施設A

 僕は悪夢から覚めない呪いにでもかかっているのかもしれない。悪夢が同じように2度も続けば誰であってもそう思わざるを得ないだろう。僕は施設Aで生活してからというもの食い意地が張ってしまったせいで周囲と孤立していた。僕は他の子供と比べてとにかくやせていた。飢え過ぎて食べ物を前にするとがっついてしまうのだ。母親のゲロ事件から6170が僕にこっそりどうにか一日に一食だけ用意したことがきっかけだった。僕は有り難くその食事を分けてもらっていたがそもそもそれが間違いだった。僕がこの僕だけが飢えを我慢していれば。いくら年上でも甘えてはいけなかったのだ。僕はまた自分を助けてくれた人間を助ける事が出来なかった。結末はいつも悲惨だった。その悲惨の原因になるのはいつも僕であった。僕の頭が悪くさらに弱いせいで僕を助けようとする人間が不幸になる。これは由々しき事態だ。僕は強くならなければならない。この身を削っても強くならなければならない。だから僕は周囲と孤立した。孤立してれば何があっても自分で何とかしようとするからだ。寝る場所もトイレに行く時間の確保も昼休みと中間休みも。僕は今迄何一つ自分自身で成し遂げた事がなかった。この独りの時間は僕にとって必要なんだ。僕がどうゆう経緯で施設にきたか変な噂を流す連中も無視できた。いや相手の存在さえ僕の中で消し去ることができた。独りで居るとこんなにも強くなれるんだ。それでも絡んでくる奴は入って1か月経った今でもいる。「おいそこのガリ、お前人見知りなのかそれともただの馬鹿なのか」相手にしない。「そうか馬鹿なのか、それはかわいそうだな、馬鹿だから返す言葉もないってか」とにかく相手にしない。「お前ゴミばっか食ってたから頭退化しっちゃったんだなかわいそうに、だからここの腐った飯もご馳走と認識するのか、最高だねガリ脳君」僕がゴミ置き場に行っていたことがなぜ微妙に噂になってしまっているのかは不思議だったが気にしない事にした。「おい。聞いてんのかガリ脳」この男子は見た感じ僕より4.5歳上。多分この間1年下の男子が僕に絡んできた様子をこいつは観ていて僕が顔色一つ変えなかったから自分に歯向かえない人間だと判断しているのだろう。この大食堂という場所を選んで絡んでくるのも計算済みだ。ただでさえ周囲から浮いてる僕を侮辱するにはぴったりのベストプレイスというわけだ。「貴様っ、無視してんじゃねえ、何とか言ったらどうなんだ」向こうから靴音がした。監守だ。「誰だ騒いでるのは」その瞬間そいつは僕のそばをすっと離れた。見事なまでの離れ技だ。僕ら二人の様子を観ていた周りの子供も目をそらし目の前の飯を食べた。「餌の時間は終わりだ、さっさと作業に戻れッ家畜共!」ああなんという幸福の時間。こんな家畜でも仕事を与えてくれるんだから。不幸中の幸いとはまさにこのことだ。問題はここを出てからだ。ある子供は僕みたいな詰まらない人間をかまったりまたある子供はそれを観て楽しみここを出た後の事を考えないようにするための何かを見つけていかなければここでの生活は苦しい。この苦しさを乗り越えるためにそれぞれ余興というものを自分のなかに見出しそれが良いか悪いかは誰も干渉せずそうして一日が終わる。家畜にとっては最高の場所。それが施設。国は箱をつくる天才だ。僕は最後のひと口を大げさにかき上げ作業に向かった。生きていれば生きてさえいればまだ何とかなるかもしれない。それだけが僕にとっての宿命のように感じた。ここを出たらやることは決まっている。組織を抜けること。それしか僕にできることはない。

 部屋は6人部屋。男女3人ずつで年はみんな同じぐらいだ。誰かといるとどうしても人間関係が生まれてしまうものだが僕は何とかまんまと孤立することができていた。左肩に埋め込まれたGPSは盗聴もできるはず。余計なことを口にすればどうなるか分からなかった。だから一人で居たがる子供は僕以外に何人か居たのでお互いに口にせずとも賢明な判断だと考えていた。この施設Aは一番大きな施設で何か月後に家畜屋へ移動が決まるか予定が立たない子供が収容される。学校に行っている子供はすぐ家畜屋場所が決まるがGPSなしで学校に行っていない子供の対応は遅い。10歳ぐらいの子供でも稀に読み書きがままならまい子や着替えが出来なかったり食事の時箸が使えなかったり成長にばらつきがある。僕の部屋にも少し着替えの遅い男子がいていつも女子に馬鹿にされていた。「8109、まだ靴下はいてんの?早くしないと大浴場しまっちゃうよ」「うーん、今行くから」このゆったりとした口調も原因の一つなのだろうが。「1002、君もお風呂行くの?」「そうだね、男子が入れるのはあと1時間もないから、8109もお風呂行くんでしょ?」「うん、今そのために靴下を履いてるんだけど、サイズが合わないからなんだろうね、いつも履くのが遅くなっちゃうよ」8109は自分が他のみんなより着替えが遅いという事は認識しているようだがそれを服や靴下のサイズのせいにしている所はどうかと僕は思っている。そもそも施設着にサイズなんてない。それにこれから風呂に入るんだから靴下を履く意味が分からない。「あ、1002先に行ってていいよ」言われなくとも。「じゃあ、お先に」僕は部屋を後にした。一週間に一度しか入れない入浴は本当に貴重な娯楽なのだ。さっさと上がってもう今日は寝てしまおう。大浴場には男子がごったがえしていた。これも毎度のことだ。最初の頃大体新人いびりは大食堂か大浴場と決まっているらしく今日もどこかでどこかの新入りがいびられている。それを横に僕はシャワーを浴び風呂につかった。蹴とばされた新人が浴場に落ちてきた。水しぶきが顔にかかったが僕は何とも思わなかった。大食堂に監視カメラはあるがさすがに風呂場の中にはない。だからここではやりたい放題なのだ。僕はそのしぶきの奥に浴場の端に座っている人物を見逃さなかった。あれは確か高等部の人だ。定期密会の時に見たことがある。彼も澄ました顔して湯につかっていた。なぜ高等部の人がこんなところに。僕は少しずつ彼に近づいて行った。近づいて自分はどうするんだとは思ったが話しをしたいと思った。高等部の人も施設行きになるようなヘマをするのだろうか。先程突き落とされた新人は今度顔を殴られているようだ。それをよそに湯煙に隠れながら僕は彼に近付いて行った。彼はまだ僕に気づいていない。もう少し近づいて顔を確認したい。そうだあの柱の所までいって少し様子を観よう。僕はネッシーのようにすうっと移動した。その時彼はこちらにふと目をやった。「あ、何でもないです、人違いでした、失礼致しました」僕は逃げようとした。「待て」その待てが僕をさらにはらはらさせた。余計な事をしたと思った。お願いだからこのまま見逃してほしい。「はい、何でしょう」「何でしょうは、こっちのセリフだよ」彼は言指ことゆびをして見せた。これは僕ら組織に属している子供しか知りえないコミュニケーションの一つ。僕はそれをみてほっとした。言指は続く。「指話がわかるという事は君も組織の人間だろう」「そうです、見た事ある人だなあと思って、すみません」「なぜ謝るんだい、こんな所にいたら誰だって色々確かめてから行動しちゃうよ。ところで君はどうしてここにいるのかな」やっぱり答えたくないことを訊かれた。「僕は、なんというか…」僕は頭の中で言葉が詰まった。「潜入調査、というわけではなさそうだね」僕は逆にその潜入調査について詳しく聴きたかったがそうもいかなかった。彼は優しい面持をしているが質問に答えろという目を向けてきている。「僕は、ここをでたら組織をでなければならないでしょうね」僕の指先はそう呟いた。「それは君次第だね。組織に信用してもらうには、君の肩に埋め込まれたGPSをほじくり出すしか方法はないよ」彼は自分の首の後ろを僕にみせた。何とも痛々しい肌をみて僕は息を呑んだ。あれは何度もGPSを抉った痕だ。「まあ、君が遠回りに自分のヘマでここに居ることを教えてくれたから、僕のことも少し教えよう」僕は彼の目を見た。「僕は高等部調査班の32、調査は施設専門だよ、改めてよろしく、1002」いくら密会で一度僕を見ているからといって教育ナンバー通称タグまで覚えているなんてある意味恐ろしい人だと僕は思った。「1002はいくつになったのかな」「僕は10歳です」「そうか、あと8年もすれば大人になってしまうね」僕は何か聞いておかなくてはならない事はないかと躍起になった。そうだ優也が言っていた組織を解散させるんだというあの言葉の意味をこの人にきけば何か分かるかもしれない。「僕と一緒に住んでいた優也って子がこの施設に来ませんでしたか?タグは1443。僕と同じ10歳です」「知らないな、1443は学校に行ってかい?」「はい、学校に行ってました」「それならここではないと思うよ。もっと小規模で収容期間も2週間程度の施設だ、その1443がどうかしたのかい」「優也がどうゆうわけか収容期間中施設着をきたまま、家まで戻ってきて、僕にこう言ったんです。組織を解散させるんだ、と」僕の指の動きを観ていた32の目が僕の目を捉えた。「僕たちは所詮子供で、大人に勝つことはできないって。子供の組織化がばれたら刑罰になるって」「1002」「…なんでしょう」「それは優也君の主観ってやつだよ、君が気にすることじゃない」僕は声に出した。「本当に、大丈夫なんでしょうか」「何が」「僕ら子供がです」32は僕の目を捉えたまま何か言葉を選んでいるようだった。「大丈夫だよ」そう言って32は浴槽から上がった。妖艶な顔立ちをしている割に体を鍛えているのがみてとれた。もっと話しを聞きたかったのに32は奥の方へ行ってしまった。彼の大丈夫という言葉はあまりにも色々な意味が込められているようで尚更僕の不安を煽った。

 この施設は本当に広い。とりあえず自分の部屋と大食堂と大浴場の場所さえ覚えておけば生活には困らないがやっぱり施設全体を把握したかった。ここをでればどうせ組織を出なければならないのだし最後ぐらいは助けてもらった光太にちゃんと必要な情報を伝えようと思う。まあ光太にも会えなくなったらゆりちゃんにも会えなくなってしまうんだけど。僕らが自由に動ける時間は一日3回もある食事時間。つまり大食堂に居る30分間が3回。後は週1回の入浴時間。後は仕事の合間のトイレ休憩。この時間の中でなにか一つでもいい情報をつかめれば。その他の時間は施設内清掃かなんのスキルアップにもならないランドリー室での施設着の洗濯だ。この施設Aは他施設の食事や洗濯を一食単にやっている。僕たちが大型洗濯機に放り込んみ終わったらまた大型乾燥機に放り込む。乾燥が終わると自動的にリネン室のコンベアーにどんどん積み重なっていく。洗いと乾燥だけは機械がこの通りやってくれるが乾燥されたものをリネン袋に詰めていくのは僕たちの役目だ。リネン袋には施設ナンバーがついており決められた数を暗記して詰め込んでいく作業。覚えるのが遅い者いれば覚えるのがはやくても詰め込むのが下手で数を合わせるのに手間どう者もいる。密会の情報では都道府県に必ず1か所あり東京だけはここ以外に小規模な施設が20か所程あると聞いたことがある。僕はたまにこんなことそこの施設でやればいいのにと思うことがある。その場所でやってしまえば特に食事の質はあがるだろうに。いやこの世界では質はどうでもいいのか。食事は盛りつけも皿洗いもロボットにやらせているからこれは食い物なんだと思って食べるしかなかった。団子のような白飯週よりコッペパン週の方がまだまし。その食事ロボットは使われなくなった介護ロボットを回収しリサイクルして使われているので殆ど見た目同じロボットがない。まれにロボットも独り言を言うことがあるキョ…キョウハテン…キ…ガイイデス…ネ…ピ。国はロボットのリサイクルを最大のエコだと宣言しているが単に始末に負えなくなってきてるだけなんだと僕は思っている。現に厨房側を行ったり来たりしているロボットの中にはそのままで動かなくなってしまっているモノもある。このだだっ広い施設に配属されている唯一の3人の監守はそれをほったからしにしている。ロボットさえも独り言を言うようになったのでは世も末だ。

 僕は今日もミニ探検をすることにした。昼食をさっさと済ませ「よし、今日は20分も時間があるぞ」僕はロボット達しか入った事がない厨房の先にどうしても行きたい気持ちに駆られていた。だから大食堂が閉まる直前に厨房側のテーブルでずっとスタンバっていた。オショクジノジカンハオワリデス。オショクジノジカンハオワリデス。大食堂に子供は僕だけになった。僕は身を低くしてまんまと厨房の中に入れた。身を低くしていればロボットに見つかることはない。ここにきてロボットにも一応視界というものがあるらしいということが分かったので僕はそれを利用した。監視カメラに映らないようになるべく体格のあるロボットの後ろについた。もしかしたら中に監守が居るかもしれないと思ったが監守がロボットのメンテをしている姿を一度も見たことがなかったので居ないことを信じて僕は厨房の奥に入っていった。そこは食事ロボットの保管場だった。それぞれのロボット達は自分の場所に戻り自分で電源を切っていた。周囲が静かになったので僕はゆっくり立ち上がった。高い天井を見上げているといきなり誰かが喋り始めた。キョウハドウサレマシタカ、アーコシガイタイノデスネ、イツモノコトデハナイデスカ、ショクジカイゴデータサンハチニレシピカレニノニツケ、オショウガツデスネ、オモチヲタベレバキュウジュウハチパーセントノカクリツデシニイタリマス…。僕と同じぐらいの大きさの赤いロボットがくるくると回りながら勝手に喋っている。僕は物陰に隠れていたがそのロボットは無邪気な子供のように僕を見つけてしまった。ハイカイシテハイケマセン、ミンナノメイワクデス、ケガヲシマスヨ。ソトハキケンガイッパイデス。ハイカイヲヤメナケレバコウソクシマス。「あ、ご、ごめんよ。ちょっと散歩をしていただけなんだ」サンポノジカンハオワリデス。ユウショクノジカンニマニアワナクナリマス。「君はいつからここにいるの?」ワタシハココニイマス。会話がかみ合わない。「夕食の時間までにはちゃんと戻るよ。その代わり、君の事を教えてほしいな、知ってることなんでも教えてよ」なんて無謀な質問をしているんだろうと僕は思った。オウチニカエリマショウ、ココニイテハカゼヲヒイテシマイマス。「生憎ここに捕らわれてしまっているからね、うちには帰れないんだよ」コウレイシャノコウソクハイホウデス、スグヤクショニホウコクイタシマス。「あ、いやいいよ、報告しなくて。大丈夫だから、ほら」僕は身体が拘束されていないことをロボットにみせた。それにしても高齢者なんて結構昔の言葉を使うんだなと思った。相当型が古いんだろう。僕に対しても昔介護していたシルバーと認識しているみたいだ。「君のおうちはどこなのかな?」ヤットカエルキニナリマシタカ、セワバカリカケテ。僕はロボットに悪態をつかれながら後をついて行った。奥の部屋まで行くとそこは膨大なロボットが積み重なって鉄の軋んだ音がささやかに鳴っていた。オウチニツキマシタ、オウツニツキマシタ。ロボットは腕をグルグルさせながらなにやら喜んでいるように見えた。それに反応したのか分からないが他のロボットが急に動き始めた。ユウショクノジカンデス、キョウハカイゴショクBニイハチデス。チガイマスサキホドノサンポデカロリーヲショウヒシテイマス、カイゴショクAイチロクデス。ロボットがそれぞれ勝手に会話をし始まったので僕は監守が来るのではないかとひやひやした。「あ、あのみんな食事の準備はもういいからさ、うーんそうだな自己紹介をしてほしな」こういうのは本当に僕には向いていない。まさか施設の厨房奥にこんなにロボットが居ただなんて。どれも話しの分かりそうなのは居なさそうだ。そう思った瞬間向こうからスマートなロボットがこちらに近づいてきた。すると周囲のロボットが嘘のように静まりかえった。僕の前まで来るとそのロボットは口?を開いた。「なぜここに人間の子供が紛れ込んでいるのですか?」話し方もスムーズで中に人でも入っているんじゃないかと思った。スマートなロボットはそう言って周りを見渡した。すると先程僕を中まで連れてきた赤いロボットがビクッとして他のロボット達の後ろに隠れた。「あ、ごめんなさい、面白そうだったからつい」話しが通じないわけではなさそうだが分かり合えそうな雰囲気ではない。「指定区域以外に侵入した場合、どうなるかお分かりですか?」「井戸刑…」「まさに、その通りです」スマートが僕に顔を近づけてきた。井戸刑は致し方なくてもここに入った事はばれてはいけないと思った。「ここは私たちの職場なのです。人間の子供が入ってよい場所ではありません」「そうだね、でも、修理されないでそのままにされているロボットも中には居るから、どうしてかなと思って」「修理をする必要はありません、外ではここにいる私たちよりも優れたロボット達が作られている、だから修理する必要がないのです」「そしたら君も壊れてしまったら、それで終わりなの?」「それで終わりかどうかは私達を製造した人間が決めることです」「そうかな、自分自身のことぐらいはロボットだって、自分で決めていいんじゃないかな」「自分の意志があるロボットなど、人間は必要としません」「ならなぜ君はここにいるの?見たところここのボスって感じだし」「この施設の管理は監守3名で行っております」「その監守は君の存在を知っているの?」「もちろん知っております、リネン袋の手配などは監守の役目ですが、その他食事のレシピやビルメンテ等の仕事は私達が行っております」殆ど監守なんか仕事していないじゃないか。僕はそう思った。「そんな事、僕に教えていいの?」「貴方はここから出られない。なぜなら私の存在を知ってしまったからです、そのような子供は成人しても施設から出る事はできません」「君は介護ロボットではないんだね」「貴方怖くないのですか?」「何が?」「ここから成人しても出られないと私はいったのですよ、それを、怖いと思わないのですか?」「僕らはさ、外に居ても中に居ても、あんまり変わらないから、そんなことより君だけは介護ロボットじゃないの?」「介護ロボットです」「それにしては会話がスムーズだね」「私は身体介助ロボットではなく、会話用ロボットです」「そうか、だからお話しがうまいんだね」「今は身体介助と会話が両方できるロボットが開発されています」「もしかして、嫉妬してるの?」「その必要はありません。嫉妬とは、人間同士がするものです」「ははッ」僕は思わず笑ってしまった。「何がおかしいのですか?」「いや、君を馬鹿にして笑ったんじゃないよ、なんだか不思議だなと思って」「不思議とは?」「まあ、簡単に言うと、面白いってこと」そうこうしている内に腕時計は15分経過していた。「そうだ、君の名前はなんて言うの?」「ここにいる全てのロボットに名前はありません」「じゃあ管理番号とかはあるよね、何番?」「私は63661です」「うーん、じゃあ6の数字が多いからムツでいい?」「貴方はネーミングセンスがないのですね」「そうかもね、じゃあ僕は仕事に戻るから、また会おうねムツ」そう言って僕は介護ロボット達に手を振りその場を立ち去った。部屋の奥では静まり返っていたロボット達がマゴダ、マゴガデキタ、オメデトウと騒いているのが聞こえた。

 リネン室扉が閉まる瞬間僕はギリギリ間に合った。既に詰め始めている者もいればぼちぼち始めようとしている者もいた。「1002、どうしたんだよ、ぜーぜーして」「いや、トイレに行ってて」「そうか、今日量多くね」僕はリネン室をぐるりと見渡した。本当だ今日はやけに詰める分が多い。「そうだね、他の施設で溜まってたのが来たのかな」コンベアーに積み重なった施設着を眺めながら僕は言った。「ま、とりあえずどんどん詰めますか」この男子は僕と同じ部屋で一番肝っ玉が据わっている。大して仲良くしているわけではないが僕が初めてこの施設に入って唯一馬鹿にしてこなかった人間。今日僕はなんとなく彼の脇で詰め作業をしていた。「あのさ」「なに」「0591は、ここを出たらどうしたい?」「どうもこうもしないよ、どうせまた大人共の家畜やんなきゃなんないんだから、自分の意志があるだけ無駄だね」その言葉はなぜか捻くれているようには聞こえなかった。「じゃあ、仮にこんな世界じゃなかったら、どうしてた?」「そうだな、普通に飯食って遊んで寝るよ」「そうか、それが一番幸せかも」「お前はどうなんだ」「僕は、もっと自由でいたいな」「はは、それさっき俺が言ってたのと同じじゃん」僕は少し気になっていることを聞いてみた。「…最初に大食堂で僕を見た時、どう思った」「そうだな、単純に腹減ってたんだなーって思ったよ」僕は自分で聞いておいて恥ずかしくなった。「まあ、食事を与えない方法は食事代が浮くし、日数も長ければ長いほど教育費もそこそこもらえるからな」その言葉は僕を救ってくれたような気がした。「0591はそういう風にされたことある?」「あるよ」「そうなんだ、あれは結構悲惨だよね」「噂になってるゴミ置き場から食い物探してたって本当なのか?」「うん、恥ずかしいけど、本当なんだ。でも誰がそうゆう情報を流すんだろう」「施設に入る前どんな生活をしていたか、そのデータを監守がチェックするらしい」「じゃあ、監守が情報を流すってこと」「詳しくは知らないけど、施設暮らしが長い子供は監守の犬になってる噂もあるから、そういう子供が噂を流す役目をしているのかもね」僕は0591自身が充分詳しいと思ったが彼自身ここでの暮らしが半年になろうとしている子供もいるとなればそれなりに噂程度の話しは知っていてもおかしくないと思いなおした。「それが本当だったら嫌だね」「ああ、反吐がでるね」おかしくないと思いながらも僕は彼に鎌をかけたくなった。「0591はしっかりしているから、大人に気に入られそうだね、僕なんかぼーっとしてるから酷い目にあってばかりだよ」「1002は大人に気に入られたいのか?」鎌をかけたつもりが質問で返されてしまった。「気に入られたいとは思わないよ、少なくとも今の大人達にはね」「じゃあ、仮にどんな大人だったらいいんだ?」「そ、そうだな、普通に接してくれればそれでいいかな僕は」「普通ね…」そんな会話をしている間に0591は5袋分詰め終わるとワゴンにリネン袋を乗せ終わっていた。ワゴンから戻ってきた彼はこう切り出してきた。「1002の普通ってどこまでが普通?」「…子供の指を切断して、それを平気でいられるような大人は普通じゃないよね」僕は0591の目をみた。「そんなことして、それを教育だなんてぬかしている大人は普通じゃないよね」0591は僕の言葉を聞き終えてから袋に施設着を詰め始めた。僕もそれに続いた。僕はもしかしたらとんでもない事を口走ったのかもしれない。暫く僕らは黙っていたが0591が口を開いた。「俺は自分の意志がある奴なんてただの偽善者だと思うよ。自分ではどうしようもできないくせに、口だけの奴って」僕は黙っていた。心底余計な事を言ったと思った。「だけど、正直な奴は嫌いじゃない」僕は彼の言葉を作業をしながら聞いていた。いやこれは聴き入っていたと言っても過言ではないかもしれない。

 その時遠くからなにやら騒いでいる声が聞こえた。僕らはそっちの方を徐に見た。あれは…8109。「あののんびり屋、何しでかしたんだ」「うん、いつも大人しくしているのに」8109は僕らの部屋メンバー。監守に髪の毛をわし掴みされながらどこかへ連れていかれそうになっている。「僕は外に出たいんだ、外に出たいんだ!!」「ふざけるな、お前みたいなのろまは一生出れん!!」8109は監守にもみくちゃにされながらリネン室から出ていってしまった。僕ら含めて他の子供もそれを横目で見ていた。「お前ら、何を観ている、手を動かせ」監守はそう怒鳴ってリネン室の引き戸をバタンを閉めた。子供達はそそくさと作業をやり始めた。「面倒な事になった」0591がぼそりと言った。「どういう事?」「あいつ多分、井戸室に連れていかれたんだ。井戸刑となると、部屋メンバーの連帯責任になる可能性もある」「連帯責任って、僕らも井戸刑って事?」「珍しい事じゃない」僕は胸に穴が開いたような気分になった。僕がさっき厨房奥に入った事をあのロボットが監守に告げ口してしまったら他の関係ない子が巻き添えになる。井戸刑は自分自身が被れば済むと思っていたのに。僕は今更部屋メンバーが決められている理由をやっと飲み込んだ。どんなに孤立することを決め込んでも一人が何かしでかせば自分以外の人間が苦しむシステムになっている。大人の考えそうな下衆なシステムだ。僕は自分の軽率さとこのシステムと全ての事柄に心の中で悪態をついた。「井戸刑って、上から水をぶっかけられたりするだけだよね」僕はほとほと甘い事を口走った。「施設食の残骸だった時もあったな」「虫、とか」「もっと昔は虫もあったみたいだけど、管理が大変だからか今はなくなったってきいたよ」「それをきいて少し安心した」「虫は嫌い?」「まあ、好きではないね」僕は虫が嫌いというより動物自体があまり好きではなかった。犬も猫も怖くて触ったことさえない。「あのんびり屋、ほんと何しでかしたんだろうな」「外に出たいとか言ってたから、脱走でもしようとしたのかな」「まあ…、あいつはここの生活が2年以上経つから」「そ、そうなの?」「成長が遅い子供は、施設から出るのが遅くなる傾向はあるよ、あくまでも傾向だけど」

 今日の夕方の仕事はうつうつとした気持ちで仕事に取り掛かることになった。厨房になんて入らなければ良かった。ロボットなんかと話しなんかしなければよかった。こんな時光太ならどうするだろうな。どうやって他の子供を守ろうとするだろう。いつも自分の限界を突き付けられて僕はさすがにうんざりしてきた。優也が言っていたように組織なんか解散して僕ら子供は大人に家畜扱いされることを受け入れてしまえばいいのかもしれない。大人には一生勝てないのかもしれない。大人の優越を満たすための大人の辻褄に合わせた子供のままでいた方が楽なのかもしれない。子供が一日でもご飯にありつけるのも大人が働いて給料をもらってくるからだ。教育費は教育度によって付与されそれが自分が老舎へいくための未来の生活費となる。そうやってお金がまわってそうやって世の中ができてしまっているんだからもうそれでいいのではないか。酷い事をされても結局は生かされてしまっていることには変わらないのだから。自分で働けるようになるまでは大人の優越の道具に成り下がっても仕方ないのではないか。「おい1002」「えッ、何」「お前も気を付けろよ、ヘマすれば関係ない女子も井戸刑になる」「そ、そうだね。女の子に井戸刑はやっぱきついよね」「せめて俺らだけでもしっかりしてねーと、面倒な事になる」「気を付けるよ」「ま、1002は見た目より芯の強さがあるから、その点は信用するよ」「…ありがとう」見た目よりは余計だよ。「俺もさ、もし自分の力で何かを変えられるとしたら、今の大人をぶん殴りたいよ」「うん、僕もだよ」あともう少しで夕食の時間だ。コンベアーの施設着が減ってきた。ワゴンにはリネン袋が山のようになっている。「施設を出ても1002の言葉は忘れないよ」「僕、何か言ったっけ?」「言ってったじゃん、かっこいい事さっき、今の大人のやり方を教育っつってるのは許せないとか何とか」僕は少し恥ずかしくなって俯き加減で作業をした。「少しは希望を持ってもいいのかもしれないな」「希望って?」「いつになるかは分からないけど、いつかは子供の大人も普通に親子になれる日が来るかもしれないって」0591の目が少し輝いてるように見えた。そのほんの少しの輝きに僕は賭けてみたいと思った。

 僕は井戸の中に居た。この中は何か腐ったような臭いがしていて最高だ。「貴様ッ、何とか言ったらどうなんだ」監守の怒鳴り声が頭上から降り注いだ。のんびり屋の8109の一件でどうやら僕ら部屋メンバーが脱走の計画をしていると思い込んでいるらしい。「もっと増やしてほしいか、クソガキ」最初は水をぶっかけられるだけだったがとうとうそれが残飯になった。特に手足を拘束されているわけではないが井戸の中に水と残飯が混ざって悪臭を放っている。「貴様もあのノロカスと同じで逃げたいのか、答えろ」こんな事をされたら8109じゃなくったって逃げたくなる。僕自身井戸刑を受けるのは初めてだった。死ぬほどぶん殴られたり飯抜きだったりすることはあったがこれだけは何とか避けてきた。しかし今回みたいな連帯責任じゃ仕方がない。かれこれ1時間ぐらいは経っているだろうか。そろそろ口を開いてやらないとこれで今日一日潰れる。「僕は…」「声が小さいぞ、聞こえるように言え」「僕は逃げたいなんて考えたことありません」「そうか、そいつは面白い」監守はにやりとした。僕は嫌な予感がした。上から熱湯がかぶさってきた。「うわっ」僕は井戸の端の方によけた。しかし熱湯は井戸の中にどんどん溜まる。これじゃ溺れる。僕は上を見上げた。監守はまだ熱湯を注いでいる。「これでも逃げたいと思わないか、1002」熱湯が素足いや体全体を刺した。熱い殺される。「どうだ、湯加減は、一週間に一回しか風呂に入れない貴様らにとってはあり難いだろう」熱湯は首ぎりぎりになるまで注がれた。口元に残飯がくっつく。僕は必死に沈まないように何とかしのごうとした。体が痛い。悪臭で頭が割れそうだ。何かに掴まりたい。何かに。「あーひでー臭いだ、1002、今日一ここが貴様の居場所だ、井戸刑ぐらいで死んだりするなよ、死体の処理が一番面倒なんだからな」監守はそう言って行ってしまった。冗談じゃない。一日中この中にさらされるなんて。蓋をされなかっただけでも不幸中の幸いといったところか。残飯がうようよと浮いている。僕がもう少し運動神経がよかったら何とかでできたかもしれない。密会で井戸刑中に命を落とした子供達の報告を聞いた事は今迄何回もあった。。一番多いのは自殺。その次にショック死。施設の井戸刑より学校の方が酷いと聞いたことがある。施設では井戸刑に使われる物資が限られているからだろう。しかし幸か不幸か井戸刑の教育費は日数ではなく何を入れたかで決められるため長いことされることはない。生きたままいかに教育するかがポイントだ。さらに汚れた井戸の掃除は井戸刑を受けた子供が自ら行う。大人にとっては自分の手を汚さずに充分優越感を味わえるうってつけの方法というわけだ。僕はなるべく楽天的な考え方をすることにした。いくら熱湯といっても上を閉められたわけではないから時間が経てば冷めてくるだろう。熱湯だから体を冷やすこともないだろう。暫く体臭はするかもしれないけど一週間後には風呂にちゃんと入れる。他のみんなは大丈夫かな。0591は頭がいいから何とかしのいでいるに違いない。のんびり屋はきっと相変わらずだろう。女子は精神的に強いから多分大丈夫だ。きっとみんな大丈夫だ。…あれから何時間たっただろうか。僕の思惑通り熱湯はぬるま湯になり残飯はさらにぬるっと浮かんでいた。残飯が水分を吸ったからか水量が肩まで減ってきていた。考えたくないが酷い匂いだ。僕は別に潔癖症というわけではないが他の男子と比べればきれい好きな方だと思っている。そんな僕にとってこの状況は苦しかった。特に泳いだわけでもないのに体がどっと疲れている。床に栓らしきものが見えるが手で開けられそうにもない。あの栓を抜けばせめてこのぬるま湯だけでも流して床に座ることぐらいはできるだろう。そんなことを考えていると上から何やら機械が動くような音が聞こえた。これはどこかで聞いたことがある機械音だ。僕は少しの期待と不安な気持ちで上を見上げてた。イタイタマゴガイタ。あれは厨房裏にいた赤い介護ロボット。僕は言葉がすぐ出てこなかった。リョウボサンココニマゴヲミツケマシタ。「1002、気分はいかかですか?」「ム、ムツ」どうしてこんなところに介護ロボットが居るんだろう。ここが通り道なんだろうか。「ムツ、どうしてこんなところにいるの?」「ここは厨房と通路が繋がっています、この残飯も熱湯もこの通路から運んできたものです」「そりゃどうも、他のみんなは無事かな」「他の子供など私は知りません」「じゃあなぜここに来たの」「この赤いのがあなたに会いたいとうるさかったものですから」その赤いロボットは僕を勝手にスキャンした。オジイサンノマゴガミツカリマシタ、シンタイジョウキョウゼンシンテイオンヤケドセイシンジョウタイセイジョウデス。ホゴシマス。「保護なんかしたら、君が壊されちゃうからいいよ」「そうです、もう無事を確認しましたから行きますよ」マゴヲホゴシマス。シバラクタイチョウカンリガヒツヨウデス、ビビ。「そんな所にいると監守にみつかるよ、厨房に戻った方がいいよ」ビビ、マゴヲホゴシマスカエッタラオフロニハイリマスユウショクレシピカレーライスデス。「わかったわかった、井戸からは今日一日で出られるから、今度ゆっくり君に体調管理してもらうよ」「さ、行きますよ」「アッ、ちょっと待ってムツ」「何ですか、1002」「ムツはどうしてここに来たの」「それは先ほども答えたはずです。私はこの施設とここで働くロボットの管理をするのが役目です」「監守には僕とムツ達が会ったこと話した?」「…話しておりません」ビビ、マゴヲホゴシマスホゴシマス。「さあさあ行きますよ、夕食の準備に間に合わなくなります」ビビ、タイチョウカンリガ…。僕はロボット達の声が聞こえなくなるまでずっと井戸の淵を見上げていた。疑いもなく純粋なそのロボットという機械の判断に僕は救われたような気がした。

 「あーお風呂に入りたーい」女子3名が悪態をついている。女子はいささか井戸刑がトラウマになっているようでidoと発音を聞いただけで耳を塞ぐ。あれから4日経った。替えの施設着は何着かあったが部屋に置いておくとニオイが凄かったので部屋に設置されている申し訳ない程小さな洗面台でとれる所まで残飯を洗い流した。8109ののんびり屋は相変わらずのんびりしている。なぜこうなったのか理解している様子はない。それをさらに女子をイラつかせているようだ。「何もかものろまのせいよ」夜寝る前の女子の一言ひとことが正直重い。「延びたりしないよね、収容期間」「嫌なこと言わないでよ、考えたくないわ」「大丈夫よ、私達はのろまじゃないもの」「そうね、そうよね」「あののろまどっか移動しないかしら」「そうよ、移動させればいいのよ」「どうやって?」「ここに居られない理由をつくっちゃえばいいんじゃない」「部屋ナンバー移動になったって嘘をつくのよ、そうすればここに来る理由がなくなるでしょ」そんな会話を当の本人は寝てしまっているので聞こえていない。「でも、それ私達が言ったってばれたら大変な事になるじゃない」「そうかあ、どうする?」「おい女子ッ」その不毛な会話を切ったのは0951だった。「余計な事をするな。今度は井戸刑じゃすまないぞ」「な、何よ。こいつが居るせいで私達が酷い目にあったのよ」「そうだけど、これ以上目立つことをすればもっと酷い事になる」「じゃあどうすればいいのよ、こいつがまた訳の分からない行動をしたらまた巻き添えになるじゃないの」「僕達も悪かったんだよ」「私達がこいつに何かしたっていうの?」「僕達も、8109にあまりいい態度ではなかったから」「そしたら私達が悪いみたいじゃない」「だから、8109はそういうのあまり表情にはださないけど、ハブられてるみたいなのは感じてたんじゃないかなって」「何よ、男のくせにぶりっこぶっちゃって」「そうよ、そもそもそんな事分かるんだったらわざわざリネン袋の入ったワゴンに忍び込んで外に出ようなんて考えないでしょ、見つかるって決まってるのに」「こいつの脱走はッ」0951が少し大きな声を出した。8109がむにゃむにゃ言いながら寝返りを打った。全員その様子をみて彼が起きなかったのでほっとした。「こいつの脱走はこれが初めてじゃないんだ」その言葉を聞いてみんな黙っていたが女子の一人が口を開いた。「そしたら、私達また同じことされるって事」「そんなの嫌」一人の女子が頭を抱える。「部屋メンバーはただランダムに決められているわけじゃないと思う」「どういうこと?」僕は0951に聞いた。「今まで8109はあまり収容期間が長い子供と一緒になった事がなくて、部屋移動の回数も多いんだ。これは俺の推測なんだけど、8109みたいな成長の遅い子供と施設に入ってきたばかりの子供を一緒のメンバーにすることで、井戸刑の確率を上げてるんじゃないかな」「どうゆうこと?」「部屋メンバーに迷惑をかけるという認識ができない子供を利用しているんだと思う。井戸刑率を上げる事で監守の給料も決まってくるていう噂もあるし」「自分がヘマをすれば他のメンバーに迷惑がかかるって分っている子供を同じ部屋メンバーにすると、お互い気を付け合うから、井戸刑率が下がる。でもメンバーの中に一人でも8019のような子を入れれば…」「井戸刑率が上がる」一人の女子が独り言のように言った。「で、でも、井戸刑率を上げたいだけだったら、成長の遅い子だけの部屋メンバーをつくっちゃった方が効率良くない?」「井戸刑率を上げるだけが目的じゃないんじゃないかな」僕はぼそりと言った。僕をぶりっこといった女子が僕をキッと睨みつけてきた。「何が目的だってゆうのよ」「だから、井戸刑になった理由とか認識できる子供を教育した方が…」「優越感をたっぷり味わえる」0951が言う。「で、でも、そういう部屋メンバーじゃない所だってあるじゃない」「だから、これは悪までも俺の推測の話しだ」「僕、思ったんだけど…」「なによぶりっこ」僕は女の子にいろいろ酷いあだ名をつけられるな。この前はゴキブリ今はぶりっこ。「8109にさ、皆に迷惑をかけちゃいけないんだって、認識してもらえばいいんじゃないかな」「無理よそんなの」「何億年もかかりそうね」「やってみるんだよ、兎に角、もしかしたら僕らが歩み寄ったら、分ってくれるかもしれない」「じゃあ言い出しっぺのあんたが何とかしなさいよ」「う、うんわかった、明日から8019と話してみるよ」僕は0951の顔を見た。「そうだな、俺も協力するよ、女子も少しは協力しろよ、井戸刑ヤダろ」「わ、分かったわよ、しょうがないわね」僕たち部屋メンバーは不器用に手探りで言葉が足りなくてかみ合わなくても何とか少しずつ話す事が多くなったなと僕自身は感じていた。0951の言うは僕もさっき考えた事と同じだ。しかしそれが本当でも嘘でも誰も考えたくない事柄だった。昔から差別とか偏見なんて山のようにあったのだろうけど。それが今もこういう形で残っている事自体が本当に心底僕は厭だと思った。僕はまだ10年しか生きていないけれど人は出会いによって多少人生が決まるんじゃないかって思っている。僕だって光太達と出会えていなかったらもしかしたら8019のような子になっていたかもしれない。僕ら子供がこうして人を信じていられるのはそうやってどこかの節目に助けてくれる人が現れたりするからなんだ。食事も着替えもトイレにちゃんと行くことさえ誰かに教えてもらって支えてもらってやっとサマになる。こんな世界でも僕みたいなグズがこうしていられるのも光太達のような存在があったからなんだ。もしかしたら変えられるかもしれない。信じあえる人がいればこんな世界を変えられるかもしれない。子供と大人が普通の親子だったり普通の家族だったりしていた新しい時代に戻せるかもしれない。そんな希望を抱きながら僕は眠りについた。

 「あーお風呂入れて良かったー」相変わらず女子は嫌味を言っている。僕と0591は8109とのコミュニケーションに悪戦苦闘していた。「8109、男子がお風呂に入る時間になったよ、さ、靴下はここで脱いでこっか」「そうかあ、お風呂かあ、一週間過ぎるのは早いねぇ」そう言ってるそばからなぜか8109はさっき脱いだばかりの靴下を履こうとしている。「あ、8109?これからお風呂いくんだから、靴下履かなくていいんだよ」「え、どうして?」「ど、どうしてって、これからお風呂入りにどうせ行くんだから、またわざわざ履く必要はないんだよ」0951も続ける。「でも…」僕は彼の頑なさに違和感を感じた。「8109、ちょっと足の裏見せて」「い、嫌だ」「何もしないよ、見せてくれるだけでいいから」「嫌だ!」8109のような温厚な子が大声を出すことは今迄なかった。女子3人はびっくりしてこっちを見ている。「お、おい1002、刺激するなよ」0951は小声で僕に言った。「わ、分ってるよ」僕も小声で返してもう一度8109に向き直った。「8109、僕らは、君の味方だよ」8109は膝を抱えたまま動かないでいる。そのまま誰もが沈黙していた。僕はそれでもじっと待った。これは辛い沈黙だった。ただ一番つらいのは8109なのかもしれなかった。すると8109が僕の方に左足を出してきた。僕は8109の顔の様子を窺いながら左足の裏を見た。「これ…、鉛筆の芯」0951も僕に続いて彼の足の裏を見た。0951が僕の鉛筆のという単語に少し反応したような気もしたが今それはどうでもよかった。「これは酷いな」女子達も恐る恐る近づいてきてぎょっとした表情を見せた。「もしかして、今迄靴下履いてたのって、これのせいだったの?」8109はこくりと頷いた。僕は不思議に思った。今時鉛筆を持っている大人は限られている。紙に字を書かなくなってからもう30年以上も経っているというのに。前の家畜屋がシルバーだったのだろうか。「そ、その黒子みたいなの何?何か刺さってるてこと?」女子が気持ち悪いモノを見るような目をしている。左足だけではなく右足にも数か所ある。「おじいちゃんがね…」8109がゆっくりと口を開いた。「おじいちゃんが、僕は人よりかけてるから、その分痛みを分からなきゃいけないんだって、歩く度に痛みをわからなきゃいけないんだって教わったんだ」「8109は、かけてなんかないよ」僕は何とか声をかけたがそれが8109に聞こえているかは分からなかった。「おじいちゃんは、足を悪くしててね、ずっと車イスだったんだ。おじいちゃんは歩ける僕がきっと羨ましかったんだ」「…これは、おじいさんにやられたの?」「おじいちゃんの気持ちを、僕が分かろうとしなかったから、こうなったんだ、これがおじいちゃんの教育なんだ」8109が語り終わったころ僕らはそこに暫く佇んでいたがこの静寂を割ったのは0591だった。「そうかそうか、よく言ってくれたな8109。そしたらお前が靴下履くの待っててやるから、一緒に風呂入りに行こうぜ」「うん、ありがとう」8109はにっこりした。

 風呂場に着くなり今日も新人いびりの声がどこからか響き渡っていた。それをよそに僕ら部屋メンバー3人の男子はバシャバシャとはしゃぎ回っていた。それを見ていた周りの子供達は井戸刑があったのに何をそんなに嬉しそうにしているんだろうだの凄い匂いだったから体を洗えて喜んでいるんだだのひそひそ噺が聞えてきたが僕らはそんな単純な理由ではしゃいでいるのではなかった。僕らはお互いがお互いを信じれた事が嬉しかったのだった。「まーったくよー、あの残飯ほんと酷かったよなあ」一息ついて僕らはこの酷い匂いを消すためにいつもより石鹸を沢山使っていた。「熱湯も熱かったしねー」8109が陽気に言う。「熱かった熱かった」「あれさーわざわざ湯沸かしたってことだよなー」「どうなんだろうね、タンクでもあるのかなあ」「まさか、井戸刑のための湯タンクがあるってこと?」「監守の奴らひまなのかねー」「僕は溺れるかと思ったよ」「確かに、結構首ギリギリまで入れやがったよなあいつ」「僕も死ぬかと思ったあ」「なあ8109」「なあに?」「靴下の件も分かったからついでに聞いちゃうけどよお」8109は頭が泡だらけだ。「お前何でたまに脱走するんだ?」それもう聞いちゃうの。それはもうっちょっと後からでいいんじゃないかと思っていたので僕はヒヤヒヤした。「いやわかるよ。逃げたくなるのはさ、だって俺だって逃げたいもんこんなとこ、飯不味いしリネン袋に施設着つめてくとかロボットがやればいいんじゃねって思うし、休憩時間短けーし。後風呂は週一だし、逃げたいですよ俺だってさー、でもさー」「おじいちゃんに会いたくなっちゃって…」いやそこでおじいちゃんだされっちゃったら僕らは何も言えなくなっちゃうじゃないかと思っている矢先。「わかるッ、わかるよ」0951が粘っている。「わかるよ、誰だって会いたい人に会えないと辛いもんな、だけどさ、ちょっと言いにくいんだけどさ、お前ひとりだけじゃないんだよ、会いたい人がいるってさ」「みんなも会いたい人いるの?」「い、居るよ、そりゃあ…」「0951は誰に会いたいの?」「そ、そうだなあ。前の家畜屋でお世話になった兄弟とか、まあ色々?1002は?」僕に振ってきた。「うーん、そうだなあ、僕も兄弟かな」「そうかあ、みんなも会いたい人が居るんだねえ」「いるいる、だけど、みんな我慢してんのよ、会いたい気持ちを抑えてんのよ」0951のキャラが変わってきているように僕は見えてしまって少し面白い。「だからこう、なんて言うの、一人がそうゆう事しちゃうと、また井戸刑なんて事になるからさ」「そうだね、あれは辛かったなあ」「そうだろそうだろ、もうヤだろ?」「うん…」8109の顔が少し曇ってきたので僕は助け船を出した。「おじいちゃんに会いたくなったら、僕らに相談してよ、まあ、僕なんかは何の役にも立たないけど」「うん、ありがとう、1002、でも…」「でも?」僕と0951がはもった。「僕がここにいる間、おじいちゃん死んじゃってたらどうしよう」「だ、大丈夫だよ」「そうそう、今は医療が発達してっからそんなスグにはくたばんないって」「でも…」「でも?」僕と0951は冷や汗が止まらない。「僕、ここから出られるのかな?」「出られる出られる、長くても3年以上はないって」「僕、もう2年ぐらいここに住んでるんだけど…」「そ、それは偶然だよ、他にもそういう子居るんじゃないかな」「そうなのかな、他の子は長くても1年ぐらいだよ」「問題ない、俺達がついてる」0951が無理やり話しをまとめようとしたので「8109、それはきっとみんな僕らも同じ条件なんだよ。みんながいつここを出られるか分からない、0951だって僕だって、部屋メンバーの女の子だって、みんな同じなんだ、だから、今みんなが一緒に居られる時間を大切にしようよ」と僕はまた助け船を出した。8109ははっとしたような表情をして「そうだね」と言った。0951はフムフムとあたかも自分がいい事言ったというような表情をしていたので顔にシャワーをぶっかけてやった。ちなみにシャワーの水圧の威力は調節できない。結構な威力だ。「なあにすんだよぉ1002!」8109はそれを見てきゃっきゃと笑いながら僕に続けて0951にシャワーを浴びせた。その時後ろの方から何やら視線を感じた。あれは高等部の32。僕らの様子を観ている。なんだろう。「あ、あのさ」はしゃしでいる二人はこっちを見た。「なんだ?1002」「僕浴槽にロッカーのカギ落としっちゃったみたいだから、ちょっと探してくる」「そうか、じゃあ俺も手伝うよ」「あ、いいよいいよ、大丈夫だから、二人は先に上がってて」「おう、わかった、こけんなよー」僕は二人をごまかして32の所へ行ってみた。「あ、あの…」「井戸刑、ご苦労様だね」「どうして僕らを見てたんですか?」「騒がしいと思って来てみたら、たまたま君がそこに居たってだけだよ」僕は厨房の裏に居るムツ達の事をこの人に話しておきたくてむずむずしていた。「あ、あの、もうもしかしたら32は調査班だから、もうご存知だと思うんですけど…」「君みたいなおちびさんが、この僕に情報をくれるっていうのかい?」僕はおちびさんと言われるのは初めてだったので少しばかり癪に障った。「そんな大した情報じゃないんですけど」「必要な情報なら聞いてあげるよ、僕ら子供のための情報ならね」「調査班の人は、厨房の奥に入った事はありますか?」「君、厨房の奥に行ったの?」「は、はい、そしたら介護ロボットがいっぱい積み重なっていて、その、なんてゆうか、施設の管理をしてるっていうロボットに会って、そのロボットとと、友達になって」「1002」「報告したいことがあるなら、内容をきちんとまとめてからにしてほしいな」「あ、あの、それだけです」「ロボットと友達になれてよかったね1002」32はにこっとする。その笑顔が少し怖い。「あ、ありがとうございます…」僕の声はだんだん小さくなっていった。「しかし、これは由々しき問題だ。君が施設管理をしている主体ロボットと接触している事が、監守の耳に入ったらどうする」32は腕を組んだ。「そ、それは、ないと思います」「なぜそう言い切れるんだい?」「僕が井戸刑の最中、ロボットが僕を心配して会いに来てくれたんです。厨房と井戸の通路は繋がっているみたいで、その時僕聞いたんです。監守に僕と会ったこと話したかって」「それでそのロボットが話してないと」「はい、そう言ってました」32は少し考えるそぶりを見せてこう言った。「君は一つ忘れちゃいないか」「何をですか?」「介護ロボは大人が開発したものだ。あれは大人の指示なしに勝手な行動をすることはない」「確かに、ロボットは全て大人が造った物ですけど…」「まあ、その一連が真実だったとしても、既にここの施設職員としてプログラムされているわけだから、監守への報告業務は必然だよ」「そうですよね、気を付けます」「気を付けますって、君、そのロボットと面識があるんだよね、君がこの後どう気を付けようと、井戸刑は確実だよ」「その時は、部屋メンバーのみんなにちゃんと謝ります」「謝って済むような連中なのかい?」この人はこんなに嫌な人だったかなと僕は思いながら「許してくれなくても、謝ります」「君はおめでたい子だね」何だか皮肉られているのは気に入らなかったが僕は気になっていることをもう一つ聞いてみた。「後、ちょっと部屋メンバーの人とも話題になったんですけど、部屋メンバーって、どうやって決められているんですかね?」「君は井戸刑を受けたんだろう?そんなのもう目に見えているじゃないか」「それは、問題を起こしそうな子供を部屋メンバーに満遍なく配置して、井戸刑率を上げる、という事ですよね、それが本当ならかなり卑劣な…」「卑劣なんだよ大人は」32の眼がこちらを見据えた。「大人はどうしようもなく卑劣だ、もっと卑劣なのはそれを教育という建前に、自分たちのエゴを満たし優越感を味わうためだ。僕ら子供にとって今迄大人がやってきたことは教育でもなんでもない。それだけは確かだ。だけど、まだまだ大人の行動には解明できていない事がある」「解明できていない事?」「大人はなぜ子供を殺さないんだと思う?」「それは殺しっちゃったらただの殺人になっちゃうし、そもそも井戸刑も他の食事摂取法だって教育という名目で」「そこだ」「そこって?」「子供を本当に教育きょうちょうしたいのなら、徴兵にでも出せばいいだろう?子供を徴兵にしてしまえばそれこそ尋問も拷問もやりたい放題だし。その方が大人の優越感も満たされそうだしね」この人は僕に何を言わせたいのだろう。「それに、後もう一つあるんだよ、なぞなぞが」「なぞなぞ…?」「日本はここ70年の間に随分子供が増えたんだ、物凄い勢いで増えた。昔はシルバーの方が多かったんだけどね。でもね、増えている分、減ってもいるんだよ、ごくわずかだけどね」僕は唾をごくりと飲み込んだ。「僕らは18歳になると、仮成人になるのは君も知っているね」「は、はい知ってます」「仮成人は18歳から20歳になる直前まで。その仮成人の人達が毎年94人行方不明になるんだ」「94…?」「そう、94人の仮成人が日本から消える」その話しは密会でも聞いたことがなかった。僕は身震いした。もしそれが本当なら本当に恐ろしい話しだと思った。「あーごめんよ、怖がらせるつもりはなかったんだ、ちなみにこのGPS、盗聴の機能はついてないと思うな」32が急に柔らかな表情を見せたので僕はつい「なぜ、そんなことが分かるんですか?」と意気込んでしまった。「大人の目線で考えてみただけだよ」僕はさらにこの人物が何を考えているか分からなくなった。指定区域外に無断で入り挙句の果てに施設管理を任されているロボットに見つかってしまっている状況的に悪い僕をからかっているのだろうか。「それよりも、監視カメラの方を、気を付けた方がいいと思う」「監視カメラって施設にある…」「全部だよ」僕はその言葉に空気が止まったような感覚を覚えた。「全部って…」「そのままの意味だ、施設も家畜屋も、街灯に取り付けられている街中のカメラも全て」監視カメラは本当に至る所に設置されている。特に学校という場所は市街地よりも多いかもしれないと光太が言っていた。「確かに、監視カメラは本当に多いですけど…」その時向こうの方から0951の声が聞こえた。「おーい1002、のぼせちまうぞ、早く上がろうぜ」そう言いながら二人がこっちにやってきた。32は僕に背を向けて「とにかく、監視カメラの眼を見るな」そう言って奥の方へ消えていった。「あー居た居た、もーなにしてんだよー」「ご、ごめんごめん、ロッカーのカギ今見つかって」「さっき誰かと話してなかった?」もしかして見られてたのか。「あ、いや、僕がカギ探すの夢中になってたらぶつかっちゃってさ、悪い人じゃなくて良かったよほんとに」「なんだ、つまらないなーカギそのまま見つからないで、後一週間すっぽんぽんのまま生活する1002の辱めな日常を面白おかしく眺めようかと思っていたのにさ」「それは変態極まりないね」「ヘンタイヘンタイッ」僕ら3人男子はそんな馬鹿話しをしながら部屋まで戻った。

  井戸刑があって3週間ぐらい経った。僕らの部屋メンバーは少しずつ打ち解けていった。驚いたのは嫌味を連発していた女子3人組も8109に寄り添うようなった事だった。特に食事中は何とか彼に箸やフォークの使い方を教えるのに付きっきりになっていた。僕ら6人は風呂やトイレ以外は大体この6人で行動するようになっていた。それを周りの子たちは不思議そうに或いは訝しそうに或いは羨ましそうに見ていた。僕は介護ロボットにあれから会ってはいない。井戸刑があるこもなかった。ムツとあの赤いロボットは本当に僕を心配して来てくれたのかな。もしそうじゃなくてもそう思う事にしていた。そんなこんなで年が明け、本格的に寒くなった。外に出れるわけではないから関係ないのだけどどうやら今日は雪が降っているらしい。季節はそんな頃だった。ある部屋メンバーの子が僕らに近付いてきた。それは僕ら6人が大食堂にいる時だった。「あの、ちょっといいかな」年は僕らより年上だ。女の子というよりあれはいわゆる大人の女性というやつだ。僕はそう思った。「単刀直入に聞きます。貴方達、どうしてそんなに仲がいいの?」「まあ、何というか、成り行きで…」0951が吹抜けた答え方をしたので「あ、あの、貴方は?」と僕は聞いた。「申し遅れました。私は、教育ナンバー11。部屋は貴方達の部屋の結構向こう側で、413室」そう言いながら彼女は女子達の方にスッと座った。「11…、結構なお姉さんが私達に何かようですか?」そう聞かれた11は口の中でまだもぐもぐしている8109を見た。僕ら一同もつられて8109を見た。8109は教えられた通り箸をうまく使いこなしている。みんなに見られている事に気付いた彼は誇らしげに右手に箸を持ちカチカチと鳴らして見せた。「彼は8109、最近お箸がうまくなったんです。後着替えもね」僕ら男子が気が付かなかっただけなのだが4572は意外と面倒見のいい女子で食事に関しては殆ど彼女が8109に教えていたと言っても過言ではなかった。「そう」11は8109を見ながら目を細めた。「お、お姉さんはお幾つなんですか?」0591がどうでもいい事を聞いたので女子の眼がキッとなったのを僕は見逃さなかった。「私は16だけど、皆さんは」「皆さんはですね10歳です、まだまだ子供なんです、女子もご覧の通りこんなのばかりしかおりませんし」「なによ、こんなのって失礼ね」相変わらず僕をぶりっこ呼わばりしている3163はつっかかりが速い。11はくすくすと笑っていた。「皆さん、本当に仲がいいんですね」「ところで、僕らに何か用があってきたんじゃ…」僕がやっと本題に戻した。「そうそう、貴方達がとても仲良くしてるから、どうしてかな、と思って」「どうしてって…」「まあ、この間俺ら井戸刑あったでしょ、あれでお互いに一体感が出来たっつうか」「それがわからないわ。井戸刑があると、殆どの子はいつも誰かのせいにするのが常でしょう?誰かのせいにして部屋メンバーの人間関係が悪くなって、そこでお互いに鬱憤が溜まってまた問題起こしてその繰り返しで…」「私達、誰かのせいにするのやめたの」4572が口を開いた。「私達、前は8109を軽蔑して、差別して、馬鹿にしてたんです。自分とは違う人間だって、自分とは違う生き物だって」「でも、それが…」「大人の思うつぼだった」空気がすこし重くなってきたのを8109は悟ったのかカチャカチャと食器の鳴る音を抑えようと静かに食事し始めた。「11は、部屋メンバーがどう決められているか、分りますか?」「考えた事はあるけど、まさかと思う事はあったわ」「そのまさか、なんだと思います。問題を起こしやすい子をそれぞれの部屋メンバーに点在させて、井戸刑率を上げようとしている、と僕らは考えているんです」この僕の発言に一同が少し目線を落とした。それを奮い立たせるかのように4572が言う。「まあ、前の私達より今の私達の方が、凄く居心地いいんです」「こうしていると、自分だけじゃなくて、みんなの事も守れるような気がするから」最後に言葉を締めくくってくれたのはいつもはあまりしゃべらない女子の2780だった。「そう、凄くいい話しが聴けたわ。その上で相談なんだけど、うちの668、に会ってくれないかしら」「668と同じ部屋メンバーなんですか?」11はこくっと頷いた。668と言えば何かと泣きじゃくることで有名な女の子だ。たまに新人いびりの5301にちょっかい出されて泣きわめいている所を見たことがある。そうでなくとも夜中に泣き叫んでいる声がこの部屋まで聞こえてくる時があるのだから同じ部屋の子供は溜まったものではないだろう。だけど「668は何でいつもあーやって泣きじゃくるんだろうね、何か理由があるのかな」「とにかく、自分の思い通りにならない事があると、すぐ怒ったり泣いたりするみたいなの、貴方達よりは2、3歳年下かしらね」「5301にちょっかい出されている時はともかく、夜中なんであんなに叫んでるんですか?」「それが、分からなくて…」「もしかして、暗いのが怖いとか」「あーそれありえる、俺前の家畜屋ん時、暗いのが怖いからって寝るとき豆電球つけて寝てる子居た」「でも、それじゃ毎日泣き叫ぶよね、夜泣き声聞こえてくるのは極たまにだよ」「うーん、じゃあ夜中たまたま便所に行きたくなったんだけど、一人で行くのは怖いから誰か起こそうと思うんだけど、でもなんか申し訳なくなって、結局泣き叫ぶと」0591の呑気な発言になんだそりゃと表情をしているのは僕だけではない。夜中のトイレと行ってもあの狭い部屋の中のトイレに行くのにいちいち泣く子は居ないだろう。「まあ、ここでそんな事考えてもしかたないから、いつ僕らは668と接触したらいいかな?」僕は11に聞いた。「そうね、リネン室での袋詰めの時は厄介だし…」「そう言えば、668って仕事中に泣き叫んでる所見たことないよね」「確かに」「668は、根は真面目な子なんだと思うの、仕事も熱心だし、結構きれい好きだし」「じゃあ、夕食後、413室に行くとか」「何でだ?」「これは僕のただの勘なんだけど、夕食時間が終わればその後はみんな就寝の準備だけだし、668も何か突発的なことがあっても、そんなに反応しないんじゃないかなと思って」「なるほど」「ただの勘だけどね」「後ね…」11が神妙な顔をしたので一同は彼女の顔を見た。「同じメンバーから聞いたんだけど、監守が668にもう一回癇癪起こしたら井戸刑だぞって、脅していたのを見たって…」僕らは井戸刑という言葉に少し心が竦んだ。僕らだって井戸刑の恐怖はまだ拭え切れていないからだ。「まさか、監守から脅しがあるなんて」「でも、脅迫なんかしたら、逆に大人しくなって問題起こさなくなるんじゃ…」「668だからだよ」「どうゆうこと?」「668は多分他の子より強迫観念が強いのかもしれない、それを監守が利用している可能性もあるよ」「それは有り得るね」「わたし…」2780がゆっくりと口を開いた。「わたし、思うんだけど、668とはどうやって話しをするの?6人全員がいきなり会いに行ったら、多分それこそ怖がって癇癪起こすんじゃないかと思う」「確かに」「夕食さ俺らの部屋メンバーと668と一緒に食えばいいんじゃね、飯の時間だったらなんか打ち解けそうな気がするじゃん」0951があっさりと言ったので「それは、かなりびっくりするんじゃないかしら」と流石に11が戸惑う。「だってさ、俺たちいつまで一緒に居られるか分かんないんだぜ、だったらいいじゃん、夕飯一緒に食うくらい」確かに僕もいきなり他の部屋メンバーが夕食を共にするなんていうのは無理があるのではないかと思った。でも0951の言う事にも一理ある。僕らはまたいつ部屋移動があるかまたは家畜屋が決まるか分からない。ここ移動の動向をみていると大体一か月ごとに500人ぐらいは施設に入り3か月ごとに1000人ぐらいの子供が次の家畜屋に移動している。それにこの施設Aでは全部で3000人以上の子供達が生活している。これだけの子供をいくら大人でも管理するのは大変だ。だからムツのようなライフスタイルのマネジメントに特化した会話用ロボットにデータ管理を任せているのも納得だ。会話用でなければ監守とのコミュニケーションも取れないし。僕はぼそっと言った。「僕は賛成」そう言った瞬間女子3人が僕を見た。「変な刺激を与えて癇癪でも起こされたら、井戸刑になるかもしれないのよ」4572は鮮明に井戸刑の恐怖を思い出しているのかもしれなかった。「井戸刑は確かに怖いし、嫌だけど、なんだかほっとけないじゃないか」「ぶりっこ」「悪かったねぶりっこで」僕は憎まれ口を叩かれても許せた。だってここに居るみんながお互いを信じて守っていこうとする凛とした目をしていたから。8109はキョトンとしていたが何か察したのか静かに「えいえいおー」と言ったので僕らは思わず吹き出し笑ってしまった。その様子を5301が遠くから恨めしそうに見ている。また扉の外では一人の監守が冷徹な視線を向けていた。そんな細かい視線に僕らは誰も気づかないまま大食堂に声が響かないようにくすくすと笑い合っていた。

 今日の夕食の時間。668がトレーを持って席に着いた所を僕らは横目で確認した。「よし、今だ」声に出さなくていいよ0951と思いながらみんなトレーを持って668の席の近くに徐に座り始めた。どう見ても不自然な行動をしている僕らはかなり目立っている。目立ち過ぎていると言っても過言ではない。周囲の子供が何やってんだあいつらという視線が多少痛かったがそんな事を気にしていたのではこのミッションはクリアできない。僕と11で668を挟むように座り正面には女子3人。僕の隣に8109。11の隣に0951が座っている。みんな何から話していいか分からない。やっぱりこうなるよな。そう思いながら仕方がないので目の前の固いパンをちぎって僕は食べた。周囲も仕方がないので目の前の食事を口にした。668は周囲の様子がおかしいという事に気づいてはいる様子だったが気づかない振りをしている。当然の反応だよな。その時11が668の方を向いて「668、こ、今晩は」と不器用に話しかけた。今晩はってお姉さんと突っ込みたくなる気持ちとヒヤヒヤが僕らは止まらない。「こ、今晩は」668が何とか応答してくれたのでほっとした。「お、俺ら全然怪しいモノじゃないよ」とほっとしたついでに0951が話しかけた。充分怪しい集団にしか見えないけどね今の僕らは。「668は、食事の時いつもひとりかい?」「一人じゃ悪い?」668はむすっとした。「いや、悪くないよ、僕も最初は一人の方がいいと思ってたんだけど、でもなんかやっぱり一人はつまんないかなーって」「別に」668は僕の言葉を聞こうとしない。なんだかイライラしているように見える。これは一度退散した方がいいだろうか。そんな中世話好きの4572が「三つ編みかわいいね、いつも自分でやってるの?」と話しかけたが668は無反応だ。「偉いね、私なんか三つ編みへたくそだからなかなかできなくて…」「三つ編みなんか馬鹿でもできる」886はぼそりと言い返した。僕は勘違いしていた。噂では癇癪を起したり泣きじゃくるって聞いていたからもっと周囲の人間に怯えているイメージをしていたのだけれど全然違う。周囲と変にカベをつくってしまっている。怯えているどころか我が強そうな面持ちをしている。こんなとげとげしい態度だと監守や5301に目をつけられていてもおかしくないのかもしれない。「ごめんよ、急に君を囲んだりして。でも、11が君を心配して僕らに相談しに来てくれたんだ、だから僕らは君に何か害を与えようとは思ってないんだよ」668は11を睨みつけた。「余計な事しないでくれる」「ご、ごめんなさい」11は戸惑いを隠せないようだった。「おい668、なんなんだよその態度、確かに変な近づき方して悪かったよ、でもな、そんな言い方ってないんじゃねーの」0951が淡々とすごんだ言い方をしたからなのか668はだんだん泣き顔になっていく。これはやばい。「あーごめんね、このポンチケが余計なことばっかり言って、殴っていいよ今」「なんだよ、1002、俺にケンカ売ってんのか?」「売ってないよ」「なんだよ、ポンチケって、どこで覚えやがったんだそんな言葉」「0951が余計な事言うから今思いついたんだよ」「余計じゃねーだろ、こいつの態度が悪いっつったの俺は」「それが余計なんだよ」「ほんとの事だろ、このチンカスが」「チッ、チンカスってなんだよ」「お前が余計な気回してっから思いついたんだよ今」「僕は気なんか回してないよ、0951がデリカシーがないって事を言いたいんだよ」「だからデリカシーがないのはこいつの態度だっつってんの」「だからいきなり食事中に囲まれたからびっくりしただけなんだよ」「なんだよ、いいじゃんか飯一緒に食うくらい」「だからいきなり過ぎたんだよやっぱり」「だったらどうしろってんだよ、一緒に風呂でも入んのか」「順番が飛躍してるって言ってるんだよ僕は」「1002お前な、だから生まれてこのかた10年間彼女の一人や二人できないだよ、順番がどうとか言ってるから」「そ、それとこれとは話しが違うじゃないか」「同じだね」「違うね」「いやいや、同じだね」「違う絶対に違う」こんなやり取りを周囲の子供はもの珍しそうに見ている。肝心の668は肩を震わせていた。女子がそれに気付いて僕ら二人を止めに入った。「もう止めなよ二人とも」668の様子に気づいた僕と0951はやばいと思って黙った。大食堂はシーンと静まりかえった。すると668口元からくすくすという音が聞こえてきてこの広い大食堂にその音が電線していった。それを見ていた部屋メンバーと11もくすくすと静かに音を立てて笑った。668の表情を見て僕はすっかり胸をなでおろした。僕はこんなに沢山子供が笑っている所を見たのは始めてだった。新人いびりの5301はきまりが悪そうに前髪をいじっている。大食堂で見かけたことはなかったけど向かい側の席に32が座っていたのが見えた。勿論32の方が先に僕の存在に気付いていて頬杖を付き微笑みながら僕らの様子をみていた。僕が32に気づいて目を合わせるとふっと顔をそらしトレーを持って席から離れてしまったけれどその横顔がどこか誇らしげでよくやったなと言ってくれているように見えた。本当はもっと腹を抱えて笑い転げたかったけれどそれは贅沢っていうもんだ。僕らは今日の出来事を胸に刻んで眠りについた。明日もいい事がありますように。

 僕らはこの一件から他の部屋メンバーの子供も一緒に行動する事が多くなった。着替えが遅かった子もまともに箸やフォークが使えなかった子も文字が読めなかった子も知ってる子が教えるようになり施設全体がそれぞれ得意分野を活かした小さな学び屋のようになった。大食堂では監視カメラに映らないよう箸の使い方を教える。大浴場では曇った鏡を使って文字を教える。文字だけじゃなく数字を教えてくれる子が増えた。最近では電子マネーの使い方という講座があるらしい。中には生まれつき目が見えなかったり耳が聞こえない子も居て今迄そういう子をハブこうとしていた子達も今では手を繋いだりしてなるべく一緒に行動するようになった。特に脱衣所に入る手前の階段はなぜか急になっていて1か月に2.3度は足を滑らせて怪我をする子が後を絶たなかった。施設Aは学校に通っている子供は一人もいない。学校という場所は親権主つまり親に許可書を発行してもらわなければ入学できない。簡単に言えば勉強ができなくても親に気に入ってもらえば入学することができる。逆に勉強ができても入れない場所だから学校に行っていないからと言って僕ら子供の能力を図ることはできない。僕らは子供なりの工夫をこらして何とか監守に怪しまれないよう日々を過ごしていた。僕は大食堂からリネン室へ向かう途中5301を見かけた。さすがに新人いびりをしなくなったもののいつも肩をいからしイライラした様子で歩いている。彼のように15歳以上の子供はあまりこの施設Aには居なかったので年下の僕らにとっては彼に近寄るにも近寄れなかった。すると壁をつたってリネン室へ向かおうとしている5.6歳ぐらいの女の子が居た。あの子は眼が見えないのかな。僕はそう思った。あのままじゃ5301とぶつかってしまう。僕は女の子に駆け寄ろうした。でも遅かった。二人はやはりぶつかってしまった。5301は相変わらず眉間にしわを寄せて女の子を見下ろしているので僕はやばいと思った。女の子はおどおどしながら「ごめんなさい…」と言って微妙に5301が立って居る位置からずれて頭を下げている。「お前、どこに行くんだ」言い方がコワイ。あれでは誰だって萎縮してしまうだろう。僕は大柱の後ろに隠れて様子を窺っていた。「リ、リネン室です」「知ってるよ、何番室かって聞いてんの」「あ、あの、今日は3番で…」「3番室か…」そう言うと5301が盲目の女の子をひょいとおんぶして3番室の方へ向かおうとした。女の子は慌てふためいて「だ、大丈夫です、自分で、自分で歩けますッ」「うるせー黙ってろ、ぶつかった詫びだよ詫びッ」僕はその光景にあっけにとられていて思わず柱から一歩前に出てしまった。その足音に気付いた5301は僕を睨みつけた。しまった。まずいこっち見てる。僕は足が竦んだ。5301は凄い形相でつかつかとこっちに向かって来た。「おう、ガリ脳君じゃないか」「は、はい、お久しぶりですね」顔が近い。5301は暫く無言で僕を睨みつけていた。「このこと誰かにしゃべったら、ただじゃ済まないからな」「…りょ、了解です」5301の背中にちょこなんと乗せられている女の子はまだおどおどしている。こんな微笑ましい出来事をなぜ隠す必要があるのだろうとも思ったが後が怖いので僕は黙っていてあげる事にした。

 リネン室に向かうと監守3人が何やら奥の方で立ち話しをしていた。監守がこんなところで何してるんだろう。他の子供もそう感じで警戒をしていた。僕らはいつものようにコンベアーに積み重なっている施設着をリネン袋に入れていった。僕らはあまり同じようなメンバーで固まらないように散らばって仕事をするようにしていた。僕は監守が何を話しているのかどうしても気になった。なるべく怪しまれないようにコンベアー下の機械室側まで近づいて行った。それを見ていた子供が「1002、何するつもりだ?」と声を殺して話しかけてきた。僕は「しーッ」とジェスチャーをした。僕が監守の方に向かっているので何かとんでもない事をしようとしているように見えたのか「余計な事するなよ」とまた言ってきた。僕は「だいじょうぶだよ」と小声で返した。それでもその子とその周囲にいる子供が僕をはらはらしながら見ていた。僕はまんまとコンベアー下の鉄骨の影に隠れる事ができた。監守の声がかすかに聞こえる。「…どうも家畜共の様子が変です」「ここ最近問題を起こす奴がいないんですよ」「生活データに間違いはないんだろうな」「はい、今まで通りIQシステム通りに部屋メンバーも配置してますし…」「一体どうなっている、これでは施設管理費が維持できなくなる」「先々週から井戸刑どころかガキ一人怒鳴りつけてませんよ」「主任」「何だ」「これは私の主観なのですが、最近脱衣所で子供が服をきちんと畳んで入浴したり、大食堂でも床に食べかすが減ったような気が、後、掃除道具をこの間点検したのですが、整理整頓されていて…」「だからなんだというんだ」「あくまでも私の主観ですが」「そういえば5301のガキ大将といい、668のベソっかき娘といい、大人しくなりましたね」「何はともあれ、この状態があと1か月も続けば、教育費が減らされて俺らの給料にも影響しかねませんよ」「今現在施設Aでの人数は3162名です、このままの状況が続きますと食事量を減らすしかなくなります。とりあえず子供の人数を他の施設に分散致しますか、それとも親権主に配分致しますか?」「まさか、ガキども…」「主任?」「もう少し様子をみよう、念のため管理ロボのデータを調べろ」「了解」「お前は家畜共の部屋を全て調べろ」「部屋全部ですか?」「…調べろ」「…了解致しました」話しが終わったのだろうか監守3人はそれぞれ行動に移りはじめた。主任と呼ばれている人物がぶつぶつと何か言っているような気がした。「そろそろ犬の出番だな…」僕は大変な事を聞いてしまった。はやく年長者に知らせないと。僕はゆっくりその場から離れて徐にリネン袋に施設着を詰める仕草をした。しかし今日の作業は始まったばかりだ。すぐには動けない。ここはリネン1番室。この中で一番年長者は…。僕がきょろきょろしていたのでさっき話しかけてきた子が僕に近付いてきた。「1002、さっき監守の話し聞いてたんだろ、なんか言ってたか?」「あ、あーいやー、やっぱり距離遠くて聞き取れなかったんだ、ごめんよ」この子がどうして僕のタグを知っているのか少し気になったがそれは今どうでもよかった。監守の話しの内容を下手に広めれば混乱しかねない。一番は調査班の32か面識が多い11がよい。だけど二人は今日リネン2番室だ。どうする。「そうか、残念だな。ま、はやく彼女つくれよ1002」「え」そう言ってその僕より年下であろうその子と他の子はくすくすと僕をからかうように向こうの方へ行ってしまった。そうだ。僕は大食堂で0951と口けんかしてから周囲には彼女なしで10年生きてきた男として噂が渡り歩いているのだった。それに僕のタグがたまたま10という数字が入っている所も影響しているのだろう。「僕だって、彼女のひとりやふたりいたこと」…ない。

 「昼だ、昼だ、昼飯だ」0951がぐだぐだ言いながら大食堂に向かうのが見えた。しかしその先に調査班の32が歩いているのを僕は見逃さなかった。「さっ、32、ちょっといいですか?」僕は32の手を引っ張った。「何だい、彼女でもできたのかい?」32は目を細めて優しく言葉を返したが無礼だぞという面持もしている。「ち、違います。とにかくはやく話したいことがあるんです」「僕は特にないね」「監守が、やばいこと話してたんです」「僕の興味をそそりそうな単語を並べたって、君にこれ以上情報を渡すわけにはいかないな、高等部は高等部としての…」「情報なんか僕はいりません、協力してほしいだけです」32は僕の真剣な目を見て諦めたようだ。「分ったよ、話しは聞いてあげよう。だけど僕は男と手を繋ぐ趣味はないんでね」僕は咄嗟に32の手を放した。「すみません…」その一部始終を0591が見ていたので僕は「後で話すよッ」と手を振って32と大食堂に向かった。大食堂にはリネン3番室当番の子供達が先に昼食を取っていた。その中に僕は11を見つけた。年長者二人に最初に話してしまって後はどうするか考えようと思った。11がトレーを持って席に着こうとしていた。僕らを見つけると彼女は軽く手を振ってここに座る?という仕草をしてきた。「32、彼女は教育ナンバー11。668の件で僕らに相談してきた年長者なんです、優しいし信用できる人だから、あそこに座って待っててください、僕32の分のトレー持ってきちゃいますから」僕は早口でそう言ってその場を離れた。32はちょっとと僕を引き留めようとしたがやれやれと頭をかいて11の方へ向かった。僕がトレーを取りに行っている間32と11は話しをしている様子がなかった。馬が合わないのかな。なんか悪い事をしたなと思った。「お、お待たせしました」僕は32の前にトレーをそっと差し出した。「どうも、お手数かけたね」「いえ、どういたしまして」僕はそう言いながら席に座った。32が手を合わせて「頂きます」と言ったので僕は何のことだろうと思ったがそのことには触れなかった。「それで、1002」

「あ、はい」「僕らに話したいことがあると言っていたね」すると11が32の方をすっと見た。「どうしたの?何か、大変な事?」僕はこくりと頷いた。「大変な事とは?」「さっきリネン2番室で監守3人が僕らの部屋を調べるとか、管理ロボのデータを調べるとか言ってて、僕らの異変に気付いたのかなって思って」11と32は顔を見合わせた。「それで、それを僕らが聞いてどうしろと」「あの、主任って呼ばれてるおっさん居ますよね、あの人が犬の出番だって」「犬の出番?」「はい、以前11が僕らに668の相談してくれた時、監守になんか脅されてたって話しを聞いた事があるから、今折角落ち着いてる668に、また何かあるんじゃないかと思って」「そうね。668もいきなり泣きじゃくったりしていた頃よりは、他の子を信じるようになってきているし。今はお互いが色々教え合うようになって、学び合うようになってきて、みんなでみんなを守り合っているから」11は優しく僕に微笑む。「井戸刑も、君たちが受けてから誰も受けてないしね」「はい、だから、僕が心配なのは…」「その監守がいう犬、にカマをかけて、問題を起こすように仕向けると」「そう、です…」「しかしね、監守の言ってる犬という存在が668とも限らない。或いは668以外に居るかもしれない、それか」「それか?」「これから新入りがまた2月に300人ぐらい入ってくるだろう?新入りに犬のくら替えをされてしまったら元も子もない」「そうね、それに300人余りの子達に、今の私達の体制を説明するのは難しいわ」「それは、問題ありません」「何を根拠に」32が水を飲みほした。「それは、僕らがゆっくり、伝えていけばいいと思います。もう誰も苦しませたくないですしね」11と32の年長者はキョトンとした表情を見せた。二人は顔を見合わせたがすぐそらした。お互いが僕の発言に対してどう反応したか気になったのだろう。「はは」32がこんな風に笑うのを僕は初めてみたので驚いた。「君は、見かけによらず、頼もしい子なんだね」見かけによらずは余計だよ。「そうね、私達もこんなかわいいヒーローが居て、頼もしい」「あ、ありがとうございます」僕は少し照れてしまって俯いてしまった。「さ、そうと決まれば行動開始だよ、ヒーロー」「え、どうするんですか?」「まあ、とりあえず近い部屋メンバーの年長者の子には話しをしてみるよ、後は、念のため668を余り一人で行動させないように」32は668と部屋メンバーが同じ11に言っているつもりなんだろうが僕の方を向いてそう言った。「私は女子グループ各代表の子に伝えてみるね、やんわりと」女子はグループなんてあるのか。部屋メンバーの女子は何にも言ってなかったな。「分りました。僕も部屋メンバーには今日中に伝えます」「伝え方は気を付けるんだよ、下手な情報を流すとただの噂になって、恐怖心を煽ってしまうからね」「はい、気を付けます」

 11はすぐに昼食を終えた後668の所へ向かった。幸い今日はリネン室が一緒なんだろう。通路を歩いていると後ろから0951の声がした。「1002、抜け駆けかよ」「抜け駆けじゃないよ、年長者の人には最初に言っておいた方がいいと思っただけだよ」「で、何があったんだ?」「後で部屋で話すよ」「いいから、簡単に教えろよ」僕らは歩きながら早口で話す。「監守が動いた」「動いたってどういうことだ?」「前0951言ってたよね、部屋メンバーがどうやって決まってるか」「あぁ」「どうやらIQシステムってのが部屋メンバーを決めてるらしい」「またまた嫌な言葉ですねアイキュウなんて」「それで、今日中に僕らの部屋を調べたりするらしいんだ」「何だ、薬でももってる奴でもいたのか」「違うよ、僕らの生活スタイルを調べるつもりなんだ」「スタイルのいい子はここにしっかりリストしてある」「0951」「冗談だよ」「後、犬の出番がどうとか言ってた」「犬?」「前さ、668が監守に脅されてたって聞いた事あるよね」「あぁ、でも今は11のねえちゃんと一緒に居るし、前みたいに癇癪起こすこともなくなったしな」「でも、また何かのきっかけで脅されて監守に取り込まれてしまったら意味がない、だから…」「だからみんなでそうならないよう協力するんだろ」「うん」「俺ちょっと気になってたんだけどさ」「何?」「今日一緒に飯食ってた男の方、誰?」「あ、あの人はほら、えーっとこの前僕が浴槽にロッカーのカギ落としちゃったでしょ?その時ぶつかっちゃった人でさ、なんか優しくしてくれたからなんとなく信用できるかなあっと思って、一応年長者だったし」「ほう、警戒心の強いお前が珍しい」僕は0951を信用していないわけではなかったが僕と32が同じ新宿区の組織に属している事は話していない。そういうことを話さない要因として0951は変に勘が鋭い時がある。それにここでは普通に話しができるとしても外に出たらカワウリの可能性もあるし。0951の方も僕に対して何かを感じとってはいるがそれについて向こうから踏み込んではこない。こんな風にふざけざまに確信に触れようとしてくるのは今迄何回かあったけど。「まっ、なんだっていいけどさ、俺達が井戸刑受けてからまだ誰も受けてないってことは、俺ら大人にちっとは勝ってるってことじゃね」「うん、そうだね」僕らは大人に勝つことが目的ではない。僕らは子供も大人もちゃんと共存できる世界に作り替えるんだ。今ここに居る3000人余りの子供が前と比べてお互いに心を通わすようになったのもそういう願いがあるからなんだと僕は信じたかった。

 「IQシステム?」女子が声を揃えた。「考えてみればそうね、これだけの人数を6人部屋に割り当てるんだから、そういうシステムを使っててもおかしくないわね」「それって、監守も自分で操作できるのかしら」「どうなんだろうね」「操作できなきゃ、井戸刑率を上げたい時に調整困るじゃないか、いくらコンピュータが計算して部屋の割り当てしたって」「施設A以外の施設もIQシステムってので部屋メン決めてるのかしらね」「それはどうかな、他の施設って言ってもグループホームみたいなもんだぜ」「それって施設とどう違うの?」「まあ、俺の知ってる限りでは、風呂は自由に入れて飯もいくらかマシっていう事ぐらいだけど」「所で犬がどうって言う話しは?」「668あれからなんか夜泣きじゃくるとかなくなったし、今大人しくなったよね」「まあ、同じ部屋メンバーに11のお姉さんが居るから、前よりは話しをするようになったと思うし、安心したんじゃないかな」「なんで癇癪起こしたりしてたか理由はまだ聞けてねーけどな俺達」「それってやっぱり監守に脅されたり、5301にいびられてたりしてたからじゃないの?」「まあ、その監守の犬っていうのが668と決まったわけではないんだけど」「はい、僕も話したい事ありますッ」8109が布団を敷きながらいきなり会話に入ってきたのでみんなびっくりした。「どうしたの?8109」「この間ね、5301のお兄ちゃんが、施設の門のところで、なんか小さい子達に囲まれてて、それでねなんかぼこぼこにされてた」僕らは8109が意外な事を言うので部屋がしんとした。「まさか、5301が…」「それでね、僕その小さい子達に5301のお兄ちゃんをやっつけようって誘われたんだけど、そんなこと良くないよって言ってきた」僕はしまったと思った。5301は今迄の行いが祟って孤立していた。僕らはそれを仕方がないと思って彼に関与するのを避けていた。僕の脳裏にこの間5301が通路でぶつかった盲目の女の子をおぶってリネン室に向かっていく姿が思い出された。「5301、監守に目をつけられなきゃいいけど」「でも、可能性はあるわよ、あの人結構な暴れっぷりだったから」「今は誰かと話ししてるの、見かけた事ないわね」「以前も誰かとまともに話ししてるのなんか見た事ねーし、新入り大浴場でぶん殴ってケガさせてた所は見た事あるけどな」

 その時扉の外で何か音がした。一同は小動物のように扉の方を見た。「何だろう…」「誰か扉の外に居るわ」「俺がみてきますよ」0591がのそりと立ち上がり部屋の扉を開けた。「あ、あの、ごめんください…」僕はつい「あ。」と言ってしまったが誰もそれに反応しなかった。この子はこの間5301におぶられていた子だ。「どうしたの?後15分で扉強制施錠されちゃうよ」「あ、あの、おにい、ぁじゃなくて5301見ませんでしたか?まだ部屋に帰ってきてなくて」この子。5301と部屋メン同じだったのか。「そっちは寒いから部屋入りな」面倒見のいい4572がつかさず彼女を部屋に導いた。一番近くにいた0591は何の役にもたっていない。盲目の少女はおどおどしながら導かれるままに女子達側の方に腰をかけた。「5301って、あの5301の事よね?」「は、はい、いつもリネン室前で待っててくれるんですけど、今日なぜかいつもの所に居なくって、で、先に帰っちゃったのかなって思ったんですけど、部屋に居なくって」僕以外の一同は彼女の眼を見てこの子は目がみえないんだなという事に気付いた。ただ5301が他の子の面倒を見るなんて信じられず半信半疑な気持ちでいた。「もしかしたら、ぎりぎりになって戻ってくんじゃねーの」0951なりのフォローなのだがあんまり意味がない。「他の部屋の人達に聞いても、みんな知らないって言うんです」たとえ知っていたとしても誰も5301には関わりたくないという他の部屋メンの心の悲痛が聞こえてきそうだ。「まあ、5301だってもう15歳なんだからさ、扉が閉まる前には戻ってくるよ」そんな他愛のない会話を僕らがしていると外から誰かを捜しているような声がするとともに部屋の扉をバタンバタンと開けたり閉めたりする音が凄まじい勢いで近づいてくる。「7717-!どこだー、どこに居る!」「あッ、おにいッ!」7717の表情がぱっと明るくなった。「おにい?!」一同がはもった瞬間いきなり扉が乱暴に開かれた。5301は7717をみとめるとほっとしたような表情を一瞬見せた。0591が挙動不審に余計な事を言う。「ぁ、ぃやぁ、こちらお宅のお嬢さんでしたか、何でもおにいやんが居ないっておっしゃるもんで…」5301は7717をひょいとおぶると0951に顔を近付けた。「誰がおにいやん、だ」さらにそのタイミングで8109が5301の裾を引っ張った。5301が今度は8109をギっと睨みつけたが彼は怖くないらしい。「僕、ちゃんと言っときました」「なにを」「仕返しは良くないよって、言っときましたよちゃんと」8109はそういって得意のにっこりをする。僕ら一同はさーっと魂が体から抜けていった。あぁ。この不始末を誰かなんとかしてくれ。そうすると5301が8109に拳を振り下ろしたと思った瞬間。「悪かったな」5301は8109の頭をポンポンっとして徐に僕らの部屋から出ていった。「なんで勝手にいなくなるんだ、余計な心配させやがって」「だっておにいが遅かったんだもん」そんな微笑ましい掛け合いがここ収容階の通路に響いていた。「ハハ、おにいやん…ねぇ」一同は暫く心臓がバクバクしていて顔を引きつらせていたがあーいいものを見た見たと布団をかぶって眠りについた。

 僕らはいつものようにリネン室で作業をしていた。今日のリネン2番室は何だか僕より2、3歳年が小さい子か同い年の子が多いなと思った。向こうの方で何やら固まって作業している子供達がいた。僕は少し彼らの様子が気になった。僕得意の遠くから聞き耳を立てて会話を聞こうとした。「あいつさ、最近なんかすげー年下の女子と一緒いるよね」「あー知ってる、目が見えない子だろ?」「そういう子に優しくしてれば、自分が救われるとでも思ってるんだよ」「その女子、みんなでいびろうぜ」「そりゃいい、あいつが僕達にやってきたことを、そのまま仕返しするだけだもの」「本人いびりはもうあきっちゃったしね、あいつやり返してこないし」「でも、そんなことしたら監守に見つかるんじゃ…」「何が見つかるのかね?」僕も気が付かなかった。僕の見えない角度に監守がいる。あれはこの前主任って呼ばれていた監守だ。「あ、おはようございます」一同は頭を下げた。「君達は本当に礼儀が良くなったっじゃないか、最近は」主任はしゃがんで一人の子供の肩にポンと手を乗せた。小さき子供達は震えが止まらない。顔を少し俯き加減にするのは大人に敬意をはらう姿勢だ。僕はこの光景を久々に見た。「あ、ありがたいお言葉。光栄でございます」6.7歳の子が使う言葉じゃないよなと思いながら僕は聞き耳を立てる。「諸君は、誰かに生活指導を受けているのかね?」「い、いえ、滅相もございません。僕らを育み、導くのは、大人の方々以外にありえません」この子らは11のお姉さんを凄く気に入っている。服の畳み方から食事の方法まで教えてもらうのを楽しみにしている。11の事が大好きなのは良くわかる。「そうか、なるほど、では自ら規則正しい生活を心がけていると。お前ら臭いガキが食っちらかしていた残飯もきれいに残さずなくなったよ、おかげでこっちは施設管理の運用がスムーズになった」「あ、ありがとうございます」「ところで、話しが途中だったな、さっきの監守にみつかるとは、なんの話しかね」「そ、それは…」主任はにやりとした。「君たちは5301を知っているね?」「い、いえ、これだけ子供が居るのでどの子供なのか、分りません…」ここでしらを切るのは苦しい。「ほう、あんなに目立っていた、新入りいびりの5301が分からないと」後ろの子が咄嗟に話しを合わせた。「あー、あの、暴れん坊の…」「そう、その暴れん坊がどうも最近大人しいのでな、何か病気でもしているのではないかと、我々監守としては気にかかるのだよ」「は、はぃ」「そこでだ、君達に彼の元気な姿を取り戻してほしいと私は考えている」「僕たちが、ですか…」「何か異論でも?」「いえ、何でもありません」「そうだなぁ、どうやって元気な彼に戻そうか…」主任は腕組みをしてわざとらしくうろうろした。「そうだ、思いついたぞ君達」小さな子達は思わずびくっとした。「2月になればまた何百人もの子供達がここへ入所してくる。その新人達をまた彼に指導してもらおうではないか、がはは、これはいい、私は元気な子供が好きでね…」主任のねっとりとした喋り方が幼き少年たちをさらに恐怖へと追い込んだ。また5301に新人いびりをさせる?でもそれってこの子達には関係ないんじゃ。「5301に最近妹のように可愛がっている子がいるそうだね、教育ナンバーは7717…」「そ、そうなんですか、それは存じ上げませんでした…」「そうかい、私ら監守の中では専ら噂になっているんだがね、諸君が布団や施設着をきれいに畳んだり、食事の仕方もお行儀良くなった事と何か関係があるのか分からないがね…、周りがお行儀良くしているから、彼は思い切り暴れられなくなって、きっと鬱憤が溜まっているんだろうよ」監守は何が言いたいのだろう。「…5301はその憂さを晴らそうとして、その子に乱暴をしようと考えているのだよ諸君」何を言ってるんだ。この監守は。「で、でも5301は女の子に手を挙げるところは見たことがなかったし…」「君は、5301の肩を持つのかね?」「いえ、そういう意味では…」「ん?諸君らは…よくよく見れば、ここに入ってきたばかり5301に虐めを受けていただろう?これは丁度いい、5301に復讐ができるぞ、ハハハ」「…僕らは、何をすればいいですか?」「簡単だよ」僕と小さき子供達は息を呑んだ。「7717は眼が見えない。これは孤独な5301にとって都合がいい。5301は7717と仲のいい振りをして後から頃合いをみて乱暴するために、一緒に行動している、と噂を流すさ」「ウワサを…?」「君達は彼に復讐したいんだろう?だったらそれくらいのことやりたまえよ、君達は噂を流すだけでいいんだ、彼は苦しいだろうねえ、苦しくてきっとまた元気を取り戻してくれるよ、そうしたらまた井戸室が忙しくなるな、ハハッ、あーもちろん君達に井戸刑を受けさせる事はないよ、約束する。悪いのは君達をいびっていた5301の責任なんだからね、彼ももう15歳だ、自分の行いは自分で落とし前を付けないといけない、ハハッ」主任は愉快に笑いながらコンベアー下の機械室の方へ行ってしまった。僕は監守が完全に行ってしまったのを確認してから幼き子達の前に現れた。「あ、10年彼女なしの人…」「君達、噂なんか流さないよね」一同は俯いた。「1002には、関係ないよ」「関係なくないよッ。聞いてしまったからにはもう関係あるんだよ、5301は7717に乱暴するつもりで一緒にいるんじゃない、そんな事見てれば分かるでしょ」「そんな事分からないじゃないか、もしかしたらもう乱暴されていて、言えないで我慢しているかもしれない」「違う、あの子は好きで5301と一緒にいるんだってば」「関係ないよそんなの」「関係ないって、どういうこと?」「僕達にとってその子が5301にどうされていようと関係ない、目的は5301に復讐することなんだから」「その言葉、いち姉が聞いたらどう思う…?」「ずるいぞ1002、この件といち姉は関係ない」「とにかくそんな噂流しったって意味ないんだよ」「そんなことないですね、5301は僕らみたいにいびられた事がない子供にだって怖がられて誰も近づこうとしませんし、信用されていませんし」「大人の言うことに耳を貸しちゃだめだ、君達だって井戸刑を受ける事になる」「あの監守は、僕らに井戸刑はないって約束してくれたよ」「だからそんなの嘘なんだって」「とにかく僕らはやる」「邪魔したら、1002のこと、監守に告げ口するからね」「そんな…」幼き復讐者達は一致団結したように僕の存在を無視して作業に入ってしまった。どうしたらいいんだろう。大変な事になった。まさか6.7歳の子があんな事考えるなんて。あの様子だと5301を許す気は到底ないらしい。これは根性比べみたいなものだ。5301が変な噂を流されてどこまで我慢できるか。僕は大人に精神という器を弄ばれているような気がした。僕は今更優也が言っていた言葉を思い出した。子供は大人に勝つことができない。もしかしてこういう事を優也は言っていたのではないか。僕はしたくない後悔をしていた。僕がここに入所していた頃の方が誰も傷付かないで済んだのではないかと。あのまま僕も孤立してがやがやといびってくる5301を完全無視決め込んで8109の着替えの遅い事を理由に彼を心の中で馬鹿にして癇癪起こす668の事も11から相談なんて受けなければ良かったと。もっと言えば厨房の中のムツ達とも出会わなければよかったと。そうでなければ5301がやみくもに反感を買うこともなかったしあの子達だって彼に復讐しようなんて思わなかったかもしれない。僕は底知れない後悔で一日が潰れた。

 後1週間で2月になるというのに僕はあの後何もできやしなかった。この事を11には話さなかった。こんな事を言ったらせっかく居場所を見つけた年少者達もそれを可愛がっている11もかわいそうになるから。部屋メンバーと32に話しをしてみたもののそんな5301を救う手立ては見つからなかった。不幸中の幸いなのか幸い中の不幸なのか幼き復讐者達が流した噂を7717は知らないようだった。5301は噂が広がる少し前から堂々とではないにしても7717と一緒に食事をしたり二人で過ごしている所を周囲にちらほら目撃されるようになった。それを狙ったかのように噂は忽ち広がっていった。ただでさえ孤立してた5301は完全にハレモノになった。そうやってじわじわと時間だけが過ぎていった。「いち姉、僕はもうお箸の使い方は完璧だよ、だから次は違う事教わりたいな」たまに聞こえてくるいち姉というのは教育ナンバー11のジュウイチ或いはイチイチからとってそう呼ばれるようになったのだろうなと僕は思っている。11は小さな子達の面倒を見るのが好きなようだ。大食堂ではそんな女神様のように優しいいち姉教室がおお流行りだ。しかし面倒をみるのが好きだけではできないだろうと僕は思った。彼女は人と関わるのがとても上手で自分の事よりも常に誰かの心配をしている。それは一種の才能なんだろうなと僕は少し羨ましく思った。11は大食堂に沢山の子供達が集まると目立つと見込んで最近は人数を決めているらしい。これは部屋メンバーの女子からきいたのだが大浴場ではいち姉の三つ編み講座が流行っているとういう。32もきっと色々な知識を持っているはずなんだから何か教えてあげたらいいのにと思った。32は年下から近寄りがたい人と思われていたり存在すら知らない子も多かった。彼自身はわざとそういう風に振る舞っているのだろうけどかえって目立つのではないかとさえ思った。32は自分から誰かに近付こうとはしなかったが来るものをはねつけるようなことはしない。32が今日もまた一人で朝食を取っていた。僕は32の隣の席に黙って座る。「おはよう、ヒーロー、どうしたんだい?顔色が悪いじゃないか」「別に」「あまり僕みたいなのに関わっていると、君の部屋メンバーの子が不審に思うんじゃないのかい、特に…」僕は32を見上げた。「0951って子が」「そうですか?僕は32の事がミステリアスに見えるだけなんだと思いますけど」「そうかい、僕にとっては君の方がよっぽどミステリーだけどね」「5301の噂、何とかならないんですかね」「またその話しか。これは5301の問題だ、外野の僕らがどうこうできる事じゃないよ」「そうですけど、5301だけじゃなく、噂を流した子達だって井戸刑になる」「いいじゃないか」「いいってなにがです?」「見てごらんよ、あの盲目の少女を」僕は7717が5301と楽しげに食事しているのを見た。5301の方は多少なりとも仏頂面なのは変な噂を流されて気を悪くしているせいなのだろうか。腑に落ちず何か見えないものと葛藤しているようにも見えた。そんな彼をよそに盲目の少女は無邪気に足をパタパタさせながら白米をスプーンで口に運んでいた。「幸な事に7717は噂を耳にしていない。それは5301が彼女を守っているからなんだろうけど、見ている限りが好きで5301と一緒に居るみたいだしね」「でも…」「だから、5301の精神力次第なんだ」「でも、それが監守の手口なんですよ」「それがどんなに大人の腐った手の内でも、5301次第なんだよヒーロー」それは分ってる。でもそれを知ってる上で僕らは見ていることぐらいしかできないのだろうか。「でも、逆に言えば5301が2月に入所してきた子達を…」「虐めなかった場合、復讐者のミッションは失敗。復讐者はいろいろ理由を付けられて当然井戸刑になるだろうね。心を入れ替えようとしているかつての乱暴モノとそれに懐く無垢な少女、そのかつての乱暴者として裁きたい復讐者と、それを裏で利用する監守。まるで映画のようだよ」「そんな映画は観たくないですね」「まッ、僕は君みたいに奉仕の心は持ち合わせていないってだけの話しだよ」そう言って32はトレーを持って片付けに行ってしまった。「あら、1002、32と内緒話し?」そこには11が立って居た。あぁだから32は席を外したんだな。「いえ、何でもないんです」「席、隣いいかしら?」「あ、はいどうぞ。」「いただきます」11が手を合わせてそういったので32もそんな事やってたなと思い出した。「11、その食べる前にいただきますっていうの、なんで?」「どうしてかしらね、でも、この間32がやっていたから、なんだかきれいだなと思って、私もやってみる事にしたの」女子が男子をきれいだなんて思う事なんてあるんだろうか。「そうなんですか、ところで今日の授業は?」「あぁ、あれはもう夕食の時と女の子はお風呂入る時だけにしたの、私もそんなに教えられるネタないしね」「でも、小さい子達凄い喜んでますよ、みんな楽しそうにしてますし」「喜んでもらえて、ほんと有り難いわ」僕はとろみで量の嵩増しをしている不味い味噌汁をすすった。「1002、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」「な、なんですか?」「5301の事なんだけど、彼があの子を後から乱暴するために一緒に居るって噂、本当?今は優しい振りしているだとかなんとか…」僕は少しむせりそうになったが何とか堪えた。11も流石に噂を耳にしているようだ。「確かに、5301は乱暴な人でしたけど、いくら乱暴だからって女の子に手を出すことはなかったですし、今は大人しくなったというか、7717自身が彼と一緒に居たがっているようにも見えますし…」「あの子の教育ナンバーよく知ってるわね、話したことあるの?」「あ、いや、32がなぜか知ってて、僕もさっき知ったんですよ」「そう…」僕は途方もないやるせなさを感じていた。「誰がこんなうわさ流したのかしら…」噂の発端を真近でみてそれを止めようとして失敗に終わらせてしまった僕の前でそんな事言わないでほしい。「誰なんでしょねぇ、ほんとにもう、別にいいじゃないですかね、誰と誰がくっついたって」「え?5301は7717とお付き合いしてるの?」「あ、違います。今のは撤回します、そういう意味じゃなくて、誰と誰が仲良くしたっていいじゃないかって話しです、そ、そう言えば、668の様子はどうですか?」すると11の表情がぱぁっと明るくなった。「668はね、あの子は専門的な仕事に向いているのよ」668の言い方がどこか期待を膨らませた母親のように見えた。「あの子はほら、集中力が人一倍あるでしょう?好きな事を見つけてとことん突き詰めてやれば、お医者さんにだって弁護士さんにだってなれるわ」「そ、そうですね、最近は泣きじゃくったりしなくなりましたけど、11のおかげなんだと思います」「それについては…、分からないのよ」「分らないって?」「確かに夜中いきなり泣きじゃくったり、大浴場でも癇癪を起こしたりして他の女の子困らせたりしてた。でも、それを最近しなくなった理由が、分からないの」「そう…なんでうすか」「私も一回聞いてみた事はあるわ、あの時なにか辛い事があったのかどうか」「彼女何か言ってました?」「それが、言おうとしないよの、何だか、誰かに口止めされているような…」もしかしたら。「それって、誰かを守っているんじゃないですかね」「誰を?」「僕もよく分からないんですけど、なんかそんな気がして」僕は本当になんの根拠もなくそんな気がしただけだった。668が何を訴えたかったかは今はもうお蔵入りになってしまった。

 午前中の今日の仕事はリネン室ではなく洗濯機に施設着を詰め込んでいく作業だった。シミが付いている部分は手もみでなるべく汚れを落としてから入れていかなくてはいけないので途方に暮れそうな作業だ。1月下旬のランドリー室はリネン室と比べて気温が低く薄っぺらい施設着では寒くていられない。だから皆比較的きれいそうな施設着をさがしそれを重ね着して作業を始める。「こんなクソ寒いときにランドリーかよ、全く冗談きついぜ」「今年は何人の子供がインフルになるかな」「一昨年は亡くなった子もいたらしいよ」「それって体が弱かった子の話しでしょ」「洗濯しながら死んでたまるかよ」それぞれぶつぶつと文句を言いながらある者は手洗いでシミをとりある者は手洗いが済んだ施設着を洗濯機に突っ込む。「なんで井戸刑の時は熱湯使うのに、こういう時だけは水なんだ、やってることが逆なんだよ、もう」「そうだね」僕もこの寒さには堪えるなと思ったが後から考えみれば井戸刑の時に使われていたのは熱湯ではない。あれが本当に熱湯だったら水膨れだけじゃ済まなかっただろうと思った。個人差はあったものの低温火傷で皮膚が暫くひりひりしていたのはもう勘弁だった。0951がどこで聞いてきたか分からないがこのままだと皮膚の表面が壊死するとか黴菌が入りやすくなるとか言って1週間後の風呂に入れるまでは部屋のちっちゃな洗面台で身体を何とか清潔にしてた。その甲斐があったのか6人共誰も感染症という恐ろしいモノに罹る事はなかった。井戸刑は只でさえ残飯や得体のしれない物を放り込むわけだからそもそも衛生上良くない。僕たちが後から水洗いをしたといってもその後すぐ換気をするはずもなく密閉してしまうのだから意味がないのだ。さてこの極寒のランドリー作業の救いは今ここにある何百着もの施設着を全て洗濯機にまわし終われば終了。その後は部屋に戻ろうが大食堂に向かおうが自由ということだ。午前中に洗いの作業が終われば午後は乾燥機にかけて終わる。乾燥機を稼働するとランドリー室の温度が上がってくれるのだ。「さっさと終わらして、空中オセロでもしよっと」「何だい空中オセロって」「頭の中でオセロするんだよ」「さみしい遊びだな」「だってこの間さ、監守が僕らの作業中に部屋調べてたろ、だから慌てて捨てっちゃったんだよ、せっかく丹精込めて作ったトイレットペーパーオセロ」「それどうやって白黒わかんの、裏表どっちも白じゃん」「想像力を働かすのさ」「それはご苦労なこったね」僕は他の子供のとりとめもない会話をよそでききながらシミとりに専念していた。他の施設ではこんなに汚すんだなと思いながら僕らはよっぽどお行儀がよくなったと改めて認識させられた。それにしても寒いな。電気扇風機の一つや二つ置いたってバチは当たらない。それにランドリー室はリネン室と比べて面積がない。だから3000人余りの子供がごった返しの状態になる。今は前より体制が整っているからマシになった方だけど今でも踏んだり蹴ったりになりかねない。「あれ?」「どうしたの?」「この洗濯機スタートボタン押しても動かない」「マジかよ」「どれどれ」「こんなのけっぽりゃ直んだよ」「やめなよ、もっと壊れるよ」そんなやり取りが向こうの方から聞こえてきた。「いち姉、洗濯機壊れたー」「まあ、壊れちゃったの?私機械正直苦手…」なんだか11があやふやな手つきで洗濯機のありとあらゆるスイッチをピピピと押し続けているのがこちらまで聞こえてきた。「いち姉大丈夫?」「だいじょうぶ、だいじょうぶ」人が大丈夫を連発する時はだいたい大丈夫じゃない。「いち姉交代、私がやってみるぅ」11の周りに自分の仕事をほったからしにしてちびっこ達が集まってきた。「こらこら、持ち場に戻れ、他の洗濯機は他にも山ほどあるんだからあっちに移動移動」近くにいた男子が注意を促すとはあいと言ってのろのろと余っている洗濯機の方に移動していく。その時11の様子が僕はおかしいと思った。何か見ている。何か。ここからじゃ見えない。何か取りつかれたように11は上の方を見ている。乾燥機の上に何かあるのだろうか。僕はシミ取りの手をとめて立ち上がった。あれは…。11は監視カメラを見ている。11はまるでその監視カメラに首を絞められているような態勢で眼をはなさない。いやあれははなせないんだ。「いち姉、どうしたの?」近くにいた子が話しかけても彼女は反応しない。11の瞳孔が開いたかと思えばその黒い瞳は白いガラス玉に変わった。11が自らの手で両目を押さえ様とした。口から唾液が出てくる。「苦…」監視カメラの眼を見るなよ。僕は32の言葉を思い出した。周囲の子供達がおどおどと11から離れていく。「いち姉!」僕は11の所まで駆け寄った。「いち姉!どうしたの?!いち姉!しっかりして!11!」「どうした1002」「0951、11の様子がおかしいんだ、苦しそうなんだ」そこには僕の部屋メンバーや668や他の子供達が集まってきた。「い、いち姉…」668は11の変わり果てた姿をみて怯えている。11は何かに体を乗っ取られたかように硬直していて口からぜいぜいと呼吸はしているものの目からは涙をながしている。どうしても年上の女子のこんな姿は見たくはなかったが11は失禁してしまっている。僕らは必死に11ッと呼び続けた。そうこうしていると後ろから速足で近づいてくる。誰だろう。その瞬間32が11の前にすっと現れ彼女の両目に左手を当てた。そして硬直した彼女をゆっくり床に座らせ彼女の目隠しを左手で彼女の涙で濡れた頬や唾液を右腕手で拭き取った。「女子」「は、はい」その32の冷静な声に近くにいた女子が上ずった返事をした。11の変わりように驚き怯えているのは668だけではない。「11の着替えを部屋から持ってこれるか?」「は、はい、今持ってきます」返事をしたのは10歳ぐらいの子だろうか。その子の後ろに他の女子も何人かついて行った。作業中部屋の扉は施錠されていない。ランドリー室も施設着を運搬するトラックがいつでも出入りできるように自動施錠の機能が扉についていなかった。32は11の目からそっと左手をはなした。「11、僕を見て」11はまだ苦しそうにしている。「11、わかるだろう、僕の眼を見ろ」僕らは何が起きたのか分からなかった。分からないから怖くてそっと見ていた。そっと静まりかえって32と11を見守っていた。今目の前で起きた現実に怯えながら。32の穏やかで洗練された力強い声がこの空間に響いた。「11、君はここで必要とされている、ここで出会った子供達に教える事がたくさんある、だから、戻ってくるんだ」32の言葉が11に届いているか僕らには分からなかった。だが少しずつ彼女のきれいな瞳が前髪の間からのぞく32の眼を見つけようとしていた。32は両手で彼女の両頬を包み込むようにそっと触れた。「…11、そこは、精神の居場所じゃない」その瞬間11が32の瞳をみとめた。彼女は呼吸を整えようとしてむせってはいたが瞳はいつものいち姉に戻っていた。「いち、いち姉!」一番最初に11に駆け寄ったのは668だった。それに続いて幼き復讐者の子達。それに重なっていつも彼女の授業を順番待ちしている子達。11は大好きな子達に囲まれていた。その中をかき分けるように32が彼女からはなれていくのを僕は見逃さなかった。そのタイミングでさっき部屋に11の着替えを取りに行っていた女子が戻ってきた。「ね、ねえさん、大丈夫なんですか?」「あら、私、いい年して皆の前でおもらししっちゃった。恥ずかしい」11は多分まだ少し苦しさが抜け切れていないようだったが皆を安心させたかったのかお茶目な仕草を見せた。「いち姉、良かった本当に良かった」子供達は互い違いに彼女に声をかけた。僕はその集団からようやく抜け出すことができた。「32…」32は向こうの洗濯機の方へ移動していた。僕は靴下のもみ洗いを始めている32をみつけた。「さ、32、何が起こったの?もしかして監視カメラ…」「さてと、ヒーローの出番だ」「なに?」「見たまえヒーロー。この山のような施設着。これをあと1時間で全て洗濯機にかけなければならない。だからね、馬鹿でも何でもいいから作業の速い男子を集めてほしい」馬鹿でも何でもは酷いよ32と言いたいのはのみ込んだ。「女子は?」「女子は11の着替えの壁だ、着替えを終わったら僕が指示をしなくても彼女達は11の指示で動く」「あ、あの…」「さっさと男子を集めろ、片っ端からこのクソ寒い中の作業を終わらせて午後の乾燥機の仕事に備える」「どうしてそんな事僕に頼むの」僕はどうしてか聞き分けのない子供のような態度をとった。「それは、君がヒーローだからさ」どっちが。僕はそう思った。「32、カッコよかったよ」僕は独り言を言って0951の所に駆け足で戻って行った。確かにこの作業は早急に終わらせたい。だけど僕は目の前のやらなければならない作業より32が今どういう心境で居るのかという事の方が重要な気がした。

 大食堂では11が過呼吸になったとか貧血になったとか幽霊に取りつかれたとかそんな話しで持ち切りだった。11はどうしてこうなったかなんとなく分っているのだろうか。監視カメラの眼をみたからということに。32は相変わらず11にわらわらと集まっている集団には反対側の遠くの席に座っていた。僕は32と話しをしたかったが今日は部屋メンバーとなんとなく一緒になっていた。「11、大丈夫なのか?」「まあ、今はいつも通り元気みたいだし、ご飯も食べてるよ…」「いきなり苦しみ出すなんて、なんか持病でもあるのかな?」「さあ…」「さあって一番近くに居たんだろ?1002」「僕だって自分の持ち場に居たんだ、遠くから見ててなんか様子がおかしいと思ったから」「…668の癇癪と、ちょっと似てる」いつもあまり喋らない2780が言った。僕はその言葉に少し引っかかった。「でもあれは癇癪っていうより、何かに囚われてるみたいな感じみ見えたわ」「うん、僕、恐かった」いつもはほのぼのとしている8109が珍しく緊張している。「まるで、何かに自分を持っていかれそうな…」「だから、あのにいちゃん、ああ言ってたのか…」0591が遠くの32にちらっと目をやり独り言のように言った。「でも、ほんとに良かったよね、いつものいち姉に戻ってさ」僕はこの件を話題にするのが何となく危険のような気がして話しをそらしたかった。「1002、あのにいちゃんと知り合いなんだろう?どうして11がああなったかなんか知ってそうだから、聞いといてよ」「え、僕が?」「なんだったら、俺が直接聞いてもいいだぜ」0591は自分が32と接触する機会がほしいのだろうか。確かにさっきの32の身のこなしを見たら誰だって32に興味を持つだろうかこの感じは何か違う。「あ、後で僕が聞いておくよ」0591は暫く僕の方をじっと見ていたが「そうか、じゃ、よろしく」そう言って白飯を口に入れた。「ええ、ぶりっこあの王子様と知り合いなの?」僕はむせった。「誰、王子様って」3163は興味津々だ。「誰ってさっきねえさん助けたえーっと、ほら、あそこに座ってんじゃん、あの人あの人」「し、知り合いっていうか、知らないよそんなに」「何よ、どうゆう意味よ、知ってるって言ったじゃないさっき」「こ、この前僕が浴槽の中にさロッカーのカギ落としっちゃって、探すのに夢中になってたらぶつかっちゃったんだよ、ただそれだけだよ」「ただそれだけの割には、たまに食事したりしてるじゃないか」その話しをわざわざ皆の前でするのは0591どうゆうつもりだ。と言いたい所だったがそれはのみこんだ。「まぁ、いち姉には悪いけど、この騒ぎで5301の噂、皆忘れちゃえばいいのにな…」「そうだ、5301は?」「厨房側に座ってるよ、例のお嬢さんも一緒だ」僕もちらっと5301の方を見た。彼も流石にさっきの騒ぎが気になっているようで11の方を見ては7717と何か話しをしている。「あっちのお二人さんは特に問題ないんじゃない?」「こんなに騒いでるのに、監守が出てこない方が不気味だな」「…確かにそうね、監守って私達が食事中は殆ど監守室に居るんじゃない?」「まあ、監守室は収容階と同じ4階だからね」昼食が終わった後僕らはランドリー室へだらだらと向かった。その途中珍しい組み合わせをみた。5301が11に話しかけているのだ。11は7717に微笑んでいる。僕がそれに見入っていると耳元で0591の声が聞こえた。「だいじょうぶか、ええ、ありがとう、だいじょうぶ、そうか、ならいい」僕はいつの間にか5301の方ではなく0951の口元を見ていた。「な…」僕は何だって?と言いかけた。0951は暫く僕の方を見ていたが何とも言わずそのまま先に行ってしまった。あれは読唇術。優也が組織に居たとき彼が習得しようとしていた術だ。そう言えば渋谷区の組織は指話も僕らと少し違うらしいと聞いた事がある。渋谷区の組織は仲間に入る前に適正審査を各班長が行う。そのテストの中で読唇術があると聞いた事がある。僕はまさかと思っていたことを自分の中で確信したくなかった。僕ら組織は区によって分かれている。組織ができたばかりの時は23区班あったのが今はのぼりが渋谷区と品川区くだりが新宿区と豊島区で大きく分団されている。その中で一番勢力的に強いのが渋谷区の組織。僕ら新宿と豊島は大人との共存を理念の基に行動している一方で渋谷は大人の抹殺が理念となっている。同じ子供の組織といっても班によって考え方が違うということなのだがその中で中立を貫いてるのは品川班。僕はつくづく新宿の組織で良かったと思っている。光太やゆりちゃんそして優也と出会えたという理由もあるが僕は大人を負かそうなんて到底思えなかった。そしたら結局大人とやっている事が同じになってしまうし今の大人と分かり合う事はなくても教育をしたいなら他の方法を大人がとるようこちらから仕向ける事はできる。新宿班の歴史は仮成人になって國院塾に入学してから大人に洗脳されないまま大人になる方法を模索することから始まった。僕ら新宿班がそういう考え方をしている理由が大人は子供を殺すことはしないという事が分ってきているからだ。これはこの間32が大人の解明できない事の一つで言っていたことと少し似ているかもしれない。僕は大人が本当にただ優越感を得たいだけで70年以上もこんな教育体制にしたとは思いたくなかった。大人はただ忘れてしまうだけなんだ。自分が子供だった時の感覚を。人間は忘れていく生き物だ。だからその大人を今子供の僕らが正す。とても時間がかかるかもしれない。大人もこの有り得ない教育体制を見直してくれるかもしれない。僕はそう信じてここまで生きてきた。ここに居る3000人余りの子供達が少しずつ変わってきたように。僕は0951が渋谷班の組織に属しているか探る必要があった。もし彼がそうでなかったらそれだけの話し。例え渋谷班の人間だったとしても今の子供の現状を変えたい。今の時代を変えたいという志が同じであれば問題ない。問題なのは渋谷班の理念に固執した考えを持った人間だった場合だ。そうなると僕や32が新宿班の人間だと分かれば彼がどう動くか分からない。僕はせめて子供同士で疑い合いたくはなかった。たださっきの彼の僕に対する態度はどこか挑戦的でこちらの価値観を逆なでするような目をしていた。そこに一度分かり合った理解し合った者同士がまた何かを探らなければならない迷いを残して僕はランドリー室へ向かった。

 今日の乾燥機稼働時間は何事もなく終わった。大食堂では11の小さな授業が今日も開かれている。あの様子だと体の方はもう大丈夫なのかな。5301は7717と一緒に居る。668は部屋メンバーの子達と一緒に居て珍しく11と離れて食事をしている。僕はというと0591の目が気になってどうも32に近づけないでいた。32が僕と食事をしようなんていってくる事はないのだろうし。さっきの作業の時は結構離れてしまったからな。大食堂の入口付近には幼き復讐者の子供達が固まって食事していた。僕はそれを見つけると徐に彼らの側に座った。「やあ、君達」「な、なんだよう1002」「そうだ、あっちけよう」「今日はいち姉の授業受けないのかい?」「僕らは明後日の夕食なんだ」「そうなんだ。いち姉が大変な事になったね」「だ、だからなんだよ」「ふん、僕なんかいち姉を助けたあのお兄ちゃんに、お礼言ってきたもんね」「え、お前いつの間に…」「もし、いち姉助けたのがあっちのお兄ちゃんじゃなくて5301だったらどうする?」「そんな事有り得ないね、あいつが人を助けるなんて」「どうかな、君達見てたでしょ?」「何を?」「5301が11に大丈夫って話しかけてたの」僕は見逃さなかった。この子達がいち姉の様子をみていない時なんかない。5301と11が話している所なんて特に気になって仕方ないという感じだった。「そ、そんなの知らないよ」「第一、いち姉みたいなキラキラしている人に、不良の5301が話しかけられるわけないよ」「そうさ、あいつは悪の塊なんだから」「僕は、今の君達の方が、悪の塊のように見えるね」「…僕は1002が偽善者に見えるね」僕は年下の子にギゼンシャだなんて言われた事がなかったので一瞬心に穴が空いたような感じがした。「偽善者だなんて、難しい言葉、知ってるんだね」「ぶりっこは嫌われるんだよ」「大丈夫、慣れているから」ぶりっこは慣れたが偽善者正直きつい。「男のくせにぶりっこしてると、一生彼女できないですよ」「僕なんかどう思われたっていいよ。後もう少しで2月になる。噂を流しても5301の様子は変わらない。だから彼がストレスで新人の子達を虐める事はないと思うよ」「あいつ、やせ我慢してんだよ。本当は他の子も虐めたくてうずうずしてるんだよ」「そうだ、不良の事だからもしかしたら、7717だけじゃなくていち姉にも乱暴しようと考えているんだよ」「やっぱり見てたんじゃないか、5301と11が話している所」「ち、違うよ、1002がさっきそう言ったんじゃん」あの主任と呼ばれている監守は本当にタチが悪いと僕は思った。あんな大人を見ていると僕らは本当に共存なんかできるのかと疑いたくもなる。僕ははあっとため息をついた。「5301に虐められていた君達が彼に復讐したい気持ちは分かってる。でも、5301は女子には手を出すような人間じゃないって事、君達だって分っているはずだよ」「だ、だからって、僕らが復讐をやめる理由にはならないね」「1002だって、最初の頃5301にガリ脳とか言われていびられてたじゃん」「それはそうだけど、復讐なんて無意味だもの」「意味なんかそもそもないね、僕らはあいつの存在がムカつくんだ」「ムカつくのはだからわかったって。結局君達は噂を流した。でも5301は、変な噂を流されても微動だにしていない。このまま2月がきて新人が入ってきても彼はもう誰も虐めない。そうなった時君達がどうなると思ってるの?」「そ、それは、あの監守がまた何か考えてくれるよ」「僕は、君達が危ない目に合う予感しかしないんだけど…」その言葉を振り払うかのように彼らはトレーを持って片付けに行ってしまった。僕はどうしてもこの子達に復讐心を払拭してほしかった。復讐以外に何か道を示してあげる事ができないのだろうか。そう思った。本当に憎むべき相手は5301ではなくあの主任なのに。僕は何となく漠然と抱えている不安があった。誰かに道を示す事が出来ないまま大人になったら僕はどんなに嫌な大人になるだろうと。僕は本当にこの子達がいうニセの善者なのだろうか。僕だって今迄大人に散々やられてきた。一緒に家畜屋に住んでいた全ての子供達と完璧に上手くやってきたわけでもない。それは自分が生きるがためにお互いがズルの連続だった。光太や優也のような友人と出会えたのも組織に入れてくれたのも運が良かったとしか言いようがない。だから5301ももっとはやくいい友人に出会えていたら自分より年下の男子をこんなところで虐めたりしなかったのかもしれない。でも彼は自分で幸運を引き寄せた。7717と出会って心を通わせて施設に居る間だけの大切な時間を。しかし僕がどう思っていようと僕はまんまと小さな復讐者の説得にまたもや失敗したのだった。

 今夜僕はなぜか寝つけなかった。部屋には窓とまではいかないが少し光が中に差し込む設計になっている。外の街の明かりがほんのりと部屋の中を照らす。この部屋の位置ではどうやら西日があたらないからいつも朝日で目が覚める。「1002、起きてるのか?」「う、うん」びっくりした。いつも即寝する0951がまだ起きているなんて。「お前、まだあのちび達の説得してんの?」やっぱり見てたか。「うん、てんでだめだったけどね」「そうか、大変だな」「大変だよ、2月に5301が新人いびりをしなかったら、あの子達が井戸刑になる」「なるな」「どっちにしろ、監守は5301をネタにしてこれから井戸刑率を上げるつもりなんだよ」「監守も胸くそ悪いこと考えるぜ、ちび達完全に監守の犬、だな」「犬か…」「なあ」「ん?」「國院塾ってどんな洗脳受けるんだろうな」「さあ、僕は國院塾を出たばかりの20歳そこそこの家畜屋に当たった事がないから、分からないな」「俺思うんだけどさ、いくら洗脳されたからって子供を井戸に放りこんだりとか、体の一部切断するとか、急にできるようになるかなって思うんだ」「僕も、それには引っかかってた」「だから國院塾に何か秘密があるんだよ、きっと」「コクインジュク…ね」0951は何が言いたいんだろう。「…國院塾がぶっ潰れたら、日本の教育方針が変わるかもな…」「そうだね…」僕はぶっ潰すという言葉に反応しないように努めた。國院塾という存在はいまだに不透明な存在だ。なんせ仮成人にならなければその建物に入ること自体が出来ない。いくら各区班に調査班があっても侵入することは不可能だ。しかも有るであろうという場所が…。「国会議事堂の地下にあるって聞いたときはあるけどよ、建築物自体だれも見た事ないよな」「うん、今迄いろんな家畜屋転々としたけど、どの大人も國院塾の話しをしている所は見たことがない…もしかしたら」僕はふと思った。僕が今まで心に引っかかっていた違和感のひとつ。それは。「遊園地の地下とか」0951はずっと向こうの方を向いていたがのそりと上位半身を起こし僕の方を見た。「有り得るね」「有り得る」僕も布団から起き上がった。「嫌だ嫌だ、俺ただでさえ学校なんか行きたくねーのによ」「僕もだよ」「知ってるか、70年ぐらい前は学校に行かない子供を不登校とか、引きこもりって言ってたらしいぜ」「そうなんだ、ふふ、そしたら今学校に行ってない僕らは皆引きこもりって事?おかしいね」「義務で学校行ってた時代と、大人に媚び売らなきゃ通えない時代とどっちがいい?」「なんだろう、どっちも嫌だね」「俺もだ」70年前の学校がどういう教育体制だったか僕らは知るよしもないのだけど少なくとも子供を洗脳をするための機関ではなかっただろう。「でもさ、そんないい時代でも学校にいかない奴が居たって事は、やっぱり今とあんま変わんないのかね、根っこの部分は」「まあ、いじめとか色々事情があったんだよ、きっと」「いつの時代もってやつだな」「そうだね」僕は0591とこんな風に話したのは久しぶりだと思った。こんな事があるから僕は相手を信用したがる。「あ、あのさ」「何だ?」「前も聞いた事あるかもしれないんだけど、0951は今の大人をどう思う?」「友達になりたくないランキング1位だね」「でも、もし、大人が何かのきっかけで心を入れかえてさ、まあ、義務教育ってやつに戻るのはなんか気が進まないけど、分かり合えるってことないかな」「分かり合える事なんてないと思うね」「どうして?」「俺達は大人が稼いだ金で生かしてもらっている」「それは、70年前もおな…」「同じだとしても、子供のこっちが金で生かしてもらっている以上、分かり合えるなんてことはない、子供と大人はそういう意味で違う生き物なんだ」「違う生き物…」「つまり、生かしてもらわなければ、俺達の勝ちさ」「それってどういう意味?」僕は少し声のトーンを上げてしまった。8109がむにゃむにゃと寝返りを打つ。「もう寝ようぜ、明日もまたクソ寒い中でシミ取りもみ洗いだ…」「うん、お休みなさい」0951はふぁあっとあくびをして布団にもぐってしまった。生かしてもらわなければ勝ちってどう勝つんだろう。僕は0591に初めて話しかけたときの事を思い出した。あの時の0951の目は少し輝いているように見えたのは錯覚だったのだろうか。いつかは子供も大人も普通の親子になれる日がくるんじゃないかと口にしていた彼の言葉は聞き間違いだったのだろうか。僕の確信は静かに固まっていった。0951は渋谷班の人間だ。

 ランドリー室での仕事が1週間以上も続くとなるとインフルエンザに罹る子供が次々に出てきた。もう2月。そのタイミングで今回は少なかったのか200人余りの子供達が入所し150人余りの子供が家畜屋へと配属されていった。多分その200人の中に既にインフルエンザに罹っている子が居たのだろうと僕は思った。僕らの部屋メンバーで一番先にインフルに罹ったのは意外にも0951だった。そういう子供達は感染を防ぐために違う部屋に隔離される。隔離されると言っても食事は介護ロボが持ってきてくれるし体を拘束されるわけではないから僕は有る意味こちらのしがらみに関与する事がなくていいような気さえした。勿論一日中同じ部屋に閉じこもりきりになるんだから0951のような性格の子供だとストレスで死んじゃうかも。「まさか0951がインフルとはね…」「ははは、今頃退屈で溶けてなくなってたりして」部屋メンバーの女子は面白くてしょうがないらしい。「0591きっとさみしくなって死んじゃうかもよ」8109がそんな事言うもんだから僕も面白くって笑ってしまった。「ウサギじゃあるまいし、はは」そんな雑談をしていると何やら大食堂の奥の方で言い合いをしているような声が聞こえてきた。僕はそれを見てげんなりした。あれはいい組み合わせではない。例の幼き復讐者の子供達と5301と7717。幼き復讐者の人数が1.2人減っている。多分家畜屋の配属が決まったのだろう。「あれ、やばくない?」「うん、どうしたんだろう」5301の座った場所が悪かった。大食堂のど真ん中は200余りの新入りから丸見えだ。「7717、君、よくそんな悪者と一緒に居れるな」「どうして?おにいは悪い人じゃないよ」小さな復讐者は周囲に聞こえるようにわざと声を張り上げている。まさか7717を連れている5301にあの子達が接触するなんて。「君は騙されているんだよ」「何も騙されてないよ、一緒に居たいから居るだけだよ」「聞いたか、一緒に居たいから居るんだってよ」「ははは」「じゃあこれを聞いても一緒に居たいと思うの」「そいつは僕らを虐めてたんだよ」「そうだ、僕なんか体が痣だらけさ」「大浴場でも顔面殴られたりして大変だったんだ」「…そうなの?おにい」監守に何かまた脅されたのか。5301にカマをかけろと。それとも自分達の人数が減った事で次の家畜屋が決まる前にかたをつけようと思ったのか。どっちにしろ5301にとっては強烈な出来事だ。「何とか言ったらどうなんだよ、5301」「7717、君は目が見えないから、そのお兄ちゃんに騙されているんだよ」「そうさ、5301は最初君と仲のいい振りをして、しまいには乱暴するんだ」「僕らの時も最初そうだったんだよ、最近年下の男子に暴力振るわなくなったと思ったら、まさか目の見えない女の子にくら替えするとはね」「ほんと、最低だよな」いやそれは違う。5301は仲良くする振りなんかしていなかった。ただ弱い者虐めをするガキ大将だった。そんなに腹黒い事を考えて行動するような人間ではない。僕は今まで5301を見ていてそう思った。「だからさ、7717、そいつと一緒に居ると危ないんだよ」「そうだよ危ないよ、僕らは7717を助けたいんだ」5301は何を黙っているのだろう。あそこまで言われたら僕だって言い返したくなる。すると後ろから何か視線を感じた。振り返ると大食堂の扉近くに3人の監守が立っていた。奴らは不敵な笑みを浮かべていってしまった。やっぱり監守に吹っ掛けられたか。僕は何だかイライラしてきた。こんなのはいけない。そう思ったとたん僕は一歩を踏み出していた。しかしその瞬間僕の肩を誰かが掴んだ。「やめておけ」「…32、ここはヒーローの出番だよ」「この件は、5301の問題だ、彼自身の力で解決しなければ、意味がない」僕はその言葉に肩の力を抜いた。これは5301の問題。僕は5301を見た。確かに5301は何振り構わず自分より弱そうだと確信した人間を虐めてきた。それは許されない事だ。この時代を生きる子供達は深い闇を抱えている。大人の反応に一喜一憂し下手をすれば飯にあり付けない日々を送るかもしれない。よくわからない理由で井戸刑だの体の一部を切断されることもある。そんな中を僕らは生きている。でもだからって誰かを虐めていい理由にはならない。でもだからって復讐をしていい理由にもならない。でも僕は見守るしかなかった。それは他の子供も同じだった。5301がどうするか。7717がどうするか。復讐を誓ったあの子供達がどうするか。僕らは見守るしかなかった。「行けよ」5301のその言葉を理解するのに少し時間がかかった。「…え」「俺と一緒にいると、お前は嫌な思いをする、だから、そいつらと一緒に行け」「どうして?」「今の聞いてなかったのか、俺は悪者なんだよ」「違うよ、悪者なんかじゃないよ」「悪かったな騙してて、俺はこいつらの言う通りお前に優しくした振りして、頃合いみて虐めてやろうかと思ったんだよ」「そんなの嘘だ」「嘘じゃねぇよ。お前、眼が見えないから、騙しやすかったんだよ」「…そんな」5301の言っている事が本当なのか嘘なのか誰も判断つかなかった。これは本人にしか分からない事だ。「じゃあな」幼き復讐者達はこれほどあっさり5301が引き下がると思わなかったのだろう。「行くぞ、7717」彼らはそれ以上何も言わず彼女の手をひいて11の所へ連れていってしまった。5301はまた独りになった。

 その出来事から7717は5301と一緒に居る事がなくなった。大食堂で食事をする時ちらちらと5301の様子を気にしている様子はあったが彼女が5301の許へ戻る事はなかった。僕はこれで終わったと思っていた。これでようやく復讐を思う存分遂げただろうと。皆そう思っていたに違いない。「1002、今日は一人?」僕は考え事をしていて11に呼びかけられても気づかなかった。「1002?」細い指が右肩に触れた。「あ、はい、あ、どうぞ」11は僕の隣にゆるりと腰を掛けた。「あ、あの、7717、どうですか?」「どうって、皆の中に入って楽しくしてるみたいよ、特に同じ年頃の女の子と仲良くしてるみたい」「そう、ですか」「噂を流してたの、あの子達なんでしょ?」「あの子達って?」「1002、知ってたのね」「いや、あの、何度か止めようとしたんですけど…」「そう」11は5301の方を見た。「彼は自分の罪を償った、のかしらね」それはなにか違うような気がする。「僕は5301が結局一人になってしまったのが、なんだか後味悪いっていうか…」「でも、それは、彼自身が選んだのよね」「そう、ですね」僕は監守に唆されて噂を流した子供達も5301に近付かなくなってしまった7717も何だか同じに見えてきてしまった。結局人間は自分さえよければいいのだろうかと失望していた。子供の人間関係を利用している監守も然りだ。この前0591が言っていた子供と大人は違う生き物だと言っていたけどわが身の可愛さで言ったらどっちも同じ生き物ではないかと思った。

「一人といえば、32も一人ですけどね、相変わらず」「あぁ、あの人ね」11は32の方に目を移した。「私一応お礼は言ったんだけど、その時の事よく覚えてなくて」「そうなんですか?」「ええ、助けてもらったのに覚えてないなんて、酷いわね私」「それは、仕方ないですよ、32はそう言う事気にしない人ですから」彼女は32の姿をふと見たかと思えば少し思い詰めるような表情を見せた。「…私、アレを見たの」「アレって」「カメラの中の、なんてゆうかこう、誰か居たような居なかったような…」僕はぞっとした。やっぱり監視カメラと目を合わせてしまったのだ。「監視カメラの中に、人が居たってこと?」「何とも言えないんだけど…そんな気がしただけなのかも」11はそう言って微笑んだが僕は腑に落ちなかった。何かを見たからってあんな苦しみ方をするだろうかと。「辛い事を思い出させて申しわけないんですけど、僕らはなんだかいち姉が何かに持っていかれそうな、そんな風にみえたんです。だから32も…」「戻って来いって言ったんでしょ」「聞こえてたんですか?32の声」「いいえ、32にお礼を言いに行ったとき、そう言われたの。戻って来れて良かったですねって」「そう、でしたか」僕は32の言っていた精神の居場所という言葉に引っかかっていた。あれはどういう意味だったんだろう。32にそのことをきいたら教えてくれるだろうか。僕は11に全然関係ない事をきいてみた。「いち姉は、夢ってあるの?」「ゆ、ゆめ?」そんなこと聞かれたのは初めてだとでも言いたい目をしている。子供が夢を語ることは大人にたてつくのと同じなのだ。「そうね。ここを出ないで、あの子達と一緒にいれたらなって思う」そう言事をききたかったわけではなかったのだが敢て夢という希望を語らない11は賢明な判断だと思った。「僕は大人になったらね」11は少しどきっとしたような表情を見せた。「僕は大人になったら、もっとちゃんとしたヒーローになるよ」11は呆けていたが「ふふふ」と笑った。僕は何かおかしい事を言ったらしい。「ちゃんとしたヒーローって、凄いわね、ちゃんとしたって、ふふふ」「わ、笑い過ぎだよいち姉…」僕は真面目に言ったつもりだったのに。確かに今ここの生活は家畜屋に住んでいるよりいくぶんかいいような気がする。子供3000人余りも居ればよっぽど目立った行動をしない限り監守に目をつけられることはない。食事は不味いがきっちり3食でるし。僕らはそんな生活に慣れてきてしまったせいで何か重要な事を忘れているような気がした。

 僕はここに入る一か月間一人でいる事が多かったが今はいち姉や部屋メンバーと一緒に居る事が多くなった反面施設探検を怠っていた。いまだに分からないのは井戸刑を受けたのにも関わらずこの施設の中に井戸室が見当たらないのだ。この建物は地下1階から地上4階建ての建物。4階は6人部屋の収容階。3階が大食堂と大浴場。2階がランドリー室。1階がリネン室。地下は施錠されていて入れない。僕は井戸刑が地下にあるのではないかと思っていたが自分が井戸刑を受けてムツ達と会った時そうではないと考えなおした。ムツは大食堂と通路が繋がっているって言ってたから単純に考えれば井戸室は3階にあるって事になるんだけど厨房裏に入った時そんな入口あったかどうか分からない。そもそも僕らが井戸室の行帰りなぜか目隠をされた。井戸室の場所を僕らにばれると何か不都合でもあるのだろうか。こうゆう話しができるのは32か今インフルエンザ中の0591ぐらいだ。2月に入って早くも一週間が過ぎ大浴場は凍り付くほどの寒さだった。僕はさっさと体を洗って浴槽の中に入って温まった。「1002、速いよう、僕まだ顔洗ってないよう」8091は寒さを感じないのかいつも通りのんびりしている。「体冷やすと8091もインフルになるよー」インフルエンザに罹った子供は入浴できない。一週間しか風呂に入れないだけでも嫌なのに僕は冗談じゃないと思った。「あー終わった終わった」8091がのそのそと浴槽に入ってきた。「ふー、いい湯だねー」「この空気の冷たさ何とかしてほしいね」「うーん、そうだねぇ、0591かわいそうにねぇ、お風呂入りたかっただろうにねぇ」僕は笑った。「あいつ、タイミング悪いんだっての」「タイミングって大事なんだねぇ」「そうそう、タイミングは大事だよ」「そう言えば、1002」「なに?」「668はもう居ないのかな?」僕は言われてはっとした。そう言えば668の姿を2月から見る事がなくなっていた。「いち姉、何もいってなかったけど、移動先決まったのかな…」「ここを出たら、みんなまたどこかのおうちの子になるんだねぇ」そのどこぞかのおうちの子になること自体が大変な事なんだけど。「僕達は、誰の子でもないよ」僕は独り言のように言った。それを不思議そうに8019がみる。「ところで、あんまり思い出したくない事、聞いていいかな」「うん、なあに?」8019は僕らと比べれば井戸刑を受けた回数が多い。だから何らかの事を知っているのかもしれなかった。「僕達、井戸刑の時さ、何で目隠しされたんだろうね」「それは、場所を知られたくないからだよ」「あ、うん、そうか…」8019がさらっと答えたので僕は何だか間がぬけてしまった。「なんで、場所を知られたくないのかな?」「うーん、怖い場所、だからかな」「恐怖感を煽るためだよ」後ろから話しにまざってきたのは32だった。「あーおうじさまだ、あの時のおうじさまだ」8019がきゃっきゃっと32を指さすので僕は彼の腕を静かに下させた。「王子?何のことだ?1002」「いやあ、何の事でしょう…」そう言えば0591はこの人の事を細マッチョとか言ってたけど色々あだ名をつけたがるんだ子供はと思った。「ところで、恐怖感を煽るためって、本当ですか?」「それ以外に何かあるとでも?」「そうですね、そもそもこの施設って、外国の人は何だと思っているんでしょうか?」「それは児童生活援助施設、だね」「でも見た目的に、工場って感じですけどね」「見た目など関係ないよ、そもそも子供のための収容施設を建設したというより、プラント業界の耐震強度戦争の一環として建てられたんだからね、地震国の日本では箱モノは世界一さ」「僕ね、ここに入る前東京タワーに登ったことあるよ」「そうなの?」生まれてこのかた新宿区から出たことがない僕にとって少しうらやましい話しだ。そう考えると8019は品川区方面の子なのか。逆に言えば8019も品川区から出た事ないんだろうけど。僕ら子供は成人するまで生まれた都道府県市町村から出られる事はめったにない。なんらかの理由で地方の家畜屋に移動する事もあるらしいが殆どないといっていい。逆に地方から都内にくる場合もないこともないが稀だ。子供を旅行に連れていく大人は居ないが何らかの理由で他県に出る場合はネットから役所へ事前に申請しなければならない。という事を密会で聞いた事がある。去年光太と行った遊園地は新宿区区間内だったから申請が必要なかったんだろう。「1002ちょっといいかな」32から呼ばれるなんて僕は嵐でも来るんではないかと思った。「はい、なんですか?」「あー8019、だったかな、僕達大事な話しがあるから、ちょっと1002を借りてくよ」「男同士のってやつですね」どのやつでも何でもないよと僕は思ったがこういう時妙に聞き分けのいい8019を有り難く思った。「あ、時間かかりそうだったら先に上がってていいからね」「はあい」

 「あの、何ですか?話しって」32は言指ことゆびを使った。「組織から、通達がきた」僕は背筋が緊張した。僕も言指で返す。「外部から連絡取れるんですか?」「本題だけ伝える。明日、この施設Aに、大統領が視察に来る」僕はそれを知って思わず口に出してしまった。「だいとう…」そのうっかりな口を32は左手で押さえた。「気を付けたまえよ、1002」「すみません、つい」「こういう施設関係の視察は4月ごろ。いつも暖かくなってからやるのだが、時期を早めたんだ」「なぜ、こんな寒い時期に施設の視察なんか」「多分、井戸刑率が下がっているからなんじゃないかな、それしか考えられない」「でも、明日視察なんて急ですね」「外の人間にとっては急でもないよ、ここに情報を持ってくること自体時間がかかる」「僕らは明日、どうしたらいいんですか」「取り敢えず、寺子屋を明日はやらない方がいい」「そうですね、寺子屋をやっているのはいち姉だけじゃないですし。でももう入浴時間が終わったら就寝時間ですよ、どうやって皆に伝えるんですか?」「寺子屋の主催者にだけ伝える、他の子供にいちいち説明している暇はない」「つまり、いち姉みたいな先生にだけ教えて…」「そう、後はなぜ授業を開催しないか個々に悟ってもらうしかない」「分りました。そしたら今男子で先生してる人が居ないか探してきます」「機転が利くな、さすがヒーローだ」32が口でそう言った。「あ、32、ちょっと聞きたいとあったんですけど」「何だい?」「いち姉が、監視カメラの中に人が居たかもしれないって言ってました、それってどういう事なんでしょう」「さあね、僕はアレと目を合わせた事はないからよくわからないな」「でも、目を合わせてしまった人と出くわしたのは、初めてじゃないですよね」32は少し長い前髪の間から僕の眼を見据えた。僕は何か言ってくるかと思ったがそのことについてはそれ以上なにも返してこなかった。「君は先に上がって女子の主催者に伝えてくれないか、男子の方は僕が伝える」「あ、は、はい」何とも間の抜けた返事をして僕は大浴場を後にした。

 8091は先に部屋に帰ったみたいだ。僕は素早く着替えて部屋に戻った。部屋では女子と8091が布団を敷いている最中だった。「あ、お帰りー1002」「3人とも、お風呂上りに悪いんだけどちょっといいかな」僕は女子に話し掛け一緒に通路に出た。「どうしたの?1002」「面倒な事じゃないでしょねぶりっこ」「ごめん、少し面倒な事頼む、これから施錠時間までに、知ってるだけでいいからセミナーとか授業をしている女子に明日の開催を中止してほしいって頼んでほしいんだ」「今から?」「何かあるの?」「あんまり大げさにしたくないんだけど、やんわりと伝えて。明日、大統領が視察に来るらしいんだ」僕は小声てそういうと3163もそれに倣った。「何でそんな事ぶりっこが知ってるのよ」「いいから、とにかく、僕もできる限り部屋を回るから協力してほしいんだよ」「…日本の大統領?それともアメリカ?」2780がぽつりと聞いてきた。「もちろん日本のだよ、だから、混乱をさけるためにさ」「なるほど、授業主催者の女子達にそのことを伝えればいいのね」4372は面倒見がいいだけでなく割と呑み込みが速い。「そうそう」「だったら、一つひとつ部屋を回る必要はないわ、主催者がいる部屋ナンバーは女子同士で把握してるから」それはすごい。僕は心の中で感心してしまった。「じゃあ、1002は一番遠い578と599お願い」「え、あ、うん、わかった」599室って5301と7717が居たような。僕はそんな事を考えながら収容階通路を小走りに進んだ。

 僕は578の部屋をノックし速く伝えなければと思って扉を勝手に開けた。「ごめんください」すると中では壁側にある腰掛の上を舞台にしてごっこ劇をしているようだった。その中で一番年上らしき女子が手を叩いている。この人は朝食中おはなし会というのをやっている。おはなし会は4歳から7歳ぐらいの子供達に評判がいいらしい。その女子が一番はじめに僕に気付いた。見た目と背丈で言ったら僕とあまり歳が変わらないようにも思えた。「あら、お客さん?」「あ、あのちょっといいですか?お話ししたい事があります」するとごっこ劇をしている子供達が僕を見ておはなし会の主催者に駆け寄る。「ねえ、どうしたの?」「何でもないわ、皆は劇の練習してて」彼女はそう言って扉の所まできた。「どうしたんですか?」「あの、時間がないので短めにいいます。明日、大統領の視察があります、だから明日だけおはなし会をしないでほしいんです」「大統領?」「はい、他の主催者にも今伝え回っているんです」「そうなんですね、大統領が来るんじゃぁ、大人しくしてた方がいいわね、でも主催者だけに伝えても、他の子が不審がるんじゃ」「それは上手く伝えてください、休憩してるとかなんとか言えばみんな納得してくれます、それに、明日大統領を目にすれば、みんな察するでしょう」「…分かりました、混乱しないように、伝えますね」僕は彼女が聞き分けのある人で本当によかったと思った。「劇の練習、ですか?」「ふふ、次の大浴場の日までに、女子だけで子供劇をやろうかと思って」それって女子素っ裸で劇するってことですかと聞きたかったが唯一監視カメラがない大浴場を選んだのは賢明だと考えなおしたので聞くのをやめた。「そうなんですか、大浴場寒いんで、風邪ひかないように気を付けてくださいね」「ありがとう」「では、失礼致しました」そう言って部屋を出ていた僕に彼女は会釈して扉を閉めた。よし。次は599の部屋だ。

 「ごめんください」僕はそろそろと扉を開け5301をつい探してしまった。僕は部屋の中をみて少しほっとした。5301が部屋の端でもう寝息をたてていたからだった。他男子はこの間オセロがどいうとか言ってた二人だ。7717も含めて女子ももう寝ようとしている。「どなた?」「あの、すみませんちょっといいですか?」「なになに?今寝ようと思ってたのに」そう悪態をついて布団から起き上がってきたのはヨガと呼ばれる奇妙なストレッチ体操を教えている女子だ。「ごめんなさい、時間ないから簡単に伝えます、明日大統領が視察に来るらしいんです、ヨガ教室は大食堂とかリネン室ではやらないと思うんですけど一応伝えていきます」「あーあの毎年やってる視察ってやつねー、はーい了解しましたー」この人は多分いち姉と歳が同じぐらい。体育系の授業は週に一回の入浴時か今のようにランドリー室の作業が終わった空いた時間各部屋で何名か人数を決めて行われている事が多い。ヨガ教室では何人ぐらいの子が集まるのだろうか。「他の主催者にも声をかけてありますので」「手際がいいね少年、君も一つヨガどう?たまに男子も来るよ、まあだいたいは15歳ぐらいの女子が多いんだけと」この身振り手振りの切れの良さからかなり運動神経がいいなだと見てとれる。喋り方も歯切れがいいのでここが施設という事を忘れさせてくれそうだ。5301がもぞもぞと動いた。起きちゃったかな。「あ、いいです、僕は」「そうかあ、残念だね、いつまでここにいられるのか分からないからねー、今体固い子が多いからねー」彼女は僕の手首を掴んで上下にぶんぶん腕を振り回し引き留めようとする。「失礼しましたあ」っと言ってそそくさと部屋を出てきた。その時5301が起きていたかどうかは分からなかった。7717とはもう話しをしたりしないのだろうか。

 「はあ、間に合った、ほんとに遠いな600室近くは」これでは風呂に入った意味ないじゃないか。「あ、お疲れー」女子はもう布団を敷いてもぐっていた。扉が自動施錠される。僕は施設着をぱたぱたして涼んだ。8091は布団の上をごろごろしている。「明日0951戻ってくるよね?」「あぁ、インフルになって一週間丁度経ったから」「インフル中に移動していなくなってなりして」「ははは」「まあ、それはそれで面白いけど、でも私らの部屋に新人が入ってこないって事は、移動してないんじゃない?」「そうか、それもそうね」「ところでさ、女子ってなんか劇やんの?」「あぁ、やるよ。子供劇」「おはなし会の人から聞いたの?」「うん、聞いたっていうか、なんか部屋で練習してたから」「…劇、楽しみ」2780がぽつりと言う。僕はわざと聞いてみた。「それって、男子も見れるの?」「見れないわよ、だって大浴場の時間帯にやるんだもの」「そ、そうなんだ」「見れないわよ」「わ、分かったよ、2回言わなくていいよ」「このぶりっこ、大人しそうな顔して今やらしい事考えてたわ、4572」「おおかた、私達が素っ裸で劇やる姿を妄想したんでしょ?」「も、妄想なんかしてないよ、劇やるんだなーって思っただけだよ」「…劇は、ちょっと狭いけど、更衣室でやる、因みに私は観る方」2780がぽつりと言う。今日2780よく喋るな。劇がほんとに楽しみなんだろう。「そうか、でも、更衣室って監視カメラが…」「更衣室に監視カメラは入口付近にしかないわ」「なるほど、それなら劇できるね、どんなストーリーやるの?」「男子になんか教えないわよ、特にむっつりスケベな奴には」「むっつりスケベってなあに?3163」8091が何やら無垢な心で会話に入ってきた。そうすると3163が僕を指さして「こういう奴の事を言うのよ、8091。おまけにこいつはぶりっこだからむっつりスケベスペシャル変態なのよ」「すぺしゃる?へんたい?」「ああもう、変な単語8091に教えないでよ、余計ややこしくなるじゃないか」「ねえ、へんたいってなに?むっつりってなに?」「…男としては最高ってことだよ」2780が思いがけない事を口走ったので一同は彼女を見た。「そうかあ、つまり、最高ってことかあ、よかったね1002」8091はいつものにっこりをする。聞かなきゃよかった。僕は最低な気分で眠りについた。

 朝食の時間。早速事件が起きた。「ねえ、5301、見なかった?」昨日のヨガ姉ちゃんが早速大食堂で僕を見つけるなり話しかけてきた。「え?5301って、例の…」「そうなんだよ少年。朝起きたら居なくなってたんだ」「まさか、だって扉の自動解除は7時ですよ」「それが分からないんだよ、私達が起きた時は扉は施錠されたままだった、自動解除があるまで中から部屋の扉を開ける事はできない、なのに、あの5301が居なくなってたんだ」嫌な予感がする。僕は大食堂を見渡した。5301は15歳にしては背が高いし目立つから居たらすぐわかるのだが見当たらない。共同トイレに行っている可能性もあるがさっきの自動扉の事を聞けば7時前に部屋から出ていった事になる。外から誰か扉の施錠を解除した。それができるのは監守しかいない。僕は騒ぎにしたくなかったのでゆっくり話した。「分ったよ、ヨガ姉ちゃん、もしかしたら5301、インフルになって別の部屋に移動したのかもしれない、そういう可能性だってあると思うんだ」「おう、なるほど、それだったらいいんだけど、なんか今日は視察があるって言うし、慌てちゃったよ」「そうだね、慌てちゃうよね」向こうの方から今日はおはなし会しないのとか授業やらないのと口々に聞こえてきた。それぞれの主催者が今日は一日だけお休みとか休憩の日と言って何とか説得している。なあんだつまんないのという声が他方から次々に聞こえてくる。その中で32が7717の近くに座っているのが見えた。32が大食堂の真ん中辺りに座るのは珍しい事だ。彼は多分5301が居ない事に気付いているんだろう。僕は何となくそう察した。「大統領が何時に来るか分からないから、今日のところは大人しくしておいた方が賢明だね少年」「そうですね、じゃあ僕は部屋メンバーのとこに行くので」「そうか、じゃまた」僕が彼女と別れ際32と目があった。これは珍しい。32と目が合うなんて。僕はさっさとトレーを持って32の隣に座った。「おはよう」「おはようございます」「呼んでもないのになぜ僕の隣に座る?」「僕は意外とミステリアスな物や人が好きなんですよ」「ほう、それは初耳だ」「なんで7717の近くに座っているんですか?何か心配ごとでも?」「何も心配な事なんてないさ、大統領の視察さえ無事に終わればね」「5301が居ないの、気付いてますよね」「インフルにでも罹ったんだろう」「そうだといいですけど」すると大食堂の扉の近くに3人の監守が見えた。「監守だ」「いよいよ、お出ましだな」僕の背筋に緊張が走った。

 「ガキども、今すぐ食事をやめろ、本日は大臣の視察がある」マウススピーカーを持った主任が大食堂に入ってきた。僕ら3000人余りの子供は一斉に起立し斜め15度の姿勢をとる。その中で椅子のひく音やテーブルのずれる音が鳴り響いた。その音が鳴りなむと靴音だけが聞こえてきた。まずは一人分の靴音。その後は足音を消すように何人かわさわさと機材の音だけをならして入ってきたようだ。僕にわかる範囲はここまで。目線を上げる事が出来ないのは少々辛い。「諸君の生活状況は、この施設主任から聞いている。今までは到底考えられなかった事だ。施設で出される食事も残さず食べるようになったとか。これも私達偉大な大人の教育あってこそ、君達が成長している証だ」このドスの利いた声は僕らにとって本当に耳障りだ。特にマウススピーカーを使って喋っているからもっと酷い。施設で食事や着替えを教えたのは大人じゃなくここにいる皆なんだけど。分っていても何だか僕は少しイラッとした。「しかし、その中で、仲間に上手く入れず、一人に追いやられてしまった、かわいそうな少年が居るそうじゃないか、哀れだよ、君達がこの少年を一人にしたせいで、君達だけが井戸刑を免れようなんて言うのはどういうことなのかね」僕はその言い方に虫唾が走った。まさか5301の事を言っているのか。「しかしだ、この少年は自分より年下の人間を虐めていたそうじゃないか、それはいけないねえ、虐めるのはいけない、だから君達はこの少年を一人に追いやったのだろう?それは当然のことだ。虐めはいけないからねえ、本当にやってはいけない事だ。しかし諸君、安心してくれたまえ、君達に代わって私達大人がこのいじめっ子に教育をしてやろう、諸君、頭を上げたまえ」なんだ。何を考えている。僕ら3000人余りの子供達はゆっくりと頭を上げた。その時建物が小刻みに揺れ始めた。地震。その時大食堂の扉が全て全開になった。するといつもの通路の真ん中にある大柱にかかっていたシャッターが物凄い音を立てて上にずれていく。するとガラス張りになった水槽みたいなものが現れた。あれは。5301。なんであんな所に5301が。僕らは彼を黙って眺めていた。「以前施設の井戸刑は、見世物として使っていたのだがね、このシャッターの調子がすぐ悪くなるんで、最近は使っていなかったんだが、今日は調子がいいようだ」あれが井戸室。まさかあの大柱が井戸室だったなんて。「さて」その大統領の声に何人かの子供がびくっとした。さっきわさわさと聞こえていた足音。あれはテレビ局。この状況を報道してるのか。「そうだな、今まで井戸刑に使用していた残飯は、諸君がお利口さんにしているからね、無いんだよ。どうしたものかね」大統領は子供の間をゆっくり歩き始めた。「この虐めっ子をどうしてやりたいかね、諸君」大統領が近くの子供に顔を近付けた。その子は足が震えてしまっている。怯えている子供を見るのが楽しいとでも言いたげな顔だ。大統領はまた歩き始めた。「私達大人はね、君達を虐めたいわけではないのだよ、愛情を持って、一人前の大人に、育てたい。そう願っている、だから、他の国と比べたら、少しスパルタかもしれない。だけどね、この教育法は、我々大人の愛情なのだ、頭のいい諸君だったら、分かるね」5301を僕は改めてみた。後ろに手を縛られているらしい。よく見たら足首もなにか紐のような物で縛られている。井戸刑の時に手足を拘束するのは違法のはずだ。「あぁ、そう言えば、君達がここで生活している間に、体罰教育法が一つ改正されたのだよ」僕は厭な予感しかしなかった。「最近は、井戸刑中に勝手に自殺をしようとする子供が増えてきてしまってね。これは由々しき問題だと思ったよ我々大人は。教育を有り難いと思えず、死に逃げようとする生意気な子供が増えてきてしまったんだから。悲しいよ。本当に悲しいね。君はどう思う?」大統領はまた近くの子供に顔を近付けた。その子は怯えながら上下にうんうんと首を振っている。大統領はその子の肩にごつい手を乗せた。「君も、悲しい事だと思わないかね」「お、思います…」恐怖に駆られながらその子は声を振りしぼった。「そうだろうそうだろう」大統領は大食堂の真ん中に立った。僕はこの時間何も起こらない事を願った。5301が今日井戸刑を受けるにしても今日で終わりだ。今日の作業が終わる頃には解放されるだろう。明日からは元通りになる。そう信じたい。テレビ局のカメラが僕らの様子を映す。僕は大統領が監守に目配せしたように見えた。その瞬間5301が入っている井戸の中にどんどん水分が注がれていった。カメラは5301の方を向いた。5301はずっと下を向いている。あのままの態勢でいたらバランスがとれなくなる。僕ら3000人余りの子供はその様子をみているしかなかった。「どうだね、諸君。今まで威張り散らしていた奴が、井戸の中で反省をしている姿は。実に素晴らしい教育だろう」僕はあの水分は熱湯なのか水なのか気になったがガラスが曇ってなかったのであれはただの水かもしれない水であってくれと願った。僕らは不安な面持ちで5301を見ている。僕はあの井戸の上にムツが居るのではないかと思った。僕らが井戸刑を受けた時と同じように足が地べたにぎりぎり着くまでしか水は入れないと踏んでいた。

 「さあ、諸君。今日はこれを眺めながら食事をしようではないか、朝食の途中だろう、今日も残すんじゃないぞ、ハハハッ」そう言われてそれぞれ子供達は暫く立ち尽くしていたが監守がさっさと食えと大声を出したので徐に席に座って残りの朝食を食べ始めた。僕は32の方を見た。32は黙って食えという表情を見せた。「お、おにい…」7717が震えた手で箸を握ったままでいる。僕は井戸の中をもう一度見た。あれ?水が止まってない。あれじゃ。「窒息する」32がぼそっと言った。大人は何を考えている。これではただの殺人になる。僕は落ち着いていられなくなった。「君がそわそわしてどうする」「だって、5301が…」「動くな、ここで動けば目を付けられる」「で、でも」僕は5301を見た。ものすごく苦しんでる。いくら5301の力が強いからと言ってあの状況で縄を解くのは無理だ。その時テーブルがカタカタと小刻みに動いていた。「おにいだ、さっきの話し、おにいの事だ、どうしよう、どうしよう…」「7717落ち着け5301は大丈夫だ、今は動くな、ここで目立てば君もただじゃ済まない」32は斜め横に座っている7717に話しかける。しかし7717の震えは止まらない。大食堂のこの状況は最悪な状況だった。皆5301を見ないようにして朝食を食べている。5301は井戸の中でもがき続けている。その時こちらまで微かに5301の呻き声が聞こえてきた。その瞬間「お、おにいッ!」「やばい、止めるぞ、1002」「は、はいッ」7717は目が見えないはずだが5301の居る方へ全力で走っていた。所どころテーブルの角にぶつかりながら。僕は32と必死に止めに走ったが彼女はあんなに足の速い子だったか。「待て、7717」その騒ぎを大統領はにやにやしながら眺めている。監守が前に出ていこうとしたが大統領に止められた。テレビカメラは完全に7717をとらえている。7717は井戸のガラスをバンバン叩いた。「おにいッ、おにいがッ、おにいがッ」「7717落ち着け、5301は大丈夫なんだよ」「離してよ、聞こえるんだからッ、目が見えなくたって私には聞こえてるんだからッ、苦しんでる声が聞こえるんだからッ」僕は3000人余りの子供達を見渡した。その様子を無視しようとする者もいれば見ている者もいれば席は立つがその場に竦んで動かないでいる者もいれば様々だった。耳を塞いで完全につっぷしている者もいる。僕は改めて5301を見た。弱ってきている彼はあまり動かなくなってきている。僕は7717を押さえるのをやめた。「1002、とにかく7717を席まで連れて…」僕は井戸のガラス張りに体当たりしていた。「何をしている」「何って、5301を助けるんだ」「やめろ」僕はやめなかった。僕は何回か体当たりしたあと、近くの椅子をガラスにぶん投げたり色々やってみた。それに続いて7717はガラスを叩きおにいと叫ぶ。すると後ろの方からイスをガラスに投げつけてきた子が居た。「8091…」「このお兄ちゃん、はやく助けないと、死んじゃう」僕は嬉しさがこみ上げてきた。僕は8091と一緒にガラス体当たりし続けた。それを見ていた他の子供達が何人か体当たりする。そうこうしている内に手前にいた子供達が椅子をぶつけたり男子はテーブルを持ち上げてそのまま突進したり。「5301を助けたい」その一心で僕らはガラスに衝撃を与えた。「1002、組織に戻れなくなるぞ、こんなに目立ってしまって」「僕は、目の前の5301を助けたいです」「全く、世話のやけるヒーローだ」手前の子供達が体当たりしていると大食堂の奥の方に居た子供達も増えてきてどんどんガラスの周りはにぎやかになっていく。「だ、大臣、止めなくて良いのですか?」「なあに、あれは強化ガラスだ、いくらガキどもが体当たりしたところでびくともせんよ、それにあのガキ大将はもう死んでいるだろうからね、後から水を止めようとしたのに、周囲のガキが途中で騒ぎはじめた。だから5301が死んだという事にすればなんてことはない。面白いではないか、この報道をみて世の中の大人はガキに歯向かわれたと思うだろうね、そうすれば大人の教育がもっとエスカレートするだろう、教育費を稼がせれば、国に補助金が増える、素晴らしいね教育法とは、どんな商売より稼げる、ハハハッ!」僕ら3000人余りの子供は一斉にガラスに体当たりした。皆口々に5301を呼び続ける。5301が動かなくなってしまっても僕らは彼を呼び続けた。僕の近くにあの小さな復讐達が居た。「君達…」彼らも懸命だった。必死にガラスに椅子の脚をぶつけている。「なんだよ、すぐくたばるなよ」「そうだ、死なせてたまるか」向こう側ではヨガの姉ちゃんがガラスに蹴りをいれている。そのすぐそばではいち姉がガラスを叩きまくっている。3000人余りの子供達の声が大食堂にいや全国に響いている。5301を呼ぶ声が日本中に轟いている。

 僕は改めて動かなくなってしまった5301を見た。もうこれではらちが明かない。僕は3000人余りの子供達をかき分けて厨房の方に突っ込んで行った。それを32が見ている。「おい、1002、どこに行くんだ?」僕は32の声が聞こえなかった。ムツだったらなんとかできるかもしれない。ムツだったら。厨房の奥にあの人間らしいロボット。やっぱりムツが居た。何やらパソコンに向かってぶつぶつなんかやっている。「ムツ、大変なんだ、お願いだから5301を助けて」「何だか外が騒がしいようですが、一体全体何をしているんですか、施設管理者の身にもなってください」「いいからッ、井戸の床にあるあの栓を抜いてきてよ」「なぜです?」「なぜですって、あのままじゃ5301が死んじゃうからだよ」「その状態で何分経ちましたか?」「わ、わからないよ、5分ぐらいだよ多分、だから兎に角はやく助けないと」僕はムツの腕を引っ張った。「ちなみに、井戸刑の排水溝は昨夜埋めてしまいましたので栓を開けても無駄です」「な、なんでそんな事したの?!」「主任に明日視察で使うからやっておけと言われました」「そんなのやんなくていいんだよッ」「私は監守の指示にしか従いません」「人が死にそうになっても?!」「私は成人した者以外の指示に従う事はできない、ただそう言っているだけです、因みにえーと、5301でしたか?その少年は助かりませんよ」「そんな…」「もうかれこれ10分程経っているでしょう。監守から救急車の手配は頼まれておりませんし、監守を含め第一次応急処置の知識を有した成人者はおりません」「ムツは介護ロボじゃなないか、困っている人を助けるのか介護ロボの役目でしょ?!」「それは以前のプログラムです。今は施設管理者としてプログラムされています、因みに介護ロボットはあくまでも介護作業するためのロボット、困っているからといっていちいち援助しません」「困ってる時に助けなかったらいつ助けるのさ、そんなに施設管理がどうのこうのっていうんだったら、今のムツは施設管理者失格だよ!」「なんですって?」「だって、この施設で死人がでるんだよ、ムツは僕ら子供の体調管理も含めて施設管理って言ってるんだよね、5301は体調どころか死にそうになっているんだよ、ムツがさっさと5301が助けないせいで、施設がこんな事になってる、3000人もの子供達が朝食を食べないで井戸室に体当たりしてる、しかもそれがテレビ放送されてる、今全国にこの施設管理が悪いって事がダダ漏れなんだよ」「失格とは侵害ですね、それに児童の体調管理と施設管理は別物です」「こ、この後リネン室にどれだけ施設着が残ってると思う?やっとランドリー室の作業が終わった直後だけど、僕らは袋詰めをやるつもりはないよ、見ての通り」「今日一日リネン室での作業がなくなっても何の問題もありません、明日から2倍の速度で作業していただきます」「管理能力がない事を認めないんだ」「管理の監督責任を問いたいのであれば監守に申し出てください。私はあくまでも監守の指示にしか従いません」「でもさっき侵害だって言ったじゃないか、それはムツにも何かしら責任があるからじゃないの」「ロボットに責任能力があるとでも」「あるね、ロボットにも」「ありませんね、あるとすれば本体を処分されるという形でその責任をとる、という可能性はあります」「僕が井戸刑になった時、様子を見に来たじゃないか」「1002話しが飛躍しています」「あれはあの赤いロボットがどうとか何とか言ってたけど監守に見つかってたらどうしてたのさ」「監守に見つかるはずがありません、私は監守の行動範囲を把握しています」ああ言えばこう言うムツに僕はイライラしてきた。「だから、僕の様子をのこのこ見に来るぐらいだったら5301も助けてよって言ってるんだ」「1002、我々はあなたを助けたわけではありません、あくまで様子をみに行っただけです」「そんな気まぐれロボットがここの施設を管理してるなんて笑っちゃうね、そんなのポンコツロボットがする事だッ」「そのポンコツロボットに助けろと言ってるあなたも相当いかれていますよ」僕がムツにもう一発言い返してやろうと思った瞬間建物がグラッと揺れた。「全く、あなた方、井戸室を破壊しようとしていますね、あの井戸室はこの施設の大黒柱の役目も果たしているのですよ、そこが歪んだら施設は崩壊します」「さっきから言ってるじゃん、ガラスに体当たりしてるって、だからはやくなんとかしてよ」そんな事を言っている内にまた建物が揺れる。「今日大統領が来てるのはもちろん知ってるでしょっ、ここが崩れたら大統領だって危ないんだよ、監守だってただでは済まないよ」「ロボットに脅しは聞きません1002、大統領には常にSPが付いていますし、監守は3名しかおりませんので逃げようと思えば逃げられますが、危ないのはあなた方子供なのですよ」「だから、ムツが5301を助けてくれれば、体当たりなんかしないで済んだんだよ」「自分たちの問題をロボットのせいにしないでほしいですね、もともと5301は自業自得なのです」「そうだよ、自業自得だよ、でも死ぬことないじゃんか、生きてちゃんと反省すればいいじゃんか、そもそも5301は反省してたんだ、こんな事されなくたって、5301は分かってたんだよ」「それは5301の事情です、施設とは無関係です」「僕の様子を見に来たのだって施設と無関係じゃないか」「またその話しに戻すのですか、いい加減にしないと、監守を呼びますよ」「監守なんか怖くない」建物の揺れが何だか尋常じゃなくなってきた。横にまた横に建物がうなっているように聞こえる。「最初に言いましたが、わたし達ロボットは大人の指示にしか、従えません」遠くから子供達の声の中に監守の怒鳴り声も聞こえる。やめろとかいい加減にしろとか。色々聞こえてきた。「ムツ、ひとつ言わせてもらうけど、僕は未来の大人だよ」このロボットが何を頭で処理したかどうか僕は分からなかった。本体がメタルでできていて顔の表情が分からないから会話をしなければ何を考えているかわからないとう理由もある。だけどそれ以上にこの沈黙が何を意味してるのか僕は理解できなかった。僕はこのロボットに頼んでも無駄だと思った。ロボットに頼った僕が馬鹿だったよ。でも少しの可能性があればそれにかけてみたかった。僕は厨房を後にした。

 大食堂は大パニックになっていた。何人かの子供が機材に蹴りをいれたり取材陣に噛みついたりして監守だけでは手に負えなくなっている。「1002、どこに行ってたんだ」32が僕を見つけるなり駆け寄ってきた。「ちょっとトイレに」「こんな状況でよくトイレになんていってられるね、見た前ヒーロー、もう5301を助けるどころかこの建物自体があやしい」建物はギシギシと危なげな音を立てて揺れている。「井戸室が施設の中心にあったとはね、しかもガラス張りとは、全く水族館じゃあるまいし」水族館…。「32、今から井戸室に行って上から5301を引き上げられないかな」「1002、もう5301は…」向こうでは監守が報道陣や大統領のSPに飛びかかった子供を必死に引きはがしているのが見える。やめろガキ共と声のでかいのは監守だ。「大統領は?」「壁側に寄っかかって傍観してるよ」僕は大統領の位置を確認した。「とにかく、5301をあのままにしておくのは駄目だよ」「君は井戸室までの経路をしっているのかい?」「し、知らないけど、どこかに入口があるはずだよ」「5301はもう駄目だ、あれから何分経っていると思ってる、もう諦めろ」「…諦めないよ、32」「なに?」「ここで諦めたら、なんだかいけない気がするんだ、だから5301を助けなきゃいけない」そうこうしている内にガラス張り近くから声がした。「ガラスに少しヒビが入ったぞ」僕と32はその声に反応した。3000人余りの子供達はそれに活気づいたように大人数でガラスに体当たりを始めた。「あのままだと、手前にいる子達が危ない」前の方から声がする。「水だ、ガラスから水が出てきた!!」「1002、下がってろ、ガラスが割れる」「あれはほっといても割れるよ、皆に伝えなきゃ」「やめておけ、僕らまで巻き添えになる」「でも…」その時建物がぐらりと大揺れを起こした。そのタイミングで手前の子供達が椅子やテーブルを担いで突進していく。大統領は不敵な笑みを浮かべてその様子を見ている。何なんだあの胸糞悪い余裕は。SPらしき一人が大統領にここは危険です逃げましょう等と言っている声が聞こえる。僕は32の手を振り払って皆の所へ駆け出した。「1002、戻れ!」「皆ッ、危ないッ!」その瞬間分厚いガラスが割れた。今まで聞いた事もないガラス割れる音がした。僕は咄嗟に顔を覆った。水がこっちにまで吹き飛んできた。手前の方でテーブルやイスがぶつかる音がした。子供達の悲鳴が聞こえる。建物が今まで以上にぐらぐらと揺れている。僕はその場で屈んでしまった。その中でかすかに声がした。「ロボット…」僕は屈んだままおそるおそ前を向いた。僕は自分の眼を疑った。目の前にある光景を疑った。何体もの介護ロボット達が吹き飛ばさた子供達を守るように井戸室の前に連なっている。僕は言葉を失った。「全く、人間は生まれた瞬間から、死ぬ瞬間まで世話がやけますね」僕はゆっくり後ろを振り返った。「む、ムツ…」「こうして生きている間も然りですが」「会話用ロボ…だと」そのすぐ後ろにいた32はムツをまじまじと見ている。「ムツ、あんなに沢山のロボット、どこから…」「地下ですよ、地下、政府が処分に困ってそのまま置きっぱなしなっていたんです、幸い、介護用のでプログラムもそのままだったので、使えると思いましてね、それにこの施設ができてもう25年経ちます、その時から経費削減で井戸室をちゃんと洗浄した事がなかったんですね。ここまで汚れがひどくなると一度壊して建て直してもらった方が、感染症の心配もありません」介護用ロボットはざっと100体ぐらい。それぞれ勝手な事を言いながら子供達を救出している。モンゲンハマモッテクダサイ、シュクダイノドリルヲオワッテカラオヤツデス、ミッチャンヲオフロニイレタラオジイサンノニュウヨクカイゴハイリマス、アブナイノデツカマッテイテクダサイ、アバレナイデクダサイウデガトレマス。「ムツ、どうして、助けにきてくれたの?」「先程の私の話しを聞いていなかったのですか?介護用ロボットは、助けが必要な時にしか動けないのです」「それ、さっきと言ってる事少し違うよムツ」「助けてもらって文句を言っている暇はありません、5301をここに連れてきます」「連れてきますって…」すると何体かのロボットが5301を担いでここまで連れてきた。「あッ、5301!!」ロボットに担がれている5301の姿を何人かの子供逹5301を指さして「あ、5301だ」と口々に言う。それを聞いていた7717がおぼつかない足取りで「おにい、おにいはッ」と駆け寄ってきた。僕は床におろされた5301を揺すった。「5301、5301、目を開けてよ」その間に32が5301の心臓辺りに耳をあてて「動いてない…」僕と7717はそんなという目をした。あの井戸からやっと出る事が出来たのに。こんなところで死んじゃうなんて納得いかない。「おにい、お願いだから、目を開けてください、お願いだからッ」盲目の少女から涙が流れてきた。そんなに泣いたら僕だって泣きたくなるじゃないか。「どきたまえ、7717」「32、何するの?」僕は呆けた顔で32に聞いた。「心臓マッサージと人口呼吸をしてみる。でももう15分ぐらい経ってるから、期待しないように」32の言葉は厳しかった。「君達は彼にできる限り呼びかけてくれ」「分った」僕らは5301を呼び続けた。7717は5301の手をぎゅっと握りしめている。その声に気付いた他の子供達がどんどん5301の周りに集まってきた。子供達は5301を呼び続けた。その様子を介護ロボット達やムツが何も言わず見ている。僕ら人間の子供達を見ている。「5301、目を開けてよ、ハブいた事怒っていいから、僕のこと殴っていいからッ」いつの間にか手前にきて一番大きい声で5301を呼んでいるのは幼き復讐者の子供達だ。「そうだぞ、くたばってる5301なんか、5301じゃないッ、だから起きろよ」僕ら子供は大人に媚び売って生きてきた。ずっと僕らは大人達に媚びを売って生きてきた。僕も5301も32もいち姉も皆大人が気に入るように振る舞ってきた。大人の優越感を満たすために大人のエゴを満たすために僕ら子供は存在してきた。大人のいう今の教育を愛情と頭の中で無理やり変換してきた。その大人の教育に怯えて毎日を過ごしてきた。井戸刑や食事摂取法などの法律の下大人に頭をさげてきた。大人の教育に敬意を払い生かされている有り難さをうえつけられてきた。生かされた精神の奴隷だった。でも今の僕らは違う。僕らは自分で考え行動し5301を救おうとしている。あの忌々しい井戸刑も破壊した。大人はこの報道を観て子供が歯向かってきたと思うだろう。でも歯向かう理由をここで大人が考えなければ大人はいつまでたっても子供のままだ。今の教育を少しでも見直さなければ今の大人はこれからもずっと誰も教育する資格なんかない。大食堂に5301の呼ぶ声が響く。32は汗だくだくだ。いつもしれっとしている32がこんなに一生懸命になっている所を僕は見た事がなかった。僕らがつくる子供の組織は考え方は違うけどこんな子供時代を変えたいと願った僕らの願いをカタチにしたものだ。僕は32が同じ新宿区の組織のメンバーである事を誇りに思った。いつか子供の時代がもっと良くなったら今度は組織の先輩としてではなくて尊敬するお兄さんとしてちゃんと話しがしたいな。もし子供の時代が一緒に住んでいる大人達と家族と呼び合える時代がきたら家族旅行っていうのをしてみたい。今はいけないけど東京タワーに登れるかもしれない。子供と大人がこんなふうじゃなくてもっと心から歩み寄って分かり合えたら…。3000人余りの5301を呼ぶ声はだんだん弱っていった。32は袖で口を拭いながら「だめか…」僕らはしんと静まりかえった。

 建物が小刻みに揺れている。何かが軋む音が大食堂に響く。すると大統領がにやにやしながらこっちに近付いてきた。「残念だったね諸君」子供達がぎょっとした表情で大統領を見た。「かわいそうに、少年は天国に召されてしまったようだ、しかしだ、これは一体どうゆうことかね、いきなりガラスを割るなんて。なにを慌てたんだか知らないがね、監守が水を止めようとした矢先に諸君が騒ぎだしたんだよ、何を考えているんだい諸君は、ハハハ」その言葉にみな俯いたまま悔し涙を流している。唇をかんで肩を震わせている。「5301を殺したのは、諸君だ…」大統領は目を光らせた。「ふざけるな…」誰かが小言を言ったのが聞こえた。僕もそれに同感だった。「これは人殺しだよ諸君。人殺しを私達大人のありがたい教育を受けさせるにはいかないな」僕は大統領を睨んだ。僕はこんなに誰かを憎らしいと思ったことはなかったけれどこれを憎まずにはいられない。「諸君は知っているかね、人殺しというものが日本ではどう裁かれるかを」大統領はにやりとした。監守も不敵な笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。報道陣はいやしくも無事だったカメラをまわしている。「死刑だ」その言葉に子供達の肩がビクッと震えた。「残念だよ、本当に残念だ。これだけの愛すべき子供達が人殺しをするなんてねえ、しかし、法にはさからえない、なんせ大統領の私がそう言っているのだから、しかたがない、君達は運が悪かった。寄りにもよって大統領視察の日にこんな事をしでかしてしまったのだからね、ハハハ」その時静かに振動していた建物がまた大きくぐらっと揺れた。僕ら子供がバランスを崩して尻餅をつくぐらい揺れた。その瞬間井戸室のコンクリートの壁面部分に亀裂が走った。すると凄い音がしたかと思えば建物全体が上下に揺れ始めた。揺れているというより崩れているような音がする。「やばい、施設が…」子供達のざわつきが大きくなっていく。「出ましょう」ムツが言う。ムツの声に周りの子供が反応した。「井戸室の壁面、つまりあれは施設の大黒柱です。あれに亀裂が入ってます。さらにこの揺れは尋常ではない、なのでここから脱出します」「でも5301はここに置いてはいけないよ」「私は他のロボットに避難経路を転送しますのであなた達は介護ロボットの誘導に従ってください」「ムツッ、話し聞いてる?!」「さあ、ぐずぐずしていると、逃げ遅れますよ」そう言ってムツは大食堂の扉の方まで行ってしまった。揺れがまた酷くなった。外側にいた子供達はだんだん介護ロボに誘導されて避難しはじめている。大統領や監守それに報道陣はいつの間にかいなくなっていた。ここは3階だ。急いで1階まで降りなければ巻き添えになる。「32…」僕は32の顔をみてはっとした。彼が一番悔しがっている事に僕だけが知っていた。暫くするとムツが戻ってきた。「ほれほれ、1002、32、7717、何をぼさっとしているのです、はやくここから出ますよ」僕はその時思い出した。インフルエンザに罹った子達が600室にまだ残って居る事を。「0591が危ないッ」少し我を失っていた32が僕の声にはっとした。「どこに行く、1002ッ!」僕は走りながら言った。「0591がまだ600室に居ると思う!!」「インフルの子供か…待て僕も行くッ」「こらっ、待ちなさい二人ともッ」ムツは7717を脇に抱えて追ってきた。7717はおにいも連れていってとムツの腕を叩きながら叫んでいる。「全くもう、世話ばかりかかる、とんだ未来の大人ですよ」

 僕はムツが後ろでぶつぶつ何か言っているのは聞こえなかったが600室まで来てくれたことに心の中で感謝した。そもそも600室は強制施錠されていてムツが来てくれなかったら僕達だけ行ったところでなんの役にも立たなかった。扉が開いた瞬間0951がムツに飛びついてきた。「来てくれたのか1002!!」「ン?うわ、なんだロボット?」他の隔離されていた子供達も出てきた。3人か…。「0951、具合はどいう?」「もうだいぶいいぜ、ところで下で何かあったのか、施設ぼろぼろ崩れてるじゃねーか」「凄い音もしてたしね」「あとでゆっくり説明する、今はここを出るんだ」「お、おうッ」0951はムツからそそくさと離れた。「悪いが、この子はインフルになってまだ間もなくて調子悪いんだ、ふらふらするみたいなんだよ」それを聞いたムツがその女の子をひょいと左腕に乗せた。右腕には7717を抱えているからだ。僕ら一同は急いで下まで駆け降りる。0951は32をちらっと見たが話しかけはしなかった。「7717じゃねーか、どうしたんだよ。たまたま合流したのか?」「そんなところだよ」「おにいが、おにいが…」「おにいって5301のことか、ああ、あのガキ大将なら大丈夫なんじゃねーの、体だけは丈夫そうだからなッ」さっきの事を知らないとは言え今のメンバーには堪えた。「0951、彼は亡くなったんだ…」「は?なんで、監守にやられたのか?」「そんな所だよ」「違う…」32が俯いて言う。「僕が、助けられなかったんだ」俯いていたがその声ははっきりと切なく聞こえた。「そ、そうなんですか…」0951は32を見ていたがそれ以上何も言わなかった。僕らは必死に階段を降りて行った。やっと2階から1階までの階段まで来た。1階玄関付近はまだ避難しきれていない子供でごったがえしている。その中に監守や大統領が入口まで到達できずに立ち往生していた。その時天井が向け落ちてきた。僕らはその場に屈んだ。階段が分断されてしまった。上の方に32とインフルの一人の男子が取り残されてしまった。「先に行け1002」「嫌だ」「ふざけるな、死にたいのか!そのロボットの指示に従ってはやく下まで降りろッ」「大きい声を出さないで頂きたい。音が反共してまた天井が落ちてきます」ムツはそう言いながら抱えていた7717とインフルに苦しんでいる女子をそっと下したかと思うと助走をつけて飛びあがった。そして階段にしがみつきよじ登った。「全く、私はあまり運動能力の高い設計ではないのですから、無茶をさせないでください」「どうするんだ、ロボット」「この距離を人間の子供が助走をつけて向こうに着地するのは無理です。なので私があなた方を向こうにぶん投げます、そしてあなた方は上手く着地する、以上です」「…上等だ」僕らはムツ達の会話が聞こえない。「ムツーッ、どうするのー?!」「だから、大きい声を出さないでくださいと…」「あ、あのひょろロボット、32とちびをこっちにぶん投げる気だぜ」「ええ?!」僕らは後ずさりした。32は幼い男の子をしっかり抱きかかえている。男の子は半べそ状態だ。「…言ってます!!」その瞬間ムツの手から32の身体が放れた。32は男の子を守るように身体を丸めている。こんな時スローモーションになってくれたら。僕らは神に祈るような気持ちでこの一瞬の出来事を見ていた。「ゔッ」鈍い音を立てて32がこちらに着地した。32は肩を打ったようだがすぐに起き上がった。「大丈夫か、恐かったな」32は抱えていた男の子の頭を撫でた。安心したのか男の子はわーんと泣き出した。その時ズドンと音がした瞬間天井が剥がれムツが床に落ちていった。建物が完全に傾いている。「ムツーッ!!」「おい、はやく行こう、もう限界だ」0951の声に僕は下を見降ろした。とどうやら大統領は脚を怪我していて立てないでいるようだ。ここからでも出血しているのがよく分かる。入口の所では子供達が詰まっている。「そのガキ共全員ひっ捕らえろー!!」大統領が騒いでいる。「大臣ッ、今はここから出る事が先決です!」建物は地響きのようなうなりをあげている。僕らはやっと1階まで降りてきた。みんなの歩調に会わせてゆっくり入口の方に進んで行く。すると地面がグラッとまた揺れた。「これ、震度4ぐらいのきてんじゃね」「タイミング悪いよ」僕らはまっすぐ前を向いて外に向かっている。外の寒々しい空気が顔に当たる。奥の方で大統領が大声を出しているのがまた聞こえてきた。さっきの振動で施設全体の亀裂がまた深くなった。その瞬間後ろの方でコンクリートや鉄骨が崩れ落ちてくる音がした。「大臣!」どうやら大統領は壁面の下敷きなったらしい。「だめだッ、我々もでよう」「何?」「どうしました主任」主任は持っていたスマホをみた。「このタイミングで震度3強だと」「震度3でこんなに崩壊するなんて」「揺れている時間も長いですし、ガキ共が井戸室を破壊した影響もあるんでしょう」「畜生、あの家畜共め、視察等なければすぐにしょっぴいてやったのに」睨んでいる監守達をよそに僕らは施設の外まで辿りついた。

 




 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る