二巻 7話 ぽんちょぶお遣い編 その2
そうしてぽんちょぶはおずおずと噂の内容を話始めたが、その時点では特に問題は発生しなかった。
ぽんちょぶ自身は話している最中も彼らの
もっとも「噂は何処で聞いたのか」と訪ねられた時はさすがにぽんちょぶも己の
彼らがそんなぽんちょぶの苦渋の選択など露知らず、あっさりとそれを信じ込んでしまっていた。
ぽんちょぶとしては少々拍子抜けである。
そうは思いつつも本来小心者の身である上に先ほどの油断を踏まえ、たぷんたぷんと震える体は一向に止まる気配を見せなった。
問題が起こったのはその後、ぽんちょぶが一通り話終えた後のことだった。
「えっとい、以上です。はい」
ぽんちょぶは正座したまま体を小さくする。
隣に座る
二人はさきほどと変わらず静かに黙ったままでいる。何を言っても大した反応が返ってこないことにぽんちょぶは逆に不安を抱き始めていた。
何かアクションを見せてくれればそこから推測も出来るものだがそれが一切無いのだ。
ぽんちょぶはいまだに自分が呼び出された理由が分からないでいた。
セルの意図もこの二人の意図も分からない。手繰り寄せるべき糸も垂らされる救済への糸も無い状況にぽんちょぶは今更ながら、街で詳細を聞かなかったことを後悔する。
何だか分からないが話終えたしこのまま帰って良いのだろうか、とぽんちょぶがおずおずと腰を上げようとしたそのとき、隣の軍畑がかっと目を見開いた。
「親分ついにこの時がやってきました。どうか俺にあれの使用許可を下さい」
軍畑は正座のままノジールに向き合い、あろうことか土下座をしたのだ。言葉を言い終えると共にゆっくりと顔を上げ、ノジールの顔をひたすらに見つめる。
ノジールもそれを受け、悩むように腕を組んでいた。
突然の変化にぽんちょぶも上げかけた腰を再び下ろさざるを得なかった。
そうして、その緊迫した空気のまま今へと至るのである。
♯
ぽんちょぶはこれまでの経緯を思いだし、ちらりとシステムで時間を確認した。
軍畑が最後に言葉を発してからすでに10分近く時間が経過していた。
セルの頼み事を受けた際、ぽんちょぶの脳内をバイトのことがちらりと頭を過っていた。
しかし今はそのことが頭に鮮明に浮かび離れなかった。
ぽんちょぶは息を呑む。バイトの時間が迫っていたのだ。
ゲームをしていてバイトを無断欠席するなど、世間的にもぽんちょぶの金銭的にも大問題だった。
一回の欠席が目の前の仕事と目の前の食事を奪い去るかもしれない、そう思うとぽんちょぶの体はまた別の理由で波を打つ。
ぽんちょぶは意を決して二人に進言を申し出ようとした。しかし、いざ二人の間に流れる重苦しい空気に触れるとその気持ちは簡単に萎れてしまう。
ぽんちょぶはそんなことをかれこれ十回ほど繰り返していた。
本人の中では激しい一進一退の戦いが繰り広げられているのだろうが、前の二人同様外から見ると停滞しているようにしか写らない。
ぽんちょぶは仕方なしにちらりと軍畑の顔を確認し、それからノジールの方を見た。
ぽんちょぶは先ほどからノジールが寝ているのではないかと疑っていた。しかしこの際寝ているのならばそれで良いとすら思い始めていた。
(いっそのことイビキの一つでもかいてくれればこの状況は打破出来るのに)
自身で動く勇気のないぽんちょぶは、結局のところモジモジとしながらひたすらに現状が変化することを願い続けるしかないのだった。
♯
しかし一方のノジールはというと、ぽんちょぶの思いとは裏腹に決して寝ているわけでは無かった。
さてどうしたものか、と今も真剣に悩み続けていたのだった。
今日は朝から髭の撫で付けの調子が良くなかった。こういう日は大体良くないことが起きる。これはノジールの長年の経験からくる予感だった。
そしてその予感は見事に的中していた。
奴が何の音沙汰もなく突然帰ってきたのだ。
噂を耳にした時点で飛び出そうとする
それでも「奴が来た理由が分かるまでは動くな」となんとか説き伏せ、軍畑の足をここに止めさせていた。
それが単なる時間稼ぎにしかならないと理解しながらも。
『するな』と禁止するならばそれで終わる。しかしノジールの行ったのは所詮『待て』という指示に過ぎなかった。
餌を前にした犬の如し、『待て』は『よし』を受けるまでの待機に過ぎない。
挙句の果て軍畑はここに証人を招く、というよりは誘拐するという暴走を見せた。
理由が分かるまでと言ってしまった手前、話を聞かないわけにはいかず、こうして今の状況を生んでしまっていた。
このまま答えを延ばしても軍畑は決して折れんのだろう、とノジールは軍畑へと目を向ける。
軍畑は土下座の姿勢から顔を上げたままじっとこちらを見ていた。その姿はまさに餌を前にした犬のようだった。
犬か、そう言えばやつとこいつは昔から犬猿の仲と
もっとも軍畑は犬といっても狂犬で、向こうは猿といってもゴリラであったわけだが。
それだけに二人がぶつかった際の衝撃ははかりしれなかった。辺りは焼け野原となり誰も手もつけられないほどだった。
そんな当時を知っているからこそ、ノジールとて軍畑の決心を理解していないわけではなかった。今も視線を通してその熱意がひしひしと感じ取っている。
しかしだとしてもだ。物事には何事も限度というものがあるのだ。
ノジールはその計画を聞いたとき、あり得ない話だと思わず許可してしまっていた。そのことを今更ながらに後悔する。
許可さえおりれば純粋な軍畑が着々と準備を進めるだろうこと。そこまではノジールも予想が出来ていた。
想定外だったのはこうして突然、奴が前触れもなく帰ってきたこと。
そして何より軍畑が早々にあるリスクに
どちらかが欠ければ何も問題は起こらなかった。
だが両者が揃ってしまった今、事態は非常に不味いこととなってしまっていた。
二人の衝突は避けられない。計画の方も許可を出してしまった手前、無下に取り下げさせるわけにもいかない。
いかないわけにはいかないが、この問題は軍畑だけで留まらないのだ。
このまま事が進めば軍畑だけではなくギルド『ノワール』の
どうにかならんものか、とノジールは眉間に皺を寄せる。
しかしいくら考えようとも出口を失った迷路のように、その答えを見つけ出すことは出来ないのだった。
こうして軍畑が秘策の許可を待つ中、ぽんちょぶは脱出への、ノジールは解決への糸口をそれぞれ求めていた。
それらの運命の糸は妙な具合に絡まり合い、さながら囚われた蝶のように身動き一つ取らなかった。
だが動かないとしても時間が止まったわけではない。
三人がこうして停滞している最中にも、糸を外から巻き取らんと運命の歯車を強引に押し進める人物がいた。
彼らはまだその存在に気付かない。いや、少なくともぽんちょぶは気付いていても良いはずではあったが。
このときぽんちょぶは自身が歯車の一部としてすでに回っていると気付くほど、頭の方はそれほど回っていないのであった。
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