第6話

 あれだけの激闘です。確認するのを忘れていたステータスに何か変化があるかもしれません。なんとレベル11になっていました! 成長が早すぎるのでもしかしてあの虹蜂王レベル11以上だったのかもしれません。DPも結構増えました。この2日の稼ぎから計算すると地下10階は1万DP/日稼げます。虹蜂王の部屋は1万DPでした。


「この2日だけで3万DP稼げるとは幸先が良いです」


「20日粘れば20万DP増える。これを使用可能DP枠と定義」


「地下8階と地下9階で10万DPになりません?」


「それは緊急用の貯金と維持費」


「ではその様にしましょう」


 20万DP使い切れば10万DPに手を出すしか無いのです。早速色々購入しましょう。


「限定召喚@1で虹蜂が追加」


 王では無いとはいえコレクターに売ったら小さな城を買える程度にはレアです。ダンジョンのモンスターなんで売れないでしょうけどね。将来的に生命体として召喚出来ればその限りではありません。期待が膨らみます。


「ゴブリンキング、スケルトンキング、コボルトキング、ウーズキングから一つ選択。限定召喚@1」


「キングマラソンをしたら増えそうですか?」


「無理」


「それは残念です。ならどれを選びましょう?」


 スケルトンキングは除外です。アンデッドが主力ならいざ知らずゴブリンが主力ですので相性が悪すぎます。骨をポチの玩具として流用する以外に使い道が無さそうです。ウーズキングはゴーレム以上に遅速です。配下を無限に生み出しても、維持にDPを取られては意味がありません。将来的にダンジョンを守る立場になるのなら意味がありそうですが、階層ボス攻略に役立たないモンスターは却下です。


 ゴブリンキングとコボルトキングの一騎打ちです。鍛冶が出来る分コボルトキングに軍配が上がりそうですが、ゴブリンキングならゴブリン全体にボーナスを与えそうです。ここはゴブリンキングにしておきます。さっそく召喚です。120DPで召喚出来て維持費は12DP/日です。


「待った」


「なんです?」


「折角だからネームド召喚」


「それは良い考えです。あら、選択出来ません」


「DPが足りない」


「そんな!」


「ネームド召喚は高い。そしてその分強い」


「分かりました。しばらくDPを貯める事に集中します」


 3万DPでも足りないなんてどういう事かしら? マイラだって25000DPで召喚出来たのに変ですわ。今は他の事に集中しましょう。


「マイラとポチを進化させる」


「やっと準備が整いましたの?」


「マイラなら5000DPでジュニアキマイラに進化」


「FからEにランクアップですね」


「このダンジョンなら急げばDランクまでランクアップ出来る」


「ポチの方はどうです?」


「マスタールームに新しい部屋を作って30日分の食糧を用意。10日で進化」


「一種の冬眠状態に入るのですか。進化先は分かります?」


「普通ならダイアウルフ。ダンジョンに長期間滞在だからシャドーウルフも候補。両方ともDランク」


「ならばポチを優先しましょう。DPが余ればマイラを進化させます」


 マスタールームに入りポチ用の部屋を用意します。1万DPで使い捨てです。幸い食糧と水は含まれており維持費も掛かりません。唯一の条件がマスタールームに出入口がある事です。マスタールームの機能を見る限りコアとは切っても切れない重要な関係にあるのが分かります。


「DPに余裕がある」


「マイラ」


 私はマイラを呼びました。半透明の板を操作して5000DPを消費しました。マイラの足元に魔法陣が浮かび上がりました。数分でマイラの姿形が変わりました。小型犬だった姿が大型犬に近い姿になりました。


「ミャア!」


「無事に進化出来て何よりです」


 マイラの獅子の頭を撫でながらステータスを確認します。間違い無くEランクのジュニアキマイラです。レベル1に戻っているので早速明日からレベル上げです。この階層で戦えば10日弱でレベル10に戻ります。そうしたら再度進化させましょう。


 78日目には殲滅力の観点からゴブリンセイジ2匹とゴブリンヒーラー1匹を召喚しました。開幕範囲魔法4発ならウーズ系以外をほぼ瞬殺出来ます。2発だとどうしてもキングとジェネラル級が持ち応えてしまいます。ゴブリンバーサーカーの手に掛かれば雑魚ですが、その分戦闘時間が長くなります。戦闘面では87日目まではこれを繰り返し、どんどんDPを貯めました。


 82日目にはゴブリンキングをネームド召喚出来るDPが貯まりました。85000DPなんてとんでもない暴利です。サクラコによるとゴブリンとゴブリン+ラインのおかげで15000DP安くなっているそうです。それでも高すぎです。召喚はもう少しDPを貯めてからにしました。


 83日目には10万DPを超えました。


「縁召喚@1」


「一体誰かしら?」


■■■■■■■■■■■■


1 ハンス


■■■■■■■■■■■■


「なんでハンスがリストに載っているの!?」


「知り合い?」


 ハンスは王都にあるお父様の屋敷を管理している40代の男です。領地の屋敷と違い、王都の屋敷の人員は皆戦闘能力を有しています。ハンスはお父様の裏仕事にも携わっていて、第一線から身を引いた今でも市街戦においては現役も真っ青の実力者です。彼ならゴブリンタイラント6匹と戦っても勝ちを拾えるはずです。


「リストに載っているなら天に還っていないのですね?」


「確定」


「縁召……」


「待った!」


「何かしら?」


「縁召喚は発動時に10万DP使用する。呼び出した相手が同意しなければDPを失うだけ損」


「何が言いたいのです?」


「ポチと違って決定する前に話し合える。どうするかは任せる」


「ありがとうございます」


 サクラコに気を使わせてしまいました。私もまだまだです。気を取り直して召喚をします。


「こここのままでででは死ねななない」


 呂律がいまいちなハンスの霊が眼前に現れました。激しい戦いの後が体中に残っています。そして体の右半分が異形のものになっています。


「悪魔化」


「なんとかならないのですか?」


「まだ不完全」


「間に合いますね。いえ、間に合わせます」


 私はハンスの顔をしっかり見据え、彼に語りかけます。


「ハンス、ハンス。私が誰だか分かりますか?」


「おおお嬢様?」


「そうです。エリザです」


「おおおお! 生きててて……」


「残念ながら貴方と同じ様に天に還る事が出来ず、地の底にいます」


「なななら私もご一緒ししします」


「それは駄目です。私と同じ重荷を背負わせたくはありません」


「……」


「そうですわ! 私が処刑されてからどうなった教えてください。ここに居ると外の情報が何も入って来ないのです」


 少しでも違う話題で気を引こうとします。それに外で何が起こったのか知りたいのも事実です。それがどんなに絶望的な事でも私にはこの機会を除いて知る事は出来ないでしょうから。


「わわわかりまししした」


 ハンスは話し始めました。


 私の滅殺刑を聞いた陛下とお父様はすぐに停止命令を出そうとしました。死刑ならまだしも滅殺刑は外聞が最悪です。国内のみならず国外への影響は計り知れません。しかしここで大司教率いる教団が異議を唱えました。ただの時間稼ぎでしたが陛下はそれを無視する事は出来ませんでした。放置して教団の専横が悪化すればそれこそ最悪です。陛下とお父様は裏から手を回そうとしましたが、それも教団の裏仕事をする部隊に阻まれました。どうやら私の一件は用意周到に仕組まれたみたいです。


 結局陛下の動きは間に合わず、私はグランドダンジョンの地下20階で新種のモンスターに食われて死にました。王国騎士団の正式な報告書にそう記載されているのなら、私の死を疑う者はいないでしょう。それに仮に生きていたとしても、正式に死亡扱いのため生前の権利は全て消失しています。これからは元伯爵令嬢と名乗りましょうか?


 幸いお母様は私が連行されたと聞いたら急いで領地に帰りました。安全のためもありますが、領内で陣頭指揮を取る必要があります。噂が噂を呼んでお母様が領内を安定させないとどうなるか私にも読めません。王城での出来事を聞くと領内でも暗躍しているでしょう。お母様が無事だと良いのですが私には確認する方法がありません。


 ここで終わればどんなに良かったでしょうか。私の死を持って教団は陛下の優柔不断を槍玉にあげ、教団のみが王国を導けると高らかに宣言しました。


「全員不敬罪で串刺しの刑に処しましょう!」


「まままったくです」


 陛下とお父様のみならず他の上級貴族も行き過ぎた教団を弾劾すべく動き出しました。しかしここで弟が屋敷から盗んだ資料がばら撒かれます。決して表に出てはいけない王国の暗部です。国内貴族の謀殺や隣の帝国から依頼された帝国の第3王子毒殺まで幅広い事柄が露見しました。陛下とお父様はこれの対応に追われ、教団はその間に力を結集しました。


「ヘンリーはそんな大事な仕事に就いていたかしら?」


「いいいえ」


 私と同じく簡単な仕事を任されていただけです。どうやら弟はその事を教団の暗部に告げ、暗部が重要資料をお父様の屋敷から盗んだみたいです。ハンスの考えでは王城の資料室にも手を入れたそうです。何故ならお父様が関わっていない裏仕事の証拠もあったためです。不思議と第2王子とその取り巻きの情報は無かったそうです。そうなると誰が情報を精査したのか何となく見えて来ます。


 弟は当然国家機密を漏洩した罪で牢屋に入れられました。嫡子の身分は取り上げられましたが、お父様の子供の立場は残されました。貴族として処罰するためです。陛下はなんてお優しいのでしょう。裁判などせずに首を叩き落せばよいのに。事実関係を明らかにしようとしたのでしょう。そう好意的に解釈しておきます。


 あろう事か謹慎中の第2王子が弟を解放し、教団に引き渡したのです。なんたる体たらく! 信じられません。それだけ城内が混乱していたのです。陛下とお父様も牢屋番が買収されているとは夢にも思っていませんでした。陛下は逃げた弟を引き渡す様に教団に迫ったそうですが、教団は知らないの一点張りです。強制捜査を強行する他無い事態になりました。緊張が高まるある夜、お父様の屋敷が教団の狂信者の焼き討ちにあいました。


「貴方が遅れを取るなんて!」


「ぼぼ坊ちゃまが居たのです」


 狂信者を率いていたのは弟だったのです。ハンスと屋敷の者には弟はまだ坊ちゃまだったのです。その油断が命取りとなりました。弟は「これで神は僕を愛してくれる」なんて寝言をほざいていたそうです。必至に自制を促すハンスを無視し弟はハンスを斬り殺したそうです。ハンスの話はここまでです。


 私の気分は沈みました。どん底です。あの可愛かった弟がここまで落ちるなんて。一体誰がこんな事をしたのかしら?


「ぼぼ坊ちゃまと坊ちゃまをけけ穢した下郎をこの手で、この手で!」


 ハンスの魂の慟哭です。私はそっと彼の手を取りました。


「ハンス、貴方の怒りと恨みは私が引き継ぎます。貴方は安らかに眠りなさい」


「おおお嬢様」


「誓いましょう、イザベラ・ヴェミラスの名において! 我が家の恥は私が雪ぎます」


 私の宣言を聞いてハンスの表情が柔らかくなりました。怒りと恨みから少しばかり解放されたみたいです。


「一人で逝けとはお嬢様も手厳しいです」


「元伯爵令嬢ですもの」


 私は出来る限り笑顔で言いました。


「渡せるか分かりませんが、これをお持ちください。天に還る私には必要無いものですから」


「暖かいです」


 ハンスの手から私の手に何かが移りました。


「良かった。お嬢様、先に……」


 そこで魔法陣が弾け、ハンスが消えました。


「ハンス? ハンス!」


「縁が切れた」


「ハンスはどうなったのです?」


「天に還った」


 サクラコの言葉に「本当ですか?」と聞かなかった自分を褒めたいです。私とサクラコは答えを持っていないのです。ならサクラコが付いた優しい嘘を信じるしかありません。ハンスのためにも彼が天に還れたと信じます。


「何を貰った?」


「スキルでしょうか? 大半はハンスと共に消えましたが一つだけ残りました」


 ハンスがもっとも得意だった技。そしてそれを使いこなすためのスキル。彼が残してくれた力です。


「使える?」


「使いこなしてみせます。ハンスの無念はこれで晴らします」


 それが私が出来る彼への手向けです。


 ハンスが消えてまたいつも通りの日々が戻りました。マイラは84日目にレベル10になったので10000DPでDランクのレッサーキマイラにランクアップさせまた。かつて戦った階層ボスより一回り小さいですが、それでも大きな熊と変わらない大きさです。これでレベルまで上がれば私では相手にならないでしょう。


 私は85日目にレベル12に上がり前線から身を引きました。これ以上戦うよりスキルを伸ばした方が良いとサクラコが言ったからです。道具購入にドラゴンベインなる剣が10000DPで追加されました。地下10階の階層ボスはドラゴンですね。もしかして粘ったご褒美では無く、攻略出来ない人のための救済措置ですか? 折角なので購入してみました。大きすぎて使い辛いです。ゴブリンタイラントの体格が無い使いこなせないでしょう。


 87日目にはポチが進化して帰って来ました。


「ポチ、お帰りなさい」


「ワン!」


 マイラより一回り大きく黒と灰色の毛皮に覆われています。ステータスを確認してみるとシャドウウルフリーダーになっていました。


「ウルフリーダーですか?」


「シャドウウルフのボス的存在」


「予定通りでは無いのでしょう」


「予定よりかなり強い」


 Cランクには及ばないもののDランクとしては頭一つ分抜けた存在らしいです。流石は我が家のポチです。サクラコが自分の功績の様に誇っています。


「残りはDPを貯めてゴブリンキングをネームド召喚して階層ボスに挑むだけです」


「魔導甲冑」


「あれを買うのですか?」


「ドラゴンベインを使える」


「それはそうでしょうけど……」


 なんだかんだでサクラコに押し切られました。幸い必要なDPは貯まっていたので問題無く買えました。眼前に現れたかつて栄華を誇っていた人類の叡智を見上げます。


「デザインがいまいちです」


「マジダサ」


 私とサクラコの心が一つになりました。全長250センチメートルで固有装備は有りません。全体的に丸く近代の名機みたいに角張った印象を与えません。お父様なら装甲を取り外した状態みたいだ、と言って喜んだかもしれません。操縦席に座り操縦用の魔法陣に手を置きます。地下10階の広場で可動試験を行います。


「動きますが、全体的に遅いです」


「スペック低し」


「でも魔力を余分に流しても問題無く動きますし、スペックが低いわけでは無いと思います」


 魔導甲冑のデータと商品説明をサクラコと確認してみます。製造番号XX-X041C。第1次魔導文明時代後期を代表する傑作機のカスタムモデル。時代を先取りした魔法イメージによるダイレクトドライブを……。ここは読み飛ばしましょう。大抵の近接武器は装備可能。機体コンセプトはどんな下手糞な操縦者でもゴブリン相手に勝てる。


 ざっと3000年前の機体みたいです。実家の名機は400年前に滅んだ第3次魔導文明製です。性能が悪いのは単純に古いからかしら。この時代の機体は大陸でも5体も残っていないから確実な事は言えません。傑作機だと言う説明を信じるしかありません。


「マニュアルかも」


「どうしました?」


「ちょっと試す」


 そう言ってサクラコは甲冑の何かを弄りだしました。コアと甲冑が接続出来るとなるともう一人の私としても動くのでは無いでしょうか? サクラコに確認すると戦闘機動は無理との事です。……色々考えさせられる発言です。数日したら魔導甲冑が思うように動き出しました。サクラコに聞いても何も教えてくれません。使えるならそれで良いとしましょう。


 94日目には必要なDPが貯まったのでゴブリンキングをネームド召喚しました。彼を見た瞬間、まずいと気付きました。ポチとマイラは戦闘姿勢を取りました。どう見ても仲間と言える雰囲気ではありません。それでも私は臆さず前に出ました。


「私はダンジョンマスター候補のエリザです。貴方をネームド召喚した者です」


「それがどうした」


 190センチを超える巨躯が私を見下ろします。召喚時の装備は全てミスリル製です。陛下でもこんな上等な装備は持っていません。もしこのゴブリンキングが地上に出られたらそれだけでこの大陸の国の半分は地図から消えるでしょう。


「出来れば従って貰いたいのです」


「断ると言えば?」


「状況を分かって言っているのですか?」


「俺はコアのネームドモンスターだ。ならば貴様に成り代わり、コアを支配する事は不可能では無い」


「私が許すと思いますか?」


「俺をコア経由で削除は出来ない」


「それは私も同じです」


 しばしの沈黙。一瞬ですがそれでも数年は経った気がしました。


「俺を従えたければ力を示せ」


「戦えば良いのですね」


「1対1と言いたいが、たかがEランクのモンスター相手では弱い者虐めでしか無い。そこの2匹の参戦を許可しよう」


 残念ながらゴブリンキングの言う通りです。地下10階で戦ったゴブリンキングが10匹束になっても彼には勝てないでしょう。彼はそれまでに圧倒的な強さを持っています。魔導甲冑を纏った私、ポチ、マイラで勝率3割と見ました。


「良いでしょう。場所はここで良いですか?」


「うむ」


「なら装備を取って来ます」


 私は魔導甲冑を身に纏いドラゴンベインを手に取りました。サクラコはやはり知っていたのかしら? この装備はどう見ても階層ボスでは無くゴブリンキング対策です。


「ほう、面白い玩具だな。鎧を纏っても雑魚は雑魚でしか無い」


「準備は出来ました。始めましょう」


 戦力を出来る限り正確に把握します。全員Eランク基準に置き換えます。ゴブリンキングはレベル41、私は魔導甲冑の底上げ込みでレベル27、ポチとマイラはレベル21です。ゴブリンキングが一撃で私を仕留め様と動きます。私は両腕を交差して彼の一撃を受けます。受けて後ろに吹き飛ばされました。力の次元が違いすぎます。


「ポチとマイラは牽制! 捕まっては駄目よ」


 無理矢理魔導甲冑を立ち上がらせ、剣を構えます。眼前には居ません。魔導甲冑のレーダーが上と教えてくれました。咄嗟に右に転がりますが、遅すぎました。甲冑の左腕が斬りおとされました。後一瞬遅れていれば甲冑ごと真っ二つです。


「多少は動けるか?」


 ゴブリンキングは余裕そうです。実際には本気を出してはいないのでしょう。ですが私には負けられない理由があります。あの時に死んだ戦う力も術も無かった伯爵令嬢では無いのです。ダンジョンで戦い抜いた100日弱は決して無駄ではありません!


 私は突進しました。それにあわせるようにポチとマイラも突進します。3方からの攻撃なら1撃は入ります。勝つか負けるか以前に1撃入るかどうかの戦いになっていますが、今は言及しません。する余裕もありません。


「甘い!」


 ゴブリンキングはそう言うと体からオーラの様な物が湧き出しました。それに阻まれ前進出来ません。そしてゴブリンキングの気合一つで私達は吹き飛ばされました。


「きゃあああ!」


「クゥーン」


「ミー」


 あれはゴブリンタイラントの【肉体強化】に似ています。それを外に放出するまで高めるなんて非常識です。ダンジョンのゴブリンキングはそんなスキルを持っていなかったのにずるいです。


「諦めろ。貴様では勝てん」


「お断りです。死んでも生き返るのですから勝つまで続けます」


「きりが無い。コアよ、俺がこの女に止めを刺せば俺をコアのマスターにしろ」


「了解」


 サクラコの裏切り者! そもそもそんな事出来ません。


「聞いての通りだ。参るぞ」


 ゴブリンキングもサクラコの発言が嘘だと知っているはずですが、彼はやる気です。参ると言いながら私が立ち上がるまで待ってくれます。魔導甲冑の方はまだ動く、と言った感じです。右腕とドラゴンバスター以外は良くて小破状態です。この状態で勝ちを拾うにはどうすれば良いのかしら? 真っ向勝負は自殺行為。3人の連係技は見破られています。動きを止めてからポチかマイラの奇襲で首筋狙い。彼の動きを止めるには私が生贄になるのが最善。殺される前にポチかマイラが間に合わなければ終わりです。


「来なさい! 私の戦いを見せてあげます!」


 気合だけは十分です。ゴブリンキングが剣を振ります。全然見えません。しかし気合でドラゴンベインを剣にぶつけます。ぶつけたら魔導甲冑の右ひじが壊れました。こうなったら頭突きです!


「最後の頭突きは悪く無い。だが接近したのは失策だ」


 ゴブリンキングの左腕が胸部甲冑を貫通し左手が私の首筋を締め上げます。ミシミシとしてはいけない音がします。


「このまま首を捻じ切る。降参するなら今の内だ」


「ふ……ざ」


 ふざけないで、と言いたかったのですが首を押さえられては話せません。ですが10秒ほど彼の動きを止めました。私の首を絞めるなら先程の吹き飛ばし攻撃は出来ません。首が取れるまでの数秒が勝負です。


 マイラが飛び込んで来ます。ゴブリンキングが私の首を絞めたまま回転蹴りでマイラを蹴り飛ばします。ここまで非常識だと言葉もありません。人間の首ならポロッと取れていましたが、これでもダンジョンルックです。ちょっと頑丈なんです。マイラの影に潜んでいたポチがゴブリンキングの首筋目掛けて一直線に飛びます。ゴブリンキングは剣で迎え撃とうとしますが、私が魔導甲冑の足を剣に貫かせます。魔導甲冑は既に全壊しているのです。いまさら足一本追加で壊しても痛くも痒くも有りません。ゴブリンキングはあっさり剣を手放しポチを背負い投げで遠方の壁にぶつけます。痛そうです。ごめんねポチ。


「終わりだ」


「ま……だ」


 逆転の秘策は既に成っているのです。ゴブリンキングの首に巻き付いたミスリルワイヤーです。糸使いハンスが残してくれた技です。ゴブリンキングとの距離が固定された事で準備が出来ました。そして2匹をフェイントに首に使い巻き付けたのです。彼が分かる程度にワイヤーを萎めます。


「俺の首を取るか。だがミスリルでは俺の首は断てん」


 ゴキッと言う音がして意識が無くなりました。


「ここは?」


 私は目覚めました。周りを見るとマスタールームの中だと理解しました。


「目覚めた?」


 サクラコが胸から出て来ます。


「……」


 黙ってコアを睨みます。死を覚悟して思いっきり叩きたい衝動に駆られました。


「体は治した」


「今は何日目ですか」


「95日目」


「一日経ちましたか」


「ダンジョンルックは体が無事ならリセット時に復活する」


「分かっていましたが死ぬのは痛いです」


 正確には死んだのでは無くて首が取れて活動出来なくなったのでしょう。あれで気絶したのは余計な気がしますがこの体には未だ謎が多いです。


「死に慣れないとダンジョンマスターは勤まらない」


「私は負けたのでしょう。彼がダンジョンマスターなのでは?」


「あれは引き分け」


「いい加減な!」


「ゴブリンキングの判断。私は従ったまで」


 彼は何を考えているのでしょう?


「そう言えば彼は何処に?」


「ダンジョンの掃除。君が不在の間にDPを稼いだ」


「ついでにレベルアップですか」


「今の彼は更に強い」


「……こうなると知っていましたね。何故彼をネームド召喚したのです?」


「私のミス。君なら制御出来ると思った」


 そこからサクラコの懺悔が始まりました。このダンジョンの限界レベルの3人がおり、尚且つ魔導甲冑まである。これで倒せない敵は無いとサクラコは考えたのです。ただしネームド召喚される固体はこのダンジョンのルールの外にいます。そのためこのダンジョンではどう頑張っても届かない存在が召喚されました。


 恐らく地下10階の階層ボスすら片手間で片付けられる強さを持っているゴブリンキング相手に私達3人では届きません。そこでサクラコは私が魔導甲冑を取りに行っている間に彼と取引をしたのです。一撃入れたら相打ち。その代わり一撃も入れられなかったらコアは自壊。


「貴方が死ねば彼も死ぬでしょう!」


「弱き者に従うなら死を選ぶのみ」


 突然部屋の入り口からゴブリンキングの声がしました。


「いつからそこに?」


「アリーナを掃除したのでこれから地下10階の偽キングを潰す前に貴様が目覚めた見に来ただけだ」


「おかげ様で首はくっついたみたいです」


「ダンジョンマスターを目指すならそれくらい不死身でないと詰まらん」


「では従って貰えるのですか?」


「あそこまで徹底的に潰してまだほざけるか」


「不死身ですから。貴方が首を縦に振るまで何度でも立ち上がりましょう」


「ハーハハハ! 面白い女だ。昨日の一件で縮こまるならコアを潰して死ぬ覚悟だったがまだ目は死んでいないか!」


 サクラコのコアが汗をかいているみたいです。ゴブリンキングとの口約束を信じていたのでしょうか。


「それでどうします?」


「そうだな。名前だ。名前をくれ」


「名前? そう言えばネームド召喚でした」


「忘れるとは酷い女だ」


「カイキアス。どうでしょう?」


「ほう面白い名だ。良かろう、今日からは俺はカイキアスだ。一応貴様に従ってやろう。ありがたく思え」


「もう、それで良いです」


「なら俺は地下10階を掃除してくる」


 そう言ってカイキアスは出て行きました。


「ポチとマイラはどうしました?」


 彼が出て行った事で思い出しました。マイラは大丈夫だと思いますがポチは生命体です。重傷の可能性があります。


「無事。カイキアスの命令でゴブリンヒーラーがポチを癒した。2匹とも外で待っている」


「それは良かったです」


 私の無事な姿を見せると2匹が飛び掛ってきました。もう少しで圧死しそうだったのは内緒です。広場を見渡すと全壊した魔導甲冑が傷一つ無い状態で立っていました。


「壊れたはず?」


「自己修復」


「そんな凄い機能があるのですか?」


「あの甲冑は召喚モンスターの特性を備えている。リセットで完全に治る」


「それを知っていればもっと楽に攻略出来たのに!」


「必要な時にはDPが足りず、DPが足りたと思えばスペックが足りず」


「相変わらず嫌な言い草です」


 私とサクラコの仲はかなり険悪になってしまいました。独自判断で動くコアがここまで面倒だとは思いませんでした。それでも別れは寂しいものです。私も彼女も何となく分かっているのです。長くても後5日しかありません。彼女の想いを理解出来るからこそ彼女の想いから来る行動を肯定出来ません。


 私が半日は掛ける地下10階の掃除をカイキアスは4時間で終わらせました。ゴブリン部隊の指揮能力が高く個人戦闘能力は折り紙付きです。状態異常防御リングを後で買い与えておきましょう。混乱して敵に回ったら味方が全滅します。

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