第15話ホラーとコメディは紙一重ってよく言うよね?
宿の一室に戻ると、ソーニャはベッドに寝転んだ。
俺はベッドに置かれている。
うっほ、この感じ。
まるで恋人達の一幕みたい。
ピロートークしよう?
そうしよう?
……ってか、いつもは部屋の隅に置かれるのに、今日はベッドの上か。
ま、別に他意はないだろうけどな。
はああああああああん、もうなにもしたくないよおおおお。
このまま二人でゴロゴロしよ?
そのまま一夜を明かそ?
おい。
落ち着け、俺。
色々あり過ぎて頭がいつも以上に馬鹿になっている。
一度冷静になってから考えよう。
これからどうするか、だ。
たまには真面目に考えるのもいいよね!
ってことで、距離に関しては、往復四日、樹海内で行動できるのは三日が限界ってことか。
ということは、丸一日と半日で大精霊とやらに会って加護を受けないといけないわけだ。 会ってすぐに加護を与えてくれる可能性は低いように思えるし、そこからまた何かあって時間がかかると考えると、一日で大精霊の下に行きたいところだ。
と、なると猶予はあんまりないな。
魔物も結構いるし強いみたいだ。
今日中に出発しないと厳しい、か。
『お金ってどれくらいあるんだ?』
「うーんと、三十万リルね」
確か、大体日本円と等価値だったか。
うーん、上場企業の新卒の初任給より多少高い程度だな。
宿泊代だけはタダになってるけどな。
馬は買えない。
護衛も雇えない。
売るものとかもない。
仲間もいない。
剣も扱えない。
ないない尽くしだな、おい。
「はあ、どうしよ」
『どうすっか』
「……何か案があるんじゃないの?」
『案ねぇ……』
ふと浮かんだ、鬼の少女の顔。
ブラクラだよ!
怖いよ!
今日寝られなくなるよ!
しかし、なぜあの少女の顔が浮かんだのだろうか。
ま、まさか。
おいおい、いくらなんでもそりゃ無茶ってもんでしょ。
あんな狂人、仲間に入れたらソーニャが殺されちゃうううう!
俺だけなら大丈夫だと思うけど、剣だし。
いやいや……でも他に手があるか?
仲間になってくれそうな奴いるか?
あの狂気的な笑みを思い出せ。
絶対、ソーニャを狙っている。
性的な意味か生的な意味かはわからないが、確かに狙っている。
無理無理、さっすがにあれは無理だわ。
「はぁ、何よ、役立たず。偉そうなこと言った癖に」
『はっ! おまえだって同じだろうが! 俺に言える立場ですか、怖い顔しないで、ごめんなさい!』
「……もういいわ、ちょっとお風呂入ってこよ」
『またかよ』
「だって。こんな高級な宿じゃないとお風呂なんてないんだもん。
しかもいつでも入れるのよ! 入れる時に入っておかないと損じゃない」
時間がない、と言おうとしたが、妙案も浮かばないのだから、何も言えない。
むしろリラックスした方がアイディアが浮かぶかもしれない。
俺はとりあえず、ちょっと汗ばんだフェロモンむんむんのソーニャの匂いを嗅ごうとした。
嗅覚がなかった。
くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
マジで神のばかやろおおおおおがあああ!
せめて匂いを嗅ぐくらいさせろや!
ソーニャは俺を壁に立てかけて、ベッドのシーツを直してから立ち上がった。
几帳面な奴だ。
がさつなのはちょっと勘弁な俺としてはいいと思うけどね!
「じゃあ、行ってくるわね♪」
くっ、何、ちょっとウキウキしながら出て行ってんだよ。
俺も連れて行けよ!
はあ、一人で寂しいし虚しい。
早く帰って来てよ、ソーニャさん。
眠くもならないし、腹も減らないんすよ。
最初、五百年眠った時は眠れたのにな。
なんかもしかして一気に来るんだろうか。
冬眠的な?
ま、起きている最中、ずっとソーニャの寝姿が見れるけどな。
毎日、身体を動かそうとしたり、念力を発動できないか真剣に試してるからな。
エロに対しての探究心は薄れることはないのだよ。
ああ、暇。
暇だな。
ガタ。
暇……ん?
今、ガタって聞こえたような。
気のせいか?
そう思っていたら、窓がススッとゆっくり開いた。
なんだ?
俺は無意識の内に凝視していた。
すると、窓から顔を出した人物がいた。
おかっぱの黒髪、一角、赤い瞳、着物。
いいいいぃぃやあああああああああああああぁぁぁぁっぁっ!!
鬼の少女、襲来。
俺は声を出さないように我慢した。
あまりの恐怖に叫びそうだった。
人間の姿だったら間違いなくお漏らししていただろう。
少女は何食わぬ顔で部屋に侵入すると窓を閉めた。
俺達の部屋はかなり広い。
室内をきょろきょろと見回した少女は嘆息して、ベッドに座った。
近くに俺がいる。
怖い。
すぐ傍に殺人鬼がいりゅうううっ!
こ、こいつ居座るつもりか?
やはり狙いはソーニャ!?
くっ、帰って来るな、ソーニャ。
こ、ここ、殺されてしまう!
だが、俺のテレパシーは中々に調整が難しい。
ソーニャだけに聞こえるように話すことがまだできないのだ。
こうなったら戻ってきた時に叫ぶしかない!
少女はすぅはぁと呼吸をしていた。
なんだ?
緊張している、のか?
少女は、よしっといった感じで、拳を握り立ち上がる。
佇まいを正して、扉の方向を向いた。
「こ、ここ、こんにちわ、あ、あたしはムラマサと、いいまひゅ!
こ、こここ、この間は、た、助けて、くくりぇ……だ、だめ、もっかい!」
少女はムラマサという名前らしい。
そしてこの言動。
これはもしや、お礼を言いにここに来たのか?
いやいや、じゃあなんで忍び込んでるの。
意味わからんがな!
でも、言葉は結構普通というか。
どもりが酷いけど、言わんとしていることは真っ当だ。
「あ、ああ、あたしと、と、とも、ととととととと」
いきなり壊れた!?
どもりを超えて、なんか怖いことになってるんですけど。
ふむ、なんとなくわかってきたぞ。
この娘、喋るのが下手なんだな。
ということは前回のあれは緊張しすぎて言葉を噛みまくってたのか?
……いや、ないな。
だって殺すとか血を滴らせるとか言ってたし。
えー、じゃあ変貌するタイプとか?
刀を抜くと興奮しちゃって殺したくなるとか?
そっちの方が怖いわ!
よくわからん。
だが、この娘はどうやら悪い子ではないようだ。
ないよな?
ないんだよね?
信じていいよね?
でもいきなり部屋に侵入して来るとか、怖いんですけど。
なんか他人との距離感わかってない感じ?
コミュ障的な?
いやもしかしたらヤンデレ的な?
……どうすっかな。
このまま放置するのも厳しいし。
俺はさんざん悩んだ末に声を出してみた。
「こ、こんにちわ! あ、あたしはム、ムラ、ムラ」
『むらむらしているのなら、ここでエッチなことしちゃおうよ!』
しまった!
つい、むらむらという言葉に釣られて、本能が勝手に口を動かしやがった!
俺はエロ精神全開で少女に語りかけていた。
「な、なに? ど、どど、ど、どな、どなた?」
『俺だよ、この剣だよ』
「け、けけけ、剣?」
ムラマサは俺を見下ろすと、小首を傾げた。
おや、普通にしていると可愛らしいじゃない。
角度がいい!
俺の位置から見える生足が最高だ!
見えそうで見えないチラリズム!
真っ裸より、衣服から覗くボディがエロい。
あのね、多少は服を着たままの方がエロいの。
全裸にする奴とか本当何もわかってないわ。
あと、脱がすのがいいの。
その瞬間が素敵なレッツパーリータイムなの。
なのに、自分で脱ぐとか、バスタオルだけとか、ほんとだめ。
いい?
普通に服着てろよ!
それを脱がすのがいいんだろうが!
そして出来れば半分着たままでお願いしゃす!
俺はムラマサを必死で観察する。
太腿が素晴らしい。
太腿が素晴らしいいいいいい!
和服のミニスカートバージョンを作った人って天才だわ。
「あ、ああ、あなた?」
『そう、俺こそが聖剣オレ。勇者の証さ』
「せ、せせ聖剣さん!? す、すす、すごいね」
『ふふふ、褒めるな褒めるな、照れるじゃないか、少女よ。
時にムラマサちゃんとやら。君はなぜこんなところにいるんだ?』
「え、ええ、えと、そ、その」
『落ち着いて話すといい。なあに、急かしはしない』
俺が言うと、ムラマサはコクコクと何度も頷いた。
あれ? この娘やっぱり可愛くね?
おかしいな、前は数百人くらい斬り殺して悦に浸っているような顔してたのにな。
ムラマサは、えと、うんと、と何か考えている様子だった。
真剣な顔をして、俺に話しかけようとした。
視線は完全に俺に向け、真面目な姿勢だ。
これは中々に好印象だな。偉そうにしてごめんなさい。
「そ、その、じ、実はあ、ああ、あたしはひ、人が、に、にに、苦手で。
は、話すのも、と、得意じゃなくて……だ、だから外だと話せないと、お、思って。
さ、酒場で……か、庇ってくれたのが、嬉しくて、そ、そのお礼を言いに……き、来たんだけど。
こ、こんな方法しか、う、浮かばなくて……正しい方法とは、お、思わないけど……」
押し黙ってしまった。
彼女なりに真剣に考えた上での行動だったらしい。
『……君は、結構その、過激なことを言っていたような気がするんだけど』
「あ、あれは、その、ひ、人が近くにいると頭に血が昇っちゃって……。
お、女の人ならまだ大丈夫なんだけど、おおおお、お、おお、男の人だと、極度に緊張、し、しちゃ、しちゃって……」
あ、なるほどね。
直前でゴロツキがムラマサに近づいたもんね。
もう限界だったわけか。
だからずっと無言だったわけか。
男が苦手なのね。
人も苦手なのね。
だからあんなことになっちゃったのね。
ってなるかーい!
どんだけやねーん!
『でも、俺とは案外普通に話せてないか?』
「そ、そう言えば、そ、そうかも。
こここ、こんな風に話せるのは、か、家族以外だと、ははは、初めて、だと思う」
多分、俺が剣だからだな。
人型だったらこうはいかなかっただろう。
とにかく、俺はムラマサちゃんの初めてを貰っちゃったわけか。
甘美な響きだぜ!
はああああ、なんかテンション上がってきたあああああ。
うん?
え? じゃ、あのニタニタ笑って俺達を見ていたのは?
人ごみが苦手だったからなのか?
緊張してたから?
凄まじい性格してるな、この娘……。
あんなの殺そうとしているとしか思えないだろ。
『事情はわかった。だが、考えてみるといい。
突然、自室に戻ったら他人がいたら怖いだろう。
しかも君は、その、アレな部分を見せてしまったわけだし』
「そ、そそそ、そう、そうだね……ご、ごめん、なさい」
やり方は異常だが、素直な娘らしい。
『謝る必要はないさ。ま、俺から話しとくよ。
その後、ソーニャがいる時に正式に部屋で話せばいい。俺が仲介するからな』
「あ、ありがと、オ、オレさん」
『気にするな。これも何かの縁だしな』
考えてみれば、これは好都合なのでは?
ムラマサはかなり強い、と思う。
仲間に入ってくれれば、かなり頼もしいぞ。
ソーニャを説得できれば問題ないだろうし。
話せば彼女も理解してくれるに違いない。
……違い、ない、のか?
「そ、そそそ、それじゃあたしは、い、一度外に」
『ああ、ソーニャは入浴中だから、戻ったら事情を説明することにするよ。
あとで、そうだな、一階のラウンジにいてくれたら迎えに行けると思う、ソーニャが』
「あ、あああ、ありがとう、オレさん。え、えへへ、や、優しいですね」
『可愛い女の子には優しいのさ』
言ったああああああああああああ!
人生で一度は言ってみたい言葉、初めて言えたあああああ!
はあ、満足したわ。
ムラマサはきょとんとした後、カアッと顔を真っ赤にして俯いてしまった。
なんだこの娘、可愛らしいじゃん。
性格もいいしさ。
勘違いしてた過去の自分を恥じるわ、本当に。
「あ、あああ、あああああ、あり、ああああありぃ、ありぃぃぃっ!」
ムラマサは限界に達してしまったらしく言葉をリピートしている。
眼をグルグルと回し、ふらふらとしていた。
どこまで免疫ないんだよ。
ソーニャも褒められ慣れていない感じだったし。
まったく、男衆は何をしているのかね!
いや、わかるよ。
ドSのソーニャと、コミュ障で人が苦手の上、つい狂った感じになるムラマサ。
共に美人で可愛いが、癖が強すぎるわ。
「と、とに、とにかく、あ、あたすぃはこれでぇ」
『お、おう、なんか訛ってるけど、またな』
俺が別れを告げる。
だが、それは脆くも崩れ去った。
互いに動揺していたせいか、足音に気づかなかったのだ。
「ただいまあ」
ソーニャの気配に気づいた時にはもう遅かった。
彼女は部屋のドアを開けていたのだ。
しまった!
こんな状況を見られたら、ムラマサは勘違いされてしまう。
完全に、不法侵入した殺し屋と遭遇したシチュエーションだ!
が!
ムラマサは神業の如き身のこなしでベッドの下に潜り込んでいた。
素早い!
音もなく、隠れるとは、本当に暗殺か何か生業にしてたんじゃ……。
やめよう、深く踏み入ってはいけない領域というものがある。
『お、お帰り』
「はあ、すっきりしたわ」
上機嫌でソーニャはベッドに座った。
真下にムラマサがいるとは知らずに。
ソーニャの足が見えたムラマサが、緊張のあまり、またあの笑顔を浮かべ始める。
口元が歪み、ひ、ひひひ、ひひ、とか言い始めている。
声は聞こえないが、確実に言っている。
ここではそれやめて!
落ち着いて!
ソーニャはそんなことを知らずにリラックスしている。
肌を上気させて、鼻歌なんて歌っているのだ。
や、やばい。
あんなに機嫌がいいのに、一気に不幸のどん底に落下するわ、コレ。
どうすれば。
足元にムラマサがいるとか言ったらどうなるか想像できる。
どんな言い回しをしてもダメだろう。
事情を説明する前に、間違いなく滅茶苦茶怖がるだろうし。
受け入れられなくなったら、ムラマサを仲間にできない。
だが、どうしたら!
詰んでるわ、これ。
しかもムラマサはかなりキテいるらしく、禁断症状のように手を震わせ刀を抜こうとしている。
やめてええええええ!
それだけは絶対ダメええええ!
本人もわかっているらしく、必死で我慢していた。
俺と話していた時はこんなことはなかったため、俺は激しく狼狽した。
マジでやっべえ。
「ねえ、なんで何も喋らないの?」
『あ、いや、何でもない』
「また、エッチなこと考えてるんじゃないでしょうね?」
とソーニャが立ち上がる。
ダメだ、こっちに来るな!
角度的に、俺がいる位置まで来たら、元の位置に戻る時に、ベッドの下が見えてしまう!
そうなったらムラマサと目が合って、阿鼻叫喚の図に!
なんで俺がこんな立ち位置にいるの!?
『ち、違う! 考えてたんだ。どうするべきか』
「あ、そっか。ごめん、真剣に考えてくれてたんだ」
しゅんとしてしまった。
心が痛いぃっ!
本当は、君の足元に殺人狂な少女がいるんだ、えへへ。
とか言えない!
あああ、やめて、ムラマサちゃん!
刀半分抜いて、舌舐めずりするのやめて!
もう限界なのはわかる!
緊張しているのもわかる!
けど、それだけはダメ!
もうどんだけ説明しても信じて貰えない領域に入ってるううう!
「ねえ、なんかおかしくない?」
ソーニャが突然、怪訝そうに首を傾げた。
な、なんだよ、もう!
心臓に悪いよこれ!
心臓ないけど、なんかよくわからないけど、身体が熱いわ!
『な、何が?』
「なんていうか……部屋の雰囲気が違う感じがする」
何者だよ、こいつぅっ!
何も変化はないのに。
いや、違う!
ベッドのシーツが少し乱れていたのだ。
そう、ソーニャは部屋を出る時、一旦、シーツを綺麗に直したのだ。
それが、ムラマサが座ったことで少し皺ができてしまった。
ソーニャはベッドに座ってしまっているが、その違和感が記憶に残っていたのかもしれない。
「やっぱり変よ。窓もちょっと開いてる」
なん、だと!?
俺は気づかなかった。
だって肌の感触があんまりないんだもの。
だから隙間風とかわからない。
気温の変化も気づかないからな。
探偵にじりじりと追い詰められる犯人の気持ちがわかるな、これ。
もう無理だあぁい。
ソーニャはすっくと立ち上がり窓に近寄り、確かめていた。
そしてしっかりと窓を閉めると俺へ振り返る。
完全に、目には疑念が浮かんでいる。
俺に近づくソーニャ。
そして。
何を思ったのか立ち止まり。
ゆっくりと、ベッドに向かって振り返った。
見えたのは間違いなく。
鬼の少女。
「はぁはぁはぁはぁ、ひ、ひひいひ、ひひひひいいひひひ」
眼は血走り、瞳孔は開き、息は荒く、汗を滲ませている。
カチカチと刀を振るわせ。
刀身は半分、鞘から出ている。
三白眼を小刻みに揺らして。
狂気そのものがベッドに下にいた。
ソーニャと目が合った。
停止。
そして。
慟哭。
「きゃあああああああああぁぁぁっぁぁっぁァァァぁぁぁぁァァアアッァーー!!!!!」
「ひいいいいひひいひっひひいいぃいいいいいぃぃぃぃっぃっイイイーーー!!ー!!」
絶叫に次ぐ絶叫。
怯えたソーニャは部屋中を走り回り、ムラマサも同様に逃げるように走った。
しかしソーニャには間違いなく、ムラマサが自分を追いかけているように見えただろう。
刀片手に追う姿は間違いなく狂人だった。
泣きながら逃げるソーニャ。
嗚咽と唸り声と笑い声を出しながら追うムラマサ。
その情景を見て、俺は思った。
こんなことなら素直に話しておけばよかった、と。
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