第4話 若旦那の放蕩
有名な吉原のほかにも、江戸には娼館があつまる歓楽街があり、岡場所と呼んだ。
庶民にとっては気軽な遊び場だが、犯罪者にとっては、いい隠れ場所でもあった。
だから幕府は公営の吉原と、四宿(品川、板橋、千住、新宿)あたりにとどめたい。
が、それも、ままならないのが悩みの種で、いつの時代も歓楽街の連中はしぶとく、いくら追い払っても、すぐに帰ってきてしまうのだ。
それは、それとして―――。
律のような稼業にとっては、こうした連中の扱いは、腕の見せどころでもあった。
日ごろから手なずけておけば、いざという時の情報源になる。
捜索もはかどらないなか、江戸を騒がす連続強盗について、
(噂のひとつでも)
転がってやしないかと、なじみの遊女をたずねたのだったが、もちろんそこは、ただ話をしただけというわけでもなく、
「どうか、お染には、ひとつ内緒に」
ズバリ当てられて、すっかり参った律は、
「あれで、けっこう嫉妬ぶかいんでさ」
「それはよいが、同心に報告した例の件は、話してくれる気になったかの」
「へえ、そりゃもう」
と、語りはじめたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「八幡町に、富岡屋という呉服屋がございます」
「ふむ。たいそう繁盛しているそうだの」
「そりゃあもう。先代までは、ほんの小商いでしたが、三代目が店を建て増したところ、これがあたりまして」
「ほう」
「いまでは、京からも反物を仕入れている、なかなかの大店となっております。ところが、そうなるとツキモノなのが、不肖の倅というやつで―――」
話の続きはこうだった。
富岡屋のあと継ぎを、伝一郎という。いたってマジメな若者だそうだ。
ただ、このごろ夜遊びを嗜むようになった。それで、ときどき朝帰りをする。
朝帰りをしても、さすがに若いだけあって、仕事はいつも通りにこなす。
それどころか、夜通し遊んだあとは、妙に陽気で機嫌がよい。
それが二日も三日も続くので、すこし気味が悪いほどだった。
とりあえずということで、番頭が相談をもちかけたが、
「遊ぶことも、ちゃんと覚えなきゃあ、いい商人になれやしないさ」
という富岡屋当代の判断もあり、しばらく見ぬふりをすることにした。
ところが、ある日のこと―――。
とうとう羽目をはずしすぎたのか、朝になっても伝一郎の姿が見えない。
どうしたことかと案じていると、昼頃になって、ふらつきながら帰ってきた。
番頭は、ここがクギのさしどころ、と胆をきめて、
「若旦那。いったい、どこへ行かれていたんです」
と、詰め寄った。
伝一郎は青い顔をして、うつむくばかり。
「いいえ、だんまりは通しません」
どうせバクチで大負けしたか、女にでもフラれたんだろうと、内心では苦笑しながら、
「いまに若旦那がいないと、店がまわらないって日もくるんです。さあ、おっしゃっていただきますよ。どこで何をされていたんです」
番頭はなおも、こんこんと説教をしたそうだ。
さすがにこたえたのか、伝一郎はしおれきっていたという。
※ ※ ※ ※ ※
「ふむ。結局、どこに行っていたのであろうの」
初栄は、片目をつむって、小首をかしげていた。
「さあ、それだけは、どうしても口を割らなかったそうで」
「伝一郎は隠しごとをする性分だったかの」
「いえ、きいた話じゃ、いたって正直なヤツのようなんですがね」
「ふむ」
「ケンカで青アザをこしらえたときも、これこれしかじかと、そうなったわけをきっちり説明したようですぜ」
「なるほどの。話の腰を折ってわるかった。つづけてほしい」
「実は、こっからが、おかしな話なんでさあ」
と、律は声をひそめた。
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