第24話 収穫の時

 大集団による収穫は、当初の予想通り、いや、当初の予想を越えて大変な状況となっていた。

 なにしろ野草や薪、キノコ類など、地表に近い物を探す者達は下を、房イチゴ、朱実などを探す者達は上を、それぞれ探しながら移動するので、本来の視線の高さに合わせた印が目に入らず、結果的に指定範囲外に迷い出てしまう。

 そんな事例が続出したのだ。


 もちろん要所要所には守備隊の兵士が目を光らせていたが、この配置が実に理に適っていなかった。

 結局は、守備隊の人間に採集の経験が無いことが祟る形となったのである。

 そもそも採集という作業を行なう人間が道なりに動くことは滅多にない。

 必要な獲物は道など無い場所に多く存在するし、今回参加している者達はそれをわかっているのだから道を外れて獲物を探す。

 一方で、元々貴族である守備隊の兵達は、狩りの経験こそあれど、自らそんな地味な収穫などを行ったことなど無かったので、見晴らしのよい場所や危険な箇所を兵士で固めることで安心してしまったのだ。


 彼らが自身の過ちに気づくのに半刻程必要としたが、幸いなことに、と言うべきか、この催しに参加している街の人間は森に慣れている者ばかりだったので、遠くまで行き過ぎて完全な迷子になるような者は出なかったのである。


「だが問題はそこではない」


 主力の数人が騎馬であったため、ある程度整備された道を進まざるを得ないこともあって、隊の本陣は貴婦人の泉の周囲に張られていた。

 貴婦人の泉から花の丘へと至る道は、死を得た者が喜びの園へと至る道程を追体験出来ると評判の観光(巡礼)ルートで、春先に訪れる奇特な客(大体は金持ち)のためにかなり丁寧に整備されている。

 水場なので何かと利便性がよく、本陣であると同時に休憩場所としても指定されていた。


 その本陣で、隊長は、そこに集まって来る報告に頭を痛くしていた。


「我らの役目は迷子を出さないことではない。陛下の臣民を守ることであるぞ! その守護対象を見失ってなんとする! 貴様らは恥を覚えぬのか!」


 その癇癪に、泉の周りで採集を行なっていた街人達が恐恐と身をすくめ、何事かと注目する。

 このままだと守備隊の権威にまで関わりそうな勢いだった。

 側付きの小隊長は、そんな隊長を宥めながら一計を案じて進言する。


「いかがでしょう、一度こちらの泉の班、あちらの淵の班をそれぞれに集めて編成を改め、持ち場を守るのではなく、一人の兵が民六人程の責任を持つという感じで組み直しをしては?」

「ふむ、兵団方式か」

「隊長のおっしゃられる通り、我らの役目は場所ではなく民を守ること。この組分けをした後、それぞれの間の連絡役の兵を配置すれば、本陣からも人々の安全が細部まで見通しが効くでしょう」

「なるほどな、囲って管理出来ぬものなら懐に入れてしまおうということであるな。良案である。その策をとろう」


 隊長の頷きにほっとした小隊長は、さっそく当番兵に集合の鐘を鳴らすよう命じる。

 隊長は厳つい強面で、信賞必罰、厳しくてさらに厳しい、いわゆるうるさがたではあったが、他人の進言を容れる度量はある上官であった。

 決してやり易くはないが、悪い上官ではないと小隊長は考えており、部下の間では進んで進言する土壌が出来上がっている。


 そんなやりとりを窺っていたらしい街の人間の一人が、おずおずと近寄って口を開いた。

 本来は身分違いで咎めるべき所だろうが、この場では本陣付きの兵は彼らを守護対象としているため、その相手に対してどういう態度を取るべきか決めかねて、それを止めることは無かった。


「あ、あのぉ」

「何ごとだ? 要件は張り番の兵士に告げよ」

「あ、はい! 申し訳ありません! ですが先程のお二方のお話を聞いて」

「そこなもの」


 隊長の声が掛かり、小隊長は一歩を引き、街の男は硬直した。

 その様子に隊長は先の部下の助言を思い出し、我が愛馬のことを考えた。

 彼の愛馬は、現在安全な下草の生い茂る木陰に仲間共々繋がれていて、香り高い青草を幸せそうに食んでいる。

 自然と隊長の顔が綻んだ。

 威圧の消えた様子に、街の住人がほっと力を抜いた所へ、隊長の堅い声が飛ぶ。


「世の中には平民に直接口を利かれたというだけで気分を害する身分高き者もいる。迂闊な直言は控えたほうがよいぞ」

「は、はい」


 言われた言葉は穏やかな忠言ではあるが、聞きようによっては脅しにも取れる。

 途端に緊張してきたのか、男は再び硬直してしまった。


「だが今日はそなたらが主たる行事であるからな。特別に直言もかまわぬだろう」


 そう続けられたが、男の硬直はなかなか解けず、口を開くタイミングが掴めないのか、言葉が発せられない。

 実の所、恐怖による緊張もあったが、貴族独特の迂遠な言い回しに頭が付いて行かなかった部分もあった。


 見かねた小隊長が話を向ける。


「見ればそなた水草を採集しているようだが、何に使うのだ?」

「あ、はい、干して家の隙間を塞いで、冬の隙間風を防ぎますんで」

「なるほど、そういえば兵舎でもそういう作業を見たことがあるな」

「はい。冬の初めや雨季の最初にはみんなやることですから」


 うんうんと小隊長と、共に聞いている隊長もその内容に感心してみせると、男はようやく堅さの取れた顔つきになった。


「それでその貴重な作業を中断して、何を進言に来てくれたのだ?」

「あ、はい。隊長様が作業の組を作るとおっしゃられたので、それなら同じ場所で違う物を集める者で組を作るのが効率がいいんじゃないかと思いまして。どうも皆様方はこういう下々の作業についてあまりご存知ないようでしたので」


 組を作る時に同じ物を採集する者達を組にしてしまうと、奪い合いにもなるし、大きく移動しなければならなくなる。

 付近で別の物を集める同士で組ませたほうが効率がいいだろうと気を使ったのだった。


「なるほど、良い知恵だ。考慮させていただく。そこの者、この者に大きめの麻袋を渡してやるがよい。良い知恵の対価に良い道具という訳だ」

「ありがたい。助かります」


 水草を収穫していた男は嬉しそうに頭を下げてその場を退き、隊長の従者に袋を貰って作業に戻る。


 やがて貴婦人の泉と、底なし淵の両方で集合の鐘が鳴らされ、新たな手順が伝えられることとなった。


 一方、伝令を通して新たな指示を受け取り、同じように再編を始めた底なし淵では、ライカとサッズがその組み分けの結果を待っていた。

 この場所は滝の音が激しいため、少し離れると他人の声が聞こえず、口を開け閉めしているのに声もなく動く人々の姿が不思議な風景として眺められる。


「あ、あれ何してるのかな?」


 ライカは兵士達の行いを目で追いながらその一つの行動を指して言った。


「うん? 滝から少し離れた両岸ででかい木槌で杭を打ってるあれか?」

「うん」

「具体的な意識は捕まえられないな。あいつら兵士だっけ? あの連中は街をウロウロしている連中と違ってほとんどものを考えずに行動してるからな」

「別に意識を読んでくれって頼んだつもりはないよ」


 ライカは呆れたように言うと続けた。


「単に何をしているのか考えてみようと思っただけだよ」

「何の意味があるんだ? 知りたければ聞けばいいじゃないか」


 サッズの応えにライカは呆れたように溜め息を吐く。


「あれこれ考えるのが楽しいのにな。サッズってつまんないよね」

「お前が無駄すぎんだろ? ……あ、その兵に何か文句言ってる奴がいるぞ。あれ、お前の知り合いじゃないか?」

「ほんとだ、サルトーさんだ」


 好奇心を刺激された二人は彼等のほうへと近づいて行った。


「魚が逃げるだろ!」

「いや、そうは言われても水は必要だろう。つるべを支える支柱を作らないことにはこの深さから水を汲み上げるのは手間だぞ」


 近くに寄ると彼等の話の内容が聞こえてきた。

 どうやら兵士はこの淵を利用した簡易の井戸を作るつもりで汲み上げ用の支柱を両縁に打ち込もうとしていて、魚を釣っていたサルトーと揉めているらしい。


「サルトーさん、魚釣りが本当に好きだよね」

「まあここの魚はデカイからな」

「さすがにあの大きいのは釣り上げるのは無理じゃないかな? 竿が折れちゃうよ」


 そう言って、ライカがサルトーに声を掛けようと近づいた時。

 地表から遥か下の水面が、黒々と波打った。


「ん!」


 サッズがハッとして走るが、その寸前に、黒々とした幾本ものツタのようなモノが恐ろしい勢いで水面から伸び、ライカを絡めとり、たちまちの内に水中に引きずり込む。


「くっ、おのれ!」


 続けてサッズがためらいもせずに淵の底へと飛び込んだ。


 一部始終を見ていた兵士とサルトーは、何が起こったかわからずに唖然としていたが、慌てて他の者に急を告げようとした。

 だが、次の瞬間。

 まるで森から湧き出るように黒い靄が広がり、それは地上を這って光を閉ざし、人々を暗闇に閉じ込めると、そのまま恐ろしい勢いで街へと雪崩込んだのだった。

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