雪の日
空っぽ
第1話
僕は帰ってきたことをとても後悔しました。
電車の窓から見えていた景色に薄々は分かっていたのですが、まだ地元は大丈夫だろうと適当に考えていました。
駅の東口の階段を降り、バスロータリーを眺めると既に薄く雪が積もっており、チラチラどころかわんさかと降る雪を見て、職場に泊まるなり近所のラブホにでも独り寂しく泊まれば良かったと後悔しました。
終電で帰ってきたのですから、これから職場に戻る電車は既になく、田舎から二時間もかけて通う自分呪いながら、明日の出勤を心配しながら家に帰るしかないのです。
傘をさし、足を取られないようにゆっくりとした足取りで車を停めてある駐車場に向かいます。
不規則に舞う雪は、傘をすり抜け容赦なく僕の穿いているズボンを濡らし、ダウンまでも湿らせていきます。鼻歌でも歌って歩けば気も紛れるのかもしれませんが、今は兎に角転ばないで車にたどり着くことが優先事項である為、黙々と足元に視線を落としながら歩き続けました。
なんとか無事に車にたどり着くと、フロントガラスにまとわりつく雪をサッと払い、エンジンをかけ、暖房を入れて快適な室内を作り上げます。その間も雪はどんどん強くなり、視界を白いっぱいで埋めようとしています。
ある程度エンジンが温まると、ギアをドライブに入れ、真っ白になったアスファルトの上に線を描きながら走り出しました。
加速していくたびに、舞うように降っていた雪は、途端に襲いかかってくるようにフロントガラスにぶつかってきます。それがやけに怖くてビームにしていたライトをローにして少しスピードを緩め家路を急ぎました。
幾つか信号機をやり過ごし、緩やかで長いカーブに差し掛かった時、なにやら道路の真ん中に小さな山が出来ていることに気がつきます。そしてその山が猫の死体である事を何故かその時僕は知っていたのです。
猫の死体を避けなければと、ハンドルを切ると雪の下が水溜りであったようで、タイヤを取られ車体がカーブの外へ、反対車線へ流されて行きます。
そこからは時間がスローモーションのように感じられました。
中央線の向こう側に流される車体。
都合よく走ってきていた対向車。
運転席の少し疲れた顔をしたおじさんと目が合ったような気がしました。
突然助手席側のドアが開き、僕の意識はそこから外の真っ暗闇の中に投げ出されました。
もちろん走り出す前に僕はしっかりとシートベルトをしていたので、身体は車の中に置き去りにされています。
真っ暗闇の中、ポカンと開いた四角いドアからこれから対向車とぶつかり、ぐしゃりと潰されてしまうであろう僕の身体をまるで他人事のように眺めるしかないのでした。
潰される瞬間、助手席側のドアは音もなく閉まり、唯一の光源を失い僕が投げ出された空間は本当に真っ暗闇になってしまいます。上下前後左右も遂にはわからなくなってしまいました。地面に足が付いている感じはなく、寧ろ落下している感覚が僕を襲いました。
落下を続けると、一瞬だけ病室のような空間に出たことがわかりました。
たった、たった一瞬の事でしたが、そこにあるものが理解出来ました。
真ん中にベッドが一台あり、そこには若い青年が横たわっていました。
青年には沢山の管が繋がれ、彼は長く眠ったままなのでしょう、腕は筋肉などなく骨と皮しかないようで細く折れそうでした。
彼の頭の横を通り過ぎるとき、顔が見えました。
それは、見間違えようもない、僕の顔でした。
「あ。」
と声を上げた時
グシャ。
と、いう衝撃が体に伝わったように感じました。
ピピピッ ピピピッ ピピピッ
目覚ましの音が聞こえます。
ゆっくりと目を開けて、自分の体を確認しました。
どこか怪我をしている様子もなく、身体中に管が繋がっているような事もありませんでした。
どうやら僕はとてもリアリティのある夢を見ていたようです。
でも、ふっと思うのです「あー。今回も先には進めなかった」と。この朝も何度も迎えたような気がします。
そんな事を考えながら着替えをし、鞄を持って学校へ向かいます。学校について仕舞えば、朝の夢のことなんてサッパリ忘れて1日を過ごしていました。もう、今日の夢は思い出しませんでした。
雪の日 空っぽ @karappo
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