二巻 6話 ぽんちょぶお遣い編 その1

(ぴょえぇぇぇぇぇ)


 時を同じくしてまったく別の場所で同じ声を上げそうになったものがいた。だが今度は流石に心の中に必死に押さえ口に出すことはしなかった。

 ぽんちょぶといえど場所を分もわきまえる程度のことは出来たのである。

 とはいえ自身の居所の無さに肩を震わせ身動ぎすることは止められていなかった訳だが。顔を伏せたまま、体の振動が彼らに伝わらないことを祈るばかりだった。


 下手な発言や行動が自身の死に直結しそうな雰囲気を前にし、ぽんちょぶはいち早くこの状況が終わることをひたすらに願っていた。


 ちらりと顔を上げ彼らの様子を伺う。

 ぽんちょぶの正面にはギルド『ノワール』のギルドマスター、ノジールが鎮座ちんざしていた。

 大柄なトドを思わせるその巨体は目の前に座られるとまるで山を相手しているようだ。

 今そのノジールは静かに目を閉じ、腕を組んだまま身動き一つしない。もしかしたら寝ているのかもしれないとぽんちょぶは心配になる。


 状況の変化が見られないまま、今度は視線を横に向ける。

 ぽんちょぶの真横、そこには同じくノワールの斬り込み隊長こと軍畑いくさばたの姿があった。

 ツンツン頭に小さな丸いサングラスがトレードマークだが今はそのサングラスを外し、裸眼の真剣な眼差しをノジールに注ぎ込んでいる。背筋をピンと伸ばし正座の姿勢を崩そうとしない。


 ここはギルド『ノワール』の本拠地内に設けられた広間の一室だった。

 一室といっても大型ギルドだけあってその広さは計り知れない。和を思わせる板張りの床はどこまでも続いており、中心部のみに明かりが点る今の状況では奥の方は暗がりにまみれ端まで見渡すことができない。


 現在そんな広間にはノジール、軍畑、ぽんちょぶの三人のみが存在していた。

 一つ高い段の床に置かれた座椅子にノジールは腰を落とし、そのノジールを頂点とした二等辺三角形を築くように二人が向かいに正座していた。

 外には人の気配はなく、ここでは何らかの密談が設けられているものと見受けられた。


 しかし、そんな雰囲気の中で言葉を発するものは誰もいなかった。広間に灯されたロウソクの炎だけが焦れるようにゆらゆらと揺れている。

 その炎に横顔を照らされながら、どうしてこのような事態になったのか、ぽんちょぶはこれまでの経緯を思い出す。



 ♯



「ではよろしくお願いしますよ」


 ことの発端はやはりセルに頼まれたお遣いだった。

 ぽんちょぶ自身、ギルド『ノワール』との商談はすでに数回経験があり、今回のセルほどに緊張するものでもなかった。道もマッピング済みなので迷うことなくトテトテと歩みを進める。


 これがただのお遣いではないこと位はぽんちょぶといえど薄々勘付いていた。

 ぽんちょぶほどの熱心なファンであればことの真意をはからずとも、その表情を見ただけで十分に理解することができたのだ。

 そのため自分の身に何か降りかかるかもしれない、そんな予感がぽんちょぶの中に無いわけではなかった。


「ふっふふ~ん、師匠のお使い、師匠のお遣い♪」


 しかしそのときのぽんちょぶはそんな不安など重石にならないというように足取りは軽く、刻むステップは高く舞い上がっていた。

 そう、舞い上がっていたのである。このときのぽんちょぶは有頂天となりすっかり浮かれこんでいた。


 憧れのセルとに初商談というだけでは終わらず、そのセルからの直々の頼み事。これは脈あり、見込みありに違いないとぽんちょぶは思い込んでいた。

 実際はたまたま目の前に都合の良い人物がいたからに過ぎなかったわけなのだが、憧れの存在からの依頼にぽんちょぶの考えがそこまで回るわけもない。


 とにかくその時のぽんちょぶのテンションは凄まじく、それは商談前に誤って迷い混んだ露店通りへと自ら進んで向かえるほどだった。


「あの、さきほどはその、突然消えてすいませんでした」


 出店の建ち並ぶ通りを進み、道中で声をかけた亭主に頭を下げる。その辺ぽんちょぶはとても律儀だった。


「それでグラムさんの噂なんですが、僕聞いたところによると……」


 そして謝るついでにと、セルから依頼された内容を追加して噂を広げた。亭主も周りにいた人々も興味ありげに耳を傾ける。

 実のところ、ぽんちょぶはセルの追加した噂の内容を理解できていなかった。任務を円滑に全うするため、これを話すことでどんな反応が返ってくるのか一度確かめたかったのだ。


「やっぱりそうか。なんで今なのかは分からないけど、戻ってくるとしたらそれしか考えられねぇわな」

「いや~、私はこのままうやむやに終わるのかと心配だったよ」

「ついに決着が見られるって訳か」


 ぽんちょぶの話の受けは上々だった。それを聞いた誰もが納得といった表情でうんうんと頷いていた。どうやらセルの追加した噂は意外なことではなく、ごく普通なことらしかった。


「そうなんですよ、そうらしいんですよ」


 ぽんちょぶも満足げに首を大きく縦に振る。

 この噂話が確認の意味や意図的なものが含まれていたにしろ、聞いた人が喜んだくれて嬉しくないはずかなかった。更には話題の中心に自分がいるのだ。

 舞い上がったぽんちょぶのテンションは上がる一方、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。


「――ということみたいなんですよ」


「へ、へぇそうなんやなぁ」


 それ故にぽんちょぶは不安の種をすっかり忘れ油断しきっていた。お使いを終えたノワールの軒先で同じように噂を披露する。そのとき交渉役のお姉さんの顔が微妙にひきつったことに、ぽんちょぶはまるで気付きもしなかった。


「ついにその時がきたって感じですよね」


 寧ろ相手が喜んでくれていると勘違いし、意気揚々と喋り倒していた。ぽんちょぶは以前からこのお姉さんに若干の好意を抱いていた。ぽんちょぶが計算高くないにしろ、好きな相手に対して自分を大きく見せたいのは男のさがだった。


「決着が見られるのは嬉しいですよね、ってあれ」


 ぽんちょぶがやっとのこと違和感に気付いたのはすでに長々と聞き知った感想を並べた後のことだった。さっきまで下から見上げていたお姉さんの顔が真正面にあったのだ。


 もしやお姉さんに抱え上げられたのでは、とこのときぽんちょぶのテンションはウナギ登り、青天井を突き抜けんばかりだった。この動きにくいマスコットのような丸い体を選んだ意味もあったというものだと思った。


「お、お姉さんその」


「堪忍なぁ、ぽんちょぶ君」


 顔を赤くするぽんちょぶにお姉さんは正面で両手を合わした。

 あれ? とぽんちょぶは思う。お姉さんの手は今自分の両脇を優しく包み込んでいるはずなのに、と。

 ぽんちょぶは首を振り左右を確認した。両脇にはお姉さんの優しい手はなく、代わりに屈強な黒服二人が自身の腕をがっしりと固めていた。


「ちょっと兄さん達がなぁ、奥でその話聞きたいそうなんよ」


「え、えっと?」


「せやから、ちっと行ってきてなぁ」


「お、お姉ぇぇぇぇぇさぁぁぁぁぁん」


 お姉さんの有無を言わさぬ笑顔を最後にぽんちょぶはそのままノワールのホームへと連れ去られていった。ぽんちょぶの悲痛の叫びが軒先に木霊する。

 その声に道行く数人が何事かと視線を向けた。しかしお姉さんに微笑み返されると何も見なかったというようにそそくさとその場から去っていくのだった。


「ぽんちょぶ君には少し可愛そうなことしたかなぁ、でも兄さんの指示やしなぁ」


 人通りが穏やかになったのを認め、お姉さんはぽんちょぶの消えた先を心配そうに眺めた。


 ギルド『ノワール』もグラムの噂は確かに小耳に挟んでいた。だが動機に関しての情報はこれが初耳だったのだ。

 とはいえ、その情報源も確かなものではなく結局は噂に過ぎず、それを偶々持ってきただけのぽんちょぶを無理矢理連行するのはどうにも機を焦りすぎている気がしていたのだ。


「ん~それにしても今の、何かに似てたんやけどなんやったけかなぁ」


 しかし心配ではあるものの、お姉さんの関心はぽんちょぶの身よりもっと別のところに向いていた。さきほどの光景を思い浮かべる。


 両脇から抱え上げられ、足を浮かせたまま平行移動するぽんちょぶの姿。その光景に見覚えがあったのだ。

 それはこういうときによく例に上がる、捕まったエイリアンにも似ていなくも無かったが、何かもっとピンとくる答えがあるような気がしていた。


 餅のように丸い体、持ち上げられてからの平行移動、両側から押さえられて少し歪んで……


「あぁ、分かった。ゲームセンターや」


 連想ゲームの結果、お姉さんは納得とばかりにポンと手を叩いた。確かに言われてみれば、運ばれていくぽんちょぶの姿はクレーゲームの景品そのものだった。


「あ~すっきりした」


 お姉さんは喉の骨が取れたように一息付いた。そしてその時にはぽんちょぶの心配などすっかりと忘れてしまっていた。



「ぷひょんっ」


 一方クレーンゲームの商品もとい、ぽんちょぶが運ばれたのは暗がりの広間だった。入り口から乱暴に放り投げられる。

 ぽんちょぶの丸い体は勢い余ってくるりと回転しそのまま床に突っ伏した。


 頬に伝う冷たい床の感触にぽんちょぶは顔を上げる。さっきまでのテンションは今やがた落ちだった。なぜ自分がこんなことに巻き込まれたのかと涙が出そうになる。


 可哀想な気もしないでもないが、油断していたぽんちょぶ自身にも原因があるためなんともいえない。つまるところ、浮かれ立ち飛ぶ鳥を落とす勢いで舞い上がった手前、撃ち落とされたのは自分自身だったというわけである。


「ひっ」


 さらに奥にいる二人を確認し、ぽんちょぶのテンションは高所から落下した分強く地面にめり込み、マイナスへと加速した。全身がガクガクと震え、ぽんちょぶの柔らかな体に伝わりスプーンでつつかれたプリンのように波打つ。


「話は立飛たちひのやつから聞いている。お前かその噂をもってきたやつは」


「こら軍畑いくさばたよ、そう慌てるでない」


 どちらとも初対面ではあったがぽんちょぶはもちろん二人のことを知らないはずがなかった。


 ギルドマスター、ノジールに斬り込み隊長、軍畑。

 実質ギルド『ノワール』のツートップである。


 自分はそれほどの大物に呼び出されるほどに地雷を踏み抜いたのか。ぽんちょぶは身震いしながらセルの依頼を思い出す。

 依頼には確かにいくらか駄賃が積まれていた。それにあのセルの表情。何も無いとは思わないわけではなかった。

 それため慎重を期し、事前に露店通りに出向き感触を確かめたのだ。


 街行く人はただ頷くだけの情報のどこに彼らに触れるものがあったのだろう、とぽんちょぶは頭をひねる。

 その時「ついに決着が見られるって訳か」とふとある住民の感想が頭を過った。


 決着? 解決でも終了でもなく決着。つまりは何かを決するという……


「さてぽんちょぶとやら、少しは落ち着いたかの」


 ノジールの一声にぽんちょぶは冷や水を浴びせられたように我に返った。

 ノジールの口振りは軍畑に比べ幾分柔らかい。しかしその視線はどちらも同じぐらい鋭くヒリヒリとぽんちょぶの肌を焦がしていた。

 ノジールがゆっくりと己の顎髭を撫で上げる。


「突然の無理な招待申し訳ないが、この若いのにその噂話をちょっと聞かせてやってくれんかの」


「は、はいぃぃ」


 この時ぽんちょぶは確かに何かを閃きかけていた。しかし、その思考はノジールの重い一言にあわく吹き飛んでいってしまった。

 推測より何より、今は自分の身の方が大切だった。

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