聖剣オレ

鏑木カヅキ

第1話プロローグなので飛ばしてもいいと思う

 二時間ドラマに出そうな断崖絶壁に俺は立っている。

 周囲に人影はなく、波音だけが響いていた。

 なぜこんな場所にいるか。

 理由は一つしかない。

 ここは自殺の名所なのだ。

 つまり、俺も今から事に至ろうとしているのだ。

 すでに三十代中盤。

 童貞、ブサイク、デブ、ハゲ、体臭が強い、友人ゼロ、恋人なんてできた試しがない。

 安月給のまま働き、つい先日、会社からお払い箱にされてしまったのだ。

 家族もいないし、そろそろいっかなー、と思い、この地を訪れた。

 ぶっちゃけ、生きていて楽しかったことはほとんどなかったように思う。

 死ぬなら、いっそ女子高生に痴漢でもしてやろうか、と思ったがそんな勇気もない。

 なんとなく生き、なんとなく死ぬ。

 くだらない人生だった。

 そう思いながら俺は空を仰いだ。

 仰いだ。

 仰ぎ続けた。

 仰ぎ続けて三時間が経過していた。

 朝方に訪れたというのに、すでに午後に差し掛かっている。

 ちらっと後ろを見る。

 正面に向き直って、また後ろを見る。

 そして空を仰ぐ。

 下を見て、すっごい高いな、なんて呟く。

 空を仰ぐ。

 後ろを見る。


「死ぬぞ! 今から、ここから飛び降りて死んでやるぞ!」


 独り芝居を始めても、むなしく響くだけだった。

 そしてさらに三時間が経過した。

 ――イヤイヤ、え? うそでしょ? なんで?

 普通、一人くらい誰か通るよね?

 なんで誰も来ないの?

 自殺の名所だよ?

 崖のすぐそばに、自殺を思い留まらせるような看板が立ってるんだよ?

 命の大切さとか、相談しろって旨と電話番号が書いてあったりするんだよ?

 普通、誰かさぁ、監視するなり、気にして見に来るなりするんじゃないの?

 自殺者出さないように必死になってるじゃん!

 そこまでするなら、もっと真剣に止めてよ!

 誰か、一人でも「自殺する人間がいるかもしれない、見に行ってみよう」って思ってもいいじゃない。

 今日に限っていないの?

 それとも毎日がそうなの?

 確かに生きるのがイヤになったし、これからどうしようって思ってる。

 悲嘆に暮れて、はぁ、もうやってらんねぇとか思ってる。

 街行く恋人たちを見てイライラしたりする。

 むかつくから、こっそり後をつけて、良い雰囲気になった時に邪魔して殴られたこともある。

 でもさ、死にたくないの!

 ちょっと誰かに優しくされたいだけなの!

 世の中に一人くらい、いないの!?

 何のとりえもない、最底辺の人間に手を差し伸べてくれる人はいないのか!

 俺は空を仰いだ。

 おお、神様。

 どうして俺はこんな人生を歩んでいるのですか!

 イケメンじゃなくていい、普通でよかった。

 才能なんてなくていい、普通でよかった。

 美人と付き合いたいなんて思わない。普通の、いやちょいブサの相手でよかった。

 ……できれば普通レベルでお願いしたい。

 友人が欲しかった。

 学校で「あいつの口、牛乳を拭いた雑巾みたいな臭いがするんだぜ」って噂されて、ゲロ布なんてあだ名にならないような人間になりたかった。

 普通の人でいいんだ。

 でも、できればお金持ちの友人が欲しかった。

 とにかく!

 ちょっと弱気になってたから、人の優しさに触れたかったのだ。

 それだけでわざわざ車で暗い内から出発し、六時間を費やしてたのだ。

 お腹空いた。

 帰りたい。

 何してるんだ、俺は。


「もう、帰るか……」


 仕事探さないと生きていけない。

 そう考え振り向こうとした時、バランスを崩した。

 不摂生によって著しく体重が増加し、その上運動不足、長時間立ちっぱなしという状況で、脚がガクッと曲がったのだ。


「あ?」


 呆けた声を上げながら、俺の身体は崖側に倒れる。

 ぶくぶくに膨らんだ腹が地面に触れ、跳ねた。

 そのまま転がり、崖から落下してしまう。


「おおおおお!?」


 景色が真逆になる。

 重力と風力で俺のたるんだ脂肪がブルブルと震えた。

 死ぬ!

 ようやくそんな単純なことに気づいた。

 走馬灯が流れる。

 生まれた時から、俺は周囲に嫌われた。

 どうやら見た目がブサイクだったからか不快な印象を与えたらしい。

 幼稚園では仲間外れにされ、女の子に気持ち悪いと言われ、お遊戯でさえ俺と話したくないと泣き喚かれた。

 小学校ではいじめられ、男子からは殴られ蹴られ、女子からはキモイキモイと言われてもちょっと気持ちよくなった。そういう性癖に目覚めたのもこの頃だ。

 中学校からは、男子からは殴られ蹴られパシられ、女子からはキモイウザい死ねと言われて、虫を見るような視線を向けられ、内心ではご褒美だと思っていた。

 高校では男子からは殴られ蹴られパシられカツアゲされ、女子からはキモイウザい死ねくそデブと言われ、周囲半径二メートル距離を開けられた。

 その上、俺に触れてしまった女子はあまりのショックに数日寝込んだという逸話がある。

 会社では男からは見下され無理やり担当外の仕事をやらされ、たまに殴られ、女共からはキモイウザい死ねくそデブクサいと言われて、飲み会で全員分の金を出させられた。俺は参加してない。

 ふむ。

 考えてみるとクソみたいな人生だったな。

 これ、死んでもいいか。

 落下中、ほんの数秒の間に俺の脳は高速回転し、過去を振り返った。

 しかし、幸福の欠片もなかったと気づいたので、俺はむしろ死を享受することにした。

 さて。

 さようなら、クソ人生。

 次生まれ変わるなら、人間にはなりたくない。

 人間なんて腐った奴らばかりだ。

 自分さえよければよく、他人を平気で傷つけるのだ。

 どうせ生まれ変わるなら。

 人間はまずないな。

 生物は、色々不便だし、もう厄介事はごめんだ。

 そうだな、ただの物がいいな。

 大事にされ、頑丈で、特別な存在に私はなりたい。

 いや、待てよ。

 俺は童貞のままだ。

 せめて一回くらいやりたい。

 それも、できれば相手は美少女がいい。

 あー、性格とかどうでもいいわ、見た目がよければ。

 あとほどよい肉感は必須だ。完璧なお尻を持つ女の子とか最高だね。

 でも物じゃ無理か。

 ま、どうせ死ぬし。

 生まれ変わりなんてないし。

 どうでもいいか。

 と思った瞬間、視界が海上の岩で埋まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る