第5話

 戦いが終わってすぐに送り出したゴブリンスカウトが帰って来ました。どうやらこの先に地下9階への階段があるそうです。このまま地下9階を目指したい気がありますが、ポチとマイラに先程の戦いの影響が残っているかもしれません。ここは安全策を取りスカウトを単独で送り出しました。無事に帰還したスカウトの情報を総合すると大きな広場があるそうです。


「広場ですか」


「アリーナ」


「大規模な団体戦の力を見たいのかしら」


「恐らく」


「これまでは私が大規模戦力で押し切った事がありますし、ダンジョンも同じ事を考えても不思議ではありません」


「他を呼び戻す?」


「ゴーレムを増やして準備が出来たらフィー部隊に声を掛けます」


「了解」


 62日目はロックゴーレム4体を追加で召喚しました。猿人と巨木の部屋はロックゴーレム6体で圧倒出来ます。しかし最後の女王蜂を倒すのに時間が掛かったので私がファイアボールで焼きました。63日目からは私の代わりにゴブリンリーダーとゴブリンメイジをロックゴーレムと一緒に送り出しDPを貯めるのに集中しました。リーダーには私の状態異常防御リングを与えメイジには新しく買いました。その間、私はゴブリンヒーラーと回復魔法の練習をしました。時間がある時に少しずつやっていたのですが、ここ数日は戦いに出ない事もあり真剣に取り組みました。


■■■■■■■■■■■■


地下8階の地図


壁 壁 壁 ロ ロ ロ 壁 壁 壁 壁

壁 上 ロ ロ ガ ロ ロ ロ ロ 壁

壁 壁 壁 ロ ロ ロ 壁 壁 ロ 壁

壁 壁 壁 壁 壁 壁 壁 ロ ロ ロ

ロ ロ ロ 壁 ロ ロ ロ ロ ガ ロ

ロ ガ ロ ロ ロ ロ 壁 ロ ロ ロ

ロ ロ ロ 壁 壁 壁 壁 壁 壁 壁

壁 ロ 壁 壁 ロ ロ ロ 壁 壁 壁

壁 ロ ロ ロ ロ ガ ロ ロ 下 壁

壁 壁 壁 壁 ロ ロ ロ 壁 壁 壁


上 地下7階への階段

下 地価8階への階段

ガ ガーディアン


■■■■■■■■■■■■


 完成した地図を参考に67日目までは同じ事の繰り返しです。私、ポチ、マイラの状態異常防御リングを買い揃え、私も回復魔法を使える様になりました。ロックゴーレムとフィー部隊はそれぞれレベル8になっており、この階層ではもはや容易にはレベルアップ出来ません。


「頃合かしら」


「予備戦力が少ない」


「節約したとはいえDPに余裕があるわけではありません」


「デーモン戦同様、生贄を召喚」


「分かりました。その程度の余裕はあります」


 68日目は遂に地下9階に足を踏み入れました。戦力は私、ポチ、マイラ、ゴブリンリーダー、ゴブリンメイジ、ゴブリンヒーラー、ロックゴーレム6体、ストーンゴーレム2体、フィー部隊の12匹、デルタ部隊の3匹、ガンマ部隊の6匹です。念のためにゴブリン24匹とゴブリンバーサーカーを6匹追加で召喚しました。総勢49人の大部隊です。指揮系統なんてありません。とにかく眼前の敵を殲滅する様に命じてあります。


 私達は大きなアリーナの様な舞台に足を踏み入れました。赤い球体が浮いています。私達を感知したのか、大きな音を立てて破裂しました。それが合図だったのか、アリーナの出入り口が閉じ、アリーナの円周に6つの魔法陣が現れました。


 「全方位から敵が来ます!」


 どうやら私とサクラコの考え通りの展開です。全方位は少々意外でしたが、巨木の部屋でその可能性には思い至りました。敵は時間差では無く一気に来ました。ざっと数えて36体。ゴブリン24匹が一撃でも相手の注意を引いてくれれば、それだけこっちが有利になります。私、メイジ、ヒーラー2匹を中心に陣地を組みます。ゴーレムがその4隅に陣取ります。リーダー2匹がゴブリンに指示を出しています。ポチとマイラは自由に暴れています。


 敵は新種のゴブリンA1、新種のゴブリンB4、ロックゴーレム6、デーモン6、ミノタウロス6、ウルフ4、鳥4、猿人4、女王蜂1など地下7階と地下8階の強敵揃いです。私は状態異常を引き起こす女王蜂にファイアボールを乱射します。メイジもその辺りに火力を集中します。ポチとマイラはミノタウロスとウルフ狙いです。ロックゴーレムにはロックゴーレムが当たっています。フィー部隊は一番近くにいる敵を殴っています。ヒーラー次第で切り抜けられるでしょう。


 新種のゴブリンにはこっちのリーダーがゴブリンをぶつけていますが瞬殺されています。これではリーダーも長く持たないでしょう。ゴブリンBが魔法を唱えます。私は邪魔すべくファイアボールを放ちますが、バリアで弾かれます。


「いけません!」


 咄嗟にゴブリンBに向けて駆け出し、ファイアボールを飛ばします。当たると思ったら、もうゴブリンAが体を盾にして妨害しました。ポチも気付いたのか、魔法を使いそうなゴブリンBに走り寄ります。しかし、鳥に邪魔され辿り着けません。


 そして、ゴブリンの魔法がヒーラーを中心とした円陣に当たります。強力な水の範囲魔法です。フィー部隊のヒーラーは消滅し、余波でストーンゴーレム2体も半壊しました。残ったヒーラーとメイジは持っていた回復薬を使い何とか体制を立て直します。全快にはほど遠いのでもう1発食らえば倒れます。範囲から離れていたロックゴーレム6体も無事では無いです。レベル1の2体は1分持てば良いでしょう。そこにもう1匹居たゴブリンBが風の範囲魔法を打ち込みます。ヒーラー、メイジ、ストーンゴーレム2体、ロックゴーレム6体、デルタ部隊の3匹が死にました。


 唖然とする暇も無く、私は矢継ぎ早に指示を出します。


 「私とポチがAとB! マイラはもう一匹のB! 他はとにかく数を減らしなさい」


 私は強そうなゴブリンAとの一騎打ちになりました。180センチはある筋肉の塊です。装備も充実しており、どこぞの将軍の様です。学園で呼んだ本にはゴブリンジェネラルがゴブリンを率いると書いてありました。彼がそれをかもしれません。ファイアボールのダメージがあるとはいえ防戦一方です。明らかに桁違いに強い敵です。歯を食いしばり食らい尽きます。ここで距離を取られたら私達は全滅です。他の部隊が大丈夫だと信じて集中します。何分戦っていたのか分かりませんが、ゴブリンAが突然前のめりになりました。隙を見逃さず私は剣で彼の首を切り落としました。


 ゴブリンAにある背中の引っ掻き傷のおかげで勝てました。ゴブリンAの後ろから怪我をしたポチが出て来ます。ゴブリンBを倒して急いで駆けつけてくれたのです。私はポチに回復薬を振り掛けながら、戦況を確認します。マイラの尻尾がゴブリンBの首筋に噛み付ついています。マイラの勝ちでしょう。残りはロックゴーレム3体と他数匹だけです。やはりロックゴーレムの地力は凄まじいです。


 私とポチが残りの配下の援護に入り、敵を押し切れました。勝利と言うには被害が大きすぎます。49人で挑んで生き残ったのは7人。私、ポチ、マイラ、リーダー、バーサーカー3匹だけです。古参のヒーラーとメイジを失ったのは痛いです。ここからどうやって持ち直すか考えないといけません。


 DP計算で地獄を見る覚悟をした所に豪勢な宝箱が現れました。一瞬敵かと思って身構えたのですが、杞憂に終わりました。本来はフォレジャーを召喚したいのですが扉が閉まっています。バーサーカーに開けさせたら金塊(中)が出て来ました。ちょっとしたボーナスが入って一安心です。メイジに持たせてあった状態異常防御リングを拾い上げ、撤収の準備をします。ポーションの類は割れていたので回収出来ませんでした。


 アリーナのゲートが開いたのでスカウトを召喚しました。もう一つの扉の先を調べさると地下10階への階段がありました。ここは退くしかありません。地下8階で配下を鍛えてアリーナを再度攻略です。次は主力から損害を出す気はありません。


 私、ポチ、マイラは地下7階のマスタールームに急いで帰還しました。ポチとマイラの傷を癒すにはここが一番です。残り4匹は地下8階の休憩所で待機させました。


「良く生き残った」


「失態です」


「敵が強すぎた」


「それでもミスはミスです」


「雑魚は不用」


「なんて事を!」


「アリーナの狙い」


「選別だと言うのですか?」


「恐らく」


 地下9階が終わったら次は最下層の地下10階です。アリーナで死ぬモンスターには地下10階に足を踏み入れる資格が無いのかもしれません。しかしフォレジャーやスカウトの様に補助的な役割をするモンスターもいます。一概に弱いから不用とは言えません。


「まずはどう立て直すか考えましょう」


「アリーナで3000DP。金塊(中)は500DPになる」


「立て直す予算は十分ありますか」


 金塊(中)は残しておきましょう。


「実はきつい」


「なんですって?」


「マイラがランクアップ出来る。ポチもあるいは?」


 ランクアップとはモンスターが更に強いモンスターに成り上がる現象です。


「何故急に?」


「レベル10」


「そう言えば私達3人とリーダーは今日の戦いでレベル10になっています」


「君とリーダーは駄目」


「私は別にしてリーダーもですか」


「少なくても今のコアでは無理」


 なるほど。ネームド限定の機能ですか。ポチは生命体なのでコアとは別に自然にランクアップするのでしょう。


「マイラは今すぐにランクアップ出来ますか?」


「5000DP」


「確かに少々きついですね」


 マイラをランクアップするなら建て直しが出来なくなります。ここは数日置いて建て直しを優先します。


「モンスターは増えました?」


「ゴブリンジェネラル、ゴブリンセイジ、ゴブリンタイラントが召喚可能」


 ゴブリンジェネラルは私が戦った相手です。90DPで維持費は9DP/日です。ゴブリンリーダー同様他のジェネラルと一緒に組ませる事は出来ないみたいです。ゴブリンセイジは私の大部隊を壊滅に追い込んだ魔法使いです。100DPで維持費は10DP/日です。ゴブリンタイラントは理性を保って戦えるバーサーカーです。強さのために他を犠牲にした存在です。100DPで維持費は10DP/日です。


「ジェネラルを中心に6人パーティーかしら?」


「ヒーラーは必要」


「ジェネラル1、タイラント2、ヒーラー1、セイジ2ね」


「理論上バランスが良い強い部隊」


「他には何かあります?」


「今の所は無い」


 69日目にジェネラルを中心とした6人部隊を召喚し、新アルファ部隊としました。ジェネラルには回収した状態異常防御リングを渡しました。ジェネラルは昨日戦ったのと同じ姿でした。スキルは【剣術】、【盾術】、【部隊指揮】と揃っていました。強いわけです。ただ一つ気になる事があり、ロックゴーレムが地下7階の罠を潰している間に軽く模擬戦をしました。結果は互角でした。


「弱い?」


「ダンジョンのモンスターはランク-1と推定」


「ランク一つでレベル10差と聞いています。Cランク-1でレベル1のジェネラルだとEランクでレベル10の私とほぼ互角なのも頷けます」


 そうなるとアリーナのゴブリンジェネラルの強さが説明出来ません。ガーディアン補正でもあったのでしょうか? とにかく当面は私のジェネラルのレベルアップに集中です。160センチのゴブリンセイジはゴブリンとは思えない知的な顔をしています。私の学園の老教師と言われても信じられそうです。セイジは2属性の魔法を使えます。【火魔法】とランダムみたいです。今回は【風魔法】と【水魔法】でした。ゴブリンタイラントは200センチの大柄で巨大な出刃包丁を持っています。試しにジェネラルと模擬戦をさせたらジェネラルが一撃で倒されました。ゴブリンヒーラーが慌てて回復魔法を使っていました。強いけれど力のコントロールに難有りです。


 出発前にフォレジャーを100匹召喚しておきました。これで20日は大丈夫です。マスタールームを移動するのでプスィー部隊には隠し扉の前を本拠地にする様に伝えました。ここなら敵ゴーレム部隊の索敵範囲から離れているので安心です。


 私の反対を押し切りポチが付いて来ました。マスタールームにいたら安全に移動出来るのに私の事が心配みたいです。北西の敵ゴーレム部隊と戦っていたプスィー部隊の横を通り、地下8階に下ります。ミノタウロスはゴブリンタイラントが斬殺、ウルフははなから敵にすらならず、鳥はゴブリンセイジの範囲魔法で一撃でした。休憩できるエリアに到着したのでマスタールームをここに移動しました。ポチとマイラのランクアップを考えるとここを拠点にした方が良さそうです。ポチとマイラはここで待機させました。2匹とゴブリンリーダーの持っていた状態異常防御リングをゴブリンタイラント2匹とゴブリンヒーラーに渡しました。その後は7人で猿人に挑み瞬殺しました。大木戦ではセイジ2匹が昏倒しましたが私を含めた残り5人で相手を圧倒しました。女王蜂は私が斬り捨てました。リングを2個増やせば私の出る幕は無くなりそうです。


 70日目はリングを2個購入しゴブリンセイジに渡しました。それから73日目まではこの6匹のレベル上げをマスタールームから見守っていました。その間、私はゴブリンタイラントが使える【肉体強化】と言うスキルを真似していました。残念ながら結果は芳しくありませんでした。多少基礎が分かる程度にはなりました。おかげでレベルアップして強くなったゴブリンジェネラルに瞬殺されない程度は強くなれました。


「もう一部隊同じのが必要かしら」


「推奨」


「ゴブリンジェネラルをネームドにします?」


「拒否」


「ではゴブリンセイジはどうです?」


「拒否」


「2匹とも役に立ちそうですのに?」


「もっと上のモンスターを狙う」


「上なんているのでしょうか?」


「ダンジョンならいる」


「分かりました」


 サクラコが反対するのでネームド召喚は見送りました。それにDPが足りないので先の事です。それにサクラコの言う事も一理あります。ゴブリンジェネラルが最後に1匹目撃されたのは300年前の事です。今は滅んだ国がゴブリンを軍事利用しようと育てた固体が暴走したと言われています。ゴブリンセイジなんて聞いた事ありませんしサクラコの考えでは自然発生は極めて困難な存在らしいです。そんなレアなゴブリンをDPさえ支払えば幾らでも召喚出来るのです。伝説や神話の中に出て来るモンスターもネームドに出来るかもしれません。


 74日目にはアルファ部隊と同じ構成の新ベータ部隊を召喚しました。75日目まではベータ部隊のレベル上げを見守りました。76日目にはアリーナに再度挑みました。私、ポチ、マイラ、リーダー、バーサーカー3匹、アルファとベータ部隊の19人です。ゴブリンタイラントの戦いを見て分かったのですが、モンスターは数を揃えても駄目なのです。強者は圧倒的な強者であり、弱者が何人束になっても敵いません。ここは人間と根本的に違います。この違いを認識出来たのは幸いです。


 アリーナのリベンジですが、リベンジも何もありませんでした。ゴブリンセイジ4匹の開幕範囲魔法で敵は壊滅、生き残った敵ゴブリンジェネラルはゴブリンタイラントに挽肉にされました。サクラコによると戦闘時間は大凡3分です。最悪ポチかマイラを失うかもしれないと言う悲壮な覚悟で望んだのに! 喜ばしい事ですが、ですが!


「下に行く」


「珍しく積極的ですね?」


「現有戦力で通用しないなら明日から戦略を練り直す」


 確かに。この戦力でどうにもならない敵が居るのなら、根本的に全てを見直す必要があります。しかしそんな事態になるのならゴブリン種そのものの限界を超えているのではないかしら。


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地下9階の地図


壁 壁 壁 壁 ロ ロ 下 壁 壁 壁

壁 壁 壁 壁 扉 扉 壁 壁 壁 壁

壁 壁 壁 ロ ロ ロ ロ 壁 壁 壁

壁 壁 ロ ロ ロ ロ ロ ロ 壁 壁

壁 壁 ロ ロ ロ ロ ロ ロ 壁 壁

壁 壁 ロ ロ ロ ロ ロ ロ 壁 壁

壁 壁 ロ ロ ロ ロ ロ ロ 壁 壁

壁 壁 壁 ロ ロ ロ ロ 壁 壁 壁

壁 壁 壁 壁 扉 扉 壁 壁 上 壁

壁 壁 壁 壁 ロ ロ ロ ロ ロ 壁


上 地下8階への階段

下 地下10階への階段

扉 扉


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 颯爽ボーナスステージに成り下がったアリーナを超え地下10階に足を踏み入れます。安全のためにゴブリンバーサーカー1匹を先行させています。少し歩くと大き目の広場に出ました。大きな扉一つと5本の道があります。南にある扉を確認すると開きません。横の説明板を読む限り4方の守護者を倒す必要があります。道それぞれが守護者と地下9階に繋がっているわけですか。


「最後は古典的」


「そうなのですか?」


「様式美」


 サクラコの話は話半分に聞いてマスタールームをここに動かすか検討します。アルファとベータ部隊でアリーナを攻略しベータ部隊だけで地下8階を掃除するのは時間的に可能です。ゴーレムがいない分足が早くゴブリンタイラントとゴブリンセイジの殲滅力が高いから出来る戦術です。問題は私とアルファ部隊だけで地下10階の敵を倒せるかです。今日はベータ部隊も居る事ですし、1回か2回戦ってみましょう。


 キマイラ級のボスがいることを期待して北東の道を進みます。部屋とは呼び辛い広間が先にありました。見た事無いゴブリンAを中心にゴブリン32匹が居ました。ゴブリンAは190センチでまるで王の様な佇まいです。装備品も豪華な物が多く下級貴族では手が出ません。


 どうするか考えていると、サクラコの声が聞こえました。どうやらここはガーディアンの部屋とは異なり、一般空間扱いです。


「扉を開ける仕掛けが関係しているかもしれない」


「そうかもしれませんわ。でもそれならこちらは絶対有利ですわ」


「油断大敵」


 サクラコはそう言いますが、幾らでもモンスターを召喚出来る状態なら負けはありえません。それに事前に魔法の準備も出来ますし楽勝です。それを証明するかの様にセイジの開幕範囲魔法4発でゴブリン32匹を瞬殺しました。ゴブリンAはしぶとく生き残っていましたが、私とポチの連携攻撃の前にあっさり沈みました。レベル8のゴブリンタイラントと毎日試合をしているから相手の攻撃を見切るのは簡単でした。


 倒したので相手がゴブリンキングだと分かりました。万の軍勢を指揮し大国をも滅ぼすと伝説で歌われるゴブリンキングでも、その力を発揮出来ないダンジョンではただの圧倒的強者です。そのゴブリンキングを2対1で倒せる私とポチはもしかしてかなりやばい存在なのかしら? でもゴブリンキングはゴブリンタイラントより弱かったので順当な結果でしょう。そうに違いありません。


 自分の強さにちょっとショックを受けましたが気を取り直して次の通路を進みます。南東は骸骨です。貴族令嬢としては「きゃあああ!」と叫んで気絶すべきでしょうか? 今回も開幕範囲魔法で瞬殺です。どうやら骨に紛れていたスケルトンキングもこの一撃で消滅したみたいです。


 スケルトンは疲れ知らずの上、飲まず食わずで戦えるのでかなりの脅威なのです。ダンジョンの外でダンジョンのモンスターの特性を持っていると言えば分かり易いかしら。更に倒した敵をそのまま味方に出来るため、大量発生すれば複数の国が有能な魔法使いを派遣して合同で対処する案件です。増える前に対処するならかなり弱い部類のモンスターですから、この結果も当然かもしれません。


 次こそは強い敵だと信じて進みます。南西はウーズキングと眷属の部屋みたいです。何気に強敵です。ウーズは同属性の魔法を吸収し分裂します。反属性の魔法は効きません。ある種特殊な存在体系をしています。そしてウーズキングは全属性を吸収出来、全属性のウーズを生み出せます。近寄ると生きたまま消化されます。武器攻撃の効果も薄いですし、どうしましょう。


 これまでウーズ系と戦った経験が無い分、不利です。アリーナの時同様、初見の敵は実際の能力以上に強く感じます。ゴブリンセイジが範囲魔法でウーズを2種類と上位種のみにしました。残ったウーズをゴブリンタイラントが頑張って斬っています。ポチとマイラは後ろで待機です。私は剣でゴブリンタイラントの援護をしながら上位種の触手を切り落とします。


「弱いです!」


 攻撃力が低く、攻撃方法が稚拙なので助かりました。油断せずに1体1体確実に潰します。数が減ったと思ったらウーズキングが新たなウーズを生み出しました。ゴブリンセイジが魔法を使おうとするのを止めました。剣で切り殺します。ウーズキングがウーズを生み出して小さくなりました。このまま魔法を吸収しなければ私の勝ちです。


 数時間に及ぶ激闘のすえ、遂にウーズキングを仕留めました。時間が掛かりすぎです。作戦を考えないアルファ部隊だけでは1日で地下9階と地下10階の掃除が終わりません。リセットが掛かるまで後3時間弱。せっかくなので私は急いで最後の通路に向かいます。


 最後の部屋に近付くと、羽根音で周りの音が聞こえなくなりました。ゴブリンセイジには容赦せずに全力で攻撃しろと指示を出しました。十中八九虫でしょう。


「虹蜂王ですって!」


「情報不足」


 珍しくサクラコが知らない事柄です。それも仕方が無いかもしれません。何せ絶滅したとされる蜂の王様なのですから。虹蜂王の羽根から作ったローブを纏えばハーレムを作っても刺されない、なんて民間伝承がある程です。それを信じた王族や貴族の手により絶滅したと噂されています。虹蜂王の出すフェロモンのためか周りには種族が違う4種類の女王蜂が控えています。本来なら殺し合う蜂同士です。


 しょせんは虫です! 開幕範囲魔法で一発です。狙い通りに行くかと思いましたのに、虹蜂王が魔法を弾きました。


「魔法障壁」


 サクラコの説明に下唇を噛みます。虫の癖になんて器用な事をするのでしょう。しかし、取り巻きの働き蜂は一掃出来ました。有利なのは明白です。このまま攻め切りましょう。


 私とゴブリンタイラント4匹が突っ込みます。ポチとマイラは後方待機です。獣は虫相手に相性が悪すぎます。私が虹蜂王、ゴブリンタイラントが女王蜂を1匹ずつ請け負いました。ゴブリンタイラントと女王蜂の攻防は一進一退です。ゴブリンタイラントの一撃は回避され、女王蜂は後ろのゴブリンセイジを警戒して攻め切れません。私が虹蜂王を倒して援軍に行くしかありません。どうやら相手も同じ考えみたいです。


 先に仕掛けたのは虹蜂王です。【水魔法】で水蒸気を飛ばしてきました。ミスリルシールドで防御したら盾表面で爆発が起こりました。バランスを崩さなかったのは幸いです。安全のために数歩後ろに飛びました。


「スパークリングミストですか!」


 水滴一つ一つが小型爆弾で空気と水以外に触ったら破裂するマイナーな魔法です。学園では悪戯で相手を驚かす時に使う馬鹿な生徒が毎年数人出ます。魔力を込めなければ大した威力は出ません。虹蜂王の魔法に当たれば手足なら簡単に吹き飛びます。敵と距離を開けたい時に使う魔法ですが、虹蜂王の展開したスパークリングミストの範囲は狭いです。苦し紛れの攻撃とは思えませんが、何が狙いでしょう?


 何かを感じたのか、マイラが前進してファイアブレスで水滴を蒸発させました。後は私が前進して接近戦を挑むだけです。私の考えをあざ笑うかの様に、虹蜂王が超高速で私に突っ込んできました。私はバランスを崩しながら、寸での所で回避に成功しました。マイラは射線の外に居たために無事です。


 しかしゴブリンタイラントの胸部に大穴が開きました。どうやら最初からそれが虹蜂王の狙いだったみたいです。重傷を負ったゴブリンタイラントに止めを刺そうと女王蜂が群がります。ゴブリンタイラントは助からないと見た私はマイラに毒液を飛ばすように命じます。毒がゴブリンタイラントと女王蜂2匹に掛かります。毒で動きが遅くなった蜂をゴブリンジェネラルが止めを刺します。ゴブリンタイラントは絶命し消滅しました。これで振り出しに戻りました。私と虹蜂王の怒りは有頂天です。


「良くもゴブリンタイラントを! 育てるのが大変なんだから!」


「ヴヴヴ!」


 虹蜂王は「良くも俺のハーレムメンバーを!」とでも言っているのでしょう。これ以上被害が出る前にこの戦いを終わらせなくては!


 私と虹蜂王は再度対峙しますが決定打がありません。焦って大振りすれば負けます。だから細心の注意を払って戦っていますが突破口が見えません。他の配下も援護出来ずに見守っています。


 手数が足りないなら増やすのみ! ダンジョンルックの力を見せて差し上げましょう。ゴブリンタイラントを1匹新たに召喚し、女王蜂に向かわせました。通常空間だと言う事が相手の不利に働きました。レベル1とはいえゴブリンタイラントは強いです。2対1で押されたら女王蜂なんてあっと言う間に倒されます。


 程なくして女王蜂の一匹がゴブリンタイラントを刺します。ゴブリンタイラントは動きを止めた女王蜂を掴み、もう1匹のゴブリンタイラントに止めを刺させました。これで一気にこっちに流れが来ました。来たと思いました。


「ヴヴヴ!」


 怒り狂った虹蜂王が私に向かって突撃して来ました。今回は華麗に回避し、ゴブリンタイラントを守ろうとステップを踏みました。しかし、虹蜂王はゴブリンタイラントでは無く、後衛狙いだったのです! ゴブリンセイジ一匹が相打ち覚悟で虹蜂王にゼロ距離魔法を放ちます。しかし虹蜂王は魔法ごとゴブリンセイジの体に風穴を開けます。ゴブリンヒーラーが必至で回復魔法を掛けますが、助かるかは半々でしょう。


 流石の虹蜂王も無傷では無いらしく、多少ふらついています。後衛を守っていたゴブリンジェネラルが必至に斬りかかります。私はファイアボールを撃ちながら接近します。後衛は失っても良いですがポチは守らないといけません。ここでポチを退かせたら虹蜂王はポチを狙うでしょう。虹蜂王が持ち直すまでの数秒で決めるしかありません。


 回避される前提で剣を大振りし転んだフリをしながら前転します。虹蜂王がチャンスと思い近付いた所で魔法を盾に纏わせたシールドバッシュもどきを叩きつけます。シールドバッシュの破壊力に耐えられなかったミスリルシールドが粉々に砕けます。虹蜂王はまだ健在です。お互い腕の長さの距離でにらみ合いです。


 近すぎて動けません。でも私は一人ではありません。ポチの爪が虹蜂王を捉え、致命傷を負わせます。これ以上被害が出る前に剣で止めを刺します。ゴブリンタイラントの方も少し前に終わったみたいです。


 強かったです。流石地下10階の守護者と言える強さでした。重傷のゴブリンセイジは助からずそのまま消滅しました。この被害は大きすぎます。ウーズキングを含め対策が取らないといけない敵が多すぎます。


 消費DPの関係で明日一番にゴブリンセイジを召喚すれば良いと思い、地下10階の広間に向かおうとしました。部屋から一歩出ると同時に魔法陣が起動しモンスターが出てきました。完全な不意打ちです。


 「何故!? まずは戦闘用意! ゴブリンジェネラルとゴブリンタイラントで入り口を塞いで! セイジは詠唱開始!」


 私自身は混乱の極みでしたがとにかく戦闘指揮です。私が正常なら配下は確実に動きます。ダンジョンのモンスターの特色と言えましょう。混乱しているポチとマイラは余り役に立ちそうにありません。リセットまで後1時間はあるはず。何故今になってモンスターが沸いたのでしょう?


 敵が虹蜂王なら撤退を考えましたが、どうやらコボルトみたいです。一際大きいコボルトがコボルトキングでしょう。急ぎゴブリンセイジを追加召喚しました。私も前線に出て必至に剣を振ります。盾が壊れた事も忘れて一心不乱に斬りまくります。少しするとゴブリンセイジの範囲魔法が炸裂してコボルトを滅ぼしました。生き残ったコボルトキングは私が一刀の下に斬り伏せました。あの虹蜂王に比べれば雑魚です。


 コボルトキングは主に鉱山に出現するモンスターで経済活動に与える被害が馬鹿でかいです。兵隊の給料を払えず潰れた国が歴史上存在します。手先が器用で時間を掛けると装備面が充実して更に手に負えなくなります。しかし魔法は不得手なので一度主力を討ち取れば回復するまで時間が掛かります。


 今度こそ撤退です。……リセットが発動してまたコボルトキング率いる集団が召喚されました。時間が近いと思って念のためにセイジに詠唱をして貰って良かったです。範囲魔法でまた滅ぼしました。


 広場に帰還しポチにはマスタールームで休むように伝えました。ちょっと急ぎになりますが、そのまま70日目の攻略に乗り出します。私が率いるアルファとベータ部隊でアリーナを数分で掃除しアルファとベータ部隊は分かれました。アルファ部隊とゴブリンリーダーとゴブリンバーサーカー3匹を引き連れ地下10階の3つの通路を掃除しました。ウーズには梃子摺りましたが概ね問題無く地下10階を掃除出来ました。


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地下10階の地図


ガ ロ 壁 壁 壁 ロ 上 壁 ロ ガ

ロ ロ 壁 壁 壁 ロ 壁 壁 ロ ロ

壁 ロ 壁 壁 壁 ロ 壁 壁 ロ 壁

壁 ロ ロ ロ ロ ロ ロ ロ ロ 壁

壁 壁 壁 壁 ロ ロ ロ 壁 壁 壁

壁 ロ ロ ロ ロ ロ ロ ロ ロ 壁

壁 ロ 壁 壁 壁 封 壁 壁 ロ 壁

壁 ロ 壁 壁 ロ ロ ロ 壁 ロ 壁

ロ ロ 壁 壁 ロ ボ ロ 壁 ロ ロ

ガ ロ 壁 壁 ロ ロ ロ 壁 ロ ガ


上 地下9階への階段

ガ ガーディアン

ボ ボス

封 封印された扉


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 階層ボスの扉はいつの間にか開くようになっていました。地図は実にシンプルな作りになっています。地下8階からの流れで純粋な力を試されているみたいです。


「一回撃破で開く」


「ちょっと緩すぎません?」


「このダンジョンは攻略される前提」


「なるほど。本気で侵入者を排除するのなら一日で4方の守護者を倒し階層ボスに挑まないといけない様にしますか」


「正解」


 少し時間が出来たので虹蜂王について仮説を立てます。ヒントは倒した後にリセット時間では無いのにコボルトキングが召喚された事です。もちろんリセットでコボルトキングが召喚されたのも補強材料です。あの部屋の正規モンスターはコボルトキングで虹蜂王が何故かあそこに巣を作ったのです。ダンジョンには外のモンスターが住みつく事があるそうです。虹蜂王もそんなモンスターだったのでしょう。2度と戦わなくて良いと分かり安堵の溜息を付きます。

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