第2話俺は聖剣オレ


 ん?

 生きてる?

 感覚がある。

 けど、いつもと違う。

 眼を開けている感じはないのに、視界は広がっている。

 しかも逆さだ。

 ここは一体どこだ?

 視界、上部には地面が、下部には空がある。

 奥には森があるが、周囲には僅かに海が見えた。

 崖、らしい。

 おかしい。

 俺は確かに、崖から落下したはずだ。

 しかもこの場所、見覚えがない。

 俺がいた自殺の名所とは風景が全く違う。

 看板はないし、舗装されていない感じだ。

 それは置いておくとして、なんで逆さまなんだ?

 しかも身体は動かない。

 声も出せない。

 手足も動かない。

 いや、手足があるような感じがしないのだ。

 五感が麻痺しているのだろうか。

 肌の感触はある。

 証拠に、頭がちょっと痛い。

 三角倒立しているのか?

 しかし頭に血がのぼるような感じはしない。

 わからん。

 わからないが、動かないのでどうしようもない。

 やることもない。

 見える範囲だと、情報を得られそうもない。

 そう思った俺は、寝ることにした。

 おやすみなさい。

 眼を閉じようと思ったが、できないので開けたまま寝た。

 ぐーぐー。

 ぐーぐーぐーぐがー、ふごっ、ふごごっ。

 ぐーぐーぐ、ふご、んごご、ふぇい、あっふぇい。


「やっと見つけたわ……!」


 んぐ、ぐーぐ、わっしょい、そんなとこを、わっしょいするなよ……ふごっ。


「なにこれ、かったいわね、せーの! ぐぐっ!」


 そう、硬いんだ。ナニが硬いのか言ってごらん?

 いたい、いたい、悪くない、もっと優しく、いや、むしろそのまま。


「はぁはぁ! さ、さっさと抜けなさいよ!」


 そうそう、抜いて、そのまま抜いて!

 あ、でもいたい。

 拙い感じが、それはそれで悪くない。

 んん?

 目を覚ますと、何かが見えた。

 白だった。

 弾力がありそうな肌色の物体がプルンと揺れていた。

 それが二本伸び、根元には白い薄布が見える。

 ひらひらと揺らぐ絹織物が邪魔をする。

 俺は無意識の内に、とにかく観察した。

 これは、太腿じゃないか!

 となると、付け根にあるのは下着か。

 いや、おパンティーか。

 恥じらいも何もなく、目の前でパンツが左右に揺れていた。

 何やら、俺の全身に微妙な刺激が走っている。

 これは悪くない感触だ。

 勘違いしないで欲しい。

 アレをアレして擦ってアレしている感じじゃない。

 やんわりと、マッサージされているような感じだ。


「もう! ぜんぜん動かないじゃない!」


 この声は。

 推定十七歳、丁度いい高音の声、太腿から見てスタイルは良い、視界の隅には髪らしき金糸が時々見える。

 間違いない。

 顔が見えなくともわかる。

 これは美少女だ。

 美少女が、逆さになっている俺に痴態を見せびらかせているのだ。

 ありがとう!

 ありがとう美少女!

 生きててよかった!

 死ななくてよかった!

 我ながら、さっきまで死のうとかちょっと考えていた人間の思考としては、単純だと思う。

 だが、美少女とはそれだけの力を持っているのだ。

 ものすごく落ち込んだことがあったとしても、美少女に頑張ってと言われれば一気にやる気が出るのだ。

 数十年恋人がいなくとも、美少女がパンツを見せてくれるだけで一生分の幸福を感じることができるのだ。

 ビバ女体。

 ビバ美しき女性!

 ……いやいや、さすがにおかしいだろ。

 冷静になった俺は改めて情景を観察する。

 逆さになった男の前に立ち、ぴょんぴょん跳ねたり、憤ったりする少女がいるだろうか。

 しかも視界には入っていないが、俺の下半身辺りをまさぐっているのだ。

 強い感触はないが、何かしているのはわかる。

 なんか膝辺りを掴まれているような感じに近い気がする。

 どうやら、動けない俺にエロエロな行為をしているというような展開ではなさそうだ。

 最初からおかしいとは思っていた。

 身体は動かせないし、声も出せないし。

 三十年以上、一度も遭遇したことがないラッキースケベが起きるし。

 しかし、声も出せないのでどうしようもない。


「はあはあはあ、んっ」


 息を整えているのだろうが、漏らす吐息がエロい。

 どうせなら耳元ではぁはぁ言って、そのまま耳たぶを甘噛みして欲しい。

 そのまま舌先で耳朶を舐めてくれればなおいい。

 せめて、顔が見えれば! 

 と、必死で視線を下に向けようとした時、キンッと音が響く。


「ぬ、抜けた!?」


 俺の視界は一気に傾く。

 逆さまだった状態から反転し、美少女の頭上に移動していた。

 金髪で澄んだ青色の瞳をした美少女。

 洋物、ひゃっふぅぅっ!

 豊満な胸、整っているが童顔、露出が激しい格好。

 完璧だ。

 なんて完璧な少女なんだ。

 一部鎧のような物を着ており、それ以外は薄手の風貌だ。

 髪は横で結っており、快活そうな印象が強い。

 妙に時代掛かっている。

 というか、中世っぽい?

 民族衣装か?

 いや、騎士のような感じ?

 少女は微妙な表情でに俺を見上げていた。


「あああ、手に入れちゃった……聖剣」


 明らかに少女は俺を見ていた。

 そしてなぜかちょっと残念そうな顔をしている。

 美少女が困ったような顔をしているとちょっと興奮するね。

 劣情を感じそうになるが、少女の言葉に俺は思わず呟いた。


『聖剣?』


 あれ?

 声が出た。

 というか、伝わっている感じ?

 言葉では言いにくいが、少女に俺の声が聞こえていると直感した。


「な、なに!? い、今の。まさか聖剣が喋ってるの!?」


 少女はきょろきょろと忙しなく見回していたが、やがて俺を見上げる。

 そしてそのまま、近くの岩場に俺をガンガンと叩きつけ始める。


『痛い! めっちゃ痛い!』

「……あなたは一体?」

『お、俺は、俺は、オレ?』


 あれ、俺って名前なんだっけ?

 これはあれか、記憶喪失という奴か。

 その割には、過去の記憶は結構残っているんだけど。

 いやいや、その前に、この娘、俺のことを聖剣って呼んだよな?


「オレ? 珍しい名前ね。それよりも剣が喋るなんて……キモイ」


 初対面で見事に毒を吐くね、この娘。いいよぉ、とてもいいよぉ!

 俺をオレという名前と勘違いしたらしい。

 アクセントは、俺とは違い、オレのオが高い風に受け取られたようだ。

 咄嗟に名前も浮かばないし、面倒だし、他に聞きたいことがあったのでそのままにしておいた。


『け、剣って俺のことか?』

「そうよ。あなた以外に誰がいるのよ」


 俺を見上げ、怪訝そうにしている。

 確かに周りには俺達以外には誰もいない。

 思い出す。

 崖から落ちて死ぬ前、妙なことを考えてしまっていたような。

 まさか、そのせいで転生してしまったとか……?

 しかも、この娘どう見ても現代の人間とは思えないし、日本語が通じてる。

 これって、あれか。

 まさか異世界転生って奴か。

 おいおいおい、マジか。

 現実に起きちゃったのかよ!

 しかも剣って!

 聖剣って!

 性剣ならよかったのに!

 じゃなくて、なんで剣なんだよ!

 確かに物になりたいとかごちゃごちゃ考えたけど!


『記憶が混濁してるんだけど』

「……もしかしたら長い間の封印による弊害かもしれないわね。

 伝承では五百年眠っていたとされているし」

『五百年!?』


 言われてみれば、寝る前とは季節も違うし、風景もかなり変わっているような。

 でも、俺はちょっと眠っただけだぞ?

 というか俺が聖剣になる前から、聖剣が存在していたんじゃないだろうか。

 ……どっちにしても大して意味はない、か。

 なんだか面倒なことになってきたな。

 ただ、この娘はエロい。

 エロいだけでそれはそれで他のことは受け入れられるような気がしないでもない。

 鋭い視線、勝ち気な瞳。

 生意気そうな言葉遣いに態度。

 童顔と挑発するような肢体。

 悪くない。

 いや、むしろ良い!

 タイプだ。ストライク。直球ど真ん中。

 でへへ、と顔をだらしなくしていたが、彼女にはわからないらしく、真面目な顔で答えてくれた。


「あなたは名もなき聖剣として長い間、言い伝えられてきたのよ。

 そしてその間、誰も抜けなかった。

 選ばれし者でなければあなたを手に入れられないわけだから」

『へぇ、俺ってそんなにすごいのか』

「そう聞いているけれど……今は不安だわ。

 なんか弱そうだし、特別な力があるようにも見えない。キモイし」


 ふぅっふぅ! いつもの頂きました!

 期待外れだとばかりに、少女は肩を落とした。

 なにこれ、勝手に色々言われて馬鹿にされる感じがちょっと気持ちいいんだけど?

 美少女に悪態つかれるのって癖になるね。


『それで、君の名前は?』


 自分の醜悪な身体がないからが、少しだけ強気になっていた。

 というか俺は、聖剣だからな。

 聖剣。聖なる剣。唯一無二の剣。なんか凄そうな剣。

 人間だった頃より凄い存在だ。

 剣より下の存在だった俺って一体……。

 考えると死にたくなりそうだった。

 とにかく美しいものを見て心を洗おう。

 俺の質問に、少女は顔をしかめた。

 いいね、その顔。

 居丈高というか高慢な女は好きだ。

 俺の下種の考えを知りもせず、少女は仕方なくといった感じで答えた。


「私はソーニャ。勇者よ。今、そうなったわ……」

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