第6話 凶賊、またしても
「よりにもよって、おいらの縄張りで、しかも、つい最近かかわった店で、こんなマネをしてくれやがって」
律は目を真っ赤にして、
「こいつは世間様に申し訳がたたねえ。どうあっても引っつかまえて、お白州なんて、まだるっこしいことに及ばねえ。この置網町の律が、冥土の道連れにしてやらあ」
などと、物騒なことをいいだしている。
そんな律をなだめながら、初栄が下っ引きに質問をしようとすると、
「だれでえ、このガキは」
すかさず律が凄まじい怒声をとばした。
「あいすみません。どうにも世間を知らねえ馬鹿ときてやがるんで」
「そう叱るものではない。子供は子供だからの。では、あらためて訊ねるが」
「へえ。奉行様のお姫様に、まことに失礼をしましたです。あっしみたいな下っ引風情の話が、役にたちゃいいんですが」
「そう、へりくだらずともよい」
初栄は善八を横目に眺めながら、
「さむらいだの町人だの、そのように生まれついただけのことだ」
「こいつは、どうも――あんまり、穏やかじゃねえことを」
「本当のことだ。七、八年ばかり昔、浦賀にきた黒船のペルリとやらは、さむらいでもないのに、たいそう威張っていたというではないか」
下っ引きは困惑した顔をして、
「へえ。あっしは、よく知りませんで、なんとも」
「清国といくさをして勝った《えげれす》にも、さむらいは、おらぬという」
「そうなんで。そいつは、どうも」
「黒船にのった異国人が、大手を振って東洋を行き交っておるのに、なにもできないさむらいが、陸で威張ってばかりいるのも、ばからしいことだの」
「ちょ、ちょ、初栄さま、滅多なことを」
たまらず善八がとめにはいった。
「まあ、よい。熊とやら、知っているかぎりを話してもらいたいが」
「へえ、なんなりと」
「盗まれたのは、どのくらいかの」
「へえ、土蔵から千両箱が、少くともみっつ、なくなってるそうでございます」
「少くとも、とは?」
「へえ、一昨年に暖簾をわけたっていう元の番頭が、駆けつけまして」
「ふむ」
「そいつが言うには、蔵に千両箱みっつを切ったことがねえんだそうで、そいつが綺麗さっぱり消えている、と」
「千両箱が消えた――」
初栄は片目をつむり、小首をかしげた。
「土蔵には錠がかけられていようが」
「へえ、熊の手みてえにでかい南京錠が、かけられていたそうでして」
「それを、どうやって開けたのであろう。壊して強引に、こじ開けたか」
「いえ、どうやら鍵を探しだしたようでして」
「鍵はどこに?」
「へえ、当代が保管していたようですが、みつかったときには、カラになった土蔵の前に落ちていたそうです」
「うむ――伝一郎も、やはり殺されたかの」
「へえ、こう首を後ろから、スッパリやられたと聞きやした」
「首を刎ねられたのか。では、寝ていたわけではないのだな」
「へえ、言われてみれば、そうなりますね」
「喋りだすときに、毎回『へえ』と言わずともよい」
「へえ――おっと」
「まあ、よい。他の者も、同じようにして殺されたかの」
「いえ、みんな寝ていたところを心臓ひと突き、でして」
「みんなそうか」
「へえ、同じエモノだと。なんでも匕首みてえな短い刃物じゃなく、八丁堀の旦那方みてえな二本差しの長えほうだろう、って話でした」
「ふむ」
「なかには背中まで刺し通されちまってるホトケもいたそうで、並大抵の腕じゃないと、旦那方も唸ってましたっけ」
「で、あろうの」
日本刀は扱いがむずかしく、素人がつかうと、すぐに刃がこぼれて斬れなくなる。
また男ひとりの首を一刀のもとに刎ねるのも、相当な技術と腕力がないと、できることではない。
賊の一味に、かなりの手練れがいるのは、間違いないようだった。
その特徴は、このところ立て続けに起きている、連続強盗の特徴とも一致する。
「実はこれまでの事件にも、殺められた人々にかならずひとり、伝一郎と同じく、他とは違う殺され方をした者がいるのだ」
「本当ですかい」
と、律が身をのりだした。
「うむ、親分は縄張りちがいで知るまいが、佃町の旅籠・田丸屋では、やはり跡継ぎが袈裟がけに斬られ、三河町の茶問屋・吉乃屋善治郎では、若くして暖簾を継いだ三代目当主が、肩口から腰のあたりをやられている」
「ちっ、むごいことをしやがる」
「漆器商の亀岡屋にいたっては、店主の三男が行方知れずとなり、三日して新川に浮いているのがみつかった。腕に抵抗したとみられる刀痕があったそうだ」
「ううむ――旅籠や茶問屋でも、他のホトケは、みんな寝てるところをひと突き、でございますか」
「うむ」
「よし、だいたい読めてきたぜ」
と、律が膝をたたいた。
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