……。

 ただ、どうしても受け入れられないというのならしょうがない。

 無理強いしてもいずれ軋轢が生まれるだけだからな。

 俺は二人の返答を待った。

 ソーニャは渋面のまま、思案している。

 ムラマサは迷いながらも大きく頷き、真剣な視線を俺に向けた。


「あ、あたし、は、い、行きたい……な、なななな、なか、仲間に、し、してくだしゃい!」


 頑張った!

 ムラマサはガバッと頭を下げた。

 正座で床に額を擦っている。

 土下座である。

 着物姿だから古風でいいよねとか思っていたけど、これはなんというか征服欲を刺激するな。

 おっと、さすがに不謹慎だった。

 ソーニャはムラマサを見て、悩んでいたようだったが、やがて嘆息した。


「わかったわ、うん、私からもお願い。仲間になってくれる?

 その、大変だと思うけど……お互いに」

「ひゃ、ひゃい! おにゃがしましゅ!」


 ムラマサは顔を上げて相好を崩したと思ったら、また頭を下げた。

 ゴンと床に打ちつける。

 その様子を見て、ソーニャは苦笑する。

 自分で提案しといて、あれだけど。

 大丈夫か、このパーティー……。

 でも他に手はないし、もうやるしかないよね!

 よっしゃ、やったるで!

 俺は一番役立たずだけど……。

 マジでどうにかしないと。

 周りは仕事しているのに、自分は何もせず給料泥棒と蔑まれて、窓際に追いやられて、自主退職していく人みたいになってしまう。

 それだけは避けなくては!

 俺は勝手にやる気になって、内心で気合いを入れた。

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