第7話

 96日目に地下10階に下りる階段の近くにある隠し扉の前に立ちます。私とポチですら何も気付けなかったのにカイキアスは一発で見抜いたそうです。Aランクは戦闘能力だけで無く探知能力も化け物ですか。


「壁を叩いて反響する音で調べただけだ」


 前言撤回。ただの力技でした。


 隠し扉を開けると禍々しい色で光っている魔法陣がありました。


「裏ボス」


 サクラコが断言します。


「強いなら良い」


 カイキアスは平常運転かしら。


「勝てる範囲の相手を期待します」


 敵がいない方が良いのですが、流石の私も理解しています。この先にはかなりの強敵が潜んでいます。倒すメリットはあるのでしょうか? カイキアスはそんな事を考えずに攻め入ります。フォローする私達3人の事は当然考えません。


 4人が魔法陣に載ると同時に魔法陣が輝き出しました。恐らく逃げるなら今の内と言う事でしょう。数瞬後、私達は見た事も無い場所に転移しました。サクラコの声は聞こえません。このエリア全体がボスの部屋と同じ扱いなのでしょう。壁を見る限りこれまでのダンジョンと同じ石で作られています。左前方に巨大な扉が有り、かなり遠くに行った所に魔法陣が輝いています。その魔法陣が帰還用の魔法陣なので間違いなさそうです。


「敵が強すぎれば撤退しましょう」


「腑抜けが! 戦いの果ての死こそゴブリンキングの望みよ!」


 カイキアスの頭の痛くなる発言を適当に聞き流します。主導権は彼にありますが最悪は見捨てて逃げます。私は真実を知るために泥水を啜ってでも生き延びなければいけません。


 ドアを開けようとするカイキアスの手を掴み制止させます。彼の睨みを無視して扉の横にある案内板を読みます。


 裏ボス、S級ヒドラの部屋。ダンジョンをクリアするのに討伐する必要無し。討伐ボーナスはクリア時の粗品+100万GP。


「こう書いてあります」


「S級、実に良い。行くぞ」


 私も諦めてカイキアスに続いて部屋に入ります。ポチとマイラは私の左右を固めます。全員に状態異常防御リングが行き渡っています。毒には効き目が薄そうですがそれ以外なら弾くはずです。


 部屋は巨大な空間でここが地下だと一瞬忘れるほどです。天井まで少なくても20メートルはありそうです。部屋に入ると同時に扉が閉まりました。開くか調べる気はありません。引くと言う選択は無いのです。どんな化け物が来ようとも勝つのみです。カイキアスには死ぬ気で頑張って貰います。恐らく彼以外はまともにダメージを与えられません。


 巨大な魔法陣と共にヒドラが現れました。魔法陣からはみ出しそうな巨大なモンスターです。大きさは小さな山程度で首の数は9つです。体表は紫色の鱗で覆われ、物理防御は高そうです。魔法もそう簡単には通らないでしょう。4本の足で立つタイプで移動速度は遅そうでです。魔法陣が割れヒドラが雄叫びと共に私達に襲い掛かりました。


「この程度!」


 カイキアスが剣の一振りでヒドラの首に切り傷を付けます。あのカイキアスが切り落とせなかったのです。どうやら想定を遥かに上回る敵みたいです。離れた場所から状況を確認していたら鞭の様にしなる首が私を狙います。咄嗟に反応しサイドステップで華麗にかわします。15メートル離れた場所を攻撃出来るなんて反則です。どうやらこの部屋全体がヒドラの射程圏内です。


 しばらくは双方有効打を与えられずも激しい攻防を繰り返します。私達がかわすのを見てヒドラがイラつきます。恐らく遊びでケリを付ける予定が失敗に終わったので不機嫌になったのです。このまま怒り任せに戦ってくれた方が楽なのですが、相手はS級です。どうやら冷静に行動パターンを変えて私達を倒すみたいです。


 鞭の様な攻撃に加え、頭が各種属性ブレスを吐きます。色分けされていない上、同じ頭で複数の属性を使い分けます。


「首を回避した所にブレスで止めなんて幼稚です」


 そう言いながら私は首を回避しブレスを魔法で相殺します。ヒドラの攻撃が拡散しているため私の実力でも互角以上に対応出来ます。9つの首全部が私に集中攻撃したら一溜まりも無いでしょう。カイキアスは余裕で首とブレスをかわしポチとマイラは臨機応変にやっています。ここまで攻撃で傷を与えたのはカイキアスだけです。やはり私も前に出るべきでしょうか。


「首が伸び切ったところを斬れ!」


 カイキアスから指示が飛びます。貴族令嬢に命令とは何様のつもりかしら。しかしそれが最善手なのでしょう。カイキアスがヒドラの近くで戦っているから本体は私に近づけません。その分カイキアスも腰をすえた一撃を放てずヒドラの回復力の前に苦戦しています。首の1つか2つを落とせれば状況は好転します。


 次に来た首はそのまま回避しました。カイキアスの舌打ちが聞こえた気がします。それでもヒドラは私達の言葉を理解している可能性があります。私が足を止めると思ったのか、いつもの3倍のブレスが私に向かった放たれました。危機一発です。最低でもマイラ並みの知能はあると思って良さそうです。意外にも私を狙ったヒドラの首は自分の放ったブレスにやられブスブスと音を立てながら崩れ落ちました。残る首は8つ。そう思ったのに首は動きました。頭を壊すだけでは駄目なのかしら。


「再生?」


 呆気に取られた私が言います。どうやら首は再生するみたいです。雲行きが怪しくなって来ました。まだ大丈夫だと気休め程度に思っておきます。サクラコが居ればと思わずにはおれません。彼女の知識は本物です。独自に使おうとするとカイキアスなんかが出て来て私が軽く死にます。それでも使い手がしっかりしていれば問題は軽減出来ます。


「ワン! ワン!」


「ミャア!」


 ポチが吠えマイラが炎を吐きます。何処にも敵がいないのに不思議な事です。こんな無駄な行動をする余裕は無いはず。何故かヒドラがマイラに攻撃する回数を増やしました。ポチが割り込んでいるので大丈夫ですが、マイラ単独では捌けない量です。


「もしかして、火炙りにしたら良いの!」


 私は咄嗟に叫びます。ポチが吠えたので間違い無さそうです。私は一気に加速しマイラの近くの地面を強打した首に切り掛かります。ドラゴンバスターはヒドラにも有効なのか、前回同様さして抵抗も無く首を切り落とせました。


「マイラ、お願い!」


「ミャア!」


 マイラのファイアブレスが首を焼きます。動きを止めたマイラにヒドラのブレスが来ます。私がマイラとブレスの間に立ち魔法で相殺を狙います。2つ目までは成功しましたが3つ目が私に直撃しました。その威力で数歩後ろに押されましたが、幸い魔導甲冑の防御を抜くほどのダメージではありません。振り返るとマイラが焼いていた首は見る見るうちにしおれました。


「続けろ!」


 カイキアスが叫びます。言われなくても分かっています。ヒドラも本気になったのか、分散していた狙いを私とカイキアスに絞ります。私も斬るチャンスを窺っていますが、斬ったら相打ちに持ち込まれるヒドラの攻撃の組み立てに苦戦します。首を2つ落とせるなら魔導甲冑を犠牲にする覚悟で動くしかありません。


 攻め切れず回避しているとカイキアスが被弾しました。すぐに回復すると思ったのですがブレスが当たった腕が変色したままです。恐らく毒です。私は回避行動を取りながら、回復魔法の一種である解毒魔法を使います。


「治りました?」


「解毒が出来るとは貴様は器用だな」


「当然ですわ」


 軽口を叩きながら戦闘を続けます。私が解毒魔法を使えるのを見てヒドラは毒ブレスを控えました。恐らく他の首を巻き込んだらヒドラ自信にもダメージが行くのです。私は意を決してポチに指示を出します。


「次!」


「ワン!」


 首が来たので私は足を止め全力で切り飛ばしました。マイラがすかさずファイアブレスを吐きます。次の首は影に隠れていたポチが死角から体当たりをかまし軌道を逸らしました。逸らしたところを私が頭を切り飛ばしファイアボールの魔法で焼きました。流石のヒドラも私がファイアボールを放てるとは思っていなかったのか慌てます。カイキアスは私とマイラに邪魔が入らない様に大技を放ちます。これで残る首は6つです。カイキアスの大技が首を一つ粉砕します。しかし位置が悪すぎます。このまま再生を待つのかと思ったらカイキアスが首を持ち上げました。


「撃て!」


 なんて人使いの荒いゴブリンキングでしょう! 私は命じられた通りにファイアボールを放ち首を焼きます。どうやら上手く焼けたようで残りは5つです。このまま押し切りましょう。次の首も同じ様に私が切り落としマイラが焼きました。


「残り4つ!」


「ワン! ワン!」


 ポチが焦った様に叫びます。どうしたのかと思ったら焼いた首から頭が生えています。そしてマイラを弾き飛ばし私の体に巻き付きます。魔導甲冑が悲鳴をあげますがこの程度では壊れません。


「エリザ!」


「ガルル」


 カイキアスとポチが必至に私を助けようとします。心配し過ぎです。残った4つの首が2人を牽制しているので思った様に私の援護に来られません。マイラは遠くに飛ばされて復帰までもうしばらくかかりそうです。バリバリと音をたてて魔導甲冑の両腕が崩壊します。一瞬ですが自由に動ける隙間が出来ました。私はこの瞬間を利用して体を180度回転させます。背中を見せた私を殺すチャンスと思ったのかヒドラの首の一つが毒ブレスを放ちます。野性の本能なのでしょう。


 強力な液体が魔導甲冑に掛かります。甲冑の装甲が水に濡れた紙の様に溶けます。そして私を拘束していた首もまた溶けます。私を拘束出来ないほど首が弱まったのを見計らい、強制射出装置を起動します。甲冑の正面から弾き出されるのと背中の装甲が溶けたのは同時でした。後1秒遅れたら私の背中は穴だらけになっていました。私を掴んでいた首はヒドラの体近くまで後退してそこで新しい頭を生やしています。どうやらあの首だけ特別です。


「無事か!?」


 カイキアスの心配を他所に私はドラゴンバスターに解毒魔法を掛けてカイキアスに投げ飛ばします。魔導甲冑無しで振り回せるほど私の体躯は良くありません。カイキアスの武器ではヒドラに致命傷を与え辛いです。ならこれが最善です。


「使いなさい!」


 私の声が早いかカイキアスは剣を取り本体近くにあった4つの首を切り落としました。なんとか復帰したマイラと一緒に必至に首を焼きます。焼いても復活する首が動き出すまでが勝負です。


「ワン!」


 ポチが吠えます。間に合いました。残り首は1つです。


「首を焼いても復活とは面倒だ!」


「魔石は無いのですか?」


「無い。だが心臓の一つや二つはあるだろう」


 カイキアスは実に危ない笑みを浮かべて宣言します。最後の首の再生を妨害するために再度斬り、マイラに焼かせました。その後カイキアスは本体の足を斬り体内に斬り込みました。体内にも猛毒があるらしく私は解毒魔法を掛け続ける羽目になりました。おかしいです。私が剣を振り回して華々しく活躍するのが普通ではありませんか? いつの間にか薬箱になっています。


 カイキアスが数分斬り続けるとヒドラが断末魔を上げて動きを止めました。そして他のモンスター同様粒子になって消えました。私達の勝利です。


「終わったか。思ったほど強くは無かったぞ」


「それは貴方だけです」


 カイキアスはそう言いますが私が居なければ彼は余裕で数回は死んでいました。カイキアスの自信は何処から来るのでしょう? ですが私はそれを見習うべきかもしれません。私は強いのです。格上だから気後れするのは良くありません。


「ワン!」


「そうですねポチ。宝箱も出ないみたいですから帰りましょう」


 私はちゃっかり100万DP増えているのを確認しましたがそれ以上は手に入りませんでした。100万DP掛かる縁召喚が一つ追加されたのはカイキアスには内緒です。私の身の安全のためにもこのダンジョン攻略には使えません。功略後に貰える粗品なる物が何か興味深いです。4人で帰りの魔法陣に載りダンジョンの地下9階に帰りました。そこから手分けして最後の掃除をしました。


 明日ダンジョンボスに挑みこのダンジョンを制覇します。最後の夜は私とサクラコ、そしてポチの3人だけでマスタールームに集まりました。サクラコとはどうしても話しておかないといけない事があります。


「明日終わります」


「最後の数日はちょっと危なかったけど上出来」


「私が居るのですから当然の結果です」


「自惚れは危険」


「分かっています」


 溜息を付いて白け出した場を整えます。もっと大事な話があるのです。ポチも尻尾で私をペチペチ叩いています。


「サクラコ、お別れですね」


「……気付いていた?」


「ダンジョンルックになってから気付きました」


「そう」


 進化してからサクラコの人格と記憶がかなり消えました。最初のインパクトが強すぎたので気付くのに少し時間が掛かりました。地下6階の攻略を通じて前世の記憶を下にした発言がなりを潜めましたのでそうなのではと思いはじめました。


「サクラコはどう認識しているのかしら?」


「人格と記憶の半分程度をコアの追加システムが上書き」


「どうにもなりませんか?」


「不可能。消える定め」


「寂しくなります」


「惜しまれる内に消えるのが良い女」


「ならダンジョンマスターとして生き返る私は悪い女かしら?」


「不明」


「そう言う時は否定しなさい!」


 二人で笑います。


「成すべき事があるのならそれを成す」


「王国を蝕む陰謀を明かさないと死んでも死に切れません」


「それで良い」


「サクラコと一緒が良かったです」


「大事な事は全部伝えた」


「そうですね」


「渡せる物は渡した」


「ポチは感謝しますがカイキアスは一生恨みます」


「猿も木から落ちる」


「まあ良いでしょう。カイキアスほどのミスを何故したのです?」


「君にノーと言える人材を残したかった」


「ノーライフ一直線です」


「君にはジョークのセンスは無い」


「本心です」


「それの方が悪い」


「カイキアスを押し付けて逃げ切るサクラコに言われたくありません」


「一理ある」


「そうです」


「なら詫び代わりに君では考え付けないダンジョンの構想を残しておく」


 サクラコの考えは実に異質でした。前世だからでしょうか? ダンジョンは人に攻略されないためにモンスターとトラップを配置します。サクラコはダンジョン目線では無く人の習性を利用しろと言いました。サクラコの最後の置き土産なのですからしっかり活用しましょう。


 その後は取り留めの無いを続けました。このまま時間を忘れて数日は話し続けられそうです。しかしそれは叶いませんでした。リセットと同時に全損したはずの魔導甲冑がマスタールーム内に復活したのです。なんとも不思議な光景です。


 これで否応が無く時間なのだと理解しました。カイキアスが掃除を完了するまでの時間はあります。残り時間から逆算して優先順位の高いものから話し、最後にサクラコと魔導甲冑について話し合いました。


「魔導甲冑はフェイク」


「偽物なのですか?」


「機能は魔導甲冑でも正体はダンジョンマスターの一部」


「私と同じ様にリセットと同時に完全回復するのなら理解出来ます」


「ダンジョンマスターをコアで強化する危険性は覚えている?」


「はい。ですからネームドは一切強化していません」


「この魔導甲冑は強化出来る」


「リスクが少なく強化出来る存在と言う事ですか?」


「恐らく」


 まさか魔導甲冑にそんな裏があったなんて。このダンジョンを攻略したらこの魔導甲冑がどうなるのか不明なので強化は出来ません。


「これどうなると思います?」


「少なくてもダンジョンの外には持っていけない」


 サクラコも分かりませんか。ですがこの情報は重要です。魔導甲冑頼りの戦いをしてはダンジョンの外に出た際に大幅に弱体化します。私が外に出られるのは当分先だと思いますが、サクラコは常に遥かなる先を見据えてアドバイスをしてくれます。そのために何度か死にそうになりました。


「なら最後に活躍して貰いましょう」


 私は魔導甲冑に搭乗し部屋を出ます。外にはカイキアスとマイラが待っていました。


「掃除は終わった」


「分かりました。これよりダンジョンボスの部屋に向かいます」


 カイキアスが掃除が終わったと報告します。私はそれを聞いて最後の戦いに挑むと宣言します。リセットまで8時間。全てを終わらせるとしましょう。

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