二巻 12話 そして次なる来客 セルの訪問

「軍畑のやつ、一体何考えてるんだ」


 場面は一転、時を同じくしてハチロウもまた頭を抱えていた。

 ただこちらは空を仰ぐ訳ではなく部屋の中をぐるぐると回遊していた。塞がれた天井よりは縁起が悪くなくも感じるが同じ所を堂々巡りしている点、先が見えていないという事ではこちらも大差無かった。


「ハチロウ。そんなに大変なことなの?」


 自分達の周りをぐるぐると回り続けるハチロウをアイは視線で追い回す。現在、破壊された部屋の中心にはアイを真ん中にしてグラム、ゲンさんの三人がそれぞれ椅子に腰掛けていた。


「そうなの?」


 ハチロウからの返事が無いのでアイは仕方なく視線をグラムに移す。グラム扮する孝太はゲンさんとハチロウの叫び声を聞いて以降、思うところがあるのかずっと黙ったままだった。


 こちらも駄目そうだと見切りを付けアイは最後にゲンさんへ顔を向けた。ゲンさんは先程から居心地が悪そうにずっとそわそわとしていた。


「た、大変というか……もう俺には色々起こりすぎて何が大変で何が大変じゃ無いかよう分からんっ」


 ゲンさんは震え声ながらもきっぱりとそう言い切る。投げやりに聞こえるがこれがゲンさんの本心だった。


「つうより何でグラムがこんな場所にいんだ。それとハチロウも何でこいつのことで頭を悩ましてるんだよ」


 俺にはそのことの方が分からん、と腕を組む。すっかり我関せずの姿勢だった。

 そういえばゲンさんはグラムのこと知らないんだった。アイはゲンさんの態度を見てふとそのことに気が付いた。


 ゲンさんに事情を説明して良いか二人にちらりと視線を送る。しかしどちらもそれぞれ自分のことで手一杯のようでやはり返事は無かった。


 いつまでもことが進まない状況にアイはムッと頬を膨らませた。手始めに反応の無いハチロウのすねでも蹴飛ばしてやろうと勢いよく椅子から立ち上がる。

 丁度その時、トントンと再び部屋にノック音が響いた。


「やぁやぁハチロウ君。ちょっと聞きたいことがありますので、開けて貰って良いですか」


 外からくぐもった声が聞こえてくる。グラムはもちろんアイもその声に聞き覚えは無かったがハチロウとゲンさんはその飄々ひょうひょうとした喋りにすぐ察しがついた。

 商人セルである。


「なんでセルが……」とゲンさんがぼやくや否や先程まで無反応だったハチロウが顔を上げすぐに動いた。


「グラム、ちょっとここに隠れろ」と半壊から逃れた部屋の奥のキッチンを指さす。


「えぇあぁ、一体どういうことだぁ」


 状況が飲み込めずキョロキョロと視線を移すゲンさんの横でぬすりと巨体が立ち上がる。


「ごめんゲンさん。後で必ず説明するから。今はグラムと一緒に隠れてて下さい」


 おいハチロウ、と慌てるゲンさんの首に木の幹のような太い腕が回される。


「ってえ、ちょ、グラムっ」


「承知した」


 ハチロウとグラムはお互いの目を見て頷き合う。グラム扮する孝太にとっても下手に人に見つかり、いらぬ騒ぎを起こすのは避けたかった。


「ぴょえええええ」


 そしてグラムはゲンさんを引き連れ共にキッチンの影へと姿を消していったのだった。


「わたしはここに居て良いの?」


 二人が隠れるのを見送りアイが手持ち無沙汰に自身を指差す。


「もちろん。つか俺一人だけの方が不自然だからいてくれると助かる」


 分かった、とさっきの怒りは何処へやらアイはちょこんと椅子に座り直した。なんだかスパイ映画の真似事のようで少しワクワクしていた。


「ハチロウ君、そろそろ開けて良いですか?」と外から再び声が響く。


 ハチロウは玄関に近付きグルリと部屋全体を見渡した。グラムの巨体がここから見えないことを再度確認する。


 偶々なのか意図的なのかは分からないが、兎に角グラムがここにいることがバレたら大変なことになる。ましてや相手が勘の良いセルとなると孝太のことまでばれてしまいかねない。

 ハチロウは慎重に慎重を重ねて玄関の扉を小さく開いた。


「やぁやぁハチロウ君。お久しぶりです。最近調子はどうですか?」


 扉の細い隙間からこれまた線のように細い目の持ち主が顔を覗かせる。ハチロウやゲンさんには顔馴染みだったがアイは初対面だった。


「調子も何もこの終わった世界じゃ毎日なんも変わらねぇよ」


 ハチロウの投げやりな返しに、そんなこと無いですよ、とセルが首を横に振る。


「この前のロビンレース。大好評だったじゃないですか。いや~、あの時は楽しかったですねぇ」


 そこのアイさんの大活躍拝見させて頂きましたよ、とセルはハチロウを肩越しにアイに視線を送る。急に話を振られアイは驚きながらも小さく会釈を返した。


「何もないから皆で面白くする。それがこのゲームの醍醐味じゃないですか」


「それで用件はなんなんだ?」


 無駄話を続けようとするセルをハチロウは早々と打ち止めする。セルのペースに乗るつもりも隙を見せるつもり毛頭も無かった。

 おや、今日はつれないですねぇ、とそんなハチロウにセルは口振りだけは残念がる。


「借金のことなら今月の払いはこの前――」

「いえいえ今日はそのことじゃないんですよ」


 そう言いながら首を伸ばしハチロウの肩越しに部屋の中を覗き込もうとする。


「おいっ。勝手に見るんじゃねぇよ」

「おや見当たらないですねぇ」


 ハチロウの制止を聞かずにセルはマイペースに首を捻る。


「確かに先程ハチロウ君の友人であるゲンさんがここに入っていくのを見たのですが」


 その言葉に反応しハチロウはちらりと背後を伺った。アイも後ろを振り返るまではしなかったものの心なしか居心地が悪そうにそわそわとしている。

 余計なことを言われては堪らないとゲンさんにも一緒に隠れて貰ったがそのことが裏目に出てしまったようだ。


「あぁゲンさんならさっき確かに着たけど用があるつうんでログアウトしてったぞ」


 お前がゲンさんに用なんて珍しいなぁ、とハチロウは声のトーンを上げた。セルはそんなハチロウの顔をじっと見つめ口角を僅かばかり歪める。


「で、どんな用だったんだ。なんなら後で俺から伝えといても良いぞ」


「いえねぇ。どうにも彼が二人の決闘の話しを聞いた途端、血色を変えてここに走り込んできたという情報がありましてねぇ。何か知っているのかなぁと思いまして……」


 そして今気が付いたかのように中空を仰ぐ。


「そうそう知ってました? 何でもあのグラムさんが軍畑さんと決着を着けに帰ってきたみたいで、街中は今その話題で持ち切りなんですよ」


 そう言って細い目を更に細めるのだった。

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