修羅
第10話 修羅
あれは新庄の3人目の同僚が命を絶った日だった。
龍崎は神妙な面持ちで車を走らせていた。
新庄がどんな思いでいるかを考えると、何かせずにはいられない気持ちになったが、同時に、今自分と話などしたくもないだろうと頭をよぎり、結局どうしたらいいのかわからなかった。
死者はこれからも増加の一途を辿るだろう。
ー俺の研究のせいでー
龍崎は思った。
今までこんな気持ちになったことはなかった。毎日沢山の自殺者のテロップを観てきたが、どこか他人事だった。新庄の苦しみ悲しむ姿を想像して、初めて自分の研究に疑問を感じた。
ーそもそも俺がアンドロイドの研究に夢中になっているのは、金儲けのためでもなく、社会貢献のためでもない。まして、人を殺すつもりなど毛頭ない。ただ、あの少年の日、タチバナと話をしたかった自分の思いと、新庄と交わした約束を実現したいだけだー
だが、その思いこそ、新庄を苦しめている元凶かもしれないー
そう思っても、アンドロイドの研究を辞めることなどできやしないー
新庄、お前はそんな俺を憎むのか…
信号が赤になり、車が止まる。
そのときだった。
何気なく流した視線の先に、気になったものがあった。
「停めてくれ」
龍崎が言うと、
「はい」
アンドロイドがそのまま車を横につけた。
「しばらく待っててくれ」
龍崎はそう言って、一軒の骨董品店に入っていった。
小さな店内にところ狭しと品物が並ぶ古びた骨董品店の中に、先ほど龍崎の目に飛び込んできたものが置いてある。
龍崎はゆっくりと手に取り、しばらくそれを眺めていた。
「阿修羅さんですな」
龍崎が振り返ると、60代後半と思われる痩せておっとりした風情の男性が立っていた。
おそらくここの店主だろう。
「興味がおありで?」
店主に尋ねられた。
「いえ、興味があるというほど知識はないんですが、修羅、という言葉を思い出して…」
龍崎が応えると、
「そうですか。何かと闘っておられるのか、あるいは葛藤しておられるのか…」
店主が再度尋ねた。
「…」
何も応えない龍崎に対して、店主は続けた。
「阿修羅さんは闘いの神ですから。神と言ってもちょっと特殊な存在で、非天、つまり神にあらざるもの、とも言われますけど、仏なんですよねぇ」
「神にあらざるもの…?」
「そうなんです。簡単に言うと、別の仏さんと闘い続けて、天から落とされたんですわ。それでも仏さんではあるんですが、修羅界の存在として、闘い、葛藤しているんだそうで」
「修羅…」
「修羅に入る、修羅を行く、なんて言葉がありますけど、それはこの阿修羅さんの道を行くことだと私は思いますね」
ーそうか、俺は修羅の道を…!
俺だけじゃない、新庄だって、新庄の仲間もきっと…!ー
「すみません、この阿修羅像、何体ありますか?」
龍崎は興奮した様子で尋ねた。
「阿修羅さんですか?形が違う物なら今三体ほど…」
店主が言い終わらないうちに、
「全部譲ってください!」
龍崎は言った。
「えっ…それは構わないですが、仏さんなんで、結構なお値段に…」
店主は驚いた様子で言った。
「お金は問題ありません」
龍崎はカードを差し出した。
「龍崎…?龍崎さんて、アンドロイドの…?」
「はい。あとお願いがあります。他にも阿修羅像を仕入れて頂けないでしょうか?全て買い取ります」
「もちろん承りますが…何故そんなに阿修羅像を…?」
「私の…道を、見失わないために」
龍崎は静かに応えた。
店主は何か言いた気だったが、言葉を飲み込んだ様子で、代わりに
「そうそう、阿修羅さんは元々正義の神様だったんですがね、闘いに明け狂ううちに、赦す、ということを忘れて悪として天から落とされたんですわ。余談ですが」
そう言って、阿修羅像を包んで龍崎に渡した。
帰り道、龍崎の瞳は輝きを取り戻していた。
ー新庄、俺は修羅を行く。俺のすべきことをする。だからお前は…お前の修羅に行け!みんなそれぞれの修羅を行くしかないんだー
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