第8話

 私はいつもの3人を引き連れてボスの部屋の前に来ました。このレベルになるともはや通常召喚したモンスターは足手纏いです。ボスが数で攻めるタイプなら壁としては有効ですが、純粋な火力で勝負するタイプなら逆に良い的です。このダンジョンで限界まで育て上げたモンスターをこんなところで失いたくありません。


 攻め込む前に私達4人の現状を軽く確認します。問題が無い様な作戦通りに攻め込みます。


 私はランクDレベル16のダンジョンルックです。魔導甲冑とドラゴンバスターを装備しています。重装備に反して属性魔法と回復魔法を使う後衛の魔法使いです。ドラゴンバスターはカイキアスに貸すと言ったのですが本人が固辞しました。弱い私を慮ってなのか想定されるボスの囮にするためなのかいまいち読みきれません。


 ポチはDランクレベル15のシャドーウルフリーダーです。影の中に隠れて奇襲攻撃を専門にするハンターです。阿吽の呼吸で私の望み通りに動いてくれます。レベル20になれば進化出来るはずですが、このダンジョンではそれは不可能です。後から来た二人に比べて弱いですが4人の中で唯一ダンジョンの外に行く事が出来ます。


 マイラはDランクレベル17のレッサーキマイラです。4つの頭から別々の攻撃を繰り出し格闘戦もこなします。ダンジョン攻略を開始した時のポチの役割を引き継いでいるタンクです。レベル20になれば進化出来ますのでこのボス次第で進化出来るかもしれません。そうなれば地下5階で相対した階層ボスのキマイラになるでしょう。


 カイキアスはAランクレベル14のゴブリンキングです。初見で私を一回殺したり、独断専行が目立つ困った男です。残り3人が束になっても敵わない私の最強戦力です。思慮深くレディーの扱いに長けていれば文句は無いのですが、実際は何も考えていない脳筋です。私がフォローしないとこれからの戦いで一番死ぬ可能性が高いアタッカーです。


「準備は良いかしら? ポーション類は持ちました?」


「愚問だ。さっさとケリをつけるぞ」


 私の発言にイラつくカイキアスを宥め階層ボスへの扉を開けます。この階に居た4匹のキングを1回倒せば開く仕掛けになっているのですが、そのキングが弱すぎて1回ならず毎日倒していました。キングに比べてボスが圧倒的に強く無い限り私達に敗北はありません。


 階層ボスの部屋はヒドラの部屋より大きいです。地面には草原があり、上には空があります。


「また屋外フィールドか」


 カイキアスは地下8階を思い出しているのでしょう。ダンジョンで唯一空が見えた階層です、空を飛ぶモンスターが居たのもそこだけです。しかし有効に活用されてはいませんでした。


「想定通りです。ボスは空を飛びます」


 このダンジョンは攻略される前提でたくさんのヒントを用意しています。地下8階の空とコア機能で購入出来たドラゴンバスター。答えは既に出ています。階層ボスは空飛ぶドラゴンです。


「グオォォォ!」


 部屋全体が振動する大音量が上から響き渡ります。


「来たか!」


 カイキアスが邪悪な笑みを浮かべます。こうなっては敵を殺す事しか考えられなくなります。戦いが始まる前からフォローに奔走するのが確定しました。貴族令嬢たる私をサポートするのが当然でしょうに!


 ヒドラより一回り小さいドラゴンが大地に降り立ちます。知能は低いみたいです。空を飛んでいれば空中を攻撃する手段が乏しい私達は長期戦になっていました。空飛ぶドラゴンを打ち落とせるのは私の魔法だけです。全体は緑色の鱗に覆われています。前足はかなり退化していますが鋭い爪を持っています。恐らく尻尾とブレスが主な攻撃方法です。何らかの魔法を使う可能性もありますが、この固体は余り使って来ないと思います。魔法を使えるのなら最初から使っているはずです。このドラゴンに取って私達は手加減で様子見出来るほど弱くはありません。


「空に上がるまでに倒します!」


 私の号令など無視してカイキアスが突っ込みます。カイキアスの独断専行が阿吽の呼吸の様に見せるのは本当に骨が折れます。カイキアスの剣がドラゴンの右腕に突き刺さり、ドラゴンが痛みで仰け反ります。ドラゴンがその巨体でカイキアスを叩き潰そうとするも、カイキアスは瞬時に安全圏に退避します。戦士としての実力ならカイキアスの方が圧倒的に格上です。こんなに弱くて階層ボスが務まるのでしょうか?


「ポチ!」


 ポチがドラゴンの影から翼を狙って攻撃します。流石に折ることは敵いませんでしたが、あれではまともに飛ぶことは出来ないでしょう。ポチの奇襲に目も暮れずカイキアスは攻撃を続けています。ドラゴンの傷が段々多くなります。このまま押し切れそうです。


「ガアァァァ!」


 雄叫びを上げたドラゴンが火の玉を私に向かって放ちます。頭を取れば勝ちと判断したのです。残念ながらその程度攻撃では私の魔法障壁を突破出来ません。さして語る事も無く無効化しました。威力はヒドラの4分の1でしょうか。私達が強くなり過ぎただけなら良いのですが……。


 その後も一方的な展開が続きます。ポチは執拗に翼のみを狙い、遂に片方を折りました。流石のドラゴンも痛みに打ち震えました。その折れた箇所に全力で剣を叩き込むカイキアスも容赦がありません。


「雑魚が!」


 カイキアスが怒っています。強い敵を期待したのにこれが相手では仕方ありません。彼が己を見失わない事を祈るのみです。殺し足りないと言って私に矛先を向けないと信じましょう。


 15分ほど攻防が続きました。私達の方が有利でしたが相手はドラゴンです。とにかく耐久力が高く殺し切るのに時間が掛かりました。私は定期的に飛んでくる火の玉を弾いたり回復魔法でカイキアスとポチを回復していました。マイラはこの戦いが始まってから私の側で待機しています。相性が悪いのと死角から伏兵が来た時の備えです。遂にカイキアスの一撃がドラゴンの首筋深くに突き刺さりました。断末魔の叫び声を上げながらドラゴンが大地に伏します。


「勝ったぞ」


 勝ちました。我を忘れて喜びたかったのですが我慢しました。階層ボスにしては余りに弱すぎます。それに前回は戦闘終了後にワープしました。私はまだここに居ます。そしてドラゴンの死体も残ったままです。


「警戒! 第2ラウンドがあります」


 私が叫ぶのと一回り大きいドラゴンが天から降ってくるのはほぼ同時でした。多少油断が過ぎたカイキアスが尻尾の一撃で吹き飛ばされます。マイラが代理で前衛を務め、私はカイキアスの治療を開始します。マイラとポチが必至にドラゴンの相手をします。しかしドラゴンは2匹を無視して私を眼中に捉えます。


 なるほど、何となく分かりました。サクラコが言っていた2段変身の亜流です。最初のドラゴンは私達の実力と傾向を調べるための囮です。カイキアスの絶対的実力からくる油断とポチが奇襲以外では余り脅威では無いと覚えたのです。私が魔法中心の後衛だと思っているのでしょう。しかし私の手にドラゴンバスターがあると見たのか接近戦は控えています。


 相手の強力なブレスと魔法を回避しながらドラゴンの姿形を確認します。黒い鱗に覆われていてその下に分厚い筋肉の壁があります。筋肉で全体が引き締まっていなければヒドラより大きいかもしれません。ブレスの属性は火と闇です。魔法は光以外の全属性を複数同時に展開しています。強いですが魔法戦なら互角です。カイキアスが復帰するまで均衡を維持出来れば勝てます。それは相手も承知の事です。


「グルルゥ」


 くぐもった唸り声を上げ、黒いドラゴンが空に飛び上がりました。奇襲でカイキアスを殺せなかったから今度は空から優位に立つ積りです。本来なら浮上を止めるのですがポチとマイラには無理をするなと指示を出します。確実に翼を折れるなら無理をさせますが、これは十中八九ドラゴンの罠です。翼を狙って奇襲したところにカウンターを打ち込むのです。魔法に長けたドラゴンならその程度は余裕です。


「小賢しい真似を!」


 復帰したカイキアスが怒り心頭で叫びます。「貴方の油断が原因でしょう」とは流石に言えません。それでもカイキアスが復帰したのならこちらの勝ちは揺るがないでしょう。犠牲を出さずに確実に仕留めるのみです。


 ドラゴンが私を狙って急降下して来ます。相手の侵入コースからしてこのまま飛び上がるのは明白です。私は華麗に回避します。回避したのに尻尾の一撃を食らって吹き飛びました。上昇するドラゴンが魔法を数発私に向かって撃ちましたがそれは魔法障壁で無効化しました。魔力を練らないで放った中途半端な魔法なんて効きません。


「少々予想外です」


 呟きながら軋む魔導甲冑を無理矢理立たせ次の攻撃に備えます。2段構えの物理攻撃に3発の魔法攻撃に寄る追撃ですか。リソースを集中しているだけあって中々の威力です。この魔導甲冑でも2回以上は耐えられないでしょう。私達は未だ優勢です。劣勢に回る前に勝負を早く決めなくてはいけません。私は3人にハンドサインで決定を伝えます。


 ドラゴンが再度急降下してきます。3人は予定通りに散らばります。私はドラゴンバスターを大上段に構えます。2回は耐えるのです。ならここで真正面から迎え撃つのみです。ドラゴンの顎を避け胴体を斬り付けます。ドラゴンバスターが肩辺りから腹の少し上まで引き裂きます。「バキッ」と大きな音を立ててドラゴンバスターが折れます。


 バランスを崩して倒れそうになる所を無理矢理踏み止まります。ここで倒れるわけには行きません。私の目の前にはドラゴンの尻尾が迫っています。本来なら回避します。相手もそう考えています。しかし私は尻尾に体当たりをして抱き付きます。尻尾にぶつかった衝撃で魔導甲冑が半壊します。それでもこの手を離す気はありません。


 それでも無理矢理上昇しようとするドラゴンの両翼にポチとマイラが噛み付きます。ドラゴンは体に刺さったドラゴンバスターの影響で思うように飛べないみたいです。私達3人が粘り勝ち、ドラゴンの巨体がバランスを崩して地面に激突します。私は押し潰され、ポチとマイラも衝撃で吹き飛ばされました。こんな絶好の機会をカイキアスが見逃すはずありません。雄叫びを上げながらドラゴンの右目を貫き、衝撃波で左目まで貫通させます。視力を失ったドラゴンは全方位に魔法を撃って牽制します。飛べない盲目のドラゴンなどカイキアスに取っては料理されるのを待つ獲物でしかありません。八面六臂の働きでドラゴンに致命傷を負わせます。


 私はもぐら叩きの要領で地面を叩いている尻尾の範囲から逃げるので精一杯です。ポチとマイラに回復魔法を掛け、油断無く戦況を見守ります。今となってはドラゴンが死の間際に私達を道連れになんらかの攻撃を放つか気をつけるだけです。


「カイキアス、離れなさい!」


 私が大声を出してドラゴンに魔法を放ちます。カイキアスは少し前の失敗を気にしたのか正直に引いてくれました。制御出来ないから手を焼いているとはいえ、カイキアスをここで失うわけには行きません。彼の戦闘能力に匹敵する存在はいません。サクラコも彼の代わりを務められる存在を召喚出来るのは当分先だと考えていました。だから全力で助けます。


 私の攻撃がドラゴンの命を刈り取ったのかドラゴンの準備が終わったのか。とにかくドラゴンの体が黒い渦に吸い込まれました。そしてその渦は私達を吸い込もうとします。私は渦が闇の魔法だと咄嗟に見抜き、対抗出来る魔法の詠唱を開始します。踏ん張れず渦に引っ張られたポチとマイラをカイキアスが掴み上げます。どうやら彼はこの渦の影響を余り受けていないみたいです。渦の時間切れまで平気な顔をして耐え切りそうです。


「策は有るのだろうな!」


「任せなさい」


 カイキアスの言葉を適当に聞き流し、私は魔法を放ちます。学園で習った授業を思い出しながら渦に光の魔法をぶつけます。あの渦は2段構えの魔法です。周りの物を吸い込むのが第1段階です。吸い込んだ物を燃料に大爆発を起こすのが第2段階です。あのドラゴンは余程段階攻撃が好きなのでしょう。第1段階が完了する前に第2段階に移行させれば爆発の規模が小さくなります。そして渦を中断させるには反対属性で攻撃すれば良いのです。


「失敗か?」


「そんな事はありません」


 何も変化が起きません。おかしいですわ。私の魔法の出力不足かしら? 私とドラゴンのレベル差、そしてこのダンジョンの本質から考えてそれは有り得ません。なら時間……いけません!


「全員、私の後ろに!」


 私は急いで魔法障壁を前方に展開します。間に合わないと面倒です。カイキアスが2匹を抱えて私の後ろに滑り込むのと同時に渦が爆発し部屋中が光に包まれました。最初の衝撃で障壁にひびが入りましたがなんとか生き延びる事に成功しました。そして爆発の終わりと共に私の体は消えました。

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