救世主、眠り続ける。

第15話 シリルとゴブリン

兄上。

ゴブリンというとなにを想像しますか?




ノヴァク侯爵領。オーティス子爵代官地のヨナ村。

僕は実母らと共に、村に近い子爵所有の館に滞在していた。

父と兄の身の回りが慌ただしくなったので、2人目の母と将来の兄妹の為に実母が手配したのである。


本当は兄上のそばに残りたかった。


「わたくし達はお母様について行けばいいのよ。だいたい、シリルに何が出来て?」


同い年の妹、デリルの言うとおり。

僕達はまだ7歳。

何もかも兄上には届かないのはわかっている。

でも、アルバン兄上はいつも優しくて温かいから、結婚のお話しをしている時の苦しそうなお顔は本当にびっくりしたし、何かお手伝いをしたかった。

兄上はそんな気持ちに気づいていて、出発前にまだうろちょろする僕に言った。


「シリル。今回、男はお前一人。皆を守ってくれるな?」

「……はい!」

「よし。任せた」


馬鹿ですわねぇ、それは建前というものですわよとデリルは、張り切る僕を見て呆れていた。

それはわかっている。

それでも、任せたと言ってくれたのだ。

兄上に応えたい。

兄上に見てもらいたい。

デリルに何言われようと、僕は自分で出来る事をしようと誓った。

だけど今。

ちょっとお恨みします、兄上。



館に滞在し始めて最初の3日くらいまでは、任務を果たそうと気負っていた。

しかし、子爵の館だけあって警備が固いのは当たり前。

シリルがどんなに励もうと手は足りていて、しまいにはそんな警備の騎士から微笑ましいと視線を投げ掛けられていたのに気付き、たちまち折れてしまった。

ならば2番目の母上の何かお役にたてないかと考えたのだが、母上や同じ女であるデリルのように喜ばせることも気を配る事もできない。

すっかり途方にくれたシリルは、息苦しい館をこっそりと抜け出し、このヨナ村に遊びにくるようになってしまったのである。


身なりのよい子どもを、最初は誰もが関わりを避けた。

そこへ村長が、家に招待するという方法でシリルを保護し、丁寧にもてなして同世代の孫たちと遊ばせ心をほぐしたところで、事情を聞き出した。


ある程度正体がわかれば、恐れも薄れる。

村長の孫たちと遊ぶ姿と、館へ確認がとれた事でシリルは村に受け入れられていった。


シリルは気づいていなかったが、ヨナ村には館の警備をする騎士の実家も少なからずあり、子が生まれる前の兄弟の行動はよく見られるものであるため、シリルの事情も察する事が出来た村民は、館と最低限の連絡を取りつつ彼を守っていく事になった。

そして今日もすでに、館からの脱走は村に通達されているのである。







……シリルは、目の前のゴブリンを見て首をかしげた。

……ゴブリンも、シリルを真似て首をかしげた。

……手に白い花を持って。





「ああ、坊っちゃん。ゴブリンの使用人を見るのは初めてですか」


村長は孫を連れて、二人?が首をかしげあってる風景に微笑みながら近づいてきた。


「やっぱり、ゴブリン?」


自分の事を言われているのがわかったのか、ゴブリンはビクッと身を震わせた。


「ええ。森の奥に、召喚士の元冒険者が住んでいるのですよ。この子はそこの使用人です」

「怖く……ない?」


シリルは村長の後ろに回って身を隠しつつ、恐る恐るゴブリンを観察する。

ゴブリンは、そんなシリルを見て立ち去ろうとする仕草を見せたが、村長が大丈夫と手を振った為に留まった。


「召喚士さまが、しっかり契約を交わしてますからね」


村長は隠れるシリルの頭を撫でる。

詳しい身分は知らないけれど、孫と同じように素直に慕ってくる金髪のこの子どもが愛おしかった。


「でも、坊っちゃん。村に来ていていいんですか。館にはちゃんと知らせてあるんでしょうね?」


シリルはうなづいた。

本当は黙って出てきたのだけど、教える気はない。

村長はシリルの嘘に気付きながらも、そうですかと話を終わらせ、ゴブリンに目を向けた。


「それで?今日はどんなご用事で?」

「コノハナ、アツメル」


白い花を差し出すゴブリン。


「主人ノオクサマ、コノハナダイスキ。アツメル、メイレイ」

「ああ、もうそんな時期でしたか。毎年毎年大変ですねぇ」

「……特別な花なの?」


普通に話す村長とゴブリンの様子に、少し警戒をといたシリルが話に加わる。


「いいえ?どこにでもある花ですよ。小さな娘達が花を編んで首飾りや冠を作ったりしますね。ただ、この子のところは、その奥様の為に毎年時期が過ぎるまで3日に1度は摘んでいますのでね」

「大変だね……キミ」

「大変デハ、ナイ。オクサマ、花デイッパイ。主人、喜ブ」

「へえ」


「今から行くのか?俺も手伝うか?」


村長の孫が、自分を指差し前に出た。


「ここじゃ当たり前になったけど、知らない人がいたらやっぱりびっくりするだろ?びっくりするだけならまだいいけどさ」

「村ノ近クデアツメル。言ッテオク。コレモメイレイ。手伝ウ。必要ナイ」


孫は、ちらっとシリルを見て苦笑いする。


「あー、こっちにも事情があって。早く終わらせてくれると助かるんだ。もう一人二人、一緒に行かせてくれ」

「フム……」

「じいちゃん。トヤンとカリを呼んでくるよ!」


孫は返事を待たず、家が並ぶ方へ走っていく。


「やれやれ。すみませんな。館にお客人が来ておるのですよ。余計ないざこざは起きないに越したことはありませんのでね」

「…………言ウトオリニシヨウ」


孫が戻るまでの間、ゴブリンは必要以上に口を開かなかった。

ただ、手に持つ花をくるくると回している。

それはよく聞く悪さをする「ゴブリン」ではなかった。


「ねえ……その花はどこにあるの?」

「坊っちゃん?」


先程と違い、するすると近づくシリル。

ゴブリンは首をかしげ、村長は少し慌てた様子を見せる。

シリルは、むくむくと起き上がった好奇心が抑えられない。


「ねえ。僕も連れていってよ」








両手に花を一本ずつもち、右が上にくるようにクロスさせる。

クロスした点を指で押さえ、右の花の茎を下から上へ巻き付ける。

そのまま左の花の茎と一緒に握って、新たな花を上からクロスして………


「シリルさま。順調に編めるようになりましたねぇ!」


村の南側、あの白い花が沢山咲く地で、シリルはカリに教わりながら花冠を作っていた。

ゴブリンに初めて会ってから、3回目でようやく村長は一緒に行く事を許してくれた。

ゴブリンは村長の孫とトヤンとで花を摘んでいる。

カリは唯一の女の子で、シリルの先生なってくれている。

そして、今日は初めて青年が一人ついて来ていた。


「子供が集まればやんちゃするものです。念のために大人が見ていませんとね」


村長はそうシリルに説明した。

青年は帯刀していたし、シリルとゴブリン以外には方便である事は明らかだったが、気づいてはいなかったようだ。


「お母様、喜んでくれると良いねぇ」


カリは一緒に編みながらも、一旦その手を止めて、悪戦苦闘するシリルを見てニコニコしていた。


「喜んでくれる、かな」


第2妃の義母は、南の海の国の出身と聞いている。

先に実母と親しくなり、父上に恋をし、しまいには国王夫妻が共謀して、連れ帰って来たらしいと聞いている。

嘘か誠か。

少なくとも母上と義母は仲がよく、兄妹揃って家族として認めている。


「女は冠とか首飾りとか好きよ。きっと、シリルさまのお母様も、喜んでくれます!」


何故か、カリは自信満々で断言した。


「主人ノオクサマモ、花ダイスキ。ダカラ、シリルノハハ、ヨロコブ」


いつの間にかシリルの後ろの花を摘んでいたゴブリンが、珍しく話しかけて来た。

初回も2回目も、必要以上に話さないゴブリンに積極的に話しかけていた効果だろうか。


シリルはじんわりと喜びを感じていた。


「だけど、こんなに頻繁に花を集めるなんて、キミの主人も、奥さんの事をとても大切にしているんだねぇ」

「ダイジ。イノチヨリ、タイジ」

「うわぁ。……でも、主人は魔法は使えないの?あれ?召喚士だったんじゃなかったかな?」

「……魔法。何ノ関係アル?」

「氷魔法とか使えるなら、花を凍らせておけばいいんじゃないかと思って。そうしたら、こんなに大変な事をしなくても」

「主人ノ気持チ、ヨクワカラナイ。デモ、キイタ。オクサマ、花ノ香リモダイスキ」

「ああ……そっか」


シリルは周りに咲き、風に揺れる花を見つめた。

その風で、自分を包む花の香を感じる。

凍り付けにしてしまえばその姿は保たれるが、ただそれだけだ。


「マダ、花ヲアツメル。ガンバッテ、アメ」


ぶっきらぼうな励ましをして、ゴブリンは作業に戻る。

シリルも笑って、自分の課題に戻った。







「ー警戒しろ!」


シリルが初めて花冠を完成させ、ゴブリン達も今日のノルマ分を集め終わりつつあった頃、青年が厳しい声を発した。

カリがシリルに身を寄せ、孫は二人を隠すように前に立つ。

トヤンもゴブリンを隠すように立ちはだかった。

シリルはカリの肩を抱き、いつでも動けるように体勢を整えた。


剣を構え警戒を解かない青年の前に、のんびりとした声をした神官騎士が現れた。


「すみません。どうやら、こちらの早とちりだったようです。……テオ、弓を下ろしなさい」


神官騎士の横で、弓を構える茶髪の少年に気づく。

神官騎士は構える少年の手を押さえ、挑発行為を止めさせようとした。


「でも!ゴブリンが!」


言うことを聞かない少年ーテオの前に神官騎士は立ちふさがった。

それは、剣を構える青年へ無防備に背を見せる事と同じ。

テオも青年も、その意味に気づいて驚く。


「周りを見なさい、テオ。危機を前に立つその勇敢さは頼もしいけれど、盲目的な勇敢さは時に要らぬ悲しみを産みます。それに、今は私がいるのですよ?私の声は届きませんか?」

「う……あ……す、すみません……」


テオは真っ直ぐに神官騎士に見つめられ、ようやく弓を下ろした。

そんなテオの頭をポンポン叩き、未だ剣を構える青年らへ向き合った。


「重ね重ね、失礼致しました。私の名でセリノでこちらはテオ。冒険者です」


セリノは首から下げられていた冒険者専用のタグを見せ、テオもそれに習う。

しかし、青年は警戒を解くわけにはいかない。

周囲に目を走らせる。


「我々はふたりです。確認していただいて結構ですよ」

「……この辺りに来た理由をお聞かせ願おうか」

「オルザム邸をご存じですか?」


セリノの出した名前にゴブリンが小さく反応する。


「館の修復をする時に礼拝施設の跡らしきものが見つかったと。念のための調査をギルドに依頼されたようでして」

「……依頼書はあるのか」

「どうぞ」


セリノは懐から巻き紙をだす。

青年はちらりと後ろを見て、視線を受けた孫が頷いて、セリノに歩み寄った。

差し出された紙をひったくって、素早く青年の元へ戻る。

孫が広げた用紙は確かにギルドの依頼書で、内容にも間違いはない。


「我々はこの近くの村の者だ。二人とも、一緒に村に来てもらう。良いだろうか」

「かまいませんよ」

「……セリノ。そのゴブリンは、そのままでいいのかい」

「テオ」


セリノは黙って首を振る。

テオは口を閉ざしたが、目は納得していなかった。


「……一応言っておく。このゴブリンは主人もちだ。元冒険者のな」

「え!」

「なるほど」


テオは驚き、セリノは納得したように頷く。

シリル同様、テオもゴブリンは害するモンスターという認識があったようだった。


「何にせよ。余計な戦いは避けたい。大人しくついてきてくれ」

「わかりました」


セリノの態度に、ようやく青年は剣をおさめた。

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