第4話 憲法第13条 「基本的人権」改正

 龍崎アンドロイド研究所には日々あらゆる企業からアンドロイドの注文、要望が入り、約2万人の社員が寝る間もなく対応していた。

しかし龍崎は何か心に引っ掛かるものを感じていた。


 「社長、本日の注文書及び納品書です」

毎日夕方になるとアンドロイドの秘書が持ってくる。


「デスクに置いてくれ。何か問題は?」


「ありません」


「分かった。ありがとう」


秘書が部屋から出て行くと、龍崎はテレビをつけた。これも龍崎の日課だった。

テレビではニュースが流れている。一通りのニュースが終わると、


「本日の自殺者は13人です」


アンドロイドのキャスターが自殺者の人数を公表する。画面には自殺者の名前と年齢が流れている。年齢から察するに、失業予定者だろう。


仕事がなくなると、人は死ぬのか…簡単なもんだ…

彼らはそこまで命懸けで仕事をしていたんだろうか…

龍崎には疑問だった。


 リストラ法可決後、最初に失業予定者がそれを苦に自殺したのは2月末のことだった。

あの時はメディアでも大きく取り上げられ、騒ぎになったが、4月に向けて、日々自殺者は増加し、メディアも全てを報道することが困難になった。雇用の問題でアンドロイドや新庄率いるHCFが特集を組まれることはあるが、自殺者はまるで天気予報のように報道された。

龍崎はテレビを消して、秘書が置いていった注文書、納品書に目を通す。

毎日何百体ものアンドロイドが取引されている。


…新庄…


ニュースによるとHCFは僅かではあるものの、成果を上げているようだった。しかしまだまだ協力者が少なく、雇用を探すにも、失業者の相談に乗るにも、人手が足りないようだった。

龍崎が参加させた100人は、龍崎自身で選んだ皆能力の高い人材だ。彼らはその能力を発揮しているのだろうか…


…新庄…

龍崎は心配でならなかった。


 3月も終盤に差し掛かり、いよいよ失業予定者が失業者になろうとする頃、龍崎のもとへ3名の社員が面会に訪れた。皆HCFの活動に参加しているメンバーだ。


「今日はどうした。急な話だということだが」


3人にソファに座るよう促して、対面に龍崎が腰掛けた。


「HCFの活動についてですが、皆で議論した結果、私たちは今後の活動参加は取り止めて頂きたいと申し上げに参りました」


…!


「そうか。理由を聞かせてもらおうか」

龍崎は努めて平静を装って尋ねた。


「はい。私たちは約1ヶ月、失業予定の相談者と対話をしてきました。実際どれだけリアルに再現できていたかはわかりませんが、社長や新庄さんの言う通り、彼らと同じ目線で話をしてきたつもりです」


「うん」


「その中で私たちが気づいたことがいくつかあります。まず1点目、彼らには働く気がありません」


「働く気がない?HCFは仕事を探すのに協力する団体だろ。働く気がない人間が来ていると?」


「はい。私たちが推測するに、彼らは前職でも企業に貢献していなかったと思われます。出勤すれば給与が貰える、そのような考えかと。実際、職歴を拝見し、前職の話をお伺いしても、上司や気に入らない人間の悪口ばかりで、自分の実績や思うところを話す人間はほぼ皆無です。そのような考えで働き口が見つかるとは思えません」


「なるほど。他には?」


「2点目に、彼らには向上心がありません。自分たちができることだけをやってきたのでしょう。しかし時代は変わります。彼らのできることが、社会的価値に繋がっているのであれば、何ら問題にはなりませんが、時代が変わり、技術が進歩すれば社会的価値もまた変わります。ですから私たちは彼らのできることの延長線上にある仕事ができるよう、学習を進めましたが、できないという。今更とか、お金がないから、とか。言い訳ばかりで、挑戦してみようという気概が感じられません」


「…そうだな」


「3点目は、金が手に入るならなんでもやる、という人間。なんでもやる、というので、実際に仕事を紹介すると、あれも嫌、これは気に入らない、挙げ句の果てにはなんで自分がこんなことをしなければいけないんだ、という始末。なんでもやると言っているだけで、実際は何もしない」


「…」


「そして最後に」


「まだあるのか?」


「先ほどまでお話した全ての人間に共通しているのが、″アンドロイドに仕事を取られた″という責任転嫁です。彼らには自己責任という考え方もなければ、自分で何とかしようという意識もない。つまり、何を言ってもムダでしかなく、そのような活動に私たちの貴重な時間を遣うわけにはいかない。これが、私たちの議論の結果です」


「…参加メンバーは全員一致か?」


「はい」


「分かった。君たちは明日からHCFの活動に参加しなくていい。代表には私から連絡しておこう。すまなかった」


「いえ、お役に立てず申し訳ありません」

3人はそう言って社長室から出て言った。

それを見送って、龍崎は電話を取った。

数回コールして電話が繋がった。


「よう、龍崎。どうした」

いつもと変わらない明るい新庄の声が聴こえてくる。


「急で悪いが、今日会えないか?」


「お前はいつも急だな。なんで俺が今仕事終わって暇なのを知ってるんだ?」

新庄が笑いながら答える。


「この前の居酒屋でいいか?多分お前が着くのと同じくらいの時間に行けると思う」


「ああ、じゃあ今から向かうよ。後でな」

そう言って電話を切った。



 先に着いたのは龍崎だった。

カウンターに座ってアンドロイドに生ビールを注文し、先ほどまでのことを考えていた。

…アンドロイドに仕事を取られた…

たった1ヶ月の間に、どれだけの人間がそう思って死んだのか…

そして、これから先はもっと…


「龍崎。待ったか?」

新庄の声で思考が遮られた。

新庄は隣に座り、生ビールを注文する。


「いや、俺も今来たところだ」


「そうか。どうした?って、大体分かってるけどな」

新庄がビールを飲みながら言った。


「HCFって、今何人くらいいるんだ?」


「お前のところの人間入れて、250人ちょっとだな」


「そうか…うまく行ってるのか?」


「現状を聞いたから、俺に連絡してきたんだろ」

新庄はビールを飲みながら事も無げに言った。


「…ああ」

龍崎は先ほど社員から聞いた話と、HCFに協力できない旨を伝えた。


「そうか。すまなかったな。お前も嫌な思いしたろ」

新庄が言った。


「いや、俺は別に…ただ、あいつらの言うことに俺は何も反論できなかったよ。むしろ共感したくらいだ。そんな自分が何だか間違っているような気もするんだが…」


「龍崎。お前んとこの人間は、すごくがんばってくれたんだ。お前のことは立場上あの場には呼べなかったけど、あいつらは相談者の話を真面目に聞いて、想像できるありとあらゆる提案をしてくれたよ。腹が立つことだってあったろうに、ひとつのトラブルすら起こさなかった。さすが、龍崎が見込んだ人間だなって思ったよ」


「そうか…」


「お前んとこの人間の言ってることは合ってるよ。実際問題、アンドロイドやロボットが労働力になってるとこだって、全く人間がいないわけじゃない。何だかんだ企業だって100%アンドロイドにするのは怖いだろ?どんな仕事だって、何か思いがあったり、仕事が好きだったりする人間はリストラ対象になりにくいし、仮にその職場を離れることになっても、そういう人間にHCFが仕事を紹介するのは案外簡単だ。問題は、そうじゃない人間…ま、失業予定者のほとんどがそうなんだけどな」


「…どうするつもりなんだ?」


「正直わからん。今HCFはヘイトの吹き溜まりみたいになってる。だけど、それでいい、というより、それしかないとも思ってる。吐き出す場所さえ奪われたら、やつらは何をするかわからんからな。4月になって、本当に職がなくなって、食うもんもなくなったとき、働くことに前向きになってくれれば…とは思うが、犯罪者になるのか自殺するのか…。失業者は増え続けるだろうし…。性善説と性悪説みたいな話だな」


「…」

龍崎は何も言わずにビールを飲んでいる。


そんな龍崎を見つめながら、新庄が口を開いた。

「龍崎。俺もお前に話があるんだ」


「なんだ?」

新庄がいつになく憂鬱そうな表情を見せる。


「黙っていても、どうせまたお前に呼び出されるからな。先に言っておくよ。今日、俺の会社からお前のところに70体のアンドロイドの注文がいってるはずだ」


龍崎は目を見開いた。

そういえば今日は注文書のチェックをしていない。だがそれは、ずっと龍崎が気になっていたことだった。


「なんで…」

いつかこんな日が来るとは思っていた。

だけどこんなに突然に…。龍崎はあまりにも動揺して言葉が出ない。


「うちはさ、メーカーの子会社だろ?親会社は儲かってるからな。アンドロイドが市場に出た頃はさ、部品の組み立てや塗装とか、簡単な仕事しかアンドロイドはできなかったから会社としても人間を解雇することはできなかったんだ。俺らの仕事は、車の故障でも何でも、考えて調べながらやらなきゃいけないからな。だけど龍崎、技術ってのはすごいな。いつの間にかアンドロイドは状況から原因分析までできるようになった。しかも学習するもんだからさ、どんどんいい修理屋になっていく。そういうわけでだいぶ前に、親会社からおやっさんとこにうちもアンドロイドを入れるって話が来たんだけど俺が止めたんだ。1台入れれば、あとはなし崩し的になるからって。それで今回のリストラ法だろ。アンドロイドはうちの業界でも実績を上げてるからな。親会社はここぞとばかりにおやっさんに圧力かけてきたよ。おやっさんはがんばってくれたんだ。リストラはしないってね。それでなんとかここまで来たんだけど、結局、アンドロイドを入れないならおやっさんをクビにするって話になって…。おやっさんは男気があるから、クビになってもいいって言ったけど…。結局おやっさんがクビになっても、次の社長はどのみち親会社からの天下りで、アンドロイド導入とリストラはもう避けられない話になったんだ。今うちの会社100人くらいなんだけどさ、90人一気にリストラだ。さすがにおやっさんも参っちゃってな…。なんとか職を探してるんだけど、この業界もアンドロイドだらけで…。厳しいよ」

新庄はそう言ってビールを一気に空け、アンドロイドにおかわりを注文した。


「それで…それでお前はどうなんだ」

龍崎のジョッキを持つ手が震えている。


「安心しろ。俺は残る」

新庄はアンドロイドから生ビールを受け取り、続けて飲んだ。


「リストラが決まって、誰がここに残るかって話になってさ、俺は真っ先に辞めるって言ったんだ。俺はひとりだし、どうとでもなるからな。だけど…みんなが言うんだよ、お前は残れってさ。おやっさんは自分に何かあったらお前がなんとかしろって言うし、仲間も…おやっさんの力になれるのはお前だけだからって。みんなどうかしてるよ。小さい子どもがいるやつだっているし、住宅ローンを抱えてるやつだっている。なのにさ…そんなやつらまで、自分が辞めるからお前は残れって…。HCFなんて作ったって、仲間の一人も守れないんじゃ、ただの偽善者だよな。みんな本当にいいやつばっかなんだ。いいやつなのに…。なんで、なんでなんだよ。いいやつってだけで十分じゃないか…。なんでなんだ!」

新庄が泣いている。

涙を流さないだけで新庄は今泣いているんだ…

原因を作ったのは…


「俺だ…。俺を恨め」

龍崎は静かに言った。

俺に悲しむ権利なんかない。


「お前が友だち…、いや、親友じゃなかったら恨んだかもな。親友でも恨みたくなるときがあるよ。だけどさ、そうすると思い出すんだ。″夢じゃない、約束だ″。忘れられるわけがない。お前は、俺との約束に人生を賭けてくれてるやつだ。そんなやつを憎んだり恨んだり、できるはずがない」

だから泣くのか、新庄は…。

憎まず、恨まず、怒りもせず、泣くのか…。


「新庄…。俺は、どうすればいい」

龍崎は静かに聞いた。


「世の中の変化は、もう誰にも止められない。龍崎、お前にだってどうすることもできないんだ。だから、お前は俺との約束を果たしてくれ。お前は、俺との約束に人生を賭けてくれ。何を犠牲にしても価値のある約束だったと、証明してほしい」

新庄の背負った哀しみを龍崎もまた背負った。


龍崎は顔を上げて新庄を見つめ、

「分かった」

もう迷わないー龍崎は決めた。



 4月に入り、失業予定者が予定通り失業した。

しかし、リストラの波もアンドロイドの普及も留まることを知らなかった。

満開の桜の中、のんきに花見ができるのは限られた裕福層のみで、国民の多くはデモに参加し、求人のないハローワークに通い、通るはずもない生活保護申請のため保健所に向かった。


 そんな中龍崎は、既に市場に出回っているアンドロイドの改良は部下に任せ、ごく一部の社員と新たなアンドロイドの研究開発に着手しようとしていた。


「個人向けアンドロイド」の開発である。


 これまでのアンドロイドはすべて、企業での労働力となることを目的に開発してきた。

今やあらゆる業界でアンドロイドやロボットはその使命を果たしている。

次に龍崎が目をつけたのが「家庭」だった。


 政府の政策により、貧富の差は拡大を続けている。「中流」と呼ばれる層に位置する家庭はほとんどなく、大半の「下流」と、ごく一部の「超上流」に二極化していた。

「超上流」層をターゲットにすれば、彼らは高級車を買うより安く、アンドロイドを買うだろう。もちろん、このアンドロイドの研究の成果は既存の企業向けアンドロイドにも応用できる。

龍崎のこの提案は、政府及び一流企業に受け入れられ、事実上無制限とも思われる研究費を手に入れることに成功した。


 龍崎率いるプロジェクトチームは、「家庭」という構成に着目し、「父親」「母親」「子ども」それぞれに対して最も魅力的なサービスを追求した。

プロジェクトチームが打ち出したコンセプトは、

父親には「世界経済、世界情勢から見る投資アドバイザー」を、

母親には「買い物に同行するショッピングアドバイザー」を、

そして子どもには「一緒に学ぶ友だち」を、

それぞれの人間の「個性」に合わせて提供する、というものだった。

龍崎はこの「個人向けアンドロイド」プロジェクトの総責任者であるとともに、子ども向けアンドロイドの研究開発のリーダーとなった。

この、子ども向けアンドロイドこそ、龍崎の原点であり、完成形である「自然会話」が可能なアンドロイドである。


 タチバナと会話をしたいと思った幼い頃の自分、そして新庄と交わした約束、龍崎はようやくそれら全てを昇華する機会を得た。

人生を賭けた龍崎の研究が始まった。


 時を同じくして、政府は重大な憲法改正法案を可決しようとしていた。


憲法第13条及び第15条である。


日本国憲法第13条、

″すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。″

この条項の「すべて国民」は、「この憲法に規定された義務を果す国民」に変更される。つまり、納税、勤労、教育を始めとした憲法に規定されている国民の義務を果たしていない国民は、個人として尊重されない。


これに伴い、日本国憲法第15条の一部、

″公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。″

この条項の「成年者による普通選挙」は、「この憲法に規定された義務を果す国民による選挙」に変更される。


多くの国民が驚愕の面持ちで見つめる中、これらは国会で賛成多数で可決された。


政府はいよいよ「日本再生」プロジェクトを本格的に始動させたのである。

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