二巻 10話 グラムとの和解 それからの問題
「なるほどな、そういうことか」
ハチロウは訳知り顔で手を顎に添え大げさに頷く。その横ではアイがしかめ面でハチロウを睨んでいたが、ハチロウはそれに気付く様子はない。
グラム扮する孝太はそんな二人の向かいに座り、ここへ来た時の険しい表情はどこへやら。今は安心しきった表情を彼らに見せていた。
ハチロウが目を覚ました後、孝太は部屋での破壊活動に対する謝罪とこうなった
ネットゲームに不慣れな孝太とてネットでのプライベートの扱いに理解が無い訳ではなかった。
そのため実名や地名への言及は避けたものの、話の都合上、自身の現状やこのアバターの持ち主である叔父さんが当時どのような状況であったかなど、かなり踏み込んだところまで話さざるを得なかった。
ただログアウトの方法を確認するだけでも良かったのだが、それだけで済ますには申し訳が立たない状況となっていたこと。
そして何より一時間にも満たない短い関わりであったがこの二人が信用に足りると孝太は直感していた。
「そうだよなぁ、俺ぁ最初から怪しいと睨んでたんだよ」
「あなた達なら話を聞いてくれると信じてました」
「睨んでたも何も白目向いて気絶してたくせに……」
関心を示す孝太の向かい、知ったかで鼻を高くするハチロウにアイがチクリと釘を刺す。それを聞いたハチロウの頬がピクリと強張る。
「しかもアイさんに限ってはこちらから言うまでもなく言い当てられてしまった。流石ゲームの頂点にたったギルドなだけあります」
「え、え、本当にそう思う?」
と、ギルドを誉められ目を輝かせるアイに今度はハチロウが横やりを入れる。
「いや、うちは大したギルドじゃあない。ラスボスに辿り着いたのも倒せたのも運が良かっただけだ。今や現役で残ってるのも俺だけだしな」
ちなみにここにいるアイは新参者、お前と同じ初心者さんだ、とアイの頭をポンポンと叩く。
アイはそんなハチロウの手を払いのけムッとした顔で睨んだ。
「ハチロウ、私に何か恨みでもあるわけ」
「恨みも何も先に野次を飛ばしたのはそっちだろ」
「私は本当のこと言っただけじゃん」
「じゃあ俺だってそうだ」
いがみ合いを始める二人に孝太は膝を叩き、笑い声をあげる。
「二人とも仲が良いんですね。いや本当安心しました。こういうゲームのトップの方々ってもっとピリピリしてるものだと思ってたので」
「仲が良いかは別としてあれだ。今更競う目的も理由もないこの世界ではそういった空気は皆無よ。皆のんびりしてるもんさ」
「今更ってことは昔は違ってたの?」
その答えに昔を知らないアイが疑問を口にする。ハチロウはそこに過去が描いてあるかのようにぼんやりと天井を眺めた。
「昔はなぁ。我先に塔の頂点へってそりゃあ凄かったよ。今じゃ考えられないかもしれないけどあの頃のノワールの必死さを見たらアイもビビるぞ」
あの時の熱は尋常なもんじゃなかったな、とハチロウは一人過去を懐かしむ。その奥で「叔父さんも」と孝太が胸に手を当てる。
「叔父さんも、いや、このグラムも相当色々なことをやってきたんですよね。塔の天辺を、いち早くクリアを目指すために……」
「ん~あの頃は仕方なかったというか。なんていうか……」
なぁ? とハチロウは頭をボリボリ掻きながらアイに答えを求めるが、もちろんそこに答えは書いていない。アイはアイで何か考えているようで顎に手を当てて一点を見つめていた。
そして閃いたとばかりにワンテンポ遅れて顔を上げる。
「何かあるんじゃないかな、叔父さんが必死だった理由とか」
アイは名案とばかしに二人を見渡す。しかし等の二人は何とも言えないといった表情を浮かべていた。
「理由ねぇ。ただ一番早くクリアしたかっただけじゃないか」
「僕もそう思いますけど」
表情同様に冴えない返事にアイ口を尖らせる。
「だからそのクリアを目指す理由が、だよ」
「目指す理由も何も」「ですよねぇ」
と尚も言いにくそうに顔を合せる。
そこでアイは二人と自分に根本的なズレがあることに気が付いた。その気付きがそのまま口からふっと飛び出る。
「あれ、もしかしてクリアを目指すのって当たり前なことなの?」
アイのその純粋な問いにハチロウも孝太も直ぐには答えなかった。
いや、答えられなかったという方が正しい。
それなりにゲームを
所謂ゲーマーかそうでないかということである。
二人にとってゲームでクリアを目指すということは当たり前のことだった。
だがアイにとってはそこに理由を求めるくらいの余地があったという訳だ。
あるいはこのズレは世代の違いかもしれなかった。
ハチロウはもちろんレトロゲーに触れていた孝太と、生まれてこのかたネットゲームにしか触れたことのないアイではゲームの目的すら違ってきてもおかしくなかった。
「これがジェネレーションギャップというやつか……」
「僕はハチロウさんの気持ちもアイさんの考えも分からなくないですけど」
頭の中にさまざまな感傷が流れハチロウは思わず頭を抱える。アイは「え、本当にそうなの?」とそんなハチロウと孝太の顔を交互に見比べていた。
孝太はそんな二人を見てただ苦笑いを浮かべている。
先程の台風のような騒ぎは何処へやら。台風一過の過ぎた後には何とも晴れやかな空気が流れていた。
「あ~もう、それはそうとあれだ。グラ…こう……えっと」
「孝太で良いですよ。本名ですけど」
「じゃあ孝太。お前はこれからどうすんだ?」
「そうですね、ログアウトの方法も分かったことですし、このまま立ち去っても良いんですが……」
そこで孝太は一旦口を切る。
「出来ることなら叔父さんがなんでこのタイミングでこのゲームを勧めてきたのか。その理由を探りたいと思ってます」
「そっか」
孝太の意思のこもった言葉にハチロウは短く頷きを返す。
理由に関してはプライベートなことなので深く踏み込む気はなかったが、これも何かの縁だ。この世界の案内ぐらいはしてやろうとハチロウは思っていた。
丁度その時、再びノックの音が部屋に響いた。
それはさきほど孝太が行った地鳴りが響くほどのものではなかったが、感覚が短くひどく焦っているように感じられた。
三人が腰を上げるより早く扉がガチャリと開かれる。
「大変だハチロウっ」
扉が開くとゲンさんが転げるように飛び込んできた。
「ってここも大変なことになってるじゃねぇかぁぁぁ」
そして部屋の大惨事を見るなり今度は飛び上がった。何とも忙しない。
突然の事態にキョトンとするハチロウとアイを余所に孝太がのっそりとゲンさんの前に立ち塞がる。
「俺が破壊したのだ。申し訳ないことをした」
「しかもそうだった。グ、グラムっが……」
声をかけられたゲンさんがガクガクと震えながら後ずさりを始める。再びログアウトされてしまう前にハチロウはゲンさんの首根っこを掴んだ。
「ゲンさんっ。グラムはその大丈夫ッスから。何があったんですか」
「そうだ、何があったか話して貰おうか。洗いざらい全てな」
「ぴょ、ぴょぇぇぇぇぇぇ」
ドスの効いた孝太の台詞にゲンさんは堪らず悲鳴を上げる。じたばたと手足を暴れさせ必死に逃れようとする。
「お前分かってやってるだろ。少し黙っててくれ」
ハチロウの注意に孝太は舌を出して小さくウィンクした。歴戦の軍曹であるその顔では茶目っ気はなくむしろ不気味なだけだ。
「ゲンさんもっ。別に俺ら危害加えられた訳じゃないッスから」
「こ、こんな部屋の状況見てそんなもん信じられるかっ。お、お前ら脅されてるんじゃないのか? 」
じたばたするゲンさんを見てアイは「本当に怖がられてるんだねぇ」としみじみと感想を述べた。「そうみたいなんです」と孝太も肩をすくませる。
ハチロウとは違いこっちは呑気なものだった。
「あぁもうとにかくゲンさん一旦落ち着いて下さい。事情を、事情を話しますからってうぉっ」
その時、取り押さえようとするハチロウの顔にゲンさんの腕がクリーンヒットしそうになった。
しかしそのままぶつかると思いきやそうはならない。
街中での戦闘行為は禁止されているためゲンさんの拳は何かにぶつかったような音を立て中空に停止したのだ。
あの時のグラムの拳も掠めるのでは無く積極的に当たってさえすればハチロウもあのような失態を晒さずに済んだのかもしれない。
「ほらゲンさん。何があったのか話してくださいよ」
戦闘禁止の表示を見てゲンさんも少し冷静さを取り戻した。
どんなにグラムが恐ろしかろうと街の中にいる限りは危害が加えられないことに気が付いたのだ。あくまで街の中限定ではあるが。
それに加えゲンさんの用事が目の前の張本人。グラムに関することだったという点が大きかった。
「おうおう、そうだよ。お、お前、この野郎、こんなとこで油売ってていいのかよ。街中お前らの話題で持ち切りだぜ」
ゲンさんがハチロウを隠れ蓑にグラムに唾を飛ばす。台詞の威勢は良いが声は脅されたかのように震え返っていた。
話題? とその言葉にグラムだけでなくその場にいた二人も反応を示した。
グラム扮する孝太は心当たりに頭を巡らせていたが、残りの二人はこの時になって初めてしばらく外の様子を伺っていないことに気が付いたのだ。
「いったい何があったんすか?」
ハチロウの呑気な問いかけに「うんうん」とアイも頷く。黙ったままでいるグラムに
「だーかーら、今街中はお前が
「決闘ぉぉぉっぉぉ!?」
ハチロウは高速で首を回しグラム扮する孝太を振り返った。
アイはもちろんのこと、孝太もまたハチロウの大げさなリアクションにただただ困惑顔を見せるばかりだった。
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