二巻 5話 アイの感想 そして訪問者

「それでシャーって姿を消したの。きっとざくろちゃん恥ずかしくなっちゃんだよ」


 すっごく可愛かった、とそうしてアイはざくろちゃんとの出会い話を締め括った。

 説明する毎にシーンを身ぶり手振りで熱演していたため、今や走り終えたランナーのように頬を赤くして軽く肩で息をしている。


 もっとも、そんなアイの完走もとい感想を前に二人が聞いたのはアイの主観による解釈と演出が多いに盛られたものだったわけだが。説明はシャッキーンだのキラーンだの擬音にまみれ、肝心な感想の方もそのすべてが『格好良かった』と『可愛かった』に集約されていた。


「そっかぶっきらぼう系なのかぁ、くぅ」


 それでも伝わる人には伝わるのかハチロウの横で聞き終えたゲンさんが拳を握りしめ奇声を上げていた。


「そう、ぶっきらぼう。ちょっと怖い感じの」


 アイがすぐさま同意する。


「でも恥ずかしくなって姿を消しちまったと」

「そうそう」


 二人は目を合わせうなずき合う。


「きっとあの口調も強く見せようと無理してるんだよ」

「つまりぶっきらぼうさは恥ずかしさへの裏返しってわけか」

「シャイだねぇ」

「奥ゆかしいとも言えるな」


 そして最後に二人揃って「ざくろちゃん可愛いぃ」とハモリ声を上げた。どちらの顔も変質者が裸足で逃げ出すほと良い感じにとろけきっていた。


 二人が大いに盛り上がる一方、その横で相変わらずハチロウは蚊帳の外だった。ブンブンと内輪で騒ぎ立てる二匹を煙たそうな目で眺める。

 ハチロウは二人と違い『ざくろちゃん』のことをあまり良く思っていなかったのだ。

 頬杖をついた手を入れ換えわざとらしくため息を吐く。


「どうしたよハチロウ? つまらなそうな顔して」


 そんなハチロウにゲンさんが蚊帳の中から声をかける。


「もしかしてまだアイちゃんとの喧嘩を引きずってるのか?」


 それを聞いたアイがムッとハチロウのことを睨む。ハチロウは違う違う、と手を扇のようにヒラヒラと振った。


「ゲンさんは今のアイの話聞いて何も思わなかったんスか」

「はぁ、そんなわけねぇじゃねぇか」


 ハチロウの問いかけにゲンさんは鼻息を荒くする。


「ぶっきらぼうで恥ずかしがりや……つまりはそう、あれだ。『ツンデレ』属性ってやつだな」


 そしてなぜか顔を赤らめながらそう答えた。


 どうにも伝わりそうにない、ハチロウは言い方を変えようと頭を掻く。


「いやそういうことじゃなくて。どうにも胡散臭いというか怪しくないッスか、そいつ」

「そう言われてみりゃ……確かに怪しいかもな」


 その意見にゲンさんは同意してくれた。腕を組んでうんうんと頷く。


「そうそう、どう見てもこいつ怪しいッスよ」


 なんとか想いが通じてハチロウは安堵する。

 だか、それも束の間ことだった。


「あぁ、ツンデレでもありミステリアスでもあるな」


 そこに気付くとはさすがだな、とゲンさんは目を光らせた。ハチロウはこれ以上は無駄だと諦め、ゲンさんから視線をそらした。


「ハチロウは私の話の何がそんなに気にくわないわけ?」


 代わりにと今度はアイが机越しにハチロウの顔を覗き込んでくる。顔には話を折られたことによる不満の表情がありありと浮かんでいた。


「気にくわないんじゃない、俺はただ気になるだけだ」

「じゃあ何がそんなに気になるの?」


 ハチロウは体ごとアイの方へと向き直った。机を挟んで身を乗り出す二人はまるで取り調べを行っているようだ。


「アイ、ざくろちゃんは確かにここ、グースへの帰り道を指したんだよな?」

「そうだよ。じゃなきゃ帰ってきてないよ」


 アイは当然とばかしに断言する。


「じゃあやっぱり変じゃないか。なんでざくろちゃんはここが分かったんだ?」

「それはギルドも私もそこそこ有名人だし、知っててもおかしくないじゃないの」


 ハチロウの意図が分からずアイは言いよどむ。大胆な言い様のようだが、ギルドはもちろんのこと、数年ぶりの来客者でありレースで活躍したアイも今ではそれなりの有名人だった。

 その意見にハチロウは首を横に振り口を尖らせる。


「違うそうじゃない。仮にアイや『悠久の黄昏』のことを事前に知ってたとしてもだ。なんでざくろちゃんはアイの帰るべき場所、つまりは『悠久の黄昏』のホームがグースにあるって分かったんだ?」

「それは誰かから聞いたとか偶々見つけたとか……」


 そう言いかけてアイはハッとする。ハチロウはそういうことだと、アイに頷き返す。


「そう、ざくろちゃんは街に現れないし誰ともつるまない。それは日々回ってる『ざくろちゃん情報』で周知の事実だ。だからこそ、ざくろちゃんがこのホームの場所を知ってるのは不自然なんだよ」


 ハチロウの推理にアイはおぉ、と感嘆の声を上げる。そんなアイを見てハチロウは鼻を鳴らし、その鼻をぐいぐいと高くした。


「そんなにおかしいことかぁ?」


 だがその推理に疑問を投げ掛ける人物がいた、ゲンさんである。


「別にアイちゃんのこともこのギルドのことも知ってたんなら、この場所だって知っててもおかしくねえんじゃねぇか」


 特に隠してる訳でもないだろうに、と訴えるゲンさんにハチロウは咳払いをする。


「ゲンさん、うちのギルドは確かに有名だったのは認めますけど、『エピローグ』に入ってから一旦引っ越してるんすよ、それを知ってる人なんてほとんど居ないんすよ」


 知ってるはここにいるゲンさんとノワールの連中くらいッス、とハチロウは持論を展開する。


「それは知ってるけどよ。じゃあ聞くが引っ越す前と引っ越した後でどっからどこに移動したってんだよ」


 雲行きが怪しくなりハチロウの視線がだんだんと横に流れていく。それに合わせるようにしてアイの眼差しがハチロウに突き刺さる。


「それは……グースからは移動してないッスけど」


 だろ、とゲンさんは勢いづく。


「じゃあ、『テイルズ』の時から『悠久の黄昏』はずっとグースを根城にしてた訳だ。だったらざくろちゃんがアイちゃんみてぇにそれをゲーム外から仕入れてたとしてもなんも不思議じゃねぇだろ」


「そうなのハチロウ?」


 ゲンさんの念押しにアイが純粋に問いかける。その無邪気さが今のハチロウには痛かった。


「そう……かもな」


 ハチロウが口重く言葉を紡ぐ。その声には負け惜しみが十二分に含まれていた。


「ぴょえぇぇぇぇぇ」


 ちょうどその時、玄関の外からピヨスケの声が響き渡った。このピヨスケは二人の飼っている『雛ロビン』というモンスターの名前で、アイがその名付け親だった。


 ピヨスケはゲームのシステム上、乗り物としての利用価値はあるにはあるのだが、飼われて以来その用途で使用されたことは一度もなく、今では完全な軒先のペットとして扱われていた。


 三人がピヨスケの声に気付き顔をそちらに向ける。すると続けざまにドンドンという大きな音が響き建物が大きく揺れた。テーブルの上のカップもカタカタと音をたてる。


「地震? じゃねぇよな……」

「地震ってここはゲームの中ッスよ」


 ゲンさんとハチロウが困惑の声を上げる。そんな中でアイがまっすぐと玄関を指差していた。


「ハチロウ、だれかお客さんが着たんだよ」


 私出るね、とアイは制止も聞かずに玄関へと向かっていく。建物の揺れはすでに収まっていた。


「もしかして今のは扉のノックか」

「みたいッスけど、いったい誰が……」


 まぁすぐに分かるか、とゲンさんとハチロウは頷き合った。このときは大事になるなど思いもよらず事態を楽観視していた。


 アイは扉越しにその相手と何やら話してるようだった。ゲンさんはそれを眺めながらハチロウに問いかける。


「なあハチロウ? お前はざくろちゃんを良く思ってないみたいだがなんかあったのか?」

「そういうゲンさんこそどうなんすか? そんなに熱上げて」


 アイドルより釣りじゃ無かったんスか? とハチロウが聞くとゲンさんは何故か顔を赤くする。


「ば、ばっか。アイドルだなんて……ざくろちゃんはそんなんじゃねぇよ」


 そしてテンパった声でそう答えた。ハチロウはそんなゲンさんをうろんだ目で眺める。


「俺のことは良いじゃねぇか。そんなことよりハチロウ、お前はざくろちゃんのことどう思ってるんだ?」

「どうって……」


 そう言われハチロウはテーブルに頬杖をついた。確かにハチロウはざくろちゃんのことをあまり良く思っていなかった。いや良く思っていないというよりは怪しんでいた。


 アイに続いてこの世界に訪れた来訪者。ざくろちゃんはそう唄われていた。

 アイに関してはそのプレイイングや言動からこのゲームに対して本当の初心者であることはハチロウには分かっていた。

 しかしざくろちゃんに関してはどうだ。姿を表さず黙々と狩場を歩き回りレベルを上げ続けるあの姿勢。とても初心者とは思えなかった。


 ハチロウはざくろちゃんのある可能性を疑っていた。そして、その可能性は普通に考えたら理にも敵わず無意味も良いとこなのだが、生憎それを突き進んで実行する物好きなにも心当たりがあった。


「ゲンさんあまり思い入れしない方が良いと思うッスよ」

「はぁ、どういうことだよ」


 ハチロウがため息混じりにゲンさんにアドバイスを送っていると、どうぞ、というアイの声が聞こえた。家に客を招き入れたようだ。

 ガチャリと扉が開く音がする。


「ようこそ、『悠久の黄昏』へ」


 アイが笑顔で客を出迎える。何を話していたのか声が楽しそうに弾んでいた。

 二人は来客を確認しようと顔を上げた。自然とその顔がひきつる。


「ふむ、さすが期待通りだな。今までのやつらとは違いまったく動じないとはな」


 赤いたてがみに岩石のような屈強な筋肉に覆われた長身。それは知らない人などいない伝説級の存在であり、街中を騒がしているかの人物であった。


「ぴょえぇぇぇぇぇ」


 その時再びピヨスケがあの情けない鳴き声を上げた。しかしその声は一羽ではなく、三羽分聞こえたという。

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