※閑話※ なんでもない日(初夏)

カクン、と目の前の小さな体か揺れた。


「アキラ?」


晒した腕に、さらりとした髪が触れたと思うと、銀色の小さな頭の重みを感じた。


「どうした?」


……くう。


膝の上に乗せていた少女は眠っている。

読んでいたはずの本は、パタリと彼女からの手からすり抜け、アルバンの足の上に落ちた。


城の中庭で、本を読んで文字の勉強をしていたはずなのだが、疲れて眠ってしまったらしい。


足の上に落ちた本を手に取る。

内容は5・6歳の子供が読む児童書なのだが、勉強として読むとなると、つまらなくなるのも無理はない。

本を脇に置いた。


『アルバンさま』


膝掛けをもって、ラウニがそっと声をかけてくる。

アルバンは自分の胸にしがみつかせるように、アキラを抱え直し、膝掛けを受けとる。

ふんわりと包むように背中から覆ってやると、やはり少し寒かったのか、アキラはほうと息をついた。

そして、もぞもぞと動き、アルバンの体をぎゅうっと抱きしめると、満足したように微笑んだ。


『ふふ……。こうなりますと、アキラさまも可愛らしいですね』


ラウニはアキラの性格をよくわかっているからか、まるでやんちゃ坊主も寝てしまえばただの愛らしい子供のようだと目で語っている。


まあ、多分。

アキラ自身も、抱き枕感覚で身を擦り寄せているのだろう。


『……失礼致します』


アキラを見るアルバンの表情に、何故か生温い笑みを浮かべたラウニは二人から離れる。

その意味をあえて考えずに、アルバンは包み込むようにアキラを抱きしめ、乱れて顔にかかった髪を綺麗に整えてやった。

艶やかな髪も指先に触れる肌も、その感触は素晴らしく、必要がなくなっても撫でていたかった。


くかー。


まったく呑気なものである。

婚約者であると言えども男である自分に無防備な姿を見せてくれるのは、実に複雑だ。

確かに出会いは最悪だった。

しかし、危機を乗り越えるための同士になってくれた。

そのために仲睦まじい婚約者を演じてくれたのだが。


むにゅ~。

ぐりぐり。


何を気に入ったのか。

アキラはアルバンの胸に顔を擦り付ける。

しかも、居心地がよい場所を探すようにもぞもぞと体を動かすものだから、下腹が熱をもちそうになる。


「くっ……お前という奴は……」


ちょっとイラッとして、胴を抱えるアキラの腕を解いて自分の両肩にのせ、両脇に手を入れて自分の首もとまで体を持ち上げた。


「さむい……」


狙い通り、きゅうっとアキラはアルバンの首にしがみつく。


ーふう。


いつからか愛しくなった女の吐息が、アルバンの耳を掠める。

閨でなら高ぶる激情を抑えず、抱えるどころか押し倒してその小さな体には受けとめてもらいたいところだが、ここは中庭で睦言を交わす状況でもなかった。

二人を見守るラウニ以外の侍女侍従達は、生温いような何かを期待するような表情を隠しきれていないが、どうしろというのだ。

そもそも眠っているのだし、好意は持たれているとは思うものの、本当に欲しい気持ちはないだろう相手に、何が出来るというのか。


すう、すう。

とくん、とくん。


首にかかる柔らかい吐息とふれあう体から伝わる鼓動が心地よい。

だから今はその存在がここにあるという感じさせる温もりを、抱きしめるだけにする。


まあ、アキラの頬に唇を寄せ、ほんのちょっと侍女侍従達の期待に応えてしまったのだが。





ーこんな日があってもいい。

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