第3話 「Human Create the Future」発足
年が明けると、各企業は一斉に、次年度へ向けての大幅な組織改革という名目で、アンドロイドの追加購入及び社員への解雇通達、非正規雇用の契約解除を行い始めた。
リストラ法では「3ヶ月より前に」という条件があるため、該当者は4月以降職を失うことになる。
職を失うのは民間企業の人間だけではない。国家公務員もリストラ対象となった。
この大規模なリストラにより、おおよそ6500万人の労働人口は4月から約5000万人に減少、つまり、1500万人の失業者が出ると予想された。
失業者1500万人の内訳は、販売従事者、飲食店関係者、工場の生産ライン労働者、タクシー運転手から、弁護士、検事、裁判官と多岐に渡っていた。
一方で、アンドロイドの販売数は2000万体を超えていた。
人間の仕事の一部はほぼ完全にアンドロイドに取って変わられた形となった。
毎日のように全国各地でデモ活動が行われ、国会議事堂前を中心に警備は強化、デモ隊と警察は度々衝突し、逮捕者も出た。
一方で、ハローワークは4月からの仕事を求めて連日大行列となった。
対応するのはアンドロイドだ。
ただし、怒った国民が手を出せないように、防犯ガラスで覆われている。
ハローワークは、所定のフォーマットに自分の履歴、職歴を記入し、アンドロイドにそれを渡すと自分にマッチした求人を紹介してもらえる仕組みになっている。
しかし現実は、失業予定の人間の職業はほぼアンドロイドに奪われているため、求人はなかった。
「該当する求人はありません」
誰が言っても、何を書いても、この繰り返しだった。
また、全国の福祉事務所には生活保護を求める人々が集まった。もちろん、この対応をするのは防犯ガラスに守られたアンドロイドだ。
ハローワークと同様に、所定のフォーマットに自分の状況を記載し、アンドロイドに提出する。
しかし、大半の人間にアンドロイドが伝える言葉は同じだった。
「働けるのであれば働いてください」
仕事が見つからない、という理由は通用しない。生活保護を受給するためには相当厳しい条件をクリアしなければならなかった。
社会は大混乱に陥っていた。
ある人は怒り狂い、またある人は泣き叫び、絶望し、遂に自殺者が出た。解雇通達が出てからおよそ1ヶ月が過ぎた2月末のことだった。職を失った誰もが、他人事ではなかった。
そんな中、ひとつのボランティア団体が活動を始めた。
「Human Create the Future(HCF)」である。
HCFはあらゆるメディア、インターネットを通じて国民に呼びかけた。
インターネットでその様子を見ていた龍崎は思わず目を見開いた。そこで訴えているのはグレーの作業着を着た新庄だった。
「国民の皆さん、我々は今日、Human Create the Future(HCF)というボランティア団体を立ち上げました。名前の通り″人間が未来を創る″これが我々のスローガンです。我々人類はアンドロイドより劣るのか?アンドロイドが未来の主役になるのか?答えは″ノー″です。例えアンドロイドと同じ仕事をしたとしても、我々人類はアンドロイドに負けたりはしない。アンドロイドに心のこもったサービスができますか?アンドロイドに安全を気遣うことができますか?我々は何を思い、何を大切にして仕事をしてきたのか。我々が培い、育ててきたものはアンドロイドの何倍もの価値がある。皆さん、我々と一緒に仕事を探しましょう。働ける場所は必ずあります。人間の真の価値に気づいてくれる経営者は必ずいます。働いてきたことは皆さんの歴史であり、人類の歴史です。そして未来をアンドロイドではなく子どもたちに。我々は皆さんひとりひとりとお話をして、一緒に仕事を探します。インターネットでも、電話でも、直接お越し頂いても構いません。諦めてはいけない。まだ諦めてはいけない。どうか、我々にコンタクトを取ってください。よろしくお願いします」
新庄の挨拶の後にHCFへのアクセス情報が流れている。
龍崎はしばらく黙ってそれを見つめていたが、やがて立ち上がり、社長室を出た。
「社長、どちらへ?」
秘書が訊ねた。
「私用だ。今日の予定は全てキャンセルしてくれ。後、正面玄関に1台車を。運転は自分でする」
「かしこまりました。お気をつけて」
数分後、龍崎は車を走らせていた。
…あの演説は3日前の休日だ。とすると、今新庄がいるところは…
車で1時間近く走ると、周りにあちこち工場や作業場が見えてきた。時折中を覗くと、ロボットが作業をしている。龍崎はひとつの作業場の前に車を停め、外に出た。
目の前には倉庫のようなグレーの建物が建てられており、シャッターは開かれている。
中を覗くと、何十台もの車があり、それぞれに何人かの人間が工機を手にして作業をしていた。ぱっと見る限りロボットはいない。
皆作業に集中しているのか、龍崎には気づかない。
ふと左端に目をやると、白い簡素な建物がある。どうやらそれが事務所のようだった。
龍崎はそれに向かって歩いていき、入り口のドアを開けた。
「いらっしゃいませ~」
デスクで作業をしていた若い女性が立ち上がってこちらに向かってきた。
「本日は…っって、あの、龍崎慎一郎さん?」
女性が驚いたように龍崎を見る。
その声に反応したように事務所にいた数人が顔を上げた。
「あっ、あの…本日はどのようなご用件で…」
女性が戸惑うのも無理はない。テレビでしか見たことのない人間が、なぜか目の前にいる。
龍崎が新庄の仕事場に来たのは初めてだった。
「車の点検と修理を頼みたいんだが。ここに新庄という腕のいい人間がいると聞いてね」
「し、新庄ですね。少々お待ちください」
事務員は慌てて作業場に向かった。
しばらくすると作業着を着た新庄が事務所に入ってきた。
「よお、龍崎。珍しいな、お前がこんなところまでくるなんて」
そう言って、いつ会っても変わらない笑顔を向けた。
「珍しいなも何もお前…」
「ああ、分かってる。話があるんだろ。あと20分くらいで終わるから、飲みにでも行くか」
「ああ」
「じゃあ、悪いがちょっと待っててくれ。あっ、事務所からは出るなよ」
そう言って、そのまま事務員の方を向き、
「あやちゃん、こいつに何か飲み物でも出してやってくれよ」
そう言った。
「優さんは、龍崎さんとお知り合いなんですか…?」
あやちゃん、と呼ばれた女性が新庄に訊ねる。
「お知り合いじゃあねえな。ずっと昔から一番の親友だ。だから手厚く頼むよ」
笑顔で答えて、再び龍崎を見た。
「じゃあ、後でな」
そう言って作業場に戻って行った。
あやちゃんから出されたお茶を飲みながら、龍崎はひとり黙って考えていた。
…この辺りの工場はどれくらいロボットが導入されているんだろう…
今は大抵の店にアンドロイドはあるが、ロボットは視察に行かないと見ることがないからな…
でも、新庄は事務所にいろと言ってたし…
そんな龍崎の思考をあやちゃんが遮った。
「龍崎さんは、優さんの幼なじみなんですか?」
「幼なじみって言うのか…中学も、高校も、大学も、ずっと一緒だった」
龍崎は静かに答えた。
「えーっ、そんなに長いお付き合いなんですね!優さんて、子どもの頃はどんな感じだったんですか?」
「そうだな…あいつは…あいつは…人に夢を見せてくれるやつだった。あいつが見せてくれる夢は本当に楽しかった。でも、それはあいつにとっては夢じゃないんだよな。夢って、見るもんじゃなくて、未来の現実なんだ。リアルだからこそ、おもしろかったんだろうな…」
「夢…ですか…?」
あやちゃんは不思議そうな顔をしている。
龍崎はあやちゃんの表情に気づいて、
「あいつさ、中学の頃、俺にプレゼントしてくれようとしたものがあってさ、何だと思う?」
笑顔で問いかけた。
「プレゼント、ですか?うーん、優さんそういうセンスなさそうですけど…」
あやちゃんの返事に龍崎は笑いながら、
「正解。あいつ、俺に真っ赤なゼブラ柄のパーカー選んだんだよ。誰が似合うんだよ、そんなの」
あやちゃんは大爆笑だった。
つられて龍崎も笑った。
「何がそんなにおもしろいんだ?」
タイミング良く新庄が着替えて事務所に戻ってきた。
それがまたおかしいらしく、あやちゃんは笑いが止まらない。
龍崎も笑いを堪えるのに必死だった。
「おもしろいのはお前だ、新庄」
あやちゃんは笑い過ぎて息苦しそうだった。
笑いながら、思いもよらないことを言った。
「龍崎さんて、おもしろい人ですね」
予想外の言葉に、今度は龍崎が驚いて、
「えっ?俺がおもしろいの?」
聞き返すと、
「龍崎は昔からおもしろいんだよ。自覚がないところがまた、笑えるんだよな」
今度は新庄が笑った。
「ま、何を話してたのかは後で龍崎に問いつめるとして、とりあえず行くか」
「ああ」
「お疲れさまでした~」
あやちゃんの言葉を背に、事務所を出た。
「新庄、俺車で来たんだけど、飲むなら車戻すか?」
龍崎が聞くと、
「いや、この辺りはあまり良いところもないから、お前の車で街まで出ようぜ」
若干浮かない顔をして、新庄が答えた。
そして2人は車に乗り、龍崎の運転で走り出した。
「龍崎。お前、変な気遣うなよ」
新庄は少し不機嫌なようだった。
「えっ?何が?」
龍崎が聞き返すと、
「何が客だよ。友だちだって言えばいいだろ」
新庄が言った。
「ああ、そのことなら…。お前の立場上、俺が友だちだと困るかと思って…」
龍崎の言葉は、新庄に遮られた。
「困らねえよ。困ったって構わねえし」
…新庄はこういうやつだって、あやちゃんに言えば良かったな…
龍崎はそう思いながら、
「悪かった」
一言言った。
「ところで新庄、何で俺は事務所に軟禁されたんだ?」
今度は新庄が言葉に詰まる番だった。
「お前、あそこは工場や作業場ばっかりだ。ロボットばかりになった場所だ。…お前を恨んでるやつだって…」
龍崎は状況を理解した。
「そうだな…気をつけるよ」
やがて車は街に出た。2人は車から降りて、居酒屋に入った。
龍崎は車をオフィスに戻すよう電話を入れた。
アンドロイドに生ビールを頼むと、早速新庄が話を切り出した。
「で、何の話だ?分かってるが、一応聞くよ」
「HCF…お前いつから準備してたんだ?」
「リストラ法が出てすぐだな」
「今何人くらいで活動してるんだ?」
「100人くらいだ」
「100人…全然足りないんじゃないのか?」
「ああ。まだ数日しか経ってないのに、対応してるだけで500人以上の相談者が来てるからな。電話、ネット、窓口…全部パンクだ」
「それに、受け入れ先探したり、交渉したりもするんだろ?」
「ああ、そうだ。ハローワークには求人はないからな。アンドロイドより人間の雇用を優先する企業を探すシステムは作ったけど、結局は直接行って交渉しないとダメだしな」
「システムも作ったのか…それに宣伝費…ずいぶん金がかかったんじゃないのか?」
新庄は伏し目がちにビールを飲みながら、
「…ああ」
静かに答えた。
「お前…その金どこから…政府が援助するとは思えない」
「…」
新庄は黙っていた。
「お前まさか、危ない…」
龍崎が言いかけたとき、観念したように新庄が答えた。
「…売ったんだ」
「売った?何を売ったんだ?新庄」
「…俺の研究結果の一部を」
「研究結果って…だってお前の研究は大学院に提出してるだろ?」
「…」
新庄は俯いたままだった。
「新庄!」
龍崎が珍しく大声を出した。
「お前何があったんだ。なんで何も言わないんだ。俺が聞かなきゃ、お前はずっと黙ってるのか?どうして…。俺は、俺はな新庄、ずっと前から、今だって、ずっとお前を待ってるんだ!」
新庄はビールを飲んで、大きくため息をついた。
「龍崎…俺が大学院生の最後に提出した研究結果、あれは…最終結果じゃないんだ。理由があってな、全てを開示はしなかった。もちろん、研究室にも何も残していない」
「新庄…」
「院生時代、俺もお前もいろんな企業からオファーがあったよな。お前はその道を進み、俺は降りた。だけどな、未だに来るんだよ、政府や企業の人間が俺のところに」
「…」
「お前のテーマはお前がいるから確実に進んでる。だけど俺のテーマはなかなか進展しない。それはお前が知っている通りだ」
「…ああ。あれは誰でもができる研究じゃない」
「リストラ法が決まったとき、俺はすぐHCFを作ることを決めた。でも肝心の金がない。それで…俺が研究室に出さなかった結果の一部を企業に売ったんだ。売ったと言っても、あの内容だけじゃ、研究を加速するのは難しいだろうけどな。ただ、全く価値のないものは売れないから、緩やかに研究が進むようにと」
新庄はそこまで話してビールを飲み、再びため息をついた。
「新庄…お前が研究を辞めたのは…」
「俺は…辞めるしかなかったんだ。それ以上は、今は言えない。龍崎、この話はいつかお前にするときが来る。だから、それまで待っていてほしい」
2人の間に静かな時間が広がった。
しばらくして龍崎が沈黙を破るようにビールを一気に空け、アンドロイドに生ビール2つ注文した。
「新庄…お前、ほんっと悪どいな」
龍崎が笑った。
「龍崎…」
驚いている新庄に、龍崎は更に続けた。
「だけどお前、最初の資金は良くても、これから先どうするんだよ。人もいない、金もないじゃあさ」
次第に笑顔を取り戻していく新庄はかつての少年そのままだった。
「そうなんだよな…。金は寄付でも募ろうかと思ってるけど、人はな…。今のメンバーだって仕事しながらのボランティアなのに、相談者は増える一方だからな」
「いっそのこと営利団体にすればいいんじゃないか?」
「アホかお前。仕事がない人間から金取るわけにいかないだろ」
「確かにそうだな…。寄付ってのは、俺でもできるのか?」
新庄はちょっと険しい顔つきになり、
「実は、何度もお前に相談しようと思ったんだ。だけどお前は…リストラされた人間からしたら、諸悪の根源なんだ…。だから、お前から金を受け取ったことが表沙汰になれば、HCFが信用を失うことになる…」
「そうか…。そうだったな…」
龍崎は俯いてビールを飲んだ。
「それなら、人出しはどうだ?」
龍崎が思いついたように言った。
「人出し?」
「ああ。HCFはボランティア団体だろ?俺の会社の社員だとまずいなら、提携先でも取引先でも、″社会貢献″て名目でボランティアに参加させるんだ。新庄のもとで人道を学んでこいってね」
「龍崎…。ありがたい話だが、お前の立場は大丈夫なのか?」
「俺はアンドロイドを作ってるだけだし、そもそもリストラ法って、企業がリストラしてもいいよって法律だろ?人間の雇用を阻止する法律じゃないんだから関係ないだろ」
「龍崎…俺マジ今感動したよ。お前が親友で本当に良かったよ」
新庄の目に希望が光っている。
「新庄…、俺はさ、人を不幸にするためにアンドロイドの研究をしてるわけじゃないんだ」
龍崎はどこか寂しそうだった。
「分かってる、そんなこと俺が一番分かってるよ」
励ますように新庄が声をかけた。
「そういえばお前、さっきあやちゃんと何話してたんだ?」
新庄が話題を変えるように聞いてきた。
「は?あやちゃん?」
…龍崎の頭に先ほどの事務所でのやり取りが浮かぶ。と同時に、龍崎が吹き出した。
大笑いする龍崎を見て、新庄もまたうれしそうに笑った。
「久しぶりに見たよ、龍崎が爆笑してるとこなんて。やっぱりいいもんだろ?人間て」
「ああ、そうだな。いいもんだ」
そう言ってまた2人で笑った。
その翌日、龍崎は″社会貢献″という名目で対象社員100人に対してHCFへの参加命令を出した。
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