4
快楽に紅潮した白い肢体をベットに俯せに沈めて、満足そうに寝息を立てる夫人を一瞥して、不破は親指の爪を噛んで眉を顰めた。
「『オイディプス』、か」
そう呟いて、不破は徐に背後にある寝室の戸を見遣る。
不破は夫人を抱いている間、ある視線を感じていた。
寝室の戸が僅かに開いていた。
視線はそこから感じたのだが、しかし、既に視線の主の気配はそこから消えていた。
とても、禍禍しい視線だった。
氷の様に凍て付いた視線が、夫人を責める不破の美貌を蹂躙していたのだ。
ふう、と、溜め息を漏らした不破は、寝入る夫人に気取られないようにベットから離れ床に脱ぎ散らした己の服を抱えて静かに寝室を出て行った。
廊下は昏く静まり返っていた。
嵐はまだ、過ぎ去っていない。
* * * *
不破は大広間のソファに腰を下ろしていた
ソファの前の火の灯ったガスランタンの置かれたテーブルの上にある、一冊の日記帳。
この屋敷の主であった、亡き相馬氏のものである。不破はそれをランタンの弱々しい灯りの中で吟味する様に黙読していた。
最後のページを読み終えた後、不破は静かに溜め息を漏らして背をソファに沈めた。
「……日記にもそれらしい事が書かれている所は無かったか。ここにある事は間違いないのだが、一体、何処に隠しているのだろう?」
不破はやれやれ、と肩を竦めた。
「全く。今までの仕事の中で、今回の仕事ほど雲を掴む様なものはないな。真実ごと、あの世に持って逝くとは、とんだタヌキだ――」
突然、不破は立ち上がる。
「いい加減、姿を見せたらどうなンだ?」
不破の不敵な響きが、静寂に沈む大広間に響いた。
大広間の扉が小さく悲鳴を上げてゆっくりと開いた。
廊下から、小さな黒い人影が一つ入室して来た。
ランタンの曖昧な灯りに照らされたそれは、少年の姿をしていた。
「……相馬、恭也クン…だね?」
「?!」
名を呼ばれ、恭也は立ち竦んだ。
「間違いないね。……ところで」
不破の視線が、幼さの残る険しい顔をなめて、恭也が抱える金属の物体に止まった。
「それをどこで見つけた?」
「うるさいな。お前には関係ないだろが」
恭也の静かな怒声が不破の鼓膜に届いた。
「そりゃ、まあ、それは君のパパの物だから君が持っていてもおかしくはないが。
だけど君が持っているそれは、現代には存在しない代物である事ぐらい、判ってくれてもいいンじゃないかな?」
恭也が抱える金属物――SF等に出て来る、俗に言う『光線銃』によく似た形状を持つ、大型の銃だった。
「それは『荷電粒子銃』と呼ばれる、子供が扱うには危険過ぎるシロモノだ。さあ、良い子だからそれをボクに渡してくれないかな?」
「うるさい!」
しかし恭也は叱咤して『荷電粒子銃』の筒口を不破に向けて威嚇した。
不破はやれやれ、と失笑し、
「……聞き分けのない子だな。おニイさんの言う事を素直に聞かないと、後で痛い目に遇うよ?」
「うるさい お前、よくもママを……!」
恭也は不破の忠告を無視し、怒りに満ち溢れた視線で美丈夫の妖艶な美貌を蹂躙し続けていた。
「……許さない…この、間男め!」
そんな恭也に、不破は鼻で笑って応える。
「それがどうした、このマザコン」
刹那。恭也は同時に『荷電粒子銃』のトリガーを引き、四千度の高熱エネルギー弾を不破目掛けて撃ち放った。
だがあろう事か、エネルギー弾は不敵な笑みを浮かべる不破の体を居抜く事は無かった。
不破の目の前に見えない壁でも存在するのか、一メートル程手前でエネルギー弾は突然弾けて霧散したのである。
「無駄さ。細かい仕組みは省くが、ボクの身体の回りには、抗熱光学兵器用バリアが張り巡らされているのさ。熱エネルギーもバッチリ変換吸収して多い日も安心」
不破は腕を組んで下品そうに笑う。
「えっ、バリア?!」
恭也はあまりのコトに目が点になった。
「お前……何者なんだ?」
「ボクは『時次元監理局』から来た、――分かり易く言うとタイム・パトロールみたいな組織の人間だ」
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