第23話 集団行動

 領主が領民の要請に応えて森で集団収穫を行なうという、かつてない催しが行われることとなったのは、肌寒い風が吹きながらも、太陽の光が残った温もりを精一杯投げ掛けているような、明るく晴れ渡った朝だった。


 街を地域で分割し、更に五戸程度ごとの区域を定め、その区域各々から代表を選び、代表が自分の受け持ちの住人の意見を纏めて領主に具申するという方式で、収穫物とその収穫場所の選定は行われ、早朝に区域の代表三人が城前の水路広場に集合して出発するという一大イベントとなった。


 この大々的な催しに機を見た商売人などは、早朝の肌寒い頃から水路広場にテントを張ってお茶やスープの販売を行なっている。

 かつてないイベントに興奮したのか、深夜から既に幾人かが集まって酒盛りに雪崩れ込んでいる場所すらあった。しかしその連中は、早々に警備隊にお叱りを受けておとなしくなっている。


 事前の取り決め通り、四刻を告げる一番鐘の後に、間隔の空いた二回の追加の音が鳴った。

 この時より半刻の間に、話し合いで決まった区の代表が集まり、出発するという段取りである。

 意外にも、というか、当然ながら、というべきか、人々の集まり具合は良かった。

 また、初めての行事に加え、危険な化け物がいる場所へと向かうこと、冬を越すための収穫を得る必要があるという使命感、それら全てがあいまって、人々の緊張は高まっていたのだ。


「この雰囲気はあれですな、新兵の遠征訓練に似ていますな。途中で必ず問題が発生することで有名という」

「やめろ、不吉すぎる。兵士ならどんなに新米だろうとも怪我も仕事の内で済むが、一般人相手にその理屈は通用しねえんだぞ?」


 本来貴族の子弟で構成されているはずの守備隊であったが、隅の方で話している者達の口調は、市井の民と比べてもやや伝法だ。

 この領地に回される者の大半が、自ら畑を耕すような地方貴族の三男四男といった者なので、元々貴族らしい者が少ない上に、肉体労働を行う荒くれ連中を監督する内に段々染まって行き、今となっては言葉や所作がすっかり崩れ果ててしまった者も多いのだ。


 そう、今回の集団収穫の警護に就くのは守備隊だった。

 彼等がこの任に就くにあたっては、警備隊は街中の巡回任務が主であり、元々平民出の者が多いせいで得物もバラバラで隊服以外の防具もほとんど持たないのに比べ、こと守りに於いては、装備がほぼ揃っていて陣形訓練も積んでいる守備隊に圧倒的に分があるという、実質的な理由もあった。

 しかし何より一番の理由は、この領が王家の直轄地であるからだ。と、領主は彼等に向かって言ったのである。


 いくつかの他の大きな領が、元々は一つの独立した部族であったものが庇護や利益を求めて傘下に入った、いわば独立勢力としての自治領であるのと違い、この地は流民が集まった集落を情けを持って治めることとした王の地領なのである。

 領主はただの代官に過ぎないが、民は王の民なのだ。

 前の領主が領民を虐げ私物化したせいで転属させられたように、この領では領民の安全は王によって保証されている。

 時と場合によっては、守備隊は領主より民を守るべしという、騎士時代から廃止されずに残る基本的な教えもある。

 それが建前だと多くの者は知ってはいるが、その建て前を振りかざし、彼らにその役割を振ったのが領主その人であった。


「いっそ魔女のやつが出て来ればいいのだがな」


 守備隊の、若い兵の一人がぼそりと呟く。

 更に言えば最も魔女の被害に遭っているのが、彼ら守備隊であった。

 日頃の訓練もあって頑健な者ばかりであるせいか、まだ一人の死者も出してはいないが、それを喜ぶような者達ではない。

 幾度か遭遇していながら仕留め切れていないことを、隊全体の恥と感じていたのだ。


「各々気を引き締めよ、領主殿のおっしゃることは正にその通り、王の民は王の財産である! 王の剣であり盾である我らが守るに値する者達である! ゆめゆめ損なうことは許されぬぞ! まこと領主殿には目を見開かされた思いである。確かにそうと知れれば直轄地を守護する我らの任が軽いはずもない。僻地に飛ばされたと腐ってよいはずがないのだ!」


 隊の気の緩みを見て、隊長はびしりと言い放つ。

 守備隊の隊長は、帰順は遅かったものの、そこそこ大きな領の五男坊であり、当初このような僻地に回されたことを嘆いていた。

 しかし、今回下された命と、なにより領主によって示されたそれの意味するところに、ようやく矜持の在処を見い出し、今はどこか溌剌としている。

 といっても、部下にしてみればこの地味な護衛の任に面白味を見出すとすれば、出るかもしれない魔女を退治することぐらいのもので、上と下の意識には多少のズレがあったのも確かではあった。


 ワイワイガヤガヤと、まるで祭りに集まるような感覚なのか、朝方に集まってきた者の多くに、この初めての集団行事に対する興奮気味で浮かれた行動が散見された。

 朝に集まったのは女子供が多かったこともその一因だろう。

 それを見た守備隊の隊長は馬上から彼らに声を掛けた。


「よいか! 本日は二つに班を分け、主要収穫物のみを採集する。くれぐれも各自勝手な行動を取らないこと! 事前申請以外の物に手を出さないこと! 守れない者は我々守備隊による拘束と、ペナルティとして半日の労働を後日科すこととなる! そのことに不服ある者は同行を許さん!」


 厳めしい隊長が重々しくそう宣言したことで、それまで賑やかであった、朝方のほの暗い水路広場は静まり返った。

 側付きの小隊長が慌てて助言する。


「隊長! 訓練じゃないんですから、ちと加減してやってください。王様の大事な臣民なんでしょ?」


 元々貴族らしい育ちをしていない小隊長は、今や街中で飲んだり遊んだりしている身なので隊と民の間に軋轢が生じると迷惑を被ることもあり、積極的に自らが緩衝材たらんとした。


「む? そうか、語尾が強過ぎたか。どんな感じに言えばよいのだ?」

「そうですね、馬に話し掛ける要領でちょうどいいかと思います」


 おかしな例えだが、隊長は愛馬を大事にすることで有名だったのである。


「……なるほど」


 隊長は再び集団に向き直ると、今度は僅かに柔和になった顔で告げた。


「皆の者、周辺の安全は我らが守るゆえ、安全に対して不安を抱く必要はない。我らはそなた達の味方であって怯える必要もない。やって良いか悪いかわからないことは気軽に聞いてくれればきちんと答えるので、そう難しく考える必要もない。むしろ尋ねずに行動をしないで欲しい」


 その明確な指示に、人々はやっと緊張を解いたのだった。

 間違った行動を取ると兵士に拘束されて罰を与えられるということですくみ上がっていた人々も、やって良いか悪いかわからない場合は隊服を着ている守備隊の人に聞けばいいということならむやみに罰に怯える必要はない。

 なんとなくホッとした雰囲気になった。

 小隊長もホッとした。


「やっぱ守備隊のほうが警備隊の連中よりカッケェよな」


 レンガ地区の代表の一人、はしっこいことが評価されてここによこされたボッカという少年がそう呟く。

 この少年は仲間達からは『ねずみのしっぽ』と呼ばれている、レンガ地区で自主的に自警団の真似事をやっている少年たちの一人だった。

 なのでレンガ地区住人として色々と揉め事を起こしはしていても、同じように街の人間を守るという仕事をしている警備隊や守備隊になんとなく親近感を抱いているのだろう。


「けっ、やつらは貴族だぞ。警備隊の連中以上に俺達に関係ないやつらじゃないか」


 その言葉に鼻をしかめてみせたのは、サラギという少し年上の少年だ。

 レンガ地区の少年達の間では『地走り』と呼ばれていて、同じくすばしこい少年だった。


「おはよう、レンガ地区からは君達が来たんだ」


 そこへ手を振って寄って来たのはライカとサッズだ。

 大人が多い中で顔見知りの同年代の少年たちを見つけたので声を掛けたのである。


「お、ライカじゃないか、久しぶりだな! そういえばお前王都に行ってたんだろ! 話聞かせろよ!」

「うわ、なんか変なキラキラしいの連れてるな」


 声を掛けられた少年達もライカを覚えていて挨拶を返した。


「王都の話は長くなるから今度ね。あ、紹介するよ、こっちはサック、俺の兄弟みたいな相手だよ」

「みたいなとはなんだ」


 ライカの紹介にサッズがすかさず文句を言った。


「だって兄だって紹介すると、みんなが似てないって言うから説明が面倒じゃないか」

「面倒でも兄だろうが」


 サッズはムッとした顔をしてみせる。


「面倒な兄さんです」


 ライカは紹介し直した。

 その頬をサッズが捻りあげる。


「……なんだかわからないけど、ソイツがお前の兄さんだってことは納得したよ。うちの兄ちゃんもすぐに俺の耳を捻り上げるからな」


 ボッカがなんとなく同類を憐れむ目でライカを見た。


「それでは班分けをする! 貴婦人の泉を中心とした低木の多い場所での木の実、山菜、キノコ類の収穫班はあちらの赤い旗のほう! 底なし淵周辺の森で薪拾いやキノコ、松葉、松皮、松の実等の収穫班はこちらの青い旗! それぞれに集まるように! 集まり次第出発する!」


 守備隊の隊長の号令と共に、集まった人々がそれぞれの旗に向かう。


「俺達は薪だから青いほうだね」


 ライカは旗を目で探しつつそう言った。


「んじゃ、俺達は赤いほうだ、仕方ねえな。またな!」


 せっかく合流した少年達だが、どうやら目的が違っていたようだった。


 ライカはレンガ地区の二人を見送りながら自分の所属する旗へと向かうと、その集団に見覚えのある顔がいくつか見える。


「お? ライカ坊とサックくん? だっけ、同じ班か。よろしくな!」

「あ、サルトーさん、おはようございます。底なし淵周辺って、まさか釣りですか?」

「いやいや、釣りはついでよ。うちのから薪と焚付用の松葉を集めてくるように言われてるからな! 特に炊きつけは市場や店屋のも底をついたらしいから切実だわな」

「……釣りもするんですね」


 ついでのほうが本気になるのではないかという懸念があるが、そこは本人の裁量である。

 さすがにライカの関知する所ではない。

 しかし、ちゃんと頼まれたことは済まさないと、またこの気の良い男が奥さんにこっぴどく怒られるのは目に見えているので、ライカはサルトーに薪や焚付を忘れないように促すことを心に留めた。


「それでは集まったので出発するぞ!」


 守備隊の兵達が角笛を吹きながら声を掛けてまわる。

 ライカとサッズは、背負うのはあの旅の往路以来久々になる背負子を背に負うと、熱気に包まれた集団と共に森へと向かったのだった。

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