第14話勇者って聞きなれた言葉だけど、最初に言ったのって誰なんだろうね


 身支度を終え、ソーニャと俺は宿を出た。

 城まで到着すると衛兵に案内され、待合室に入った。

 中には勇者候補らしい奴らが座っていた。

 数えてみたけど、二十人はいない。

 数人は辞退したのか?

 それとも詐欺だとバレて捕縛されてたりして。

 みんな、一様に剣を持っている。

 形は様々だが、全員に共通しているのはなんかゴテゴテしてるということ。

 聖剣! みたいな見た目、みたいな?

 俺はというと、うん、地味。

 神々しさもないし、見た目は普通の剣なんだもんな。

 はあ、もっと格好いい装飾とかあればな。

 しかし、勇者候補生は厳つい奴もいるけど、どうも違和感がある奴らばかりだ。

 なんか、胡散臭いんだよな……。

 女性もいるみたいだ。

 この中だったら、ソーニャが一番勇者らしいんじゃないだろうか。

 緊張した面持ちのソーニャは、深呼吸をし近場のベンチに座る。

 空気が重い。

 重いいぃっ!

 こういうの嫌いなんだよ、俺は!

 就職面接の直前みたいな微妙な空気感、マジで最悪!

 ほんっと辛い。

 こういう緊張感、疲れるんだわ。

 はあ、早く終わらないかな。

 なんて思っていたが、そわそわしてるソーニャに気づく。

 こいつも完全に緊張してるな。

 不合格でも何かされるわけじゃないと思うんだが。

 しばらく待っていると、扉が開いた。

 そこには衛兵数人が立っていた。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 候補生たちは衛兵に連れられて部屋を出た。

 しばし歩くと、別の部屋に着き、兵がドアをノックし、一声かけた。


「入れ」


 中から神経質そうな男の声が聞こえた。

 この声、確か王様の側近の声だ。

 部屋に踏み入ると、中々に広い空間が延びる。

 側近の男が俺達を見て、複雑そうな顔をしていた。


「これだけか?」

「はっ、五名ほどは、辞退されました」

「ふん……臆したか。事前に情報を流しておいたが、彼奴等は詐欺師だったようだな」


 ……俺達は何の情報も聞いてませんけど?

 あれか、無視された感じですか?

 偽の情報を流したのか、それとも逃げたくなるほどの情報を流したのか。

 となると、試験内容は簡単ではないということ。

 ちょ、ちょっと! 

 なんか怖いんですけど!?

 参加者達は表情を硬くしている。

 ソーニャも同様だ。


「では、試験内容を通達する。心して聞くように。

 現時点から七日の内に、琥珀の樹海に向かい、大精霊の加護を受けよ。

 参加者同士でパーティーを組んでもよいし、外部の人間に助力を請うても構わん。

 その際に報酬は各自で支払うように。

 ただし、協力者は五人までとする。それを超える人数の参加は認められない。

 合格者は全員が勇者と認定される。同時に旅の支度金を譲渡し支援を約束しよう」


 喧噪が生まれる。

 この感じ、相当に難易度が高い内容なのか?

 ソーニャも動揺している様子だった。

 おいおい、ここに来て真面目な展開とか勘弁してよぉ。

 俺はゆるく生きたいのよ。


「以上だ。質問はあるか?」

「ちょっといいかい?」


 おずおずと手を上げた、姉御と言いたくなりそうな女性がいた。

 短髪、露出多め、胸が大きい、太腿プリップリ、でも眼光が鋭い。

 ああ、叱られたい系のお姉さま!

 はあはあ、俺を今すぐ、言葉責めして欲しい。

 真面目な空気の中で、俺だけは卑猥な妄想に浸っていた。

 とりあえず、お姉さまの尻だけ見ておこう。

 ソーニャの胸は最高だが、尻は及第点って感じなんだ。

 もっとこう安産型かプリップリなのがいいんだよなぁ。


「なんだ?」

「仮に合格者が複数人居ても全員勇者として扱われるのかい?

 それじゃ、誰が魔王を倒せるのかわからないじゃないか」

「貴様は勘違いしておるな。勇者は一人であるという伝承はないのだ。

 ゆえに今回のような試験を設けている。

 ここ五百年は一人もいなかったが、今年はなぜか一気に勇者と名乗る者が増えておる。

 これは、最低限、勇者としての資質がある人間を見極めるための試験なのだ。

 勇者である証拠など、魔王を倒した後でなければわからぬ。

 どちらにしても詐欺師に金を出す余裕はないのでな。

 誰でも彼でも認めてしまってはキリがない。

 そのため今回のような試験を用意した。

 この程度の試練を乗り越えられない人間が勇者であるはずがないであろう?」


 補足までしてくれた側近の話に姉御は、何も反論はなかったようだ。

 わかった、と一言呟くだけで終わる。

 他に質問はないようで、全員が沈黙を保っている。

 なーんか、やばそうな感じだな。


「では、解散せよ。勇者という立場を忘れぬようにするのだぞ」


 側近が言い終えると、俺達は部屋を出た。

 衛兵の後に続き、スタスタと歩くソーニャ。

 そして全員が城外に出た。

 ソーニャは朝よりも更に神妙な顔つきだ。


『で、どうすんだ?』

「……今、考えてる」


 あーあ、こりゃだめだ。

 大概、どんな状況でも多少、心にゆとりがないとダメなんだよ。

 適度に力を抜くことを知らないと、どこかで間違うんだからな。

 気を張ると絶対にいつか踏み外す。

 ソーニャは完全に肩に力が入っている。

 まったく、若いねぇ。

 それに対し、他の面々は元々知っていたのか、それなりに経験があるのか。

 他の勇者達と話して、手を組もうとしている連中も多かった。

 しかし今のソーニャには俺が何を言っても、多分聞かないだろう。

 うるさいって言いながらイライラするだけだろうしな。

 だけど、出遅れるのもな。

 はっきり言って、俺達に協力してくれる人間なんて中々いないだろうと思う。

 勇者連中が一番、協力してくれる可能性が高かった。

 金も少ないらしいし、女一人に協力する人間も多くはないだろう。

 本人はかなり強いと思うけどな。

 七日という日数を考えると、早く動いた方がいい。

 琥珀の樹海とやらが近場なのかは知らんが、早めに動き、出来うる限りの手を打っておくのが先決だ。

 俺は知識がないから、一度ソーニャに聞きたいところだけど、今はやめておいた方がいいだろう。


 だが、すでにソーニャは二の足を踏んでいる。

 まいったね、こりゃ。

 厳めしい顔つきのまま、ソーニャはうんうん唸って、ふと顔を上げ、周りの連中を見た。

 焦っているのはわかるが、行動が伴っていない。

 ふむ、もしかしてソーニャは自分から接するのが苦手なのかもしれない。

 村ではみんなから関わってくれていたみたいだし。

 性格的に、下手に出られなさそうだし。

 俺とは別のタイプの一人ぼっちになるタイプだな……。

 候補者たちは続々とグループを組み、出て行った。

 ソーニャはまだ行動しない。

 仕方ない、少しは時間を空けたし、多少は冷静になっているだろう。

 俺がそれとなく助言するしかないか。


『俺達は誰かと組まないでいいのか?』

「……わ、わかってるわよ……あ、ねえ!」


 ソーニャはきょろきょろと見回し、まだ残っていた姉御に声をかけた。

 彼女は数人と話をしている様子だった。

 ちなみに残っている女性は姉御だけだ。

 ……同性だから話しかけやすかったみたいだな。


「なんだい、お嬢ちゃん」


 ソーニャは一瞬、カチンと来たように表情を変えた。

 うんうん、お嬢ちゃんが気に食わなかったんだね。

 落ち着いてぇ、これくらいで怒らないでぇ!

 俺は内心でハラハラしながらも動向を見守った。

 ソーニャはなんとか怒りを収めたらしく、ふぅ、とため息を漏らして言葉を繋げた。


「よかったら私と組まない?」

「あんたと?」


 値踏みするように足元から頭の先までじっとりと眺める姉御。

 ふむ、結構ねちっこい性格なのかね、この人。

 ちょっとイメージと違ったな。


「すでにこっちは四人と組んでるんだ。悪いけど、あんたじゃ厳しいね。

 あと一人は前衛で戦える戦士か傭兵を仲間にしようと思ってるってわけ」

「こ、こう見えて、結構強いわよ、私」


 おお、頑張るね、ソーニャ!

 イライラしてるのがわかるよぉ。

 プライド高いもんね!

 でも頑張ってるね!

 そうそう、そのままちょっと媚びていこう!

 頑張って自己アピールしていこう!

 長所を述べて! 短所を長所に変えて!

 御社で働かせてくださいって新卒みたいなフレッシュな感じで!

 そこで愛想笑いしてこう!

 が、姉御は馬鹿にするように笑った。


「例え、あんたが強くてもちょっとねぇ。

 あんた、数日前に酒場で喧嘩したでしょ?

 負けん気が強いのはいいけど、和を乱すような奴と仲間になったら面倒なことを起こしそうだし。

 それに、街中であんたが危ない行動起こしていたって話もあるし。

 あたしは強い奴を探してるんじゃなくて、仲間を探してるんだ。

 パーティーの役に立とうと考えられる人間をね。

 悪いけど、あんたは信用できない。

 他を当たってちょうだい」


 おお……なんかプロっぽい台詞だ。

 事前に他の勇者を調べていたって感じか。

 用意周到だな。

 勇者同士で協力するか戦うかする可能性を考えていたんだろうか。

 中々に頭が働く人みたいだな。

 なるほど、一理あるね。

 強いだけなら探せばいるんだろう。

 だけど、仲間のために役割を全うしようとする人間はそうそういない。

 少なくとも、ソーニャはその条件に該当しないと思われていたわけか。

 酒場の一件はソーニャは悪くないし、正しいことをしたと思うけどな。

 ま、街中で俺を叩いたのは、言い訳できないけどね!

 往々にして世の中ってのは理不尽なもんだ。

 それに姉御にも正当性は十分あるだろう。

 正しさを認めてくれる人は少ないわけだし。

 ソーニャは表情を固めたまま動かない。

 姉御は話は終わったとばかりに仲間達とさっさと城を出て行った。

 ソーニャはそのまま。

 結構、ショックだったのかな……。

 見ると、不吉な笑顔を張りつかせたまま動かない。

 怖い。

 怖い過ぎる。

 可哀想よりも怖いが先に来ちゃう。

 もしかして……俺以外の時間が停まっちゃってるんじゃないの!?

 おいおい、ついにきたよ。

 男の子が心の底で渇望しているエロエロシチュエーション第三位!

 時間が停まる!

 ふああああああ、やりたい放題だああああ!

 なんてことはなく、ソーニャはプルプルと震えだした。

 あ、やっべ。


「な、なんなのよ、あいつ!!!」

『まあ、言い方はあれだけど、言ってることは間違ってないだろ』

「は、はあ!? 誰に口きいてるの!? ぶち折るわよ!」


 ひいい、こわいいぃっ!

 でも、ここで退いたら、この御嬢さん、本当にただの自己中心的な性格のまま生きていくことになってしまう。

 ここは心を鬼にして言ってやるしかあるまい。


『お、俺に当たるなよ……しょうがないじゃん。気にすんなよ』

「で、でも、わ、私がいらないみたいな言い方されたのよ!?」

『状況と条件が悪かったんだって。誰だって受け入れてくれるわけじゃないだろ。

 多分、みんな必死なんだろうさ。馴れ合いたくないって感じかもしれないだろ。

 きちんと説明してくれただけありがたいと思おうや、な?』

「でも、でも!」

『あああ、もう! おまえは子供か! でももクソもないの!

 なんでも思い通りになるわけじゃないの!

 むしろ上手くいかないのが普通なの!

 失敗したら次にどうするか考えるしかないだろ! 時間がないの!

 でもでも言う前にやるべきことをやるしかないの!』


 ソーニャは、うぐ、っと何も言えなくなってしまった。

 まったく甘やかされ続けたのか、かなり困ったちゃんなところがあるんだよなこいつ。

 悪い娘じゃなんだけどさ。


『ほら、一応俺もいるし、これからどうするか話し合おうぜ、な?』 

「……生意気」

『へえへえ、すみませんね』


 こういう居丈高なところがさっきも出ていたし、姉御もちょっと気に食わなかったのかもしれん。

 うーむ、どうしたもんか。

 一先ずは、最低限の情報を得ないと。


『琥珀の樹海ってのは遠いのか?』

「……徒歩だと二日くらいだと思う。距離は問題ないわ。でも魔物が強いから」

『おまえ一人だと厳しいって感じか』

「そう、ね。多分、前に入口に行ったことあるけど、敵が強くて大変だったわ。

 一匹なら勝てる魔物もいるけど、複数来られたら終わりね」


 なるほどね、それで候補者たちも戸惑っていた、と。

 見たところソーニャもそれなりに強そうなのに、これだけ言うくらいだ。

 敵はかなり強いんだろう。

 俺は役に立たないしね!

 なんかできないかと思って、色々試してはいるんだけどな、成果はゼロだ。

 ま、エロ目的でもあるけど、手助けもできるかもしれないしな。


『やっぱり仲間が必要か。どこかで探すしかないっぽいな』

「……どこで?」


 おお……完全に拗ねてるし。

 ほっぺたをプクッと膨らませている。

 おーい、どんだけ子供っぽいのぉ。

 これには俺も困った。

 なんかエロに繋げられない。

 真剣に困った。

 言い過ぎたかもしれない。

 剣の癖に図に乗ったかもしれない。

 謝ろう。

 すぐに。

 今すぐに!


「……ごめん」


 あれ、俺が謝ろうとしたらソーニャが謝ったよ?

 どういうこと!?

 俺は突然のことに動揺してしまった。


『い、いや、俺も言い過ぎたよ、ごめんな』

「ううん、あんたは間違ってない。なんかごめん」

『も、もうやめようぜ、おまえは謝った、俺は許した。俺も謝った、おまえも許した。

 この一件はこれで終わり。それでいいだろ?』

「うん……ありがと」


 はあああああ、もおおおおお。

 突然、怒ったり、拗ねたり、子供っぽくなったり、素直になったりなんなの!

 心かき乱されるわ!

 なんか、どうしたらいいかわからんわ!


『と、とにかく、なんかこういう場合、護衛になってくれる人がいる場所とかないのか?

 傭兵とかさ』

「自腹だと厳しいかも、結構高いし」

『そうか……』


 中々、難しいな。

 やはり早い段階で他の候補者と手を組むべきだったのだろう。

 ま、今更言っても遅いし!

 仕方ないよね!

 次の瞬間。

 俺の背中に怖気が走る!

 俺は気づく!

 あの姿!

 あの狂気!

 恐ろしい形相! 

 鬼!

 路地の隅、家屋の端っこ。

 柱に隠れ、俺達を見ている、あれは。

 鬼の少女だった。

 薄ら笑い、柱を爪でカリカリしている。

 指先がちょっと震えている。

 な、何かの禁断症状!?

 こえええええっ!

 眼がイッちゃってるよ!

 なにあれ!?

 何なのあれ!?

 は!? まさか最近妙に視線を感じると思ったらまさか。

 や、奴がずっと見ていたのか。

 酒場の一件で、目をつけられたのか!?

 ソーニャはまだ気づいていない。

 だめだ。

 教えたら、ソーニャを怖がらせるだろう。

 さすがに傍若無人な生意気娘でもあれは怖いはず。

 俺は戦々恐々としつつ、頭をフル回転させた。

 この場から逃げなくては。


『と、とにかく一旦、部屋に戻らないか?』

「……そうね、落ち着きながら話しましょ」


 ありがとうソーニャ!

 ここで拒否されていたら終わっていた。

 神様仏様、どうかあの娘が見ているのは俺達でありませんように。

 めっちゃ目が合ってるけど勘違いでありますように。

 ソーニャは落胆したまま宿へ向かった。

 彼女の感情が恐怖に変わらなかったことを俺はなにがしかに感謝し、そして鬼の少女を見た。

 彼奴は俺達の動きに合わせ、視線を動かしていた。

 その三白眼が俺を射抜き続けた。

 ……もう、イヤ。

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