二巻 3話 噂のざくろちゃん
「ざくろちゃん……ねぇ」
ハチロウはテーブルに肘をつき、一人ため息を付いた。
しかしそんなハチロウの発言は誰に拾われることなく二人の会話の嵐の中に紛れ、かき消えていく。
反応の返ってこない今の状況を確認し、ハチロウは再びため息を付くのだった。
ゲンさんの介入により、ハチロウとアイのいさかいは無事解消されていた。とはいってもゲンさんは二人に交互に理由を訪ねただけで特別何か変わったことをしたわけではなかったが。
ただそれが出来ないほど、二人の精神が未熟だったという訳である。
元に二人はお互いに非があることを認めはしたものの、決して謝ろうとはしなかった。
気まずそうに顔を反らす二人にゲンさんは小言の一つでも言ってやろうかと思っていた。だがそんな思いも、とりあえずと聞き始めたアイの話を前にどこぞへと吹き飛んでしまっていた。
「本当に本当に噂のざくろちゃんだったんだな」
「うん、あれはざくろちゃんで間違いないよ」
興奮気味のゲンさんの問いにアイが確信の眼差しで答える。
「くぅ~羨ましいぜ」
そしてゲンさんは思わず握りこぶしを作り吠えたける。ハチロウはそんなゲンさんを見てまた一つため息を増やすのだった。
アイがハチロウに隠していたサプライズ、それは散歩の途中で噂のざくろちゃんに遭遇したことだった。
このゲンさんが思わず興奮してしまうほどの存在、通称『ざくろちゃん』はここ数ヵ月、この世界を最も騒がしていた話題のプレイヤーだ。
今現在、人々の一番の関心は『グラムの帰還』や『路地裏のカーテン男』へと移りつつあったが、この三人は知るよしもない。とにかく暇をもて余すダイアフラグにとって、目撃情報が出るだけで騒ぎになるほどの話題性を持っていた。
♯
『ざくろちゃん』が最初に発見されたのは初期ステージの森の中だった。
目撃者はクックロビンを捕獲しようと初期ステージをさ迷っていたプレイヤーの一人だった。森の奥から何度も武器を振るう音が聞こえ、何事かと草むらから顔を出すとそこに踊るように両手の短剣を振りかざす一人の少女の姿があった。
おかっぱ頭に和服姿という日本人形を思わせる格好と短剣の舞に、そのプレイヤーは森の妖精にでもあったかのように一時見とれていたが、すぐにある違和感に気付いた。
少女はすでに数十回と武器を振るっていたるのに関わらずモンスターは一向に倒れる気配が無かったのだ。
以前に説明した通り、この世界に残った住民のほとんどがカンストしているかそれに近いレベルを誇っており、初期ステージに限っては一撃で倒せなければおかしかったのだ。
そのプレイヤーは目を細め、その少女の名前とレベルを表示しようとした。しかしその際、誤って枝を踏み鳴らしてしまった。
「おい、君」
そのプレイヤーが声をかけたときにはすでに手遅れだった。
少女は音がするやいなや、森のさらに奥へと身を隠してしまったのだ。追うことも出来なくなかったが、そのプレイヤーは確認したレベルに衝撃を受け呆然としてしまっていた。
『ざくろ:レベル8』
数年ぶりにこの世界を訪れたアイと同等のレベル。
つまりそれは新たな住民の到来を意味していた。
その情報は瞬く間に拡散され、多くの人々に驚きと喜びを生んだ。
何も生まない終わってしまった世界にアイに続いての新たな住民。街は一時お祭り騒ぎとなった。
『ようこそ、ざくろちゃん』
歓迎の横断幕は街の至るところに掲げられ、少女の登場が今か今かと待たれた。
しかしそんな歓迎も空しく、結局少女が街に現れることはなかったのである。
この事に人々は落胆すると共に、一つの危惧を抱いた。
この世界は終了を迎え、それでも尚続いていくことで他のゲームとは違う、ある種のノリと一体感が生まれていた。少女がそれに付いて来られずに引いてしまったのでは無いかと考えたのだ。
いくらなんでもあの歓迎はやりすぎではないのか。そう口々に言い合ってみたものの今さら後悔しても始まらない。正に後の祭りだった。
街は一時の盛り上がりから一転、沈んだ雰囲気へと変わっていった。
これで話が終われば『ざくろちゃん』の話題はやがて風化していき、ある種の教訓話になっていたに違いなかった。
ところがこの重く沈んだ空気を読んだのか、はたまた呑まれたのか、数日後、森を探索していたあるプレイヤーに矢文が射られるという事件が起こった。
もちろん矢文であるが故、それはプレイヤーに当たることはなく足元に穿たれたのだが、問題は
文面には短くこう綴られていたのである。
『私は修行の身であり、歓迎されるような存在ではない 』と。
その奥ゆかしさとシャイな性格が見え隠れする内容。そしてそれを
そうして『ざくろちゃんをひっそり応援する会』がひっそりではなく大々的に発足され、川に紛れこんだアザラシの如く、目撃情報が出る度に朗報が街にもたらされるようになったのである。
『ざくろちゃん』の目撃される時間や場所はさまざまだったが、その多くが過去にレベル上げに利用された『狩り場』だった。また仲間がいるわけではなく常にソロで行動しているようだった。
一体何をしているのか、話しかけようにも見られたと気付くと『ざくろちゃん』はすぐさまその場から姿を消してしまい、まったく確認を取ることが出来なかった。
以前、無謀にもそんな少女を追いかけようとした挑戦的なプレイヤーもいたにはいたが、道中でアイテム『転移の羽』を使用され結局追跡は失敗に終わっていた。
ちなみにそのプレイヤーが追う身から『ざくろちゃんをひっそりと応援する会』に追われる身へと変わったのはまた別の話である。
これまで目撃された『狩り場』のレベルとその時期から換算して、何かのアイテムを集めているのではなく、矢文の文面通りひたすらレベル上げをしているのだということ。そこまでは推測できたが、こそこそ隠れてソロでプレイしている理由、また今のこの世界でレベル上げをする意味は誰にも分からなかった。
そうして存在だけでなく彼女の目的もまた多くの憶測や謎を呼び、話題の提供に一役買っていた。
♯
「それでアイはどこでそいつと会ったんだ?」
なかなか話の進まない二人の間にハチロウが割って入る。アイはまだ先程のことで凝りを残しているのか、ふんっとテーブルの上に置かれたアイテムを指差した。
「このアイテムが落ちてるとこ。森のどの辺かなんて私じゃ見分けつかないし、ハチロウとかゲンさんなら分かるんじゃないの?」
確かにこの手のRPGに不慣れな人間には自分が何処にいるのか分からなくなることが多い。しかしだ、アイはこのゲームが初にしろすでに半年近く滞在しているのだ。しかも毎日のように散歩に出ている。それでも自分の現在地が未だに検討を付けられないのは天性の方向音痴か覚える気が無いかのどっちかだ。
「それでよく帰ってこれたなぁ」
ハチロウの呟きにアイがムッとした顔を返す。二人に邪険な空気を感じ取ったゲンさんが然り気無く話を進める。
「こりゃピグドングリだな。ってぇとマザーの深森あたりじゃねぇか」
「マザーの深森? そんな場所はじめて聞いた」
アイの率直な感想に、『説明グセ』のハチロウがすかさず答える。
「『マザーの深森』はアイが良く行く『始まりの森』をずっと北に抜けたところにあるダンジョンだ。想定レベルは35~40くらい」
今日どっちに散歩したかくらいは覚えてるよな、というハチロウの問いにアイはもちろんと北の方角を指差す。
「北門から出てずっとまっすぐ歩いたからたぶんそこであってると思う。そっか、途中で森の雰囲気が変わったと思ったけど違うダンジョンだったんだ」
「実際それで訳も分からず迷い混んで狩られるのが初心者のあるあるの一つだったんだが、誰からもその話を聞いてなかったのか?」
アイは北に向けていた指をそのままハチロウへとスライドさせた。その顔はなぜか笑顔だった。
「ハチロウは私にそれを教えてくれた記憶は?」
「いや無いな、今思い出したくらいだ」
ハチロウは悩むことなく頭を振った。ハチロウに向けられた指が握りこぶしに変わっていく。
「そういうのを教えるのがっ、初心者に対するっ、上級者としてのマナーなんじゃないのっ」
顔を赤くしてアイがハチロウをポカポカと叩く。その横でゲンさんが、そんなんもあったなぁと完全に過去の事として懐かしんでいた。
レベルの高年齢化が進んだ社会は若者にとってはさまざまな
「まぁまぁ、アイちゃんは死なずに戻ってこれたんだ、良かったじゃねぇか」
そう言いながらゲンさんはアイの頭に手をのせる。ハチロウは最近アイが散歩での死に戻りを「デスルーラだよ」とドヤっていたのを知っていたが黙っておくことにした。
「確かにな」
と代わりにゲンさんの意見に同調する。
「だからそれは助けてもらったからだよ」
アイはむず痒そうにゲンさんの手から逃れ二人に向かい合う。その顔にはなぜか誇らしさが見え隠れしていた。
「助けられた?」
「誰に?」
二人が疑問を浮かべ、まさかと思いながらすぐにその答えにたどり着く。アイは目をキラキラさせながら二人の顔に頷きを返した。
「そう、噂の『ざくろちゃん』にだよ」
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