第4話勇者の村、改め変態の村


 切れ味を確認し、満足したと思ったらまた俺で木を切った。

 聖剣の俺は、最早斧へとジョブチェンジしたのかしら、と思ったくらいだった。

 発作だ。

 きっとこの娘は発作的に何かを斬らないと生きていけないのだ。

 っていうか、無言で斬って、無言で進んで、無言で立ち止まって、無言でまた斬るんだが。

 何考えているの、この娘……。

 まっ、かわいいからいっか!

 俺は頭の中で何度も頷く。

 可愛いは正義って言葉あるじゃん?

 あれって本当だと思うんだわ。

 でも、万人に言えることじゃないんだな、これが。

 人には趣味嗜好があるからね!

 俺は何でもいいけどね!

 話しかけても無視され始めたので、妄想に耽っていたところ、村に到着したようだ。

 人工物が見えた。

 思ったより……ボロい。

 木造建築で、家屋の数は三十くらいだろうか。

 なんか適当に木を切って、適当に組み立ててできたみたいな。

 一応雨露は防げるけど、隙間風はあるよみたいな。

 剣である俺には関係ないけど、この村はなんというか、活気がない。


「あおおお、おういえす、いえす、ひぃえぇすっ!」


 前言撤回。活気はあった。

 獣の泣き声のような嬌声だった。

 残念ながら男である。

 俺は必死に顔を声の方向に向けようとしたが、動かす顔がない。

 くっ、じれったい!

 視界になんとか入ったので確認してみた。

 男が半裸で両手両足を縄で括られ、目隠し状態ながら涎をたらして、はあはあ言いながらプルプル痙攣している。

 自分でも何を言っているかわからない、だからもう一度言おう。

 男が半裸で両手両足を縄で括られ、目隠し状態ながら涎をたらして、はあはあ言いながらプルプル痙攣して、嬉しさのあまりに涙している。

 この変態、進化してやがる……ッ!

 俺は絶句した。


『あ、あのソーニャさん、あれは何かね?』

「何って、村人よ」 


 ものすごい冷めた視線を向けられた。

 え、何言ってんの、当たり前じゃん? 馬鹿なの? みたいな。

 えぇ……うっそだぁ、俺がおかしいみたいな反応されたんだけど。

 いやいや、おかしいのはあの村人Aでしょ。

 どう考えてもおかしいでしょ。

 現代なら現行犯逮捕されてるでしょ。

 わいせつ物そのものでしょ、あれ。

 見ると、男の近くに怯えた様子の少女が立っていた。

 何てことだ、あんなか弱そうで美しく、華奢で病弱で薄幸の守りたい系の女の子に、あんな汚物を見せつけるなんて。

 最高じゃないか!

 あ、いや。

 最低じゃないか!

 とにかく助けないと!

 少女は恐怖のあまり、身体を震わせていた。

 村人Aを凝視し、ぎゅっと目を瞑る。

 そして手に握っていた鞭を振り降ろした。


「ぎゃぶううううぅうぅっ!」


 ん? 鞭?

 パシーンと素晴らしく澄んだ音が響く。


「き、キモイ! 気持ち悪い! 死んで、死んで! 皮膚を引き裂いて死んで!」


 少女は怯えた様子だったが、鞭を振るう動きは達人の域に達している。

 おっかしぃなぁ。

 呆気にとられた俺だったが、よくよく見ると、他にも同じような情景が見えた。


「ほらほら、これが欲しいんだろ!」

「ぶひぃ! そうです、欲しいですぅ!」


 男女のグループで男は虐げられ、女は虐げる。

 反応は様々だったが、男は一様にぶひぶひと喜んでいる。

 なんだ、この村。

 なんて素晴らしいんだ!


『はぁはぁ、お、俺も、俺も参加したいでござる』

「ちょっとうるさいんだけど。折るわよ?」

『ごめんなさい』


 この女王様……じゃなくて勇者様、容赦がない。

 他の面々はちょっとは遠慮が見えるし、どことなく楽しんでる感じがあるのに。

 このソーニャという娘にはそれがない。

 無慈悲。

 自己中心的。

 天上天下唯我独尊。

 だが、それがいい。

 俺は心を震わせ、沈黙を守った。

 ふぅ、無言で俺をここまで愉しませるなんて、まったく大したお嬢ちゃんだぜ。

 異様な光景をしり目に、ソーニャは一つの家に入った。

 お邪魔しますも何もない。

 はっ、そうか、勇者だから他人の家に入ろうがタンスを探ろうが許されるのか。

 ……いつも思うんだけど、勇者って女の子の家に入って、目の前で下着の棚を見ているところを見せ付けるってプレイをしないのかな。

 ってか、絶対してるよね、勇者。

 しない男は、同性愛者かインポか(ry

 ※あくまで主人公の主観的な意見です。


「や、やめてください」

「え? 俺勇者だよ? そんなこと言っていいの? 魔王倒さないよ?」

「そ、そんな! す、すみません、好きに見て……ください、ぐすっ」

「えー!? いいの? 言質とったよ? 後で文句言わないでね?

 じゃあ、この下着……じっくり観察して、スーハ―しちゃおう。

 それでピーしてピーしつつピーしながら君の顔を見て、うぇへっへ。

 いいよね? いいよね!?」

「も、もういやぁ」


 泣きながら顔を赤くする村娘を前に興奮する勇者。

 ふむ……悪くないが、立場的には逆がいいな。

 やっぱり虐めるより虐められる方が、支配されている感じがして興奮する。

 おっと、こんなことを考えていたらソーニャに伝わるかもしれない。

 俺が我に返ると、いつの間にか目の前に老人が座っていた。

 何やらソーニャも客間に座っているらしい。

 ちょっと和風で、地面は板張り。

 壁には『一日一鞭』と書いている掛け軸が垂れ下がっている。

 ツッコミはもうやめよう。


「戻ったわ、村長」

「うむ……そ、その剣はもしや!? そ、そなたやったのか!?」

「ええ、やったわ」


 村長と呼ばれた老人はわなわなと震えていたと思ったら、何かの発作を起こしたのかと思うほどにガッタガタに震えはじめる。

 こわっ!

 この人、死ぬんじゃないだろうな。


「こ、興奮してしまった……と、とにかくよくやった、ソーニャ!

 お主は今日から勇者ソーニャじゃ!」


 拍手をする村長だったが、なぜか部屋に人が続々と集まり始める。

 全員が手を叩きながら入って来た。

 どこか涼しげ、どこか寂しげ、どこか妬ましげ。

 男、女、男、女。

 男は家畜のように扱われていた、でも嬉しそうだからいいよね。

 殺風景な室内が、一瞬にして華やぐ。

 人に溢れ、皆がソーニャを祝福していた。

 ソーニャも嬉しいのか、俯いて肩を震わせている。

 なんと、この娘、意外に涙もろいのか。

 そう思った時、ソーニャがすっくと立ち上がり、村長の目の前に行った。

 感謝の言葉でも述べるのかな、と思っていた俺は漫然と見守る。

 そしてソーニャは、大きく腕を振りかぶって、村長を全力で殴った。

 殴った。

 殴ったあああああ!?

 ソーニャ選手の右ストレートが決まったああああああ!?


「ぐっほおおおっ!」


 フルスイングのパンチを受け、九の字に身体を曲げた村長は壁にぶち当たった。

 そのまま地面に転がり、動かなくなる。

 お、お亡くなりに!?


『ちょ、ちょっとそれはさすがに! 俺も引くわ!

 老人を全力で殴るとか何やってんの!?』


 SMとは共に楽しむためにあるもので、ただの暴力とは違う。

 俺はそれでも多少は楽しめる域に達しているが、常人はそうではないのだ。

 これじゃただの虐待じゃないか!

 俺が喚くとソーニャは鋭い視線を向けて来た。

 怖い。

 だけど、屈してたまるか。

 俺はな、気持ちいい時しか屈しないんだよ!

 俺がなおも非難しようとしていた時、村長はB級ホラーの幽霊の如く、ゆらゆらと立ち上がった。

 足がガクガクと震えているので、余計に怖い。

 俯いたまま、ゆっくりとソーニャに近づいてくる。

 死ぬ前に、呪いの言葉でも残すのかと思っていたら。


「はあああああん、さいっこぉぉぉ」


 恍惚としていた。

 顔は見事に腫れ上がっているのに、満面の笑みだったのだ。

 なにこれ。

 村長はくねくねと身体を曲げ、至福の時を過ごしていた。


「村長は、この村で一番のマゾなのよ。本当に気持ち悪いわ……。

 一応、世話になったし、お礼に殴ってあげたってわけ」

『あ、そ、そう』


 これはソーニャなりの感謝の表れだったらしい。

 やり方が常軌を逸しているので、さすがに俺も引いた。

 あ、それとね、気持ち悪いって言うとダメージ多いからやめてあげて?

 キモイの方がまだマシだから。

 それと女共、簡単にキモイとかウザいとか悪口言い過ぎだから。

 その言葉でどれだけ人が傷つくか考えたことある?

 その言葉をどれだけ俺が楽しんでいたかわかる?

 頻繁に言えよ!

 あいさつ代わりに言えよ!

 おっと、我を忘れてしまっていた。

 しかし、なぜこの村は、こうも気持ちわ……じゃなくて、変な人が多いんだろうか。

 俺は村長に声をかけようとした。


『あの、村長さん?』

「む!? な、何やら声が聞こえる! これは! 一体!」

『俺です、聖剣』

「ま、まさか、剣が喋っておるのか!? なんと、奇怪な、まっこと奇怪な!」


 あんたの方が奇怪だわ。

 俺は喉まで出た言葉を飲み込んだ。


『あの、なんでこの村は変態……じゃなくて、みんな同じような性癖を持ってるんですかね?』

「ふむ、聖剣殿は知らんのか? まあ、いいだろう、話してさしあげよう。

 今より五百年前! 聖剣の持ち主であった勇者はそれはそれはわがままで、自己中心的で生意気で嗜虐的な少女だった。

 そんな彼女は勇者として魔王を倒した後、聖剣、つまりそなたを高台に突き刺したのだ。

 そしてなぜかその聖剣は誰にも抜けなかったのだ!」


 村長はしたり顔で沈黙した。

 そのまま数秒が経過し、俺は気づく。


『あれ、終わりですか?』

「うむ。終わりじゃ」


 えぇ……老人の長話は嫌いだけど、ここまで端的だと意味がわからんぞ。

 待てよ、前勇者の性格……ソーニャとそっくりじゃないか。

 まさか、ということは。


『あれですか、前の勇者と同じ性格で同じ性別なら勇者の素質があるんじゃないかと思ってこんな村作った、とか?』


 言って、さすがにそんな馬鹿な話があるはずないと自嘲気味に笑った。


「その通りじゃ!」


 あった。

 あぎゃひゃ! と嬉しそうに白目をむく村長に、俺はドン引きした。

 この人、いやこの村の人達は普通のコミュニケーションができなくなってやがる……!


「正確には二百年前くらいに魔王が復活してから、勇者が一向に現れなくての。

 やけくそで、三百年前にこの村を作ったのじゃ。

 最近はぶっちゃけただの変態……もとい特殊な人間の巣窟となっていたんじゃが、いやあ、よかった。

 ほんっと、勇者が現れてよかったわぁ。これでこの村も存続できるからの。

 王様には既に伝令を送っているからね! もう安心だね!」

『よ、よかったすね』

「うん!」


 うん、じゃねえよ、この変態耄碌じじい。

 何、ものっそい爽やかな笑顔浮かべてるんだよ。

 こっちまで嬉しくなっちゃうだろ、ちくしょう!

 しかしこんな環境じゃ、ソーニャが傍若無人な性格になるのも頷ける。

 大変だったんだな……。


「そそ、ちなみに、男も女も、みんなそういう素質がある人間を集めておるからの。

 この村はウィンウィンの村なのじゃよ。ウィンウィン」

「……そっすか」


 ちょっとでも同情した俺が馬鹿だった。

 やはりこの村もソーニャも変態でかなり頭のねじが緩んでいる人種なのだ。

 気をつけなくては。

 本当に、折られたりしそうだ。

 あ、でもたまにギンギン叩きつけられるのは許してあげてもいいよ?

 むしろお願いします?

 ちらっとソーニャを見上げると、不機嫌そうにしていた。

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