フレースヴェルグでの一夜
フレースヴェルグ航空計画、ブリアス支社にて。
尋問室のような場所で今日一日の出来事を洗いざらい吐かされた後、窓のない一室に閉じ込められてからはや数時間が経過していた。
いったい何が起きているのだろう。
何か大きな事件に巻き込まれてしまったことはなんとなくわかる。
ただ、その何かというのが想像できない。
兄のほうも車の運転を任されたオランウータンみたいな顔をしていたし、せめて何の容疑で拘束しているのか教えてくれればいいのに――――いや、説明も要求しないでむざむざ拘束を受け入れた自分が悪いのか。
ただ、どうやら兄は彼らをよく知っている様子だったので、ひどいことはされないだろうと読んで大人しくついてきた部分はあり、幸いその読みは今のところ外れてない。
(というか、ウェインの勤め先でひどいことされたら相当へこむよねぇ……)
オーレリア自治法のことは、レナードも知っている。
オーレリア海では警察活動の一部をフレースヴェルグ航空計画社が担っている。自主的な活動、というわけではない。オーレリア海を領海として有するフィリップ共和国の政府から正式な委託を受けているのだ。
いかに名が通った会社とはいえ、国がただの一企業に警察活動を委託するような事態がありうるのか?
外国から来た人はみんな首を傾げるが、これには歴史的な経緯がある。
戦争中の話だ。
当時、共和国は北西の帝国ゴルドランドの全面攻撃にさらされていて、領土の端に位置するオーレリア海の島々は手薄な状態が続いていた。
(共和国は海軍があまり強くないという弱みもあった)
幸いなことに多正面作戦を広げていた帝国にとってもオーレリア海はそこまで重要ではなかったらしく、送られてくる戦力も微々たるものだった――――が、たとえ微かだろうと直接戦火を浴びる人々にとってはたまったものではない。
そこで立ち上がったのがフレースヴェルグだ。
オーレリア海に拠点を置いていた彼らは自社で開発した機体をテストパイロットや志願者に提供する形で義勇軍を結成、オーレリア海の自治活動を開始した。
(このとき義勇軍が使った機体が黒ツバメ号の原型でもあるトレシアⅠ。中等学校で聞いた話によれば、空中戦力が投入された戦争はこれが史上初なんだそうだ)
元より帝国から送りこまれていた戦力はわずかなものだ。
自治活動は功を奏し、帝国はオーレリア海から一旦手を引いた。
……そう、一旦は。
終戦間際のことだ。
突如、帝国は秘密裏に育成していた空軍部隊を大量投入してオーレリア海に侵攻してきた。
こう着状態に陥っていた陸軍を全て囮にしての一大電撃作戦に即座に対応できたのは唯一義勇軍だけで、彼らは単独でこれに立ち向かうことになる。
結論から言うと、フレースヴェルグは持ちこたえた。
危機に気づいた連合各国が応援を送り帝国軍が引き揚げるまでの五日間のあいだ、彼らは部隊の半数を失いながらも自分たちの故郷を見事に守り抜いたのである。
――そう。
一企業のテストパイロットを中心とした義勇軍が!
訓練を積んだ正規の軍隊を相手に!
真っ向から戦いを挑んで、ついには追い返してしまったのだ!
全く戦争というのはドラマチックなことが度々起きるものらしいけど、ここオーレリアで起きたのはその極致も極致。
航空機そのものがまだまだ生まれたてであることを差し引いても、奇跡的、英雄的と呼ぶにふさわしい功績。
これこそが今日のフレースヴェルグが”オーレリアの守り手”とあだ名されている由来であり――――そしてまだまだ国土復興の途中で方々まで手が回らない共和国政府がフレースヴェルグを信頼する根拠となっているのだ。
…………まぁ、だからといって今自分がそのオーレリアの守り手に軟禁されてるという事実は全く変わらないんだけどね! あはは!
なんというかもう、笑うしかない。
「はぁぁぁ…………」
心配事はたくさんある。
レースのこと。
兄貴のこと。
黒ツバメ号のこと。
だけどレナードの思考の大部分を占めるのは、やはり赤銅色の髪の少女のことだ。
確かにフレースヴェルグで働いていると言ってはいた。
いたけど、さあ。
「保安部とか、さすがに予想外だよねええ…………」
彼女の翡翠の瞳が。
向けられた黒い銃口が、今も脳裏から離れない。
最初からはめる気だった……とは考えたくないけれど。
ふと思いついて部屋の扉へ歩み寄り、向こう側にいるはずの見張りの人に声をかけてみる。
「あのー、すみません。ウェイン・ワーグナーさんとお話させてもらえませんか? 多分、保安部だと思うんですけど……」
すると少し間が空いてから、
「……悪いが、要求に応じることはできない。貴君は犯罪の容疑者として拘束されている身であり、当社の未成年社員と個人的に接触することは許可できない」
なるほど。道理だ。
それはつまり、ウェインはある程度守られた立場にあるってことだよね。
そういう話なら歓迎できる。
それじゃ、次の質問。
「さっきは聞き損なったんですけど、ぼくらってなんで捕まったんですか?」
「ゴルドランド帝国のスパイ容疑だ。当社の重大な機密を漏洩した疑いがある」
「――――は? え、――――――――ハ?」
寝耳に水というのは就寝前でも効くのだなあ、などと。
……帝国のスパイ容疑だって!?
ぼくと、あのアホ兄貴が!?
「……いくらなんでももうちょっとマシな人選があると思うんですけど……?」
それにはさすがに返事がこない。
「……ぼくの兄、中等学校退学処分ですよ? ちゃんと経歴調べました……?」
それにもさすがに返事がこない――と思いきや。
「貴君の兄、アルフレッド・シュナイダーは当社のテストパイロットとして登録されており、機密に触れられる立場にあった」
「え――えええッ!?」
冗談だろ!? あんのクソ兄貴、そんな話一度も……!
……あー、だめだ。一気に新しい話を知りすぎたせいで頭がパンクしそうだ。
「……もう時間も遅い。今日のところは貴君も休むといい」
見張りの男の気遣いに腕時計を見ると、なるほど、いつの間にか日付が変わっている。
「……そうさせてもらいます……」
明かりを消して、部屋の隅に置かれていたベッドに潜り込む。
これからどうなるのか、不安じゃないといえば嘘だけど。
それでも今日のところは、体力気力の充足に努めておくことにしよう――。
+++
救援は、意外なところからもたらされた。
「――身柄引受人? ぼくに、ですか?」
思わず聞き返すと、保安部の制服を着た男は真面目な顔で首を縦に振った。
「そうだ。貴君にかけられた容疑はおおむね晴れている。聞けば貴君もトロフィー・レースに出場するとのこと。レース期間中はこの海域に留まると約束するのであれば、基本的には自由の身と考えてもらって構わない」
「……はぁ。まぁ、それはもちろん構いませんけど」
誓約書に一筆書かされた後、建物の外まで案内される。
朝日の眩しさに目を細めていると、
「よっ、レナード。おはようさん。昨日は悪かったな」
正面。
ソフトモヒカンの茶髪にスクエアフレームの眼鏡をかけた、
遊び人のようにも見える若い男が軽く手を上げてくる。
「…………え、ハルト!?」
「おうよ! いやー、オーレリアの七月はなんちゃらとかいってた旅行作家の話、ありゃあマジだな。こんなに清々しい朝、他じゃあちょっと味わえないぜ」
――そう。
ブリアスの朝の風景を感じ入ったように見回していたのは、中等学校時代からの親友。
約束すっぽかし男こと、ラインハルト・ファーヴニルその人だったのだ。
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