嵐は過ぎ去った。

 東の空に昇り始めた朝日が、妖艶な美貌を艶やかに照らしていた。

 不破は、燃え落ちた相馬邸跡を見詰めていた。

 その傍らには、毛布に包まって雨にぬかるんだ地面に腰を下ろし、茫然と焼け跡を見詰める恭也がいた。

 恭也は、ショックの余り記憶を失っていた

 否、只一つ、「ママ…」と、母に対する慕情の思いだけが、放心する恭也の口から譫言の様に洩れていた。

 不破は、自らさえも失ってしまったこの少年に唯一残された、悲しいまでの慕情を耳にして、遣り切れない思いに駆られて嘆息した

「――おや、あれは?」

 そんな時、不破は焼け跡の中に、朝日に映えて光る金属板を見つけた。

「まさか…」

 不破は慌ててその金属板の傍に近寄った。

「矢張り!」

 不破は炭化した木片を除けて、地面に埋もれている『航時機』を見つけたのだ。

「成る程、な。屋敷の下に隠していたとはね。こんなデカい屋敷に蓋をされてしまっては見つからない訳だ」

 不破は『航時機』の表面にこびりついた泥を払い、外付けのパネルを開いて『航時機』の稼働スイッチを押した。

 すると、地中から直径二メートル程の球体を為した『航時機』が浮上した。

「ほぅ……、こいつが登録不明の機体か。このサイズでは長時間の航時は出来ないだろうな、割と近い未来から来たんだろうか」

 感心する不破だったが、次第にその顔が困惑に満ちていく。

「……なんだこりゃ? 推進器や姿勢制御用噴射口も見当たらないのにふわふわ浮くなンて。

 構造面からして、従来の機体とは比べものにならない凄い機体だ。一体、相馬氏はこれをどうやって作ったのか?」

 不破は傾げながら、『航時機』のコクピットハッチを開けて機体内を覗き込んだ。

 機体内は実にシンプルな造りだった。

 球体の中央に座席が一つ、その座席の両サイドから二本の操縦桿が生えていて、それ以外の操縦計器らしいものは見当たらなかった。

「……冗談みたいな造りだな。まるで子供が描いた実に単純な内部だ。幾ら性能が良くったって、こんなモンには乗りたくはないな」

 不破は肩を竦めた。――刹那。

「――ぐっ?!」

 不破は、背後からいきなり後頭部を叩かれて地面に倒れ込む。

 幸い、叩き方が浅かったお陰で気絶する事はなかったが、鈍い痛みが暫し肢体を麻痺させた。

 そして、痛みを堪えつつ顔を上げた不破の瞳に、『荷電粒子銃』を抱えて『航時機』に乗り込む恭也の姿が映えた。

「……恭也クン!」

 不破の呼び掛けに、しかし虚ろな貌で虚空を見る恭也は何も応えようとはしなかった。

「……ボクのものだ……ママは……ボクのものだ……」

「……止め……るンだ!」

 呪詛の様に呟く恭也の声を耳にして、不破は『航時機』を動かそうとする恭也を制止しようとしたが、激痛に麻痺した身体はそれを成し遂げる事は出来なかった。

 恭也は、コクピット・ハッチを閉め、『航時機』を作動させた。

 シュン。『航時機』が消滅した。

 恭也と『荷電粒子銃』を乗せた『航時機』は、不破の目の前で時を越えて行ってしまったのだ。

「チイッ、しまった……」

 不破はようやく自由の利き始めた身体を起こして舌打ちする。

「だが、ろくに操縦方法も知らないのに『航時機』を動かしたらどの時代に飛ばされるか……。

 せいぜい。二、三十年位、そんなに昔に航時出来ないとはいえ――あれ?!」

 不破の脳裏にある推測が閃いた。

 それは余りにも非常識な推測だった。


 出所不明の『荷電粒子銃』と『航時機』と共に何ところからやって来たか判らない謎の『密航者』相馬恭一。


 そして今、短期間航時しか出来ない『航時機』を奪って時の彼方へ消えた、実の母に親子の情を越えた異常な愛情を抱く、相馬恭一の子供、恭也。


 それが、同一人物、だとしたら……?


 つまり、母への思慕に、時を遡った子が、母と結ばれて父となり、二人がもうけた子供が時を遡って、母と結ばれて……

「それではパラドックスになってしまう――だが、説明が着く……。何という……?!」

 余りの事に惑乱した不破の思考では、それを否定する決定的な結論は得られなかった。

「……歪んだ情念が、閉鎖された時の流れを生んだとでも言うのか?」

 憮然として佇む不破は、全てを清算したかの様に燃え尽きた焼け跡を、只、見詰めているしかなかった。



                  完

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