「タイム・パトロール?」

 恭也の驚嘆の声に、不破は静かに頷く。

「ああ。ボクは、君がいま構えている『荷電粒子銃』と、君のパパが隠した『航時機』の回収にやって来たのさ」

「『航時機』?」

「知らない様だね。――否、知らないで当たり前だな。君のパパがこの屋敷の何処かに隠した事までは突き止めたンだけど……」

「何でそれを回収しようとするんだ? パパの物じゃないのか?」

「君のパパはこの世界の人間ではない。『時次元監理局』に無許可でこの時代にやって来た『密航者』なのさ」

「『密航者』?」

 恭也の幼い瞳が驚愕に大きく見開かれた。

「驚くのも無理も無いな。だけど、ボクらの方ももっと驚いているンだよ。

 君のパパがどの時代からやって来た人間なのか、全く判らないンでな」

「判らない? どうしてだよ?」

「航時に用いられる『航時機』は全て『時次元監理局』に登録される規則になっている推進器の鋼材に、希少金属である『タキオニウム』が用いられている。

 その発掘から推進器の製造工場に至るまで、当局が監理しているンだ。

 無論、違法な手段で『タキオニウム』を手に入れて『航時機』を作る者もいる。

 当局の締め付けが厳しいので、ごくまれにしか航時に成功しないのだが、それが成功された場合、厄介な問題が起こる。

 それは、特異な密航故に、『密航者』本人以外に何処からからやって来たのか判らない、と言う事だ。

 時間の流れを無断で渡航する事は禁止されているから、君のパパの用いた違法な『航時機は取り締まらなければならないンだけど、これが又なかなかあざとい人で。

 証拠を捜し出そうとして色々近付いてみたけど、これといった決め手になりそうなものを見つけられず却って警戒させてしまってね。

 おかげで彼が亡くなるまで迂闊に手出し出来なくなってしまった。

 そンな事情で、密航してきた君のパパが何ところからやって来たのか調べる為に、『荷電粒子銃』と『航時機』を捜しにやってきた訳さ」

 不破の説明を聞いた恭也の愕然とした顔がやがて再び怒相の色に塗り替えられた。

「だったら、何故、ママと寝た?!」

 不破はそんな恭也を認めて、口元を妖しく歪めてほくそ笑んだ。

「誘いに乗るほうが悪い」

 それを聞いた瞬間、恭也は歯がみした。

「ま、もっともボクの美貌に魅入られて平気でいられる女は先ず居ないだろうよ」

 不破はくくくっ、と意地悪そうに笑いも

「それに、君のママがパパの正体を知っていた可能性もあったから少々乱暴だったが、身体に訊いてみたのさ。

 結局は知っていなかったけど、――楽しませてもらったよ」

「……お前!」

 怒りに燃える恭也は、無駄を承知で不破に銃口を向けて構えた。

 不破は不敵そうに恭也を冷ややかに見つめる。

「そう尖るなよ、――なあ、“兄弟”?」

「?!」

 不破の言葉に、身構えた肢体が固まった。

「ほう、一端にボクの言った意味が判る様だな。流石、帝王学をマスターしただけの事はある。

 しかし、アレばっかりは本だけじゃ判らンだろうな。実に良い個人教師がいたもンだ」

 半ば侮蔑する様に見る不破の瞳に、蒼白した表情でわななく恭也の姿が映っていた。

「『オイディプス』…。ギリシア神話に出て来る、父親を殺して母親と結婚した近親相姦野郎の名だ。

 心理学用語にある、男児が父親を憎み、母親を慕う心理傾向を表現する『エディプス・コンプレックス』の名の由来にもなっているけど、恭也クン、君はそれを地で行った現代の『オイディプス』だな」

「……だ……黙れ……!」

 恭也は涙ぐんだ瞳で不破を睨み付けた。しかし、そんな弱々しいものでは不破に一矢報いる事は出来なかった。

 不意に、恭也を見る不破の視線が冷厳さを帯びる。

「何故、実の父親を殺したンだ?」

「ぬ……!」

「隠しても無駄だ。君のパパは事故で死んだ事になっているが、君のママは、あの事故の日に君がパパを待ちぶせして、その『荷電粒子銃』で殺した事に気付いていたよ」

「えっ?!」

 それを聞いた恭也は愕然となる。その可能性は全く頭に無かったようであった。

「彼女は夫が薬物中毒で不能になってしまい、こんな山奥に住んで居る事もあって、つい魔がさして君を受け入れた事が、あの様な結果を生んだ、と言って後悔していたよ。

 今まで誰にも言えなかった罪の重さに苦しんでいたらしく、ようやく他人に打ち明けられた事で今はゆっくり眠っている。

 多分、旦那さんが死んで以来の安眠だろう」

 不破の話に、恭也は沈黙を保った。

 不破は、気まずそうな顔をする恭也の顔を狙う様に指した。

「だが、この裏にある真実をボクの目から隠し通せる事は出来ないよ。

 実の父親に一服もって不能にし、母親の欲求のはけ口を自分に向けさせる。

 全ては、母親を一人の女として愛してしまった君の思惑通りになった訳だ」

 不破の言葉に、恭也は刹那に体をびくつかせて反応した。

 不破には、ランタンの灯火に映える幼き罪人の青ざめた貌は、昏い帳の中でもがいている様に見えた。

 恭也を見る不破の冷徹な眼差しには既に侮蔑の色は無く、何ところか哀れむ様な悲しみがあった。

「……恭也君。ママを慕う思いは判る。だがな、母という存在は何れ男が越えなければならない存在なンだぞ。

 忘れろとは言わン。しかしいつまでも母の懐に居心地を求めていては、君は未来へ進む事は出来ないンだぞ」

「……要らない」

「何?」

 恭也の呟きが、不破の鼓膜を曖昧に叩いた

 恭也は歯を食いしばってわななく。そして再度不破に『荷電粒子銃』の銃口を向け直して睨み返した。

「……要らない……パパは仕事ばかりでママを放ってばかりで……いつもひとりで居たママの哀しそうな顔を、あいつは知らずに――だから殺したんだ!」

「……」

「ママの居ない未来なんかボクは要らない! ママはボクだけのものだ!誰にも渡さないぞ!」

「恭也クン……」

 不破は、銃口を向けるこの少年が歪んだ妄執に取り憑かれている事を認めた。

 恭也にこれ以上何を言っても無駄であった。

「仕方がない。では、力づくでその銃を取り上げるだけだ」

 不破は徐に恭也の傍に歩み寄り始めた。

「ち、近寄るな!」

 恭也は近寄る不破にトリガーも引けずに狼狽する。

 そんな時であった。

「恭也!?」

 甲高い女の驚愕の叫び声が、大広間に反響した。

 その声の主は、裸体に白いケープを纏った相馬夫人だった。

「恭也! 何て事を……直ぐ、その方に銃を向けるのを止めなさい!」

 恭也を叱咤する母の眼差しは冷たかった。

 血を分けた子供を見る目にしては、それは余りにも無慈悲な冷たさに満ち溢れていた。

 恭也は、判ってしまった。

 彼の愛した女が、その寵愛の対象を別の男に移してしまった事を。

「……そんな?!」

 惑乱した恭也の瞳に、己に怒りを向ける母の姿が映っていた。

 好きだ。

 愛している。

 愛し合ったのに――あれだけ愛し合ったのに――。

 ボクだけの――ボクのものなのに!

 恭也の心は真っ白になった。

 そして、トリガーを引いていた。

 『荷電粒子銃』が放った四千度の高熱弾が白いローブに包まれた白い裸体を撃ち抜き、その熱波と衝撃波が、少年の愛しき女の体を気化させたのは一瞬の事だった。

「ば、莫迦野郎!」

 不破は、恭也の過ちに激昂の声を上げた。

 しかし、己の犯した罪の重さも判らずに茫然とする恭也の耳には、その声は届いていなかった。

 紅が、不破の視界に染まり始めていた。

「しまった!」

 不破は大広間の火災に気付いて慌てる。夫人を四散させた高熱弾の爆炎が飛び火し、構造が古い為か、大広間は一瞬にして炎に包まれたのだ。

「くそっ!これではキャンセラーを使っても消火は無理だ。――恭也!?」

 大広間から逃げ出そうとした不破は、燃え盛る炎を前に茫然としている恭也に気付いた。

 炎を見る恭也の目には、何も映えていなかった。

「恭也――っ!」

 不破の絶叫が、吹き荒れる嵐をものともせずに燃え上がる相馬邸の中から響いていた。

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