第12話 例のモノ
今日は龍崎の仕事上最も憂鬱な日だった。
そんな龍崎の心境を表すかのように、静かに雨が降っている。
龍崎もまた、自分の部屋で静かに外を見ながら立っていた。
するとそこに、アンドロイドの秘書から内線がかかってきた。
「社長、須田官房長官がお見えです」
アンドロイドが事務的に言った。
「通してくれ」
龍崎はそう言うと、小さなため息をついた。
ほどなくして、小柄な、60代の男性が入ってきた。
「いやー、龍崎くんのところに来るときはいつも雨な気がするよ。参った参った」
男はそう言いながら上着を脱いでいる。
龍崎はソファーに相手を促し、自分は向かいに腰掛けた。
アンドロイドがお茶を2つ運んでくる。
「須田官房長官」と呼ばれた男がアンドロイドをじっと見つめている。
「いやー、キレイなアンドロイドだねぇ。僕もそろそろ別のアンドロイドを発注しようかな」
そう言って須田は笑った。
しかし、龍崎は笑わず、険しい顔を崩さなかった。
それを見てか、須田は真顔になり本題を切り出した。
「龍崎くん、例のモノの準備はどうだい?」
「はい、予定通り明日納品の手筈となっております」
それを聞いた須田は、
「結構結構。やはり龍崎くんは頼りになる」
上機嫌だった。
「これに新庄くんの研究があれば、文句ないんだがなあ。あっちは思うように進まなくてねぇ。新庄くん、戻ってこないかねぇ」
「…」
龍崎は答えなかった。
須田はお茶を一息で飲み干すと、
「それじゃ僕は行くよ。忙しいんだ」
立ち上がって上着を羽織った。
「ご足労頂きありがとうございました」
龍崎が頭を下げる。
そんな龍崎の肩を軽く叩き、
「頼りにしてるよ、龍崎くん。君は日本の未来だ」
須田が言った。
「あとは、もう少し愛想良くしてくれないかな?大口顧客なんだからさ」
須田が笑ったが、やはり龍崎は笑えなかった。
部屋から須田を見送ると、龍崎は再び窓の外に目をやった。
ー龍崎、龍崎…
遠くから新庄の声が聞こえてくる。
あれは大学院で研究を始めたばかりのころだ。
学院の屋上で手すりに持たれて空を仰いで休憩している龍崎の元へ、新庄が駆け寄ってきた。
「龍崎、ここにいたのか」
よっぽど急いでいたのか、新庄の息は荒い。
「新庄、どうした?」
「どうしたもこうしたもお前、俺たちの研究は政府にも注目されてるらしいぞ」
「え?そうなのか?」
龍崎は驚きを隠せなかった。
「ああ。成果次第では、今後の援助も期待できるらしい」
それを聞いて龍崎は険しい顔つきになった。
「成果次第…か」
「ん?龍崎、何が不満なんだ?俺もお前も成果を出す自信はある。そうだろ?」
「新庄…政府が期待してる成果って、なんだと思う?」
龍崎はうなだれながら言った。
新庄は少し考えて、憂鬱な表情に変わった。
「…そういうことか…」
「ああ、間違いないな」
「軍事…」
「ああ」
沈黙が続いた。
沈黙を破ったのは龍崎だった。
「俺は人殺しに加担するのはごめんだ。橘を戦場に送る気もない」
「俺だって、花子を軍事力になんかされたくない」
新庄も続けて言った。
「龍崎、軍事に使わなくてもアンドロイドの需要はきっとある。そうだろ?」
「もちろんだ。そのために俺たちは研究してるんだ」
「だったら、それを俺たちが証明しよう。俺たちの研究は軍事とは関係ない」
新庄は力強く言った。
ーだが現実は…
龍崎は我に返った。
現実的に、アンドロイドの研究には膨大な金がかかる。
政府の後押しがなければ難しい。
龍崎は軍事アンドロイドの研究もせざるを得なかった。
龍崎は内線を押した。
「八木を呼んでくれ」
「かしこまりました」
数分後、八木が部屋に入ってきた。
「社長、ご用で」
龍崎は先ほど須田が座っていたソファーを勧めると、自分は向かいに腰掛けた。
「例のモノ、準備はできてるか?」
「ああ、あれですね。もういつでも納品できますよ。陸上10万体、海上10万体、航空が今回新規で10万体。航空自衛隊は今回試験導入ですが、まあご満足頂けると思いますよ」
「そうか…すまない」
龍崎は自分がやりたくない仕事を任せている八木に詫びた。
「社長が謝ることなどありませんよ。必要な業務ですし、人間の代わりにアンドロイドに戦場に行ってもらう…むしろ人間を救う業務だと僕は思いますから」
だが…
龍崎は思う。
軍事アンドロイドには人間保護装置がついていない。
軍事アンドロイドは必要だと判断すれば、人間を殺すことだってできる。
龍崎の顔がまた険しくなる。
そんな龍崎の思いを汲んだのか、
「先輩、戦争が起こらなければいいんです。戦争を起こすのは人間ですから。人間の理性を信じましょうよ」
「そうだな…」
それでも…
今日は龍崎にとって憂鬱な1日だった。
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