一章 エレウシス、箱庭の楽園

一章 エレウシス、箱庭の楽園 ➀




 詩人は語る、物語の舞台、まずはその世界の成り立ちを。

 そして、そこに生まれた強く畏い数多の神々のことを。


 原初、生まれたのはカオスだった。

 次に、万物の母なる大地、胸幅広きガイアが生まれた。

 母なるガイアは、最初の子として天を生んだ。

 大地を覆う天の名はウラノス。

 ウラノスはガイアを妻として、全世界を支配する神となった。


 天空神ウラノスと大地母神ガイアの間には、狡知に長けたクロノスが生まれた。


 恐るべき神クロノス、その頭には狡知を蓄え、その腕は力に満ち、その胸には反逆の意志があった。世界の支配者、天空を統べる父への反逆心が。

 時満ちて、兄弟たちを従え、クロノスは父ウラノスに反旗をひるがえす。その手に金剛の大鎌を携えて。

 父子の争いは、クロノスがその圧倒的な力を示し勝利を収め、世界の支配権は勝者に移った。


 強き神、恐るべき神、狡知に長けた新たな支配者クロノス。

 絶対的な支配者の前に、逆らう者はおらず、クロノスの栄光の時代が揺るぎなく確立されたかのように、誰もが思っていた。


 その圧倒的な力持つクロノスにも、しかし恐れるものがひとつだけあった。

 それは、母なるガイアが下した予言。


 ――クロノスの栄光は、その息子によって奪われる。


 大地母神ガイアのその予言を恐れたクロノスは、妻レアの生んだ子供たちを、自身の胎内に呑み込んだ。予言を成就させないために。

 それを悲しんだレアは、末息子のゼウスを密かに匿い、クロノスに隠れて育てた。

 大地の恵みと慈しみを受けて、ゼウスは健やかに育った。

 成長したゼウスは兄姉たちを救うため、父クロノスに挑んだ。父子の争いは激しく、十年の歳月をかけて続いた。

 結果、ゼウスは兄たちと共に世界の支配権をクロノスより奪って、彼を世界から追放した。

 再び世界の支配者は、父からその子へと変わった。


 これが、オリュンポス神族の時代の始まりとなる。


 新たに世界の王となったゼウスは、世界を三つに区分し、それぞれの支配権を二人の兄と分けた。

 オリュンポス山を中心とする天空の支配はゼウス自身が。

 オケアノスの大河の先、海の全てを次兄のポセイドンが。

 そして闇が満ちる地下の世界、死者の住む冥府を長兄ハデスが統べることとなった。


   * * *


 世界は水によってつながっている。


 天より落ちた水は雨となり、地上に集って川となる。


 川は流れて海に集う。

 大地にしみ通る水は地下にも注ぎ込み、長い時間をかけて地底の世界にも川をつくった。


 水は地上の事象を記憶し、隔てられた地下の世界へとそれを伝える。

 風の音、花の香り、季節の色、乙女の面影……。

 地下を流れる幾筋もの川は、揺らめくその面に儚い事象を映し出し、そしてさざ波がその像を消していく。


 見る者をからかい、戯れるように。

 幾度も現れては消えるその面影。


 繰り返し見るごとに、鮮やかに胸の画布に映り、焼きつく。

 日を重ねるごとに忘れ難く、時と共に深く根づく、想い。


 その乙女に――。


   * * *


 

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